第185話
「茜ちゃんは、この後家まで送られるんですか?」
「そうだな。このままここにお邪魔になるのも申し訳が無いし、何より茜自身も学校があるからな」
「あんな~?茜、宿題全然やってないんよ」
「酷い風邪に掛かっていたことになっているから大丈夫だぞ!いや大丈夫じゃないんだが……」
ある程度皆カレーを食べて落ち着いてきたので、みるく先輩と茜ちゃんについて話す。
お姉ちゃんって言うのも楽じゃなさそうだ。
ましてや、相手は空を飛んで火を吐くからな……。
「犀果、何かお礼がしたいんだが、何かやってほしい事はないか?金銭的な事に関しては、うちはあまり裕福じゃないから聞いてられんが!」
「金なんて要求しませんよ……。うーん……やってほしい事……」
「……まさか!体で払えというのか!?」
どういう思考でそうなったのかわからないけど、みるく先輩が胸を隠すように丸まる。
俺としては、むしろそのポーズの方がグッとくるものがあるな?
それはそれとして、やってほしい事なんて別に……。
「あ!そういえば一つだけあった!」
「む?なんだ?」
俺は、ツールバッグから日月護身之剣を取り出して元の大きさにする。
これは、安倍晴明人形が出してくれた奴だけど、正直言ってどう使ったらいいのか全く分からなかった。
だから、身体能力向上のために具現化してあっただけなんだけど、もしかしたら今がこれの使い時なんじゃないかと思ったわけだ。
聖獣っぽい生き物の力を借りる事が出来るという説明がされているこの剣、聖獣ってなんだよ?ってのがイマイチわからないし、そもそもそんなもん身の回りにいねぇよって思ってたんだけど、居たわ目の前に。
龍って多分聖獣だろ?四聖獣にも青龍ってのがいたはずだし。
あれ?四聖獣って正式な呼び方じゃないんだっけ?
うーん……まあ大丈夫だろ!
「この剣の効果で、聖獣の力を身に宿したり召喚したりって事ができるらしいんですよ。みるく先輩って龍の血を引いているって話でしたし、もしかしたら契約することでみるく先輩の力を俺が使えるかもなって思いついたんですけど、もしよければお願いできませんか?」
「それは別に構わんが……その……召喚するのは、強制的な物なのか?」
「使役じゃないので強制はできないと思いますけど、何分俺もやったことがあるわけじゃないので、詳しい事はちょっとわからないです」
「そうか……」
何やら悩みだすみるく先輩。
そりゃ謎の契約持ち掛けられたら、普通はこういう反応になるか……。
むしろ、誇り高いっぽい龍の一族の先輩が即拒絶してこないだけ温情かもしれん。
「よし!いくつか条件があるが、それを飲んでくれるなら私は構わないぞ!」
「条件って何です?」
「まず、エッチな用途では使わない事!私は、そんなに尻の軽い女ではない!」
「使わねーよふざけんな」
何想像してんだこの女?
「それとだな……トイレに入っている時と、お風呂に入っている時と、それ以外にも呼び出されると困るタイミングがある。そういう時は、呼び出し拒否するからな?」
「それはもちろんです」
わざわざ言わなくてもそんなん当然だろ?
ラッキースケベの事しか頭に無いんですか?
「うむ、なら契約しようじゃないか!その程度で恩が返せるなら安いものだ!」
「ありがとうございます!……って、契約ってどうすりゃいいんだろ……?」
「魔術的な物なら、互いに血を交換するとか、魔法契約書を交わすはずだが、剣の効果に関係するとなると私にはわからんな」
魔術が全然使えない俺には、全く馴染みのない契約という行為。
さてどうした物か……とみるく先輩と2人で考えていると、ピコンと日月護身之剣から音がした。
スマホの通知音みたいな軽い音だったけど、何かの間違いだろうか?
「……マジか」
「どうした?」
「いや、これ……」
「……むっ」
日月護身之剣の鞘、そこに今まで無かった『みるく』という文字が。
神聖で厳かな雰囲気のある剣だったのに、いきなりパーティ用のコスプレグッズみたいになったぞ?
いやいいけどさ……。
「多分これで契約できたって事なんでしょうね」
「そうだな。試しに使ってみたらいいんじゃないか?といっても、私の能力がどの程度反映されるのかわからんがな。龍の血を引いてはいるが、龍の姿になれるわけでもないし、火が吐けるわけでもない。身体能力が高いのと、気配を辿るのが上手くなるくらいか?」
俺としても実験はしておきたいので、みるく先輩の助言に従う。
えーと、まずは召喚から試してみるか?
