第261話

 アタシは、釣りが好き。

 1人で楽しめるから。

 他に誰もいなくても、例えそこに魚さえいなくても、釣りをするという行為だけで割と楽しい。

 ゲームも好きだけれど、同じくらい釣りも好きなのは、多分釣りもゲームと同じようなものだからだと思うわ。

 ランダムな目標配置、弱点の存在、効果的なアイテム、マップの状態の把握。

 そういうのを見極めることで、釣れる確率を劇的に上げることができる。

 特に、ルアーフィッシングやフライフィッシングは、こちらの技量がモロに出るし、良い運動にもなるから気に入っている。

 前の世界で、人として生活していた時にもよく釣りをしていた。

 釣りのゲームもしていた。

 ブラックバスからヘラブナ、ワカサギ、果てはシーバスやGTまで、とにかく色々釣っていた。

 だから、アタシにとって釣りっていうのは、もう生活の一部と言ってもいいくらいのもの。

 延べ竿を使って大試の家の裏庭に作った池や渓流で行う餌釣りなんて、本当に児戯みたいなもののはず。

 釣りをフィクションの世界で紹介する時、よく自分の精神状態が重要と言われるのを見る。

 魚と自分の対話とか、自分自身を見つめ直すとか、そういうの。

 アタシは、あんまりそういう風に感じた事は無かった。

 前の世界で、感覚を人間の範囲に抑えている時ですら、別にそこまで難しく感じたことはない。

 だって、魚がいそうな場所に、魚が食べたくなるようなものを投げ入れれば、食いつくんだもの。

 そこをどう見極めるか、どう餌っぽさを再現するかが重要なんであって、アタシ自身の心の状態なんて大して関係ないと思っていた。

 やったことも無い人が、妙に神格化して言っているだけだと思ってたわ。


 さっきまでは。


「……釣れないね」

「……えぇ」


 大試があのアホみたいな国に攻め込むと聞いてから、多少なりとも心配が顔に出てしまいそうになっていたアタシは、聖羅にバレないようにしようと思って、敢えて離れながら結界を構築していた。

 聖羅も大試の家の中でゆっくりしているみたいだったから、それで十分だろうと思ったから。

 ……なのに、何故か今日に限って、釣りを始めたアタシの横に張り付いて離れない。

 この子に、こんなにじっくり見つめられたのって、もしかして初めてじゃないかしら?

 そもそも、大抵大試と一緒に居たがるこの子と2人きりという状況自体そうそうないのだけれど。

 今日に限って、どうしてこんなにアタシにベッタリなの?


 ダメ……竿先がブレる……。

 この池の水は、常にかなりの透明度を維持するようになっているから、しっかりと魚影が見えている。

 だから、何度も魚が餌に近づいてきているのは確認しているのに、アタシの手から伝わる妙な振動のせいか、すぐに離れて行ってしまう。

 餌に使っているのは、昨日の夕食で使われた魚の捨てるような部分に、塩とニンニクで味付けをしたもの。

 これが、とても魚を引き寄せる効果がある気がするから、アタシは愛用しているんだけれど、今日はアタシのせいでその本領を発揮できていないわね……。


「……あ、魚が跳ねた」

「……そうね」


 この子、元のゲームの聖羅を参考にして作ったから、もっと天真爛漫かつ爽やかな感じに成長すると思っていたのに、どうしてこんな何を考えているのかいまいちわからない子になったのかしら?

 ……でも、やっぱりすっごい可愛いわね……!

 あーもう!流石はアタシが手塩にかけてリアルにデザインしなおしたヒロインよね!


 ……いけない、また逃げられた。


「大試の事なんだけれど」

「ん゛ん゛!?」


 餌が取られたわ。


「……元気かな」

「……アイツが死ぬわけないじゃない」

「……そんなこと無い。大試は、私の目の前で死にかけたことがある」

「それは……」


 アタシも話には聞いたけれど、魔獣相手に子供がゾンビアタックとか正気じゃないと思うわ。

 例え聖羅の回復込みで考えたとしても、普通は逃げ出すか、何もできずにやられるだけじゃないかしら?

