第204話
「リリアの妖精術だっけ?あれはこの世界で使えるのか?」
「それが、どうも妖精がこの空間内には存在しないようで……」
「この隔離空間自体が、半径5mの世界を引き伸ばしまくっとるようじゃからなぁ。妖精が居たとしても、この広さじゃほーんのちょっとしかおらんじゃろ」
「えーと……気のせいかな?私以外の3人が、私がまったくわからないレベルの話しをしてる……」
もう体感時間で1時間くらい歩いているのに、景色が全然変わらない。
俺1人なら全力で走ってみるところだけれど、未だに京都に居たときの習慣で和服を着ているリリアさんと、呪いに当てられて具合が悪そうなソフィアさんと、この世界に怖がりっぱなしのアイドルちゃんにスプリントマラソンをさせるのは流石に難しい。
多分それができる女の子なんて、身近な所だと聖羅と有栖くらいだろう。
っていうか、聖羅は開拓村時代に一緒にやったことがあるし……。
「追いかけて」って気まぐれに言って走り出したから追いかけざるを得なかったんだ。
何事かと思って2時間くらいかけてやっと捕まえたら、それで満足したらしくてそのまま家に帰っていったけど……。
今だから「アハハ」「ウフフ」と恋人みたいなことがしたかったんだろうなってわかるけど、当時はとにかく意味がわからなくて1週間くらい何だったのか悩んでた覚えがある。
「……ん?」
薄暗い荒涼とした大地を歩んでいたはずなのに、気がついたら銀色でピカピカの場所に居た。
白銀の雪景色とかじゃなくて、本当に銀色な地面だ。
磨きに磨いたプラチナか何かみたいな輝きが目障りに感じる。
「なんか嫌じゃのうこの感じ……粘りつくような呪いの雰囲気じゃ……」
「確かに!こんなに綺麗なはずなのに、今すぐゴミに出したくなるような気味の悪さっていうか!」
アレだな……。
俺みたいな男子にボロクソに言われるよりも、美人に気味悪がられる方が何十倍もダメージでかそうだな……。
人ごとながらそんな事を思ってしまった。
アイドルちゃんもソフィアさんも、既にかなりこの世界に対してヘイトが溜まっているようなので、表情からも嫌がってるのが伝わってしまうのが大きいのかもしれないけど。
「恐らくですが、先程までの場所は、この隔離空間を作り出した犀果さんの同級生の男子の方によって形成されていた場所だったのでしょう。そして、この雰囲気の違う部分は、巻き込まれた男性のエリアということなのではないでしょうか?」
「あの聖騎士団長、鎧だけじゃなくて、心の中まで傷すらついてないピカピカなのか」
「……むしろ、そう主張したいからこそのこの煌めきなのかもしれません。普通に考えれば、呪いの気配を発していた人間が、心に傷を持っていないわけてないのです」
「あー……他人呪うくらいだから、なんかどす黒く曇ってそうだよな」
「そこまでは言え……ますね……」
やはり、京都の由緒正しいお家で育ったご令嬢からしても、呪いに支配されるやつはそんな扱いらしい。
それでも、呪いをエネルギーにしてこんな空間ができちゃうんだから、手段を選ばないのであれば効率は悪くないのかもしれない。
正気を失っていたようにも見えたし、絶対に俺がまだ知らないデメリットだらけなんだろうけど。
「……んん?」
俺が考え事をしていると、俺の首に腕を回し、ふよふよ浮きながら引っ張らせて楽をしていたソフィアさんが呻くように声を出し始めた。
更に、アイドルちゃんも似たような状態になる。
「あ……あぅ……!チケットが売れない……!」
「なんじゃこれ……精神攻撃か?」
「どうかしました?」
「なんというかのう……頭の中に嫌なビジョンと言うか……。そうじゃなぁ……今更気がついたんじゃが、恐らくコレは、ワシ自身が無意識のうちに心に残していたシコリのようなものを呼び起こしているような感じじゃな……。酷い気分じゃ……。うぅ……すまん……見捨てたのは事実じゃが……、仕方ないじゃろうアレは……。それにそのうちおぬしも精霊になるんじゃろうから許せ……」
ここに居ない誰かに話しかけながら、目の前で虫を食べるアイを見たとき並に嫌そうな顔をしているソフィアさん。
とりあえず直ぐに健康に影響が出る類のものではなさそうだけど、あまり長い間この状況を続けたいとは思えないな。
「……最果さんは、平気なのですか?」
「割と平気。リリアは?」
「……記憶にも残っていない、本物の両親についてのイメージが出ていますね……。気にしていないつもりだったのですが、改めてこうして見せられると、やはり思うところはあります……」
「そっか。俺は今のところそういうのないけどなぁ……」
個人差があるのかな?
