第263話

「……成程。先程、侵入者がいると報告が来ていたが、貴様らの事か!」

「観光だっつってんのにうるせぇジジイだな」

「なんだと!?この教皇アレサンドロ4世に向かって」

「ソフィアさん、ここに来るまでの間にお土産買ってないよね?」

「売店は一階らしいしのう。ワシら屋根の上からダイナミックエントリーじゃし」

「なら、お土産はこのジジイの首でいいか。日本の教皇辺りは喜ぶんじゃないですかね?」

「えぇ……?ワシそんな枯れた業突張りと一緒に帰るの嫌なんじゃが……」

「貴様らぁ!」


 こっちの教皇は、どうやら随分煽り耐性が無いらしい。

 権力闘争でよく生き残れたなこの人。

 もしくは、この人は丁度いい神輿として担がれただけで、甘い汁を吸う奴らが周りにいっぱいいただけとか?

 どうでもいいけどな。

 重要なのは、コイツが俺に喧嘩を売ってきて、俺がそれを買うって事だけ。

 ついでに、この国の教会とやらもかなり酷い状態みたいだから、場合によっては潰そうぜって思ってるだけ。

 そんな、ただの観光客。


「とりあえず、一本いっとくか」

「おい貴様!いい加減私の話を」

「せいっ!」

「ぎゃあ!?」


 木刀で、教皇爺ちゃんの右腕を叩きつける。

 これで腕一本粉砕できるだろうって程度の力で。

 だけど、どうやらその目論見は外れたらしい。

 当たった感触が、やけに硬いというか、手ごたえがないというか、とにかくあまり有効打じゃなかった感じがした。

 それでも、教皇本人は、壁まで吹っ飛んで行ったけれど。

 なんだろう……服かな?

 あの「私は教皇です!」って主張がすごい服に秘密がありそう。

 結界でも貼ってあるのか?

 ……にしても、ダイヤだのエメラルドだのが散りばめられていて、どこまでも成金趣味だなぁとしか思えないわ。

 これが王族が着ているって言うならまだわかるけれど、コイツはただの宗教のトップ。

 しかも、すごいのは初代聖女であって、なんでこいつが偉そうな顔しているのかいまいちわからないと来ている。

 ホント、できれば関わり合いになりたくない類の存在だ……。


「ソフィアさん、アイツの服なんかおかしな効果ありそうです」

「そうらしいのう。相当金がかかっとるぞあの衣装。信者から吸い上げた金を、自分を守るためだけに随分と浪費しとるようじゃな」

「コイツがすごく有能で替えが効かないとかならまだわかるんですけれど、その手の有能さを感じないんですよね」

「自殺願望でもありそうな奴じゃな」


 散々な言われようだけれど、当の本人はそれ所ではなさそう。

 折ることはできなかったけれど、そこそこ痛かったのか、壁際で呻いている。


「ぐうぉ……!」

「なぁ、教皇様。流石に暗殺者仕向けておいて、何も無かったことにしてもらえるとは思ってないよな?」

「暗殺……?まさか貴様、日本の聖女に集るハエの小僧か?」

「……」


 うん、イラっとしたので、服で守られていない教皇の右手の指先を踏みつける。


「ああああ!?なんだ!?何故こんな事をする!?」

「……何故?今、何故って言ったか?」

「そうだ!何故貴様は、このような不遜な事が出来る!?私は教皇だぞ!?」

「いや、だからさ、お前が俺に暗殺者を送って来たから、それに対する返事としてこうやってわざわざ来てやったんだよ。それ以上の理由必要か?」


 流石に我慢の限界なので、指先を踏みにじる。

 教皇が悲鳴を上げるけれど、ただただ不快なだけで正直もうとっとと帰りたい。


「貴様……!貴様貴様貴様貴様ァ!終わったぞ!?私を怒らせたのだ!世界中の教会が、貴様の命を狙いに来るぞ!」

「なんでお前が怒ったら世界中が俺に戦い挑んでくるんだよ?丁度良く上がいなくなったからって、下の奴らが喜ぶだけだろ。しかも、スキャンダル沢山あるから、醜聞で大変な事になるぞお前」

