第217話

「昔、ジャングルに行った時には驚いたものだ。草がこれ程大量に生えているのかとね。そして、それをこの不毛の大地でもと挑戦し、一度たりとも成功しなかった。我らだけではない、魔族の誰一人として、このような豊かな光景を作り出すことはできなかった。仮に草を魔術で出しても、気候のせいで枯れ果てる」




 そりゃ砂漠に草生えてもすぐ枯れるだろうさ。


 だって砂漠だもん。


 この世界にそういうのがあるかはわからないけど、前世の砂漠だと、雨期にほんの少しだけ降る雨で一斉に育って、そこで受粉等を全て行う短命の草花もあった気がする。


 そこに昆虫やハチドリが集まって生態系が出来上がっていたというんだから、生命の神秘ってのは凄いもんだと思う。


 流石に年に数回しか食事ができない生き方は真似できない。


 数十年とか数百年単位で寝る龍の爺さんなら余裕なんだろうけど。




「皆で協力して作り出した光景です。工夫をすれば豊かさというのは生み出せるんですよ」




 まあ、聖女の力を使いましたとは教えんがな!


 少なくとももう少しニンゲンと一緒に仲良く農作業にいそしむまでは!




 学校初日に、少なくとも力で劣らない事は証明した。


 あとは、技術や知識を使って、腕力だけに頼らない強さを見せていく。


 強さの基準が、壊し奪う事だけなんて詰まらん世界は終わりにしよう。


 そして、愛と平和の名のもとに俺に楽をさせてくれ。


 魔族との戦争なんて面倒な事はやめておこうよ?




「ふむ、協力か。確かに重要な事だな。では、我からキミに協力をお願いしたい」


「何でしょうか?」


「この場にある畑を全て我らライオンマンで引き取りたい。技術も込みでだ。作業は、キミたちにさせて上げようではないか。協力してくれるだろう?」




 …………ん?




「脳みそも頭の鬣と一緒に抜けたのか?」


「……なんだと?」




 あ、ヤベ。


 思わず思ったことをストレートに言ってしまった。




 俺の発言を受け、目の前のライオン顔が怒りに満ちていく。


 先程までの比較的穏やかな感じの表情が偽りで、こっちの怒り顔が素なんじゃないかなと思える程度には自然な移行だ。




「現魔王の継ぐ力を持つと言われるこのライオネス13世に対し、良い度胸ではないか小僧……」


「畑も作れねー猫がイキがるな。うちのグータラネコでもちゃんと仕事してるのに、鍬すら握ってないジジイに発言権なんて無い。人手も金も誠意も持ってこない奴に食わせる物なんてここには無いぞ」




 ここで弱気になる訳には行かない。


 いい加減俺も学んだ。


 偉そうにしている魔族相手に下手にでるのは悪手だ。


 強い言葉で威嚇しつつ、周りにコイツ見たいな舐めた真似しても引かないぞという姿勢を見せなければならない。


 自称魔王の次くらいに強いらしいライオン顔相手であってもだ。




 まあ、普通に怖いので、こっそり服の下に着ている『強制徴収型魔道スーツ試作型改』を起動しておく。


 因みに、改になって変わったのは薄さだけです。




 その時、緊張感が跳ね上がるこの場所に、もう1人ライオン顔の魔族がやって来た。


 クラスメイトのはずだけど、名前は分からん。




「アン?オヤジ、何してんだ?」


「ん?おぉ!レオフォードではないか!丁度いい。この畑を我らで使う事にした。他の反抗的な者たちを掃除するから、お前も協力するように」


「何言ってんだ?寝言は寝て言えハゲ。俺たちは畑を作るので忙しいんだよ。手伝わないなら帰れ」


「なんだと!?」




 あ!クラスメイトのライオン君ってレオフォードって名前だったんだ!?


 ごめん知らなかった!


 あのヤバイ奴カテゴリのトップ付近に入って来た狼耳のミリスだけは覚えたけど、他の奴らの名前は全然わからん!




 でも意外だな?


