第198話
――――――――明日、王立魔法学園へ入学する。
初日の試験でいい結果を出せば、侯爵家の俺であれば確実に1組に入る事が出来るはずだ。
今年は、同学年に有栖様がいる。
彼女は、未だに婚約者がいないと聞いている。
貴族の中には、あの白い髪と肌、そして赤い瞳が不気味だとか、病弱なんじゃないかと陰口を叩く者も多いが、だからなんだというのか?
あの可憐な乙女を前にして好意を持たない人間は、目か頭がおかしいんじゃないかと思う。
婚約者が無理だとしても、学生の間の遊び相手でもいい。
なんとか同じクラスになって仲良くなりたいものだ。
――――――――今日は、大変な一日だった。
俺自身の試験は、何の問題も無く終わった。
これなら確実に1組に入れるだろう。
王族である有栖様も当然1組だろうし、俺の夢がまた一歩近づいた。
ただ、それ以外の部分でとんでもないことが幾つも起きた。
有栖様が、知らない男と一緒に歩いていたのだ。
話によると、どこかの田舎を開拓していた蛮族で、つい数日前に父親が爵位を賜ったばかりだという。
何故そんな男と一緒にいたのかはわからないが、やけに親密そうだった。
腹が立つ。
それだけならまだしも、その男は、その後の実技試験中に会場設備を破壊していたのだ。
どう考えてもまともじゃない。
有栖様に、あの者と関わらないように進言した方がいいのだろうか?
とはいえ、俺は彼女と話したことは無いのだが。
試験の後のパーティーも最低だった。
例の男が有栖様をエスコートしてやってきたのだ。
危なく持っていたグラスを握りつぶしそうになったが、その後のゴタゴタでそれどころでは無くなってしまった。
第3王子の孔明様が、何故かパーティーの席で公爵令嬢のリンゼ様との婚約を破棄し、聖女様と婚約すると言い出したのだ。
最初、何を言っているのか俺を含め周りも理解できていなかったが、それが飲み込めてくると皆嫌な汗が止まらなくなっていた。
当然だ。
王子の婚約なんて、王子本人がどうこうできる事柄ではない。
仮にできたとしても、こんな所で破棄を発表する事でもない。
だが、だからと言って俺達に無関係という話でもない。
曲がりなりにも相手は王子だ。
こんな暴挙を行っている以上王太子になる可能性は高くないかもしれないが、それでも貴族である俺達には無視することはできない。
王子の側に乗るべきか、それともそれを止めるべきか、一応成人した事にはなっているとはいえ、まだまだ貴族社会というものについて素人同然の俺達がすぐに判断できる話ではない。
だから、全ての行動が遅れてしまった。
その間に、あの蛮族の男が前に出て、何かふざけたことを言っていた。
どうも、演劇のような風に装って処理するつもりらしいが、相手は明らかに本気なのにそんな事ができるのだろうか?
そう思っていたけれど、あの蛮族は、どこからか出した木刀で取り巻き連中を薙ぎ払ってしまった。
確かに取り巻きたちは武器も持っていなかったが、だからと言ってあそこまで簡単に倒せるものだろうか?
もっとも、婚約破棄を言い出した王子は、聖女様に木刀で叩きのめされていたが。
何故木刀なんだ?
その後、会長の指示で簡単な事情聴取がされてから寮へと帰ったが、その前にあの蛮族がどこからか戻ってきて、有栖様とまた仲が良さそうに話していた。
腹が立つ。
――――――――今日は、待望のクラス分けが発表された。
俺の予想通り1組に分けられた俺。
同学年なだけじゃなく、同じクラスともなれば、王女である有栖様に話しかけても問題はないだろう。
そう思って有栖様を探してみると、何故かまたあの蛮族と話している。
それも、どう見ても知り合いなんて間柄ではなく、少なく見積もってもとても仲の良い親友以上の関係に見える。
それだけではなく、何故かあの蛮族は、リンゼ嬢と聖女様とも仲がいいらしい。
実技試験は壊滅的な評価だったらしいのに、なぜアイツが1組に入っていて、あんなにも女性に囲まれているんだ?
