第225話
「最初は、その……何もわからず道に迷っているところを助けていただいただけだったのです。悠久の時を生きる私達ドラゴンですが、だからこそ新しいものを見に行きたい欲求というものは強いのです。それでも、ドラゴンが人間の街に行くと大騒ぎとなるため、バレないように人の姿をとるというのが、我々の間での不文律なのですが、それでもやはり普通の人間と会話まで行くには度胸が必要でですね?何度街まで行っても、結局1人で歩いて終わりなのです。だからこそ、数十年ぶりに赴いて、何もかもが変わってしまった町並みに戸惑い彷徨う私を見ていられなかったのでしょう。あの人は……ルージュのお父様は、とても優しい方なのです。それに、肉体もその……当然ドラゴンである私のほうが強いはずなのですけれど、抗いがたい魅力と言いますか……筋肉も美味しそうで……鎖骨など特によかったですね……。声をかけられ、たまたまその日はお休みなので街を案内してくれると申し出てくれたのです。仮に悪意を持ってどこかに誘い込まれたとしても、私なら対処可能ですので。ですが、彼は終始紳士でした。そのまま楽しく人間の街観光をした後、居酒屋で夕食をとりました。人間の作るお酒は、昔からとても美味しいとは思っておりましたが、彼が進めてくれたお酒を飲むと、それまでの常識が全て覆るほどの美酒でございました。甘く、香り高く、料理にも合うと文句なしでしたね。なので、ついつい飲みすぎてしまい、私の気持ちもどんどんと大きくなって、付き合って飲んでいた彼が潰れたのを見てしまった私はもう……!もちろん我々ドラゴンは単為生殖が可能な完全無欠な人造生物ですが、人間の雄と交われないわけではなく!」
ルージュちゃんが、ちょっと見てて可愛そうなほど真っ白になっている。
顔を赤くしながら語り続けるカメリアさんは、そんなことにも気が付かずに赤裸々に語っていて、それはそれでドラゴンってものがどんな事を考えているのかの重要なデータになりそうだけれど、流石に実母のそういう話しを聞かされるのはちょっと……。
あーシチューうめー。
「ドラゴンの郷に戻ってきてから、仲間たちには事の次第を伝えました。しかし、流石に私も、そして仲間たちも、生まれたルージュに赤裸々にそれを伝えるのは憚られ、そのままずるずると15年が経ってしまいました……。ルージュの航続可能距離はそこまで長くなく、人間の住まう場所まで行くことは無いだろうと思っておりましたが、こうして人間と会ってしまった以上、黙っているわけにもいかないでしょう……」
「…………では……余は…………人間の男の下卑た欲望によって生み出されたわけではなく……」
「どちらかというと、私のフェチによってデキてしまったといえるでしょう」
「のおおおおおおああああ!?」
ルージュが頭を抱えて悶えている。
自分の信じていた怒りや憎しみが、全くの勘違いだったどころか、むしろ自分の母親側の有責っぽいと知ってしまったのだから当然かも知れない。
真面目で潔癖っぽいから、さっきまでの自分の行動に相当な羞恥を覚えているようにみえる。
全く無関係の俺達に致死性の攻撃をほぼ出会い頭に話もろくに聞かずしちゃってるからなぁ。
「聖羅、この娘は大分精神にダメージを負ってるみたいだから、心が落ち着くアレをだしてくれ」
「わかった」
俺は、
流石にその名で呼ぶと何言われるかわからないから、ニュアンスだけで伝えてみると、ちゃんと伝わったようだホッとする。
しかも、まるで全てわかってたかのようなスピードでグラスが渡された。
お湯を沸かす暇すらなかったはずなんだが、流石は幼馴染といった所か?
