第200話
マップの反対側へと走りながら考える。
今回の実技試験で、俺が最も得をする動きは何か?
まず、勝つだけならこのまま走り抜いて、相手の護衛対象である壺に蹴りでも入れればいい。
剣による身体能力向上の恩恵は無いけれど、スーツと神獣バフによってそれを補えているから、多分相手より俺の方が早く敵陣まで行けるから。
まる義兄さんによると、剣バフが無くても、スーツと神獣バフだけで、普通の貴族たちの身体能力強化時の走る速度の2倍以上で走れるらしい。
今回の相手は、少なくとも学園の1組に入れる程度には魔力量も魔術のスキルもあるんだろうから、流石にその2倍で動くことはできないだろうけど、それでも多分俺の方が速いと思う。
もっとも、他に魔術は何も使えないから、魔術戦になったら負けるしかないんだけども。
でも、最短最速で走り抜け、壺を破壊するだけの結果なんて、そんな物全く面白くない!
折角こんなワクワクする遊びを提供してくれたんだ!
最大限楽しむのが礼儀なんじゃなかろうか!?
でも、この実技試験のルールは、俺限定の物を除いて考えると、4人対4人でやって初めて膠着状態を作ったり、試験らしい技術披露の場を用意できるものだ。
1人対4人じゃ、普通にやっただけだとすぐ終わってしまう。
相手がこっちを甚振るつもりだったならもう少し長引くかもしれないけど、それだって味方が2人もやられたら勝つために護衛対象を狙ってすぐに終わらせようとするだろう。
そんなの論外だ。
もちろんこれがFPSで、1戦がすぐ終わっても、その後即再戦ができるというならそれでもいい。
相手がムカついている顔を想像しながら、逆切れメッセージの嵐を喰らってもすぐに次で楽しみ治せる。
だけど、今回は多分この1戦だけしかない。
相手が銃を使うのも、俺が銃しか使えないのも、きっと今回だけなんだ。
え?何?サバゲ―みたいに自分でそういう機会を作ればいいじゃないかって?
そんな友達いねーし……。
家族の女の子たちに銃口向けられる程頭蛮族でもないので……。
じゃあどうするか?
もちろん、今回の相手に最大限に遊んでもらうんだ!
その為には、相手にも遊ばざるを得ない状況を作りだすしかない。
その為の絶対条件は、『相手よりも先にあの山を越える事』だ。
それも、できるだけ目立つように。
ここまでの茶番を演じてるんだから、相手は絶対に勝ちたいハズ。
その状況で、自分たちより俺の方が早く中央を突破されたとわかったら、どれだけ勝ちを意識していたとしても、狙いを俺の護衛対象じゃなくて俺にしないといけない。
放っておいたら、自分たちの護衛対象の変な壺を壊されて終わりだからだ。
まあ、相手は4人いるから、1人くらい別に動いて俺の護衛対象を狙いに行く可能性も0ではないけど、さっきかなりイライラしていたし、多分俺自身を狙って甚振り、最後に目の前で護衛対象でスイカ割りしたいんじゃないかなーと予想。
だから、相手の4人全員が俺に気が付いて追って来てくれるのが理想。
その為に、一番高い所で狼煙を上げてやる!
俺を追ってくるのが3人以下だったら、悲しいけど壺狙いかなぁ……。
山の頂上付近で、俺は背部のバーニアを全開にするようにイメージする。
それだけで、アホみたいに目立つ炎と音が出てくれる。
加速もそうだけど、斜面を全力疾走した事でそのまま空の方に向かっていきそうなエネルギーを、無理やり下向きのエネルギーに替えるのにも役立つ。
少なくとも、まだ相手は山からこちら側には来ていない。
相手がどう出るか、ここからはもう賭けでしかない。
頼む!勝つ事以上に、俺自身をどうにかしたいと思ってる変な人であってくれ敵の人!ごめん名前忘れた!
山を越えた。
噴射で姿勢制御を行って反対側の斜面に出ると、何とそこには相手が全員いた。
え?わざわざ山の上来たの?俺の狙撃ポイントでも潰しに来たか?
でもお前らは、4人いる上にスイカ壊せば終わりなんだから、俺はこんな所で悠長に狙撃することは無いぞ……?
