第224話

 荒野の夜は寒い。

 それは、気温の話でもあり、心の話でもある。

 湿度が低いから、昼間の熱気が維持できず、日が沈めばすぐに寒くなってしまう。

 そして、生命の少ないこの環境では、孤独が心に染みてくる。

 だが、その孤独が心地よい。

 瞬く星空。

 弾ける薪の音。

 この広い世界に、自分しかいないのではないかとすら感じる。

 きっとソロキャンパーは、こういうのを求めてるんだろうなぁ。


 もっとも、今この場に孤独は存在しないが。


「キャンプと言えば炭火でバーベキューだの、カレーだのって最近は思っとったが、シチューも悪くないのう」

「パンを炭火で焼くことになるとは思わなかったニャ」

「窯の作り方なら私にもわかる。今度教えてあげる」

「ほんと!?ならピザも作りたい!!」

「生地を練るのはお任せください!圧倒的なパワーで粘りを作り出します!」

「火傷は痕が残るからちょっと〜……」


 静けさの欠片もない夕食を取っている最中です。

 もともと食事の準備してたところだったんだもん。

 どっかのドラゴン娘のせいで遅れちゃって、もう辺りは真っ暗だけどさ。

 片付け大変だろうなぁ……。


「あの、我々もご一緒させていただいても本当によろしかったのでしょうか?」

「構いませんよ、多めに作ってましたし。それに、折角落ち着いて話せる状態になったようですし」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

「どうぞどうぞ、冷めないうちに」

「ん゛〜!!!ん゛〜!!!!」

「ルージュだっけ?お前も落ち着いたら飯を食わせてやるぞ?お母さんを見習え。せめていきなり殴りかかってくるな」

「ん゛ー……」


 猿轡を噛まされ、ロープでぐるぐる巻きにされているルージュと、その上にお座りあそばされている美人の奥様を見比べる。

 親子というだけあって、確かに顔は似ている気がする。

 申し訳無さそうな顔の母親と、未だに怒りのオーラが滲み出している娘で、真逆の顔を見せているけれど……。


「因みに、俺達がここに来た理由については何かご存知ですか?」

「申し訳ございません、私が事態を把握したときには、既に戦闘が始まってしまっておりまして……」

「じゃあ、その説明からしますね」


 俺は、ルージュにも説明したことを改めて話す。

 要約すると、魔族の領域の将来のために、各種族で代表者を出し合って会議という名の宴会をしたり、協力して農業をすることによって食料事情を改善したいということと、それにドラゴン族も参加してほしいってことだ。


「それで、えーと……長さん?」

「あ、申し遅れました。私、ドラゴン族の長を務めております、カメリアと申します。どうぞ、カメリアとお呼び下さい」

「そうですか?では、カメリアさん。是非、ドラゴン族の皆さんにも協力していただけないかと考えているのですが」

「そうですね……」


 そう言うと、思案気な顔になり悩みだす。

 そして、尻の下の娘を見てからこちらに話し出す。


「我々ドラゴン族は、確かに他種族を見下す傾向がございます。しかし、それは暴力的な衝動を抑えられず、享楽的に生きる者たちへのものであり、話に聞いたような理性に目覚めた方々が相手だと言うなら話は別でしょう。肉体的に弱いというだけでは、そこまでどうこうということはありません。ただ……」


 話しを区切り、再び下の娘を見つめ……。


「娘は、少し……いえ、かなりその辺りの偏見が強いようでして……」

「殺されかけましたもんね?」

「申し訳ございません!申し訳ございません!」

「ん゛ー!!!」


 抗議の視線を受け流しながら、カメリアさんと話を続ける。


「できれば、娘さんとも仲良くできればと思うのですが、何か原因でもあるんでしょうか?」

「原因……原因ですか……一応、思い当たる節があるというか、それしか思い浮かばない事があるのですが……」

「んんん゛!!!」


 その時、ルージュの猿轡が解けてしまった。

 ……え?口の中にそんなデカい石をぶち込まれてたの!?

 あのお母さん、案外やるなぁ……。


「人間など、お母様を誑かし!汚し!そして娘の私ごと捨てた下劣な奴らだ!貴様らと話すことなど無い!お母様も、どうしてこんな者たちに減り下っているのですか!?このような者たち、お母様が本気を出せば、一瞬で灰燼に帰せるではないですか!?こんな……!こんな変な剣を振り回す男の話なんて聞いて!」

「はぁ……黙りなさい!!!」


 バチイイイイイン!と、辺りに響き渡るほどの音を立てて頭を叩かれるルージュ。

 音だけではなく、砂埃も舞い上がる。

 ドラゴンの折檻は、随分とスケールがデカいなぁ……。


「ですが…‥!ですがぁ……!」

「ですがではありません!」


 とうとう泣き出したルージュ。

 なんだろうこれ……。

 友達の家言ったら、その友達が両親にガチ目の説教をされ始めたときくらいの居心地の悪さ……。


「重ね重ね申し訳ございません……。実は、娘はどうやら誤解をしているようなのです」

「誤解……ですか?」

「はい……」


 沈痛な面持ちで頭を抑えて蹲っていたルージュを立たせるカメリアさん。


「私の娘……ルージュは、人間とのハーフなのです」

「人間との?」

「お母様!?それは言わないでください!」

「事実です。それに、重要なことです」


 人間とのってことは、カメリアさんは人間と……その……アレな関係ってこと?


「……認めよう!余の体には、貴様ら人間の汚れた血が流れている!お母様は、人間の男に酒に酔わされ、その際に乱暴をされたのだ!卑怯な手段を使わずに、人間がお母様を無理やり怪我せるわけがない!お母様は!強くて!美しいんだ!」


 よくわからんが、お母さんのことが大好きらしい。


「ルージュ、そこが誤解なのです」

「何がですか!」

「私は、貴方のお父さんに無理やりになどされていません」

「え!?」


 ルージュが驚愕の表情で母親を見る。

 随分と驚いているようだ。


「確かに、そのあたりのことについて濁してはいました。両親のそういう事を赤裸々に教えるのもどうかと思いましたので。ですが、事ここに至ったなら、仕方がありませんね」

「赤裸々って……一体何を……」

「確かに、お酒の勢いで事に至ったのは事実です。ですが……」


 そう言うと、顔を赤らめて、目線を逸らす美女。

 正直、ちょっとくるものがある。


「その……半ば無理やり迫ったのは、私の方でですね……」

「…………はあああああああああああああああああああああああ!?」


 コロコロ変わるルージュの表情を見ながら、シチューを食べる俺。

 カレーにジャガイモが入っているのはそこまで好きじゃないけど、シチューにはジャガイモを入れる派だな俺は!


「成る程……酒の勢いで無理やりに男をのう!」


 熟女枠のエルフから何故か共感を得ているけれど、見なかったことにする。



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