 このライオン顔のオッサンの子供だっていうなら、一緒に襲い掛かってくるかとも思ったけれど、むしろこっちの味方っぽい発言……。


 ヤダ……名前覚えちゃいそう……。




「貴様!ライオンマンの一族でありながら、力で支配するという絶対の掟を捨てる気か!?」


「いや、それ掟とかじゃなくてただそう言う奴が多かったってだけだろ?戦って相手を従えることしか出来ねーなんて、旨い飯を作る奴らに比べたらゴミでしかねーよ。オヤジがどんだけ魔力込めた所で、この大豆1粒すら作れねーだろ?どうせ、ノーギョーを支配して魔族の支持を得たら、魔王様を排斥しようとか考えてんだろうけど、タイマンで戦いに行けない時点でオヤジはもう終わってんだよ。大人しく隠居してろよ」


「……」




 信じられない物を見るような目で、ライオ13がレオフォードを見つめる。


 あれ?マジでいつの間にかクラスメイトの意識がゴリっと変わってらっしゃる?


 改めて見てみると、出会った頃と比べて、目がキラッキラしてる気がする。


 最初は、只々殺気を飛ばすためにメンチきるような感じだったのに……。


 周りを見回すと、他の魔族たちも同じように目をキラキラさせながら、飯を食ったり作業をしている。


 泉の精が生み出した奇麗な魔族にいつの間にか入れ替わってたりしない……?




 俺がライオンのオッサンと一緒に驚愕していると、飯を食べ終わった聖羅がやってきた。


 手にスコップとおにぎりを持って。




 次の瞬間、すごいスピードでおにぎりがライオン13おじさんの口に投げ込まれた。




「ごぼぉ!?」


「ゴチャゴチャとうるさい。まずはご飯のおいしさと、食材への感謝を覚えなさい」




 突然口内を蹂躙される感覚に慌てふためくライオンお父さん。


 良い子は、絶対真似するなよ?


 当然吐き出そうとするも、子ライオンに口を塞がれ、そのまま咀嚼させられている。


 すると、段々とその表情が和らいできた。


 あのおにぎりは確か、前世でカレーの匂いにへにゃへにゃになるネコがいっぱいいたのを思い出して作ったネコ科っぽい魔族用のカレーチャーハンおにぎりだったはずだ。


 ネコ科っぽい魔族に限らず、皆モリモリ食べてたせいでレギュラーメニュー化したんだけど、やっぱりネコ科っぽい魔族たちには効果絶大だったんだ。


 それを口に突然放り込まれた上に、それが今までの人生で食べていたクソマズグルメを一蹴するカレーの暴力だというのだから、耐えられる筈もない。


 気が付けば、へにゃへにゃのライオネス13世が出来上がっていた。




「……我が今まで食べてきたものは、砂だった」


「畑がどんだけ偉大かわかったか?オヤジなんて、この大地と比べたらちっぽけな存在でしかねーんだよ」


「そうだな……まさか、我が息子から説教される日が来ようとは……」


「素直に反省できるならまだ大丈夫なんじゃねぇの?それより、飯食ったならちゃんと仕事もして行けよ!働かざる者食うべからずって言うらしいぞ!」


「……我が、草を育てるのか……いいだろう!我らライオンマンが誇る魔族有数の力!とくと見るがいい!」




 へにゃへにゃしてたライオネス13世の目が、キラキラした物に代わっていた。


 なんだろう……俺達が作ったごはんって、心の浄化作用でもあったんだろうか……?




「おいお前!この畑を作ったというのはお前か?ここはライノセラス族が占拠する!」


「ここの作物を食べた妾の娘が、対陽光結界無しで陽の光を克服したと聞いた。その不可思議な畑、妾たちヴァンパイアが貰い受ける」


「エビや魚の養殖を成功させたと聞いた!リザードマンに全て寄越すが良い!」


「すまない、うちの娘がお世話になっていると聞いたんだが、バカな事言ってないだろうか?ミゾオチを殴ってくれとか……」




 今日だけで、聖羅のおにぎりが何回も炸裂した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る