まあいいか!それよりも勢い付きすぎて避けられん!
仕方なく、先頭にいた相手のリーダーっぽい奴にぶつかることにする。
多分一番強いのがコイツだろ?多少ぶつかった所で即死はしないだろ……。
最小限のダメージでやり過ごすために、膝をつかった。
「ぐぼあ!?」
相手が避けるかもと思ったけれど、全く避けずに顔面にめり込んでしまった。
死んでないよな!?4人全員無事だよな!?
「あ、悪い!死ぬなよ?まだ死なれたらつまんねーから!」
ぶつかった奴は、空中ですごい回転してから地面に叩きつけられていたのが見えたけど、まあこれでまだ外に転送されてないなら大丈夫だろ……。
「あぐっあ……お前ら!奴を追うぞ!撃ちまくれ!護衛対象まで向かわせるな!」
「「「了解!」」」
お!ちゃんと4人いるな?
それに追って来てくれるらしい!
最高だなぁお前ら!ちょっと好きになったわ!何だっけ名前?仙崎さん……は女の子の方だったか?こ……
こから始まるはず……あー思い出せない!すっきりしない!
相手は、俺が壺を壊そうとしていると思っているらしく、銃を乱射して何とか移動を妨げようとしてくる。
でもさ、森の中でそんなふうに撃ったところで、遠くにいる相手にはそうそう当たらないぞ?
だからこそここを選んだんじゃないのか?
って、こいつらがどういう関係で俺の相手に選ばれたのか知らないけど、選んだのはコイツじゃなくて教頭だったか?
あのおっさんもあんまり実戦でバリバリ働いてた感じしないから、どんな腹積もりでいたのか予想しにくいな……。
少し走ると、相手の護衛対象の壺が見えてきた。
ここで壊せば俺の勝ちだけど、事前に考えていた通り壺には触れない。
俺は、急加速と目くらましのために、再度背中から火を噴いた。
仮想空間だから良いけど、リアルの森だったら火事が怖いなこれ……。
念の為噴出方向に気を付けながら火を出し、すぐに右手の低木の影へと入る。
そのまま体勢を低くして移動し、壺の周りが木々の間から辛うじて見える場所を探して陣取った。
「奴はどこへ行った!?」
「わ……わかりません……炎が見えたと思ったら、消えていました……」
「熙史様、どうしますか!?」
「くっ……!この壺が壊されればこちらの負けだ!4人相手に戦っても勝ち目がないと考え、狙いをこれに絞ったのだろう!銃弾でも当たったのか何なのか知らないが、まだ壺に近寄れていないにせよその辺りにいるはずだ!お前たちで周囲を探せ!この壺は俺が守る!」
「わかりました!」
「じゃあ、3人で手分けしていくか?」
「それだと各個撃破されるのでは……?」
「相手は魔術も使えない雑魚のはずだ!」
「だが、あの走る速度は確実に……」
おうおう、大混乱じゃのう。
何はともあれ、これで相手の頭からは暫く俺の護衛対象を狙うって選択肢は無くせたな。
さぁ、やろうか!
(そうだなぁ……よし!じゃあ取り巻きっぽい3人のうちの1人を狙うか。むー……右太もも!)
ドォン!という発砲音としてはかなり力のある轟音が森の中に響く。
拳銃の発砲音って、案外1発だけだと情けない感じだったりするけど、やっぱその3倍くらいの速度で弾丸を飛ばせるスナイパーライフルの音は良いなー!