「ルージュさん、とりあえずコレでも飲んでくれ。心が落ち着く」
「……すまない、筋近いの因縁で貴殿らにあのような狼藉を働いた余に対して、このような施しを与えてくれるなんて……。どうやら、本当に余の見識は完全なる勘違いだったようだ……」
「いや、人間だろうがなんだろうが、ゲスな奴はいるだろうし、完全なる間違いだというわけでもないんじゃないか?ただ、それと一緒にされるのは流石に嫌ではあるかな?それでも、端から男を信用するのも問題だろうし、難しいよな」
「……感謝する」
礼を言って、グラスの中身をチビチビと飲み始めるルージュ。
完全に心の中の整理がついたわけではないんだろうけれど、あまりに衝撃的すぎて、逆に冷静になってきたといった状態に見える。
何にせよ、こればかりは彼女自身が自分で折り合いをつけるしか無いんだ。
母親が発端となって起きた勘違いだったとしても、それを認め、前に進むことができるのは自分だけなんだから。
「……おいしい、な……。そうか、人間はこんな飲み物も作れるのか……」
「コレ作ったのは聖羅だけど、きっと作り方さえ覚えれば、魔族たちも作れるようになるぞ。というか、そうなってほしいから、協力をお願いしに来たんだ」
「そうなのか……身重のお母様の代理として対応に出向いたつもりだったが、そのお母様自身がここに来ているのであれば、余の出る幕ではない。だが、余個人としては、このような美味しいものが作れるなら、協力したいとも思う……な……」
少し顔を赤くしながらルージュが言う。
聖羅のニョキニョキで育った草花によって作られた加工品達だけど、今後魔族たちが作り方を覚えていけば、いつか当たり前のように皆が手に入れられるものになるだろう。
目標は、この魔族の領域から、砂漠という自然環境を全て消し去ることだ。
前世の砂漠では、そんなことはまず不可能だっただろうけれど、この世界には聖女の力以外にも、魔術という強力な物が存在する。
魔族の領域にある広大な砂漠の緑化は、今まで挑戦しても成し得なかったらしいけど、聖羅が作り上げたこのスタートとなる肥沃で広大な土地から少しずつ広げていけば、不可能ではないのではないかと考えている。
ついさっきまで俺達に殺意すらもっていたドラゴンの少女でも、照れているのか少し顔を赤らめながらも、美味しい美味しいといいながら5回もお替りするするくらいだし、食の前では、生物は皆一致団結できるものだ。
「……あれ?ちょっと飲むペース早くない?大丈夫か?」
「らいじょーぶれすぅ……るーじゅ……こんなおいしいおさけはじめてのみましゅたからぁ……」
あん?おさけ?雑草茶ではなく?
「よし、ドラゴンころしの出来栄えは上々みたい」
「……あの、聖羅?何飲ませたんだ?」
「桃と葡萄を使って作ったお酒。度数50%。甘くて飲みやすいからグイグイいけちゃうけど、案外度数が高いから、飲むペースによってはすぐ酔っちゃう」
「えぇ……?15歳にお酒飲ませたのか……?」
雑草茶じゃなかったのか……。
「あ、ご安心ください。ドラゴン族は内臓が人間より強いですから、幼少の頃よりお酒は飲んでいますよ?といっても、美味しいお酒を作れるような作物もないので、あまり良い物ではないのですけれどね。それに、純血のドラゴンであれば、強いお酒を飲んでも、数杯程度では発情する程度の効果しかないのですが、ルージュはハーフですから、少し酔いに弱いのかもしれません」
「つまり、カメリアさんは、酔って何もかもがわからなくなったから人間の男性を襲ったのではなく……」
「……その、ムラムラっと来てしまって……」
やっぱドラゴン系には樽ごと酒を飲ませるおとぎ話のやり方が正解なのか……。
コップじゃ無理だ……。
そんな事を、とうとう俺の膝の上に頭を乗せて寝始めたルージュと、それを見ながら聖羅が取り出したポリタンクで酒を飲み始めたカメリアさんを見ながら思い、夜は更けていった。
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