第203話

 その頃、隔離空間の外では―――――――――――




「あーもー!折角調子ノッてた聖騎士団を一網打尽にする計画だったのに、なんでどいつもこいつもバケモノになってんのよ!?」


「さっきの大試に喧嘩売ってた奴が自殺したのに引き摺られて変身した。原因はわからないけど、もう人の魂は残ってない。全部変な気持ち悪いエネルギーに変換されて消費されてる。魔物って言っていいと思う」


「聖羅さんがそうおっしゃるのでしたらそうなんでしょうけど、元々人だったとわかるとやり辛い面もありますね……」


「じゃあ私がやる。多分聖女パンチと聖女スラッシュで倒せる」


「攻撃のための技名の前に聖女ってつけるのって相変わらずすごいね……」


「理衣さんと私は、運営側として観客の避難を優先するわ!行くわよ!」




 王都中の様々な場所で人妖が発生し、この実技試験の会場からでもわかるくらいに大混乱が起きていた。




「聖羅!アイツのことは助けなくていいの!?あの黒い場所の中にいるんでしょ?」


「多分。私にもよくわからない結界で封じられてるから、多分リリアのちからだと思う。まあ、大試なら多分自分で解決して出てくるだろうし、それなら私は他で頑張ったほうが、後から大試に褒めてもらえる気がする」


「……確かに!大試さんなら他の皆さんを助けるほうが褒めてくれそうですね!」


「はぁ……。じゃあアタシも頑張って、精々褒めさせてやるわ!」




 聖騎士団長に従って学園へと来ていた騎士団員がいたため、下手をすれば大きな被害が出るところだったが、運がいいのか悪いのか、この場には人妖相手に正面から戦える者たちが大勢居た。