「ギャアアアアアアア!!!!?」
「なんだ!?どうした!?」
「撃たれたのか!?」
「おいお前ら!落ち着け!」
そりゃスナイパーが潜んでる森の中でじっとしてたら撃たれるだろうさ。
取り巻きの1人が太ももを手で押さえてのたうち回る。
人間の太ももには、血管の中でも特に太い大腿動脈が通っている。
映画なんかだと、太ももを撃たれた程度で死ぬ奴はそうそういないけれど、実際には撃たれるとかなり危険な場所だ。
人間の体重を支える脚の筋肉へと血液を流す血管なんだから当然だけど、一般人が実際に見ることは無いからあまりそんな血管があるというイメージも無いんだろうけど。
実際今俺が撃った奴も、かなりの出血をしているのが見える。
周りの仲間たちは、慌てふためいてしまっていようだ。
魔力が扱える奴らは、戦闘中は魔力で自分の体を無意識に強固にしている。
身体強化なのか魔術障壁によるものかは人それぞれだけど。
でも、少なくとも今回の相手であれば、全力の障壁でも張られない限りこのスナイパーライフルの銃弾で撃ち抜けることが分かった。
チートパワー持ちの聖羅や、天才のリンゼでもないかぎり、全力の障壁を長時間張る事なんて普通は無理だと思うけども。
ちょっとだけ不安だったんだよな、効かなかったらどうしようって。
まる義兄さんは大丈夫だって言ってたけど、やっぱり実際にやってみないと安心できないよ。
「止血!止血をしろ!」
「止血ってどうしたら!?」
「痛い!くそ!あああ!」
「とにかく押さえろ!」
戦場での狙撃手の昔ながらの戦い方で、相手の歩兵を死なない程度に、でも自力で歩けないように撃つというのがある。
味方は、その歩兵をなんとか助けようとするけれど、そうなれば狙撃手の思うつぼだ。
誰かを助けようと動きの鈍った人間なんて、戦場ではただの的でしかない。
だから、今俺がその気になれば、あいつら全員倒せちゃうんだけど、それだとつまらないなぁ……。
ここで死ぬくらいのダメージ受けた所で、外に送り出されて無傷になるだけなのに慌て過ぎだ。
あんまり痛みに慣れてないんだろうか?
でも、それじゃあ困る。
俺は、相手に緊張感を持ってもらいたくて撃っただけだ。
緊張感を持つどころか、まさか開けた所で固まってしまうなんてなぁ……。
(今度は当てないように、地面に向かって……)
ドォン!
また森の中に轟く銃声。
流石に相手も、地面を吹き飛ばした弾の驚異で我に返ったらしく、急いで木の陰に隠れた。
そうそう!そう言う動きが重要だぞ!
だけど、敵のリーダー君、壺の台座にお前が隠れてどうする?
いや、壺の事忘れて俺と戦ってくれるならその方が良いけどさ、今回の試験ってそれを守る姿勢を見せないといけないんだろ?
「蛮族が!!卑劣な手段を使いやがって!!!正々堂々と姿を現せ!!!!」
リーダーが何か言ってる。
でも俺は蛮族なのでコソコソとする。
「……くそ!お前たち!2人でヤツを倒しに行け!木の陰に隠れながら行けば狙撃銃なんて役に立たない!」
「そ……そうですよね!?」
「いくぞ!ブチ殺してやる!」
撃たれた味方を置いて、取り巻き2人目と3人目……あーもうB君とC君でいいや!
彼らが木の陰に隠れながら、恐る恐る進みだす。
どうやら、音の方向と、先ほど弾が当たった地面の吹き飛び方から、俺がいる場所を割り出して移動しているんだろう。
まあ、確かに俺が撃った位置はその方向だ。それは間違いない。でも……。
「スナイパーは、撃った後即移動するもんだぞ?」
「え?」
慎重に歩いてきたB君とC君だけど、俺がいるであろう所ばっかり注意していて、他の部分は警戒がおざなりだ。
だからこうして、隠れている俺にも気が付かずに、ゼロ距離から狙撃銃で撃たれるんだ。
また森の中に銃声が響く。
C君は頭を消し飛ばされ、そのまま光の粒子になって消えて行った。
ここで死ぬとこうなるのか!へー……!
「なっ!?あああああああああ!!!!」
B君がアサルトライフルを乱射し始めた。
1マガジン撃ち切ってもまだ引き金を引いていて、ほぼ錯乱状態だ。
この状態で撃っても可哀想なので、無視して他の場所へ移動する。
「おい!どうした!?何があった!?」
「なんだよ!どうしたんだ!?」
壺付近に残された2人は、この状況がつかめていないらしい。
ちょっと距離があったのと、木の陰から近寄ろうとしていたB君とC君が見通しのきかない場所にいたというのもあるんだろう。
でも流石にB君の奇声と、連続した銃声が響いてくる事に不安を覚えたようだ。
「……仕方ない!俺が様子を見てくる!お前はここで隠れていろ!」
「わ……わかりました、お気をつけて!」
そう言ってリーダーがB君の方へ移動していった。
完全に壺の事忘れてるな?
