第260話

『番組の途中ですが、臨時ニュースです』


 お店の中に設置しているテレビモニターから、努めて冷静さでいようとしつつも、少し慌てた雰囲気のある女性アナウンサーの声が聞こえる。

 私が今任されているこの酒屋にくるお客様は、こういう突発的な大事件の際に直接対応を迫られるような人たちも多いので、お店の雰囲気にはあまりあっていないけれど、常にテレビをつけている。

 今日も、数人のお客様方が来店されていたけれど、彼ら全員がモニターの前に集まった。

 私としても、興味があるから、その人垣に混ざることにする。


『先程インターネット上でLIVE配信が開始された動画によって、ヴェルネスト聖国の大聖堂地下に、巨大な地下牢が存在し、そこでは多数の女性や子供が拉致監禁されていることが告発されました。現在専門家の方々がこの動画の信憑性を検証しておりますが、現在の所、大聖堂内部の造りや、そこから地下に至るまでの映像にフェイクの痕跡は確認できないという事です。これに先立ち、我々NTKは、ヴェルネスト聖国大使館へ問い合わせておりますが、返答はありません』


 なんだか大事件みたいだけれど、大事件が最近多すぎて、「ああ、またか」って思ってしまったのは、多分犀果君のせいだと思う。

 それにしても、今回の騒動には、女の人たちや子供たちの被害者がいるんだ……。

 ヴェルネスト聖国って、初代聖女様の生まれた地って事でできた国だった筈だけれど、今では腐敗してしまって、周りの国や人々に迷惑ばかりかけている困った場所ってイメージだな。

 しかも、聖羅さんっていう新しい聖女様が生まれてからは、日本の教会が力を持っちゃって、日本とヴェルネスト聖国で緊張が高まってるって噂は聞いていたけれど、それとは別の事件なのかな?


『それでは、問題の動画をご覧ください』


 アナウンサーの声と共に、その告発の動画が流れ始めた。

 すると、最近どこかで聞いたような声が聞こえてくる。

 どこだっけ……?

 学園だったような気がするけれど……。


『か弱い女性たちを閉じ込めているなんて……やはり男は許せません!』

『男は処刑されてて、女は生贄のストックとして生かされてただけ見たいだから、男の方がキッツい目にあってる気がするニャ』


 ニャ?

 あ!たまに犀果君と一緒にいるのを見るメイドさんだ!

 語尾にニャってつけてる上にネコミミつけてる変わった人だけれど、すごく美人なんだよね。


 え?なんでその人の声がこの動画から聞こえてくるの?


『それにしても、いったいどれだけいるんですか!?1つの牢屋の中にこんなにいっぱい入れられているのに、まだいくつも奥に牢屋がありますよ!?』

『女神召喚用の生贄用だから、いくらいても良いくらいに思ってそうだにゃ』

『そんな女神クソ喰らえです!』

『……これ、全世界に流れてるから、不穏当な言葉は辞めておいた方が良いと思うニャ。折角逆探知できないスマホ使ってるのに、写ってる奴からバレたら意味ないにゃ』

『あ、大丈夫です。私のスキルで、私の正体には誰も気が付けないようになっていますので』

『タチ悪いにゃ……』


 画面にさっきから映り込む人は、何故か顔が認識できない不思議な感じがしていたけれど、どうやらスキルによる物だったらしい。

 悪用しようとすれば、いくらでもできてしまいそうなその能力に、少し恐怖する。


『あ!また見張りですよ!』

『さっさと無力化して来いニャ』

『言われずとも!おらぁ!〇ね女の敵!』

『な!?なんだこ』


 すごいスピードで走り寄った動画の人物によって、スタンロッドのようなものを持っていた男性が一瞬で意識を失い、コンクリート造りの硬そうな床に倒れ落ちた。

 ……あの動き、本当に人間?