腹が立つ。
――――――――今日は、抜き打ちの演習で奥多摩まで連れていかれた。
とはいっても、あの辺りは本来弱い魔物しかいない筈で、魔力が扱える俺達貴族なら、大した危険も無く終えられるはずだった。
だが、イレギュラーが発生した。
俺達自身の課題を終えて、良い時間だからと拠点となっている駐車場へと戻ると、どうも何か騒ぎが起きている。
漏れ聞こえる声を聴くに、委員長たちが、この森にいるはずのない強力な魔物と出会って逃げて来たらしい。
巨大な猪型だったそうだが、それにしてはこの場にそんな死体は無い。
更に聞くと、どうやらあの蛮族の男がまだ帰ってきていないらしい。
委員長たちが途中で会ったそうだから、きっとその魔物に出会って注意が向いたんだろう。
だから委員長たちは、無事にここまで逃げ延びられたと。
そうなると、あの男は死んだか?
学園入学したてでそんな強大な魔物相手に勝てる奴なんてどれだけいるだろうか?
聖女様なら、不思議な力で切り抜けられるかもしれないが、噂によるとあの男は普通の魔術が使えないそうだ。
正直、死んでいてほしいと思う。
あんな奴、獣に食われて消えてしまえ。
美しい乙女たちの身代わりになれたのなら、あの男も本望だろう。
そう思っていたのだが、暫く待っていると森の奥から異音が聞こえ始めた、
何かが爆発するような音と、放電しているような音が響いてくる。
何が起きているのか皆で戦々恐々としていると、森の中からあの男が歩いてきた。
資料館ですら見たことが無いような巨大な猪の魔獣と、蟲の魔獣を引きずりながら。
まさか、自力で倒してここまで運んできたのか?
クラスの奴らが驚き、尊敬と畏怖の目をしている事に気が付いた。
腹が立つ。
あの男だとわかった瞬間、有栖様とリンゼ嬢と聖女様、それに何人かの女生徒たちまでがあの男の元に走って行った。
俺だって、あの魔獣に勝てるかどうかわからない。
だから、倒したあの男を賞賛する者の気持ちはわかる。
だが、何故その賞賛される立場に俺がいないんだ?
俺だって訓練してきた。
戦えば、1人だけで勝てるかどうかは分からなくても、いい勝負は出来たはずだ。
なら、あそこに立っているのは、もしかしたら俺だったかもしれない。
あの男は、ただ運よくあの場に収まっただけだ。
結局、アイツのおかげで無事演習が終われたことになって、教師陣までアイツを持て囃す雰囲気になっていた。
腹が立つ。
――――――――今日、桜花祭の連絡があった。
学外でも有名なこの催しは、貴族が王族や高位の貴族たち相手にアピールする絶好の機会だ。
だから張り切っていたが、第2王子の宏崇様が1年の集会場所までやってきて、引き抜きを行ってきた。
俺としては少し迷ったが、これは流石に1年側でできることはないだろう。
なにせ、この桜花祭は恒例の行事ではあるけれど、そもそも新入生が勝ったことの方が圧倒的に少ない。
それなのに、有望な人員たちがこぞって第2王子様の方へ流れたのだから、貴族として俺も王子の側につくしかなかった。
有栖様には、少し悪い気もしたが、ここで俺が目立てば彼女の目に留まることもあるだろう。
だから、心を鬼にして本番に臨み、全力で彼女を討ち取る事に決めた。
だが、あの蛮族は有栖様の側に残ったようだ。
貴族の派閥なんて関係ないとでもいうようなあの態度も、残った少数の乙女たちの中に1人だけの男であることも、不愉快で仕方がない。
腹が立つ。
――――――――最近、桜花祭の1年生チームの面々が皆でダンジョンへと行っているらしい。
合宿のように、皆で共同生活をしながらレベル上げをしているそうだ。
殆どが女子だというのに、その中に1人だけの男があの蛮族の男。
いつの間にか、女子たちがあの男に向ける目線も柔らかくなっている気がする。
最初は、蛮族だというあの男を見下す者も多かったはずなのに。
腹が立つ。
――――――――今日は、桜花祭だった。
活躍するつもりだった。
だが、何もわからないうちに俺はやられ、そして終わった。
あの蛮族にやられたらしい。
何もできなかった。
何の功績も残せなかった。
何のために俺は有栖様を裏切ったんだ?