心のシコリねぇ……。
俺にそういうのあるのかなぁ……?
強いて言うなら、前世の両親に分かれの挨拶もできずに先立ってしまったことかなぁ。
でも、神也に伝言は頼んだから、一応は俺の中で決着をつけてある。
だからそういうの出てこないのかも?
「あ!今になって俺にもそのシコリイメージ出てきた!俺にもちゃんと真相意識の悩みあったんだ!」
「他にやることもありませんし、もしご相談したいのであれば、私で良ければ聞きますよ?」
「それがさ、1週間くらい前に買って冷蔵庫に入れておいたプリンの存在を今更思い出した。くさっちゃってるだろうなぁ……」
「……そう……ですか……」
イマイチ納得のいっていない顔に見えるなぁリリアさん。
なんだい?なにか言いたいことでもあるのかい?
「大試、案ずるな。ワシはおぬしの味方じゃぞ」
「うん、俺もソフィアさんのことは信じてるよ」
「そうじゃろう?だからワシがおぬしの悩みを解消してやろう」
「え?そんな事できるの?流石ソフィアさん!」
「そのプリンなんじゃけど……実はこっそりワシが食べたんじゃよ。おぬしが冷蔵庫に入れたその日のうちに……我慢できんかった……」
「……まあ、無駄にするよりはよかったか……」
「すまん!今度奢ってやる!」
まずいぞ……オレの悩みが消えてしまった……。
これじゃオレが脳天気なアホみたいではないか!?
まあいいか。
実は、小さいときのボッチシーンはいくつか思い浮かんでるんだけど、何故かそれを今思い出しても大してダメージを喰らわない。
そういう事もあったなー程度だ。
多分、今となっては過去でしかないからなんだろうが……。
だって、婚約者なんてすごいものが俺にもできてるんだもん!
もうボッチじゃない!
調子の悪そうな3人を引き連れて歩き続ける。
少し歩くと、何かガラスケースの方なものがぽつんとおいてあるのが見えてきた。
「なんだコレ?展示ケースか?」
「博物館とかにありそうなケースですねー……」
ケースの中には、剣が展示されているのが見える。
そして、ケースの横には、展示品の名前が彫られていそうなプレートとなにかのボタンがあった。
この世界だとどうかは知らないけど、前世の知識で言うなら、このボタンを押すと説明の音声が流れそう。
にしても……。
「なんか、名前が彫ってあったっぽいのに、その部分が削られてるな」
「この剣に関する記憶を本人が忘れようとしたってことなんじゃないかのう?」
「ってことは、割と重要な物なのかな?」
「……もしかしたら、この空間から脱出するヒントかもしれません。作動させてみますか?」
「うーん……。うん、そうだな。だけど押すのは俺だ。3人は離れててくれ」
具合の悪そうな3人に任せるわけにもいかない。
そうじゃないとしても、こういう場面で女の子に矢面に立たせるのは気が進まないしさ。
「えぇ……?いや、これ押すんか……?明らかに気色悪い雰囲気が漏れ出ておるぞ?」
「お……お言葉に甘えて離れてますね……!」
ソフィアさんとアイドルちゃんは、特に葛藤したりもせず直ぐに避難した。
うん、コレは俺への信頼だな?
「……ご武運を!」
リリアさんも特に止めたりとかはしない。
こっちは間違いなく信頼だ。
そうに違いない。
まあ良いや!
何かあったらすぐ木刀で叩き壊してやろう!
ポチっとな!