「こっちとしては好都合だけどさ」
「……な!?お前!」
取り巻きA君がリーダーが移動していったほうばっかり見ていたから、背後から忍び寄って頭を吹き飛ばした。
相手の頭から互いの護衛対象が抜け落ちている今、コイツはもう用済みだ。
あ、今の俺すごい悪役っぽい!
そんな蛮族で卑劣で悪役な俺は、銃声を聞きつけて敵が戻ってくる前にまた移動して森に潜む。
直後に、リーダーとB君が戻って来た。
「なんだ!?おい!アイツは死んだのか!?」
「わかりません!ですが、今ここにいないとなると……」
「おかしいだろ!?あの蛮族は魔術すら使えない筈なのに!」
「ですが……」
もうストレスで余裕が無いのか、隠れるという当然の事すらしなくなった相手2人。
こっちが連射せずにこっそりと倒しているから、長距離から狙われるという意識が薄れちゃったかな?
倒し方が、FPSっていうよりホラー映画のおばけかなにかみたいだしな。
(だったら、B君は狙撃してあげるか)
リーダーとB君が言い争っている場所からかなり離れた。
ここだったら、相手もあまり俺の事を見つけられないだろう。
俺は、スナイパーライフルで狙いを定める。
思えば、今日はスコープも覗かずに撃って倒しちゃってるから、やっと本来のスナイパーライフルらしい戦い方ができるな。
前世で世界最高の狙撃手の1人って言われていた人は、「スコープは光反射して相手にバレるからいらんわ」って言って外して狙撃していたらしいけど、流石にまだ俺はその境地には達していない。
ゲームだったらスコープ覗かずに撃つ機会の方が多かったけど、それは突撃ばっかりしてたからだし……。
狙うのは、やっぱり頭だな。
見た所装備していないみたいだけど、胴体部分だったら防弾チョッキに阻まれるかもしれないからなぁ。
軍用の防弾チョッキは、狙撃銃も止めるって言うし……。
そうなると、やっぱり頭を撃ち抜くのが一番確実だ。
狙っている場所から少し落ちることも考慮して、脳幹を撃ち抜く位置を狙い……。
ドォン!
轟音と共に、遠くのB君が光になった。
隣にいたリーダーが呆然としているのが見える。
あ、我に返って走り出した。
……いや、錯乱してるだけか?
アサルトライフル持ってるけど、もうデタラメに振り回しているだけだ。
流石にこうなったらあとはもうサクッと倒してあげた方がいいか……。
俺は、リーダーを追いかけて走り始める。
隠れることもせずに堂々と。
距離が50mくらいになった時に、リーダーが振り向いた。
驚愕の表情でこちらを見て、そして銃を構える。
まだ戦う意志は残っていたのか、それともただただ恐怖で反射的に動いているだけかはわからない。
「くるなああああ!!くるなああああああ!!!!」
リーダーがアサルトライフルを腰だめにもって乱射する。
さっきも思ったけど、なんでこいつらそんな引き金引きっぱなしにするんだろう?
そんなふうに撃ったって重心ブレて狙いなんて定まらないだろうに。
3発ずつくらいでやめりゃいいのに。
それか、最初から引き金を引いても決まった数しか弾が出ないセミオートにするかさ。
ただ、もうサクッと終わらせると決めたので、その弾幕の中を進む。
少し待ってれば30発くらいしか装填されていないからすぐ撃ち切るだろうけど、せめて最後はギリギリの戦いを演出したい。
相手の銃口の向きを見ながら、自分に当たるかどうかを判断していく。
当たりそうだったら避けて、そうじゃないならそのまま。
アサルトライフルの連射速度は凄く早い。
スーツや神獣バフで身体能力が上がってなかったらまず不可能だろうけれど、今の俺なら可能だ……と思う!
まあ、絶対ではないけど、やっぱりこのくらいのスリルは必要だと思うんだよな!
弾をすり抜け、枝を叩き折り、草をなぎ倒し、リーダーの懐に入って、ライフルの銃口を下から脳天をぶち抜く位置に押し付けた。
「じゃあな、まあまあ楽しかったわ」
「貴様あああ」
俺が放った銃声と共に、終了の合図であろうサイレンが鳴り響いた。
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