腹が立つ。
――――――――最悪の日だ。
何故か、桜花祭の後に、聖女様と有栖様、それにリンゼ様があの男と婚約したらしい。
腹が立つ。
――――――――最近、毎日のように腹が立つ。
原因は、どう考えてもあの男だ。
この学園に来てからの短い期間に、あの男はいくつもの功績をあげた。
どこまで話が盛られているのかわからないが、信じられない程の物ばかりだ。
有栖様の婚約者で、低位の貴族だからと箔をつけるために色々裏で手が回されたのかもしれないが。
聖女様の婚約者でもあるのだから、教会側からも何か力添えがあったのかもしれない。
あの宗教団体は、殆どが平民出身の薄汚い者たちで回されている。
貴族が入る事もあるが、そう言う者たちの大半は聖騎士の方に回されるから、運営は大抵平民だ。
まあ、少数の運営に回っている元貴族も、出家した段階で貴族ではなくなるのだから、全員が平民といえばそうなのかもしれないが。
要は、俺達貴族とは考え方が違っている。
だから、聖騎士団の団長をしている俺の親戚が何時も嘆いているらしいと、この学園の教頭をしている父上が言っていた。
俺自身は、その聖騎士団長と面識はないが、父上はたまに会っているらしい。
母上と確執があるらしいが、俺には詳しい事はわからない。
貴族の言葉に異を唱える平民など全員処刑してしまえと思うが、それもまた難しいらしい。
強引な手を使うと、教会内はもちろん、民からも批判が起きる。
どれだけ隠しても、地位がいきなり変われば客観的な情報からでも推測は可能だし、それを元に批判することは更に簡単だ。
そして、一般市民はその手の話が大好きだ。
全く汚らわしい。
聖騎士団長は、聖女様の権能を独占したいんだそうだ。
彼女の治癒の力を独占し、治癒で高額の金銭を要求すれば、いくらでも資金が集まると。
しかし、聖女様がそれを拒んでいて、それを理由に教皇たち上層部も聖騎士団長の意見を認めない。
だから聖騎士団長は、聖女様が外の世界に拘る最大の理由だと考えられているあの蛮族の男をどうにかしたいそうだ。
あの男を消したところで、そんなに都合よく行くわけがないと思うが、何故か聖騎士団長も父上もノリ気らしい。
それで俺にも協力するようにとのお達しだ。
父上伝いに、聖騎士団長から奇妙な杭のようなものも渡された。
『効果は定かではないが、持っていると強くなれるかもしれない呪具で、魔族の技術が用いられている』らしい。
そんな物を渡されても困るというのが正直なところだが、この杭を見ていると不思議と上手く行きそうな気もしてくる。
何故かはわからないが、自信がつくというか……。
だが、それがとても危険な効果なのではないかと俺の中の理性が告げてもいるが、それでも抗いがたい誘惑がこの杭にはある。
まあ、実際にあの男を始末する力を手に入れられるならそれに越したことはない。
万が一父上や聖騎士団長のたくらみが露見して俺にまで被害が及ぶとしたら、それこそ力があればあるほどいいしな。
平民に落ちるにせよ、魔物の領域に落ち延びるにせよだ。
そういえば、桜花祭の際に王女たちがあの蛮族の男を筆頭にして冒険者まがいの事をしていたらしいが、俺もそうやって生計を立てるのもいいのかもしれない。
あの男の真似をしようとしてしまった事がとても不愉快だ。
腹が立つ。
――――――――またあの男が功績を立てたらしい。
それで早朝から学園で職員会議があり、何か父上が張り切っていると思ったら、どうも本当にあの蛮族の男を排除する事になったようだ。
実技試験で何かをするみたいだが、その相手に俺が選ばれた。
何だか知らんが、あの魔術を使えない男から剣を奪って、1人だけで戦わせるらしい。
強引過ぎるし、卑怯にも程があるが、それでも排除できればいいという事か?
だが、試技エリアでそんな事をしても別に殺せる訳でも無いのに何になるのか……。
そう思っていたが、後から聞いた話によると、試技エリアの設定を弄って、あの男だけは再生できないようにしておくんだとか。
つまり、あの男だけは死んだら終わり。
原因は、設定ミスで押し通し、その間に聖女様を確保して神殿内部に隠してしまうつもりらしい。
それ以上の詳しい事は教えてもらえなかったが、こちらとしてはどうでもいい。
重要なのは、あの男を殺せるという事だ。
あの男のせいでこちらがどれだけ嫌な思いをしてきたことか。
思い出しただけで虫唾が走る。
腹が立つ。
だが、いい気味だ。
※聖騎士団長による謀反計画事件資料、呪具を所持していた少年の日記より抜粋
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