 速すぎて、スマホのカメラで撮影した動画じゃ全く動きがわからなかった。

 もっとも、目の前でやられたとしても、あの男性と一緒で全く何も理解できなかっただろうけれど。


 そのまま動画は暫く続き、たまにその動画を画面端に避けた状態で、アナウンサーと専門家を名乗るオジサンが話しているシーンが流されるけれど、そんなのどうでもいいからその動画を流してほしい。

 周りのお客様方もそう言い始めたので、テレビモニターを操作してインターネットに接続し、件の動画のLIVE配信を表示してみた。

 既にとんでもない接続数になっているようで、サイト自体が少し重い気がする。


『どうやらこれで全員ですね!では皆さん!脱出しますよ!』

『この人数は流石にジャンプで連れていけないニャ』

『なら一緒に歩いて行きましょう!歩くのが困難な人に手を貸してあげてください!敵が来たら私が守りますから安心して!落ち着いて移動を!』

『今までで一番やる気を感じるニャ……』

『そりゃそうですよ!女性を助け出すんですよ!?』

『いや、そりゃそうですよ!じゃねぇにゃ』


 動画を見る限り、数百人は閉じ込められていたらしい。

 彼女たちを連れて進む動画の主は、階段を上って、入り口で待ち構えていた神官服に身を包み武装した男性たちを数秒で制圧し、気絶したのか動かなくなった彼らを通路端に積み上げ、堂々と進んでいく。

 画面に映る建物の内部は、確かに大聖堂と言われれば、そうとしか思えない程の豪奢な造りになっていて、この動画が作り物ではなく、本当に今起こっている事なのではないかという雰囲気が増す。


 極めつけは、通路の先に広がった大きな部屋だ。

 教科書とかで何度か見た大聖堂の中の写真そのままで、流石に周りのお客様も私も、言葉を無くしてしまった。

 きっと、さっきのテレビ番組でも、同様の状態の専門家やアナウンサーが見れただろうな。


『さぁみなさん!このまま外へ!たい……私たちのボスが、用事を済ませた後安全な所まで連れて行ってくれますので、建物から少し離れた大庭園まで行きますよ!こっちでしたっけ?』

『地図くらい頭に入れてから先頭行けニャ!そっちは逆ニャ!』

『だ、だってそんなのすぐ覚えられるわけないじゃないですか!』

『ニャーは覚えてるニャ!』

『頭の造りが違うんですよー!』


 画面に映る正体不明の人の雰囲気は、どこか情けない感じもするけれど、その間にも武装した神官たちがどんどん倒されていく。

 動画の主も規格外の強さを持っているみたいだけれど、それを撮影している人もかなり強いみたいだ。

 それに、やっぱりこのニャって言ってる人って……。


『さぁみなさん!ここで待機です!』

『大体1000人くらいかニャ?こんだけの人数運べるのかにゃあ……?』

『できるんじゃないですかね?だってたい……ボスですし』

『いやボスには無理だと思うニャ。多分人数見たら数秒固まるニャ。あのロボならできるかもだけど』

『まあ何とかなるでしょう!』


 言葉の節々から、計画性の無さというか、勢いで解決に動いたような雰囲気を感じるけれど、それを押し通せる強さがある人達なんだろうという頼もしさも感じてしまう。

 この感じは、やっぱり最近よく目にするあのクラスメイトの雰囲気に似ている。


 私がそんな事を考えていると、突如モニターから轟音が聞こえ始めた。

 撮影者が後ろにスマホを向けると、大聖堂の屋根を突き破って、どこかで見たような火柱が立ち上っているのが見えた。


『何ニャ!?』

『わわああああ!?ってあれ絶対たい……ボスがやらかしてますよ!』

『おっまえさっきから名前言いそうになっててこえーニャ!』

『ギリギリ言ってないのでセーフです!って、あれ大聖堂崩れませんか!?』

『あー!ちょ……結界!結界張るから全員伏せるニャ!流石に1000人守るサイズは立たれてると厳しいニャ!』

『へー!結界ってそう言うものなんですね!』

『エルフのくせにそんなんも知らんポンコツは黙ってるニャ!』

『エルフってばらさないで下さいよ!わ!破片すご!?土煙すご!』


 そこで、サイトが落ちた。


 うん、あれ多分犀果君だよね?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る