「みるく先輩、召喚!」
ちょっとカッコつけて言ってみた。
別に音声入力は必要ないかもだけど、こういうのは雰囲気かなって。
「むむ?目の前に、召喚に応じますか?という選択肢が出てきたぞ?YESを押してみるか」
そう言ってみるく先輩が空中に向かって指を這わせると、みるく先輩の姿が消えて、一瞬で俺の隣に出てきた。
全裸で。
「うおっとー!」
「キャアア!?」
まさかのラッキースケベ仕様だった……。
みるく先輩が合っていたなんて……。
服は、さっきまでみるく先輩がいた場所に残されている。
「み、見るな!」
「大丈夫です!見てません!」
「絶対だぞ!?」
先輩が服を着る音が聞こえる。
これ……茜ちゃんみたいに服をどこかから取り出せる能力無いと、普通の人は召喚できんな。
「……犀果、次召喚する時は、周りに誰もいない時にしてくれ」
「よっぽどのことが無い限りやりませんけど、その時は着替え用意しておきますね……」
「うん……」
流石に全裸で召喚するのは気が引けるな……。
それはそれとして、もう一つの能力である、聖獣の力の一部を身に纏うっていうのをやってみるか。
これはもう技名とか叫ぶ必要もないか……。
俺は、とりあえず何でもいいからみるく先輩の能力が使えるようになれと念じてみた。
「おお!?なんか凄い体が軽い!?しかも、匂いに敏感になってるのか、香りだけでカレーの材料もわかりそうな気がする!」
「なんだと!?身体能力は確かにあげられるが、私自身には匂いでそんな事不可能だぞ!?」
成程、つまり俺の身体能力の向上に上乗せされるように発動するのか。
これは地味だけど便利だな。
欠点は、聖獣なんて存在がそうそういないであろうっていう事かな……。
「みるく先輩、ありがとうございます。かなり使いやすい能力みたいで助かります」
「使う……あー身体能力が上がるからな?違う目的で使ったりはしないんだよな……?」
「使いません。大丈夫です。信じてください。信じろ」
「わかった!ではこれにて私たち姉妹は失礼させてもらう!ほら、茜もお礼を言うんだ」
「大試ー、あんがとな~!」
「もう変な池で迷子になるなよ?」
「うん~!」
完全に暗くならないうちに、龍の姉妹は帰って行った。
また茜ちゃんが飛び上がったのが見えたけど、先輩は追いつけるんだろうか?
俺が心配する事でもないんだろうけれど……。
「大試、私とは契約しないの?」
後ろでカレーを食べながら様子を見ていたらしい聖羅に尋ねられる。
もう4杯目だ。
その細っこい体の何処にそんだけ入っていくんだ?
「聖女って聖獣なのか?」
「多分そうだと思う」
「違うだろ……。ほら、鞘に聖羅の名前浮き出てこないもん」
「むぅ……じゃあカレーおかわり」
「まだ食うのか……」
聖羅のカレーを盛りつけながら、聖獣の候補がいないかを考える。
うーん……、ボスボス鹿とか、オクタマヌシ様は聖獣っぽい雰囲気はあったけど、両方もういないしな……。
答えも出ず、聖羅に皿を返したタイミングで、新たに2人が帰って来た。
「ただいまー!大試ー!ウチもごはんー!」
「ニャーもにゃー!タマネギは大丈夫ニャ!」
エリザとファムが、恐らく放課後の食道楽から帰って来た。
話を聞く限り、こいつらは放課後になると毎日買い食いのための寄り道ばっかりしているらしい。
それでもちゃんと夕食を食べるんだから律儀なもんだ。
エリザは、美味しいものに関してはそこまで大食いじゃないって話だから、多分ファムと分け合って食べてるんだろう。
「じゃあ席につけ。えーと、エリザはこのくらいで、ファムはこのくらいの比率だったな?」
ルーとご飯の比率に拘りがある2人、まあ毎回それに応えられるとも限らないんだけど、今日はやってやろう。
「完璧!」
「優秀な使用人にゃー」
「おかしい、一応この2人は俺が使役している筈なんだが……」
まあいいか。
それより、魔王の事どうしようかな?
話すべきか、話さざるべきか……。
とりあえず、まだ秘密にしておくか。
魔王が魔王軍に戻らなければ、それだけ作戦決行が遅れるかもだし。
それより、聖獣について聞いてみるか。
「魔族に伝わってる聖獣って何か心当たりある?」
「「聖獣?」」
2人がシンクロしたかのように首をひねる。
そして、エリザはスプーンでファムを指す。
「ファントムキャットは、聖獣ってよべるかもー?」
「かもニャー」
「いやいやそれは無いだろ」
ピコンッ
日月護身之剣から通知音が鳴った。
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