第252話

「これはこれは、犀果様」

「どうもどうも。ちょっとお願いがあって来ました」

「お願い……?一体どのような?」

「これからヴェルネスト聖国っていうとこにいる法皇を潰してくるので、世界中の教会信者の面倒を見てください」

「…………はぁ?」


 私は今、聖女様の婚約者である犀果大試様と対面している。

 突然の要請で驚きましたが、聖女様縁の方となれば、多少の無理を通してでも会わないわけにはいきません。


 ……ただ、私は彼が苦手です。

 彼に関して伝え聞く事が、どれもこれもとんでもないものであり、私には理解ができない相手だからです。


 初めて彼を目にしたのは、彼のお父上が授爵したときでした。

 聖女様の幼馴染だと聞き、どんな少年なのかと興味がありましたが、それと同時に、聖女様の従者として選ばれなかった者であるという事も知っていたため、あまり期待はしていなかったのです。

 きっと、もう一人の幼馴染である桜井風雅さんに勝るものではないのであろうと。


 彼を目にしての第一印象は、平凡といったところでしょうか。

 隣にいた彼のお父上である犀果帯秀殿と比べれば、そこらにいる普通の少年であるという印象しか受けなかったと思います。


 それなのに、気がつけば王子と正面から揉めたり、聖女様や王女様、公爵令嬢様の婚約者となったりと、驚くような話題に事欠かない人物となっていました。

 内乱をたった数人で早めに終息させたと聞いたときには、何かの間違いなのではないかと疑ったものです。

 極めつけは、我ら教会が絶対の敵であると定める魔族と接触し、友好的な関係を結んできたというではありませんか。

 教会の情報部からその話を聞いた時には、流石にもう冗談なのだろうとしか思えず、理解するのを拒んでしまいましたよ。


 そんな彼からの緊急の連絡。

 これまでで一番の驚きを私に与えるものなのではという予感は、確かに当たっていたようです。

 ただし、思っていたよりも今の彼は、攻撃的というか、こちらと建設的な会話をする気がないように見えます。

 授爵式のときにも、聖女様の護衛を突然お願いしたときにも、こんな雰囲気は纏っておりませんでした。

 一体この数ヶ月の間に、彼に何があったというのでしょうか?


「……詳しくお話をお聞かせ頂けますか?」

「ヴェルネスト聖国とかいうところにいる教皇が俺に暗殺者を送り込んできた。それ自体は撃退したけど、このままだとまた送ってくるだろ?『俺達の価値観に合わせないなら死ね』とでも言わんばかりの不快で傲慢な態度だしさ。何より、俺を殺そうとしたのと、聖羅を連れ去ろうとしている事が許せない。だから、潰すことにしたんです」

「はぁ……それはまた……」


 コイツは、頭がオカシイ。

 私の奥底にある恐怖心が、関わり合いたくないと悲鳴を上げる。

 しかし、私の意見などまったくの無意味。

 一方的に指示を出して、それに従わないのであれば、私もヴェルネスト聖国の教皇同様に命を狙いにくるという言外の警告が聞こえてきたような気がします。


「一応言っておくけれど、俺、アンタに対してもかなりイライラしているからな?」

「至らない点があったようで申し訳ございません」

「至らないっていうか……、アンタは、自分の命より大切な誰かを奪われそうになったことある?」

「ありませんが……」

「俺はさ、暗殺者を捕まえて独自に情報を吐かせた。そいつによると、最終目的は聖羅を連れ去ることだったらしい。そんなの許せるわけないよな?そして、あんたらは聖羅を利用するばかりで、こういう危険から俺達を守るどころか、事前に警告することすらしてなかっただろ?それが調査力不足なのかわざとなのかは知らないけれど、俺からしたらどっちでも同じことだ」


 最果様から放たれる雰囲気が、完全に敵対的な物であると認識してしまっているのを感じます。

 その目は、狂気に飲まれたようになっていて、それでも尚純粋な愛まで感じる不思議な色をしていた。


「教皇が2人もいるから面倒なことになるんだ。だから、さっさと片方を消してくるのが今俺にできる一番の対象法だと思うんだよな」


 さらっと言ってのけましたが、そんな事をさも当然であるかのように話が進んでいきます。


 たった数分話しただけで、彼は帰っていった。

 私に混乱と羨望の感情を与えてから。


 あの目は、確かに狂気の色がみえました。

 しかし、その中には強く大きな愛があるように感じたのです。

 アレ程に純粋で貪欲な彼を見て、私は感動してしまったのです。

 これこそが、聖女様の横に立つに相応しいものなのだと心の奥底で理解したのです。

 私もあの様になりたい……。

 まだ15歳の少年から教えられてしまったのですから、教皇としてそれに抗うことは出来ません


 いつか、彼と聖女様が手を取り合ってこの世界に平穏が訪れるように、彼の目に見とれてしまった私ができることをしましょう。

 それが、あの常識では測れない男性に私ができる数少ない貢献なのですから。


 ……うん、やっぱり若い男の子はいいものですね。



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