 ……それでも、自分の大切なモノを守るためなら、やっちゃうのがアイツなんでしょうけれど。


「まあ、元気でしょ」

「うん、そうだね」


 ……この子、今回の件について、大試からは何も説明受けてないのよね?

 なんだか、全部把握しているような雰囲気だけれど……?


「きっと、どんなにボロボロになっても、大試は元気なフリして帰ってくるし、私には元気な姿を見せたがると思う」

「……そうね」

「だから、帰ってきたら、おかえりっていって、すぐに念の為回復させるだけにしようと思う」

「……そっか」

「うん」


 ヴェルネスト聖国は、フェアリーファンタジーシリーズの中でも、かなり異色の作品で舞台になった場所。

 他の作品はRPGだけれど、ヴェルネスト聖国を舞台にしたあの作品は、女性向け恋愛ゲームだったから。

 その名も、『フェアリーファンタジー sideアンナ』

 女性初の聖騎士になって、盲目的になっていた他の聖騎士や神官たちを目覚めさせていくストーリーで、出てくる男たちの好感度を稼いで各々のシナリオを楽しむっていうもの。


 因みに、人気はシリーズ中最悪と言われているわ。

 攻略対象たちが、既にやってしまっている事がかなりエグく、流石に平和な日本で生まれ育った人々には看過できなかったというのと、シナリオ自体が唐突な内容が多く、ラスボスもあまり伏線も何もなく出てくるようなのだったから、「女をバカにしているのか!」「私たちは、RPGがやりたいの!」「具合が悪いときに見る悪夢みたいな内容」なんて散々な評価で、ネット上でも大炎上していたのを覚えている。

 だから、あえてそのノリをそのまま取り入れてこの世界にも作ったんだけど、まさか大試や聖羅に手を出してくるなんてねぇ……。

 もちろん、原作だと聖羅とヴェルネスト聖国に関わりなんて無いし、この世界を形作ったときに大試が聖羅と婚約するなんて夢にも思ってなかったから、全くの予想外だったのよね。

 っていうか、ヴェルネスト聖国自体殆ど忘れてたし……。

 神としての権能が残っていれば別だったんでしょうけれど、人としてのアタシからしたら、この世界だとあまり強い印象がわかないくらい遠くてどうでもいい事だったってことなんでしょうね。


 そんな言い訳で済まない事なのだけれど……。


 アタシは、自分に任された世界を好き勝手に作り上げた。

 エグイ事も何もかも、世界には存在するという前提で、誰もが皆幸せになる世の中なんて目指していなかった。

 だって、周り皆が幸せになると、自分が不幸せだと感じる人間だっているもの。

 だからこそ、人間は常に進歩してきたのだし。

 そのせいで、沢山の人たちが苦しんで死んだことになっているのだって、神としての視点からだと、当然の事という意識しかなかったでしょうね。


 だけれど、アタシはこうして人として世界に生まれ落ちて、本気で好きな人が出来てしまった。

 そして、アタシが作ったこの世界のせいで、好きな人が殺されかけた。

 それが、とても辛い。

 アイツも人として生きている以上当然なんだけれど、それでも、アイツが死ぬ可能性が0%じゃなかったって言う当然の事実が、すごく辛い。

 もちろん、100レベルになっているアイツが、sideアンナに出てくる程度の相手にそうそうやられることなんて無いと思うけれど、それだって絶対じゃないし……。


 聖羅の目を見ていると、その事実を責められているような気がしてしまって、平静を保てないのかもしれないわ……。


 まあ、聖羅は別にそんな考え無いんでしょうけれど。


「ねぇ」

「……何?」

「私、何も聞いてないんだけれど、大試っていつ帰ってくるの?」

「……さぁ?今夜には帰るんじゃない?」

「なら、晩ご飯一緒に作らない?」

「……」

「大試、お腹空かせて帰ってくるだろうし」

「……そうね、たまには良いわよ?」

「じゃあ、リンゼは魚釣っておいて。いっぱい」

「わかったわ」

「それで、大試たちが帰って来たら、一緒におかえりって言おう?」


 ……ほんと、この子はどこまで把握してて、何を考えているのかしら?


「わかったわ……あ、釣れた!」


 そこからは、入れ食い状態になった。




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