『……何故だ…‥何故あの平民上がりの男が持て囃される……?剣の腕を見込まれて貴族の家に養子として迎え入れられたからといって、所詮は下賤な存在……。身の程を弁えさせてやらないといけないな……』
さっきのオッサンの声が聞こえてきた。
ウダウダとなんか言っている。
なんというか……、呪うってのはこういう感じの考えが積み重なっていった結果なんだろうなという気がするな。
『……おかしい……対等な条件で戦ったはずだ……。なのに、こちらの剣を叩き斬られただと……?これは、絶対に何かの不正があったのだ……。そうでなければ、あの下賤な者に、私が剣で負けるわけがない……』
いや、剣で負けたならお前が弱かったんだろうよ?
何故初手から不正を疑ってんだ?
克己心が足りない。
そんなんじゃ開拓村だとやっていけないぞ?
風雅ですらもう少し根性あったぞ?……いや微妙か?
『何故だ……?あの平民が、史上最年少で剣聖に選出されただと……?今までずっと、将来の剣聖は私だと言っていたではないか……』
剣聖は、その国で最強の剣士の称号だったはずだ。
そりゃ、剣で負けてんだからおっさんは選ばれんだろうよ?
って、もしかしてこの剣聖って、家の親父のことでしょうか?
学生時代は、母さんにズタボロにされていたってことくらいしか知らないんだよなぁ……。
王様と一緒に冒険者もやってたとか何とか聞いたけどさ。
『史上最高にして最年少の賢者と呼ばれる女と結婚してやろうと思ったが、何故か断られた……。おかしい……。私のような高位の貴族に靡かない女がいるのか……?戦って勝てば認めると言っていたが、挑んでも刃が立たなかった……。どういうつもりなのか……?』
いや、どういうもこういうも……。
もしかしてこっちは母さんか?
モテたんだな。
親のそういうの知るのはちょっと微妙な気持ちだけどさ!
『あの平民上がりの男が、何度も彼女に戦いを挑んでいるらしい……。その度に情けなく消し炭にされているようだがな……。無様だな……』
父さんも負けず嫌いだからなー。
でも、それより何より母さんが好きだったんだろうけど。
……それに、母さんへのアタックは、多分それが最善策だったはずだ。
『ふざけている……。あの男が賢者のあの女と付き合い始めただと……!?新しく即位した王も認める仲だとか……。何故だ……何故アイツが……!』
「のう大試、これまだ聞かないと行けないんじゃろうか……?」
「俺に聞かれても……。この場で一番ダメージでかいの、多分実の両親の色恋沙汰を聞かされてる俺だと思うんですけど……」
「もう燃やしちゃいましょうよ!」
「燃えるかなぁこれ……。多分燃えないゴミだよ?」
「……聞くしかないのでしょう。きっと、自分の主張を聞かせて納得させることこそが、この空間の主の目的なのだと思います」
しかたない……、続けるか……。
『王の不在時に、まだ幼い第1王子の手で奴らが辺境の地に飛ばされた……。第1王子に多少の手助けはしたが、あの愚物がここまで短時間で事を成した辺り、他にもあの剣聖と賢者に苦い思いをさせられている者たちがいたのだろう……。いい気味だ……』
『奴らを追放した件が王の逆鱗に触れたらしい……。第1王子が幽閉されるそうだ……』
『私にまで責任が波及したらしい……。熱りを冷ますために、教会へ入れだと……?お前たちだって、奴らに対して文句を言い続けていたじゃないか……!』
『なんということだ……。婚約者との間にできた子供が、私の子供だとわかるとまずいからと、叔父夫婦の養子……いや、実の子どもとされるらしい……。婚約も破棄だとか……。結婚前に手を出したのも不味かったというが、皆学生のうちにやっていることではないか……。何故私にだけ……!』
『教会の中でなら、私に見合った評価を得られるかもしれん……。あまり表立ってはできないが、実家からの手助けも多少は期待できるからな……』
『聖騎士団長の座についた……。私の前に居た者たちは、不正や脅迫によって辞めさせた……。どうせ剣を振ることすらないお飾り共だ……。私こそがこの地位には相応しい……。剣聖に最も近いのは私だろうしな……』
『何故だ……?未開の地に行っていたあの男が貴族になるだと……?あの王は何を考えている……!?……もう奴に王を任せてなど居られない……!だがどうしたら……!』