「スキャンダルだと?何を言っている貴様!」

「地下に女の人たち閉じ込めてるんだろ?流石にアウトだわ。しかも、粛清とか言って暗殺者送り込んできたのは、もう犯人も確保して証明されちゃってるしさ」

「何を言う!?女神リスティ様を愚弄する輩など、死んで当然ではないか!生贄として有効活用してやろうという親切心を」

「うるっせぇなああ!」


 木刀じゃダメだな。

 無駄に時間がかかる。

 俺は、打刀に持ち替えて、教皇の右腕を斬り落とす。

 流石に、ちゃんと刃のついた神剣の切れ味には耐えられなかったらしく、教皇御自慢の教皇ウェア事切り飛んだ。


「ああああああああああ!貴様!貴様ァ!」

「女神様のせいにしてるけどさ、リスティ様は別にそんな事お前に頼んでないだろうが!そもそもお前に多分興味ねぇよ!」

「は……はははははは!これだから信心の無い者は愚かだというのだ!リスティ様にお会いしたことも無いからそんな事が言える!」


 ん?あった事?あるけれど……。

 逆に、コイツはあったことがある様な言い方だな?


「お前、リスティ様に会った事があるのか?」

「ははははは!約5年前、女神召喚の儀によって顕現されたリスティ様を私は直接見たのだ!そして、教皇に任命された!私は、神に選ばれたのだ!」


 女神召喚の儀?

 なんじゃそら?


 俺が疑問に思っていると教皇が残った左手を動かして何かしている。

 よく見てみると、ゴツイ指輪を弄っているようだ。

 何をするつもりかわからないけれど、とりあえず指輪のついてる中指事切り飛ばす。


「がっ!?……あっはははははは!もう遅い!もう遅いぞ小僧!起動した!今女神召喚の魔法陣を起動した!これより、地下の生贄たちを使って、女神が召喚される!」

「……って言ってますけど、ソフィアさんどう思います?」

「そうじゃなぁ、神が出てくるような気配は無いのう」

「だそうだ」

「……はぁ?」


 確かに魔法陣が部屋の中央に浮かび上がり、光ったけれど、すぐ消えてしまった。

 エネルギーが足りなくて消え去ったような雰囲気。

 そういえば、地下の生贄がどうこうって言ってたっけ?


「地下に囚われてる人たちは、俺たちの仲間が助け出しているはずだから、そのせいで起動しなかったんじゃないか?」

「なん……だと……?そんな……ありえない……」


 アレだけ馬鹿笑いしていた教皇が、シナシナと力なく地に伏せる。

 本当に女神が召喚されるのかどうかは気になるけれど、厄介な事は起こらないに越したことはない。

 とにかく、さっさと教皇を確保してずらかろう!


 そう思ったのに、いきなりさっきの魔法陣が再度現れた。

 しかも、今度は輝きが消えない。


「……これ、ヤバかったりします?」

「うーむ……神性の気配はするのう……。じゃが、これは……」


 ソフィアさんに聞いてみるけれど、どうにも煮え切らない雰囲気。

 ただ、教皇はみるみるやる気を取り戻し、傷は全く癒えていないというのに、ハッスルじょうたいになってしまった。


「ははは!みろぉ!女神様は私を見捨てられなかった!」


 そう言いながら、魔法陣に縋りつく。

 だけど、教皇の左腕が魔法陣に触れた瞬間、教皇の体がズルズルとも魔法陣に吸い込まれ始めた。

 滑らかにというわけではなく、ミンチのようになりながらだ。

 うわぁ……グロ……。


「なああああ!?何故!?何故です女神様!?」


 死に体の状態から、ハッスルへ。

 更に、今度は恐慌状態へと忙しく移行した教皇爺ちゃん。

 流石にこの事態には、俺もソフィアさんも言葉を失って固まってしまった。

 イチゴだけは、興味深そうにこの現象を撮影しているけれど……。


「あああああ!あっ」


 そして、教皇の体が完全に飲み込まれた途端、魔法陣の輝きが一気に強くなり、すぐに光は消え去った。

 残ったのは、魔法陣があった場所に佇む人影のみ。

 ……人、ではないか……。

 だって、翼生えてるもん。

 ついでに言うと、少し浮いている。


「人の子よ、跪け。我は、この世界を創造せし女神、リスティなるぞ」


 その翼の生えた美しい女は、俺たちを見下ろしながらそう言った。


「いや、誰だよお前?」

「えっ、すごい不敬……」


 うん、コイツはリスティ様じゃないわ。




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