「天狗くん!巨大化!」




 学級委員長、京奈が式神を使い、慣れないながらも人妖を制圧していく。


 思いがけず手に入れた陰陽師としての能力だが、この場において最大戦力であることは間違いなかった。


 少なくとも、対呪いという事で言えば、特記戦力である聖羅等を除けば、最強とも言える活躍をしていた。


 デカい天狗は強い、簡単な話だった。




 ただ、人間を除けば、他にも強者は居た。




「おいおいおい!ニンゲンの町ってのは、随分とデンジャラスだなぁ!?町中にあんなに大量の魔物が出るなんてよぉ!」


「いやいやいや!こんなの普通じゃないッスよ!?それにあれ、呪いがブレンドされてる上に、人間が材料になってるっス!人妖ってやつじゃないっスかね!?」


「そうなのか!?そんなの知ってるなんて、流石日本出身のユキオナゴだなぁ!」


「軽々しく人外だってバラすこと言ってんじゃねぇッスよオッサン!!!」




 駅前を中心に、どこからか湧いた人妖を倒していく2体の魔族。


 一応人間の姿を保っているので、周りの人たちも、なんか強い人がいるなーと心強く思っているだけで済んでいる。




「あれ!?パパ!?なんでここにいるの!?」


「……お?おおおおおおおおおお!?エリザ!?エリザかあああああああああ!?」


「ニャあああああああああああ!?まおーおおおおおおさまあああああああ!?」


「ファムも元気だったかあああああああ!?」




 自らの一応の主人が面倒な試験を受けているときに、試験期間中は受験するもの以外休みだからと舐め腐って食い倒れに明け暮れていた娘との感動の再開もあったりはしたが。




「何故城内に魔物が出現しているんだ!?」


「我々が倒した2体以外にももう1体出現が確認されましたが、王妃様が撃破いたしました!」


「うーむ……全兵士は完全武装をしろ!3分の1を残して、残りはすべて市中へと迎え!市民から犠牲者を出すな!」


「そう言われると思い既に出撃準備をさせております!すぐに出せます!」


「よくやった!俺もでる!」


「陛下はダメです!」




 人間も戦おうとしていたが、魔族の王と違い、本人が最前線に向かうことは許してもらえなかった。




 この時点では、大半の者たちがこの原因について心当たりがまったくなかったが、現時点でそれを何となく察しているの者が1人だけいた。


 謎の黒い杭の出どころを聞いていて、更に目の前でそれを取り込み人妖になった者を見た、どこかの僻地から出てきた男だ。




「あーくそ!なんでこんなにとになる!?おい!もう意識ねーのか!?」




 まあ、風雅っていう奴だが。


 目の前でつい先程までまた発作を起こし例の杭を体に突き刺していた仲間の男が、その杭を思いっきり自分に突き刺して、いきなり理由のわからないバケモノになったのだ。


 なんとなくヤバいものであろうと思っていた杭が、やっぱりヤバいものだったわけで、自分がもしあの杭を持ち続けていたらどうなっていたかとヒヤッとする物を感じていた。


 それと同時に、あの聖騎士団長に渡した分がどうなっているのかというのも気になったが、それより何より目の前のバケモノに対処する方が先決だった。




「くそっ!殺すぞ!?良いんだな!?恨むなよ!!」




 そう言って、新調した魔道銃で、つい先程まで仲間だったバケモノの急所を正確に撃ち抜く。


 狩猟王によって齎される効果は、このバケモノにも有効であるらしく、どこをどのくらいの威力で攻撃すれば死ぬのか、正確に把握することができていた。


 更に残念なことに、そうやって得られる情報の中には、既に元仲間が人間を辞め、後戻りできない状態になっていることまで把握できていた。


 不幸中の幸いで、他の者からの連鎖による人妖化だったため、呪いのチャージがまだ足りていなく、隔離空間の発生まではしていなかったからこその奮戦でもあったのだが。




(あの杭の影響だとしたら、あれを持って頭おかしくなった奴らも同じ様になってたりすんのか?騎士団長辺りもかなり怪しかったけどよ……)




 いずれにせよ、このアジトの中に居てもしょうがない。


 足を引っ張りそうな仲間も居なくなってしまったし、さっさと逃げる事にした主人公。


 実のところ、案外一緒に誰かがいる状況も悪くなかったなと今更思っていたりもするが、まあ今更どうしようもない。


 今は、自分の身の安全を最優先しなければならない。




 そう思って外に出ると、王都中で騒ぎが起きているのが音や臭いでわかってしまう。


 これは、完全に戦いの臭いだった。




(……まあ、俺には関係ねーな)




 自分は追われる身、今更良い子ちゃんぶる気にもなれない。


 そう思ってフードを深く被り、聖騎士団が所有する建物から逃げ出した風雅。


 しかし、少し進んだだけで、この騒動の原因と思われるバケモノがまた現れた。


 先ほど殺した元仲間よりは、そこまで力を感じない雑魚だ。


 この強さの差は、例の杭を所持していた時間や、それを所持している人間とどれだけ長く一緒に居たか、または他人を呪っている度合いによって変わっていたが、それは風雅にはわかっていない。


 何故自分があのバケモノになっていないのか気にはなったが、どうせわかるわけがないので、考えるのを辞めた。


 その原因は、既に大試に心を折られ、呪うという行為を本気で行えてなかったのが大きかったが、本人が知ることは恐らくないだろう。




 風雅から見て雑魚でしかないバケモノだが、一般人からしたら十分な脅威だ。


 現に、目の前で母親と男の子が殺されようとしている。


 無視して走り抜ければ、あの親子に気を取られている間にバケモノを振り切れるだろう。


 そう思って走る風雅。




「「……え?」」




 まあ、基本的にこの世界の風雅は、ゲームの風雅と違って、何においても中途半端なため、見捨てることもできなかったりするんだけど。


 相手が大試であれば、急所を撃ち抜くことも可能なのに、それ以外の相手に大して悪役になることすら満足にできない男だった。


 気がついたら、残り少ない銃弾でバケモノを倒してしまっていた。




「おい!さっさと建物の中に避難しとけ!そこの店の中には、今のやつは居ない!」


「え?え?」


「お兄ちゃん、なんでそんな事わかるの?」


「うるせーな!どうでもいいだろそんな事!音と臭いでわかるんだよ!獲物を探すスキルだ!これでいいだろ!」




 こんな所で時間を食うわけには行かない。


 だから早く避難しろと思って凄んでみるが、相手からの好意的な空気がなくならずむず痒い。




「ありがとうございます!」


「ありがとうお兄ちゃん!」




 笑顔でお礼を言って建物の中に避難する親子。


 含みもなくお礼を言われたのなんて、開拓村で狩りの手伝いをしていたとき以来だな……とふと思ってしまう。




(……あーくそ!逃げる途中にいるやつだけだぞ!)




 銃弾は、残り少なくて心もとない。


 炸薬は、魔力によって代用されているために必要ないが、この魔道銃は弾丸だけは実弾だった。


 補給無しで戦うことは難しい。


 風雅は、大試に叩きのめされてから持つことにしたナイフを引き抜き走り出した。






 ――――――――――――――――――――――――――――






「そういやさ、リリアはなんで試験会場に来てたんだ?まだ学園に編入したわけじゃないよな?」


「はい、夏休み明けからということになっていましたね。今日は、犀果さんの応援に来ていました」


「そうなのか?それはありがとう」


「ただ、外で屋台がいっぱいありまして、そこでさんどいっち?というのを買って食べていたら、もう試合が終わってしまっていましたが……」


「あー、食ってたもんなぁ……」


「美味しかったです!王都のお料理はどれも美味しいです!」


「いや、こんな所で何悠長に談笑しとるんじゃおぬしら……」


「むしろもっと楽しいこと話しませんか……?なんだかもう怖くてどうにかなりそうで……」






 ――――――――――――――――――――――――――――




 現時点で一番危険な立場にいるのは、間違いなく隔離空間に囚われた大試たち4人だったが、理不尽に晒され続けている男は、悪い意味でそういうものに慣れてしまっていた。






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