『あの男が王都へと戻る事で、何かで焦った奴らが居たらしい……。第1王子を脱走させ、そして都合の良い人員を教会の牢から連れ出す手助けをするように依頼された……。まあいい……、連れていきたいなら連れていけば良い……。どうせこいつは、聖女の護衛として呼ばれたにも関わらず、問題を起こしてここにぶちこまれているバカだからな……。だがその際に渡されたこの杭はすばらしい……。持っているだけで明らかに強くなれる……!第1王子が魔法学園の教師だという男から渡されたらしいが、協力の見返りに私にも1本回ってきた……。聖騎士団で私に恭順する者たちに交代で持たせていこう……』
『第1王子がヘマをしたらしい……。連れ出されていた奴らが助けを求めてきたから、なにかの役に立つかと匿ってやったのだが、そのうちの1人が杭を提供してきた……。馬鹿なやつだ……、持っているだけで強くなれる物を……』
『あの平民上がりの息子が、やけに活躍しているらしい……。またか……またなのか……?だが、情報によると、同じクラスに私の息子がいるらしい……。これは、あの父親からの借りを返してやる機会かもしれないな……』
『息子に叔父経由で杭を渡した……。叔母からは、完全に無視されているから助かった……。私の息子だ……これで鼻を明かせるはず……』
『ああああああああああああ!!!殺してやる殺してやる!!!!!!理由なんてもうどうでもいい!!!!!そうだ!!!!!最初からこうしてやればよかったんだ!!!!!!』
「よし、このケース吹き飛ばそう」
「よく言った!ワシもいい加減うんざりじゃ!」
ソフィアさんが指を鳴らす。
火柱がケースを包み、どんどん消し飛んでいく。
それに伴って、地面が震えだした。
「オオオオ!!!キサマァア!!!見つけたゾオオオ!!!」
突然その場所に異形のオッサンが出現する。
言動から察するに、俺を見つけたからこの場所に転送してきたんだろうか?
本当にこの空間は色々デタラメらしい。
「帯秀ェェェ!!!!いま殺してヤアルウウウウ7!!!」
肌の色が紫色になって、ムッキムキになったオッサンが、こちらに向かってタックルの構えで突っ込んでくる。
おい!剣で戦うんじゃないのか!?
「イヤアア!何か来てるんですけどー!?」
「わ……私にはちょっとむずかしそうです……!」
「ワシがやる!さっきと同じように消し飛ばしてやるわ!」
アイドルちゃんがリリアにしがみつき、リリアはリリアで精霊術も使えないし、使える術では火力不足と判断したのか苦い顔。
ソフィアさんはもうすぐにでもぶち殺したいという顔で指を鳴らす準備完了状態。
でも、ここは俺がやってやるべきだと思うんだ。
あのオッサンは、俺に用があるみたいだし。
「ソフィアさん、俺がやるよ」
「良いのか?ワシはまあ構わんが……」
「はい、もう人に戻せないのであれば、一息にトドメを差してやるのがオッサンのためですしね」
父さんは、自分なりの剣術を生み出して使っている。
我流だけど、それなりに技を作って流派としての形を完成させた。
だけど、それは優れた体力や体格と、極まった技術によって繰り出される一撃必殺の剣技だ。
俺も習ったけれど、未だにモノにはできていない。
なんせ、稽古相手が父さんしかいないから、全く有効打にならないんだ。
母さんには勝てないとはいえ、父さんも間違いなく理不尽な強さをもっているんだよなぁ。
とはいえ、こうして無警戒に突っ込んでくる相手にであれば、俺の未だに未熟な腕でも使えるだろう。
普段はそんなもの意識して使わないけど、このオッサンは父さんに執着しているようだから、きっと父さんの技で葬ってやれば喜ぶだろう!
知らんが。
「犀果流、奥義!」
木刀を頭の上に構える。
そして、自分にできる最速で持って踏み込み、オッサンに向かって力の限り振り下ろす。
「駿天轟麟斬!!!!」
まあつまり、守りとか考えずに全力で斬っちまうのが結局は一番強いよなって考えに行き着いた父さんが開き直って作った技だ。
俺が父さんにこれを使っても、酔っ払った状態でも往なされてしまう。
けど、剣を忘れたらしいアンタには、十分効くだろう?
「ぐぎあああああああああ!!!!?」
世界樹の聖なる力が宿っている木刀で、異形のオッサンは真っ二つになった。
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