第236話

 天変地異、そう呼ばれる現象を実際に目にする機会は少ない。

 そもそも少ないからこそ驚くべき現象とされているわけだが、それだけではなく、目撃した者たちの多くは、その現象の犠牲者となってしまうからだ。

 近年でこそ映像技術などの発展で、資料として世界中で見れるようになってきたけれど、テレビもカメラもない時代にその現象を目にすることは困難だったはず。


 それは、地震であったり、噴火であったり、津波であったり、それら全ての組み合わせだったりもするわけだけど、俺達がたった今目にした蝗害も天変地異の一つと歴史上ではよく言われる。

 羽を持ち、飛び回る能力があるある種のバッタが、生息密度が上がると途端に機能の全く違う子孫を残すようになって、その子孫たちが群れで広範囲に渡って移動しながら、ありとあらゆる植物性のものを食べ尽くす。

 ソロ活動がメインの時には食べないような硬い植物だろうと、仲間と一緒になった奴らは迷わず食べる。

 ボッチ達が群れるとヤベーっていうわけだ。


 蝗害は、世界中の歴史上でも、多大な被害を出していることがわかっている。

 殺虫剤で発生を予防することができるようになった現代と違って、昔の人類にこれに対抗する手段はほぼ無く、まさに蹂躙されるだけだったらしい。

 しかも、蝗害が発生する原因には、他の自然災害なんかも関わっていることが多くて、泣きっ面に蜂というような具合に、災害からその地域を立て直そうとしているところで被害が出てしまうことも多いんだとか。


 蝗害を引き起こすバッタにとってもっとも繁殖しやすい環境は、あんまり高くないイネ科の草が大量に生えている草原が広がっている状態だ。

 ついでにある程度温かいと更に良い。

 これは、大雨で洪水が起き、大量の樹木が流されて草池ができたり、逆に雨が少なくて川が干上がりかけ、川底だった場所に草が生えるような時に整いやすい。

 といっても、どれだけ条件が整ったとしてもすぐに蝗害が発生するわけではなく、何年もその状況が続いて、個体数が増えていかないと蝗害を引き起こすような形態になることはない。

 成長途中で蝗害タイプのバッタになるんじゃなく、生まれたときから蝗害用のボディになることが宿命付けられるので、どうしても何世代か経てからじゃないと大きな群れにはならない。

 にも関わらず、歴史上では何度も発生していると言うんだから嫌になるな。


 因みに、前世で北海道の十勝平野が見つかったのは蝗害のおかげだったらしい。

 北海道でバッタが何度か大発生して、海をわたって来られたら怖いからとその原因となった場所を突き止める事を目的に、探索隊が北海道に送り込まれた結果見つかったのが、今で言う十勝平野だったと聞いた。

 当時の北海道なんて、犬よりヒグマのほうが多いような時代だったろうに、よくあのアホみたいに広い北海道の中からバッタが発生した場所なんて探し当てることができたもんだなと感心する

 彼らのお陰で、ソフィアさんが変な場所に暮らすゲームが出来上がったんだと思うと、それはそれで感慨深い物があるけれど。


 天変地異と呼ばれる現象を人間が防ぐことは難しい。

 地震・雷・火事おやじを未然に怒らないようにするのは大変だからだ。

 だけど、蝗害に関してだけ言うのであれば、今までの人類が培ってきた知識や技術によってコントロールしていたかもしれない。

 まさか、それを単純な攻撃力によって対処するなんていうぶっ飛んだ事態に直面なんてしなかっただろうさ。


「楽しみに……楽しみにしていたのに……!」


 地雷系ドラゴンお姉さんの怨嗟の念が聞こえる。

 見た目はまだ人間体状態だけど、背中からドラゴンの翼を出して、カメリアさんの前で滞空している。

 彼女は、自分の不満を全て的にぶつけるかの如く、桁外れの魔力を練り上げていく。

 いつの間にか、広大な周りの土地全てで竜巻が起き始め、更にそれらが合体しつつ巨大化していく。

 先程まで、ただ只管進んで食うことしかしてこなかった奴らは、もう既にドラゴンが操る大気の中に取り込まれ、ミキサーのように切り刻んでしまっている。

 しかし、膨大な数のバッタが壊滅状態になってしまっても、その嵐は納まらない。

 気がつけば、天変地異をすら消し飛ばす天変地異となっていた。


「カメリアさん、クレーンさんってドラゴンの中ではどのくらいの強さなの?」

「我々ドラゴンが作っているドラゴンランキングでは、10位ですね」

「ドラゴンランキング?」

「ドラゴン同士で暇つぶしに戦い、最後は順位付けを行ったものです」

「つまり、クレーンさんより強いドラゴンが最低9体はいるのか……」


 既に、見渡す限りこの世の終わりのような竜巻によって薙ぎ払われているけれど、これで10位って……。


「私たち、彼女より強いドラゴンたちは、彼女の起こすこの嵐もお構いなしに直進し、顔面に拳を打ち込めるような者たちばかりなので……」


 ドラゴン怖い……。


 直径が数キロじゃ足りないくらいの大きな竜巻が消え去ると、後には何も残っていなかった。

 あの膨大な数の黒くてデカいバッタも含めて、全てが消し飛んだらしい。


「綿花畑、作り直しかぁ……」

「他の作物は無事だと嬉しい」

「綿花ぁ……なんであの蟲はそんなもの食べにきたんだよぉ……」


 先程まで殺意に支配されてビッキビキにキレ散らかしていたお姉さんは、いつの間にか元の地雷系アパレル店員へと戻り、カメリアさんの背中でメソメソしていた。

 これ、なんて説明すれば魔族たちは納得するかな?

 ドラゴンがキレましたって正直に言ってみるかなぁ……?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る