第195話

 リンゼの実家を後にして、学園へと戻って来た。

 別にこれから学園で何かしようというわけじゃないけど、家に直接車で向かうよりは、学園からテレポートゲートで送ってもらう方が楽だと考えただけ。

 アイにはあらかじめエネルギーをチャージしてもらっているから、すぐに飛べるはず。


「リンゼはどうする?一緒に行くか?」

「遠慮しておくわ。正直あの家に行くと、時間を忘れて釣りがしたくなるもの……」

「え?そんなにか?」

「そうよ!部屋からあんなに奇麗な池……むしろもう湖みたいなの見せられて、しかも渓流みたいなスペースまで作ってあるのよ!?信じられない!どんだけアタシを誘惑するつもりなのよ!」


 多分それで誘惑される女の子は、そう多くはないんじゃないだろうか?

 いや、この世界だともしかしたら一般的なのか?

 前の釣り大会で女性参加者はあんまり見かけなかったけど……。

 あれ?そうなると、この世界だと女性貴族のメジャーな趣味ってなんなんだ?


「リンゼ、女の貴族って趣味は何するのが普通なんだ?」

「女?アタシは例外としてってことよね?」

「例外の自覚があるのか」

「そりゃあるわよ?アンタに嫌がられないならそれでいいし」

「まあ、リンゼが楽しんでる姿は最高に可愛いからな」

「……アンタって、ほんっとーに反撃させてくれないわよね」

「……そうでもない、正直に言うととても恥ずかしがってる」

「そう……」


 1分くらい沈黙したまま歩き続ける。

 廃教会に行く前に、リンゼを寮に送り届けないといけない。

 距離的にはそこまで長くないけど、黙って歩くだけじゃ間が持たない程度の距離。


「まあでも、こういう時間も悪くないんだよな」

「何かいった?」

「なんでもない」


 あれか?この元女神は、恋愛マンガの男主人公的な突発的難聴の気でもあるんだろうか?

 まあいいが。


「あ、それで一般的な女性貴族の趣味だったっけ?この国だと確かガーデニングとか、家庭菜園じゃなかったかしら?」

「へー。案外普通なんだな」


 前世のおばちゃんたちも、一軒家だったりすると庭でそういうことしてた気がする。

 終いには、限界突破して家の壁にまでツタをつけ始めるんだ。

 アレ絶対壁には宜しくないと思うんだよな。

 でも、外観がイマイチだからって事でツタを着けられるようになった某野球場は今だに現役だし、そこまででもないのか?


「確かに趣味の名前は前世の奥様方のものと一緒かもしれないけど、やってる規模は違うわよ?」

「規模?」

「学校のグラウンドくらいのサイズの花壇を想像しなさい。そこから更に大きいことまであるわ」

「……貴族こえぇ……」

「そして、それを使用人ではなく自分の手で管理するのができる貴族令嬢スタイル……って聞いたわね」

「あー、身体能力強化できるからセルフ重機みたいになれるしそう言う事も可能なのか」

「シャベルと鍬があれば荒地も1日で畑になるわよ。土の状態は悪いかもだけど」


 流石は、魔術ってものが浸透している世界だ。

 前世の基準で語ることはできないな。

 この世界に転生してからは、聖羅がにょきにょき植物を育ててるような姿しか農業関係だと見てなかったから、それとはまた別の不思議な現象に驚いてしまう。

 ……うん、やっぱ聖羅のやってる事もあれはあれでおかしいと思う。

 桃栗が3年どころか数分で実が成るもん。

 次の日くらいにならないと美味しくないけど。


「後はアクアリウムね」

「そういや、オンラインゲームの方で人気がある要素なんだっけ?」

「ええそう。自分や家族が釣った魚を飼うのが流行りよ。あとはエビ」

「エビ?」

「そう、エビ」

「エビ……伊勢海老とか?」

「違うわ。ヌマエビっていうちっちゃなエビ」

「ふーん……」


 奥が深いようだ。

 覗き込んだら戻ってこれなさそう。


 そんな話をしていたら、いつの間にか高位貴族用の女子寮に到着していた。

 リンゼと別れの挨拶をしてからダッシュで学園の裏庭へと向かい、廃教会からテレポートして家へと帰った。


「お帰りなさいませ犀果様」

「ただいまアイ。リリアさんはどうだった?」

「楽しんでいただけたようです。昼食にエビフライを食べて甚く感激しておられました」

「そうか……エビか……」


 エビ……人気あるんだな……。


「まあそれならいいや。それより、今からちょっと神社行ってくるよ。これお土産のハンバーガー、皆で分けて食べてくれ」

「ありがとうございます。冷め冷めですね?」

「キンキンに冷えた所をモソモソ食べるのが良いらしいぞ?」

「なんと……」


 てきとうな俺の言葉に困惑しているアイを残し、神社へと走る。

 上がった身体能力に任せればすぐさま辿り着く。

 この時間だと流石に拝殿は締まっているらしい。

 裏に回り、生活スペースらしい場所のチャイムを鳴らしてみた。


『はいはい!あれ?大試!どうしたの!?』


 カメラで俺が誰かわかったようで、化け狸看板娘の明小がすぐに玄関に出てきて対応してくれた。


「ちょっとお参りしたいんだけど、今からでも大丈夫か?」

「うんいいよ!」


 突発的に思いついてやってきた俺に対して嫌な顔一つしないこの子はええ子やね……。

 ハンバーガーをやろう……。


「くれるの!?ありがとう!」

「いいんだいいんだ……そういえばさ、四国に神獣の言い伝えってあるのか?」

「しんじゅう?」

「そうそう神獣。新しい剣が神獣と契約するタイプのやつでさ、それ使うと剣を具現化してなくても能力を借りれるみたいなんだよな」

「へー!そういえば、ボクも昔はしんじゅーさまって呼ばれてたよ?」

「えっ」


 ピコンッ


 また日月護身之剣の鞘に新たな名前が刻まれた。


 

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