第180話

「では犀果君、報酬を渡しておくよ。またよろしくね」

「こちらこそ、佐原侯爵」

「犀果君、また明日ね!」

「委員長もお疲れ、また明日学校で」


 王都まで何とか帰ってこれました。

 帰るまでに雑魚敵と1回は戦っておこうと思っていたけど、流石に京都の駅付近に着くまでずっと戦闘だとは思わなかった。

 久しぶりに神剣をフル稼働させてしまった……。

 デカい天狗の手の上からじゃ埒が明かなかったから、俺だけ下に降りてバッサバッサと大立ち回り。

 おかげで、俺に対処できない程の敵が湧いているというわけではないと確認できたけれど、だからってあんまりしてみたい体験では無かったな……。


「犀果さん、これからどちらに向かえば宜しいのでしょう?」

「もうすぐ迎えが来る筈なので、そっちに向かいましょうか」

「はい!」


 侯爵一家とは別れたけど、リリアは俺預かりだからまだ一緒だ。

 少なくとも、王都に慣れるまでは家で生活してもらう事になると思う。


「のう大試、家に戻る前になんぞ甘いもんでも食べて行かんか?せっかく王都まで来て、何もせずにそのままあの森の中は可哀想じゃろ」


 京都にいる間は、結界の影響か落ち着かなかったらしく大人しくしていたソフィアさんも、王都に戻ってきて解放されたからかご機嫌に強請ってくる。

 可愛いから許すが。


「それもそうですね……。じゃあ、持ち帰れるものを70人前くらい買って帰りますか」

「70人前!?犀果さんのお家は大家族なのですね……」

「予備も込みだよ。それに内51人は、実質1人なんだけどね」

「え?」


 スマホを見ると、アイから『渋滞に嵌ってあと30分ほどかかります』と連絡が来ていた。

 丁度いいから、何か今のウチに買っておこう。


「リリアは、何か食べたい物ある?」

「食べたい物……申し訳ありません、何分外の食べ物はよくわからなくて……」

「別に怒ったりしないよ。この辺りって色々なお店が並んでるから、何となくこれが食べたい!って思ったものが無いかなってさ」


 流石は東京といった感じで、駅から出ると色々なお店が並んでいる。

 前世の世界と比べると、駅の利用者数なんてかなり少ないはずなのに、それでもやっぱりこういう場所はできあがるんだな。

 今は、午後2時過ぎ。

 食事時というには、多少遅い時間となっていて、どちらかというと間食をする客が多いタイミングだろうか?


 アイは、駅前まで迎えに来てくれるはずだから、あまりここから離れるのも時間がもったいない。

 何かいいお店はないかな?


「……あっ」

「ん?いい店見つけた?」

「ええと……良いお店なのかはわからないのですが、気になるお店なら……」


 リリアさんの視線を追うと、そこにはすごいエスニックな看板があった。


「えーと……『王風カレーのサタン』?」


 何だ王風って?

 うちの国の王様が考えたとか?

 カレーを?

 無い……とも言い切れんか?

 あ、カレーのいい匂いしてきた……うううう……。


 どうしよう……甘い物食べようって言ってたのに、無性に気になってきた……!


「犀果さん、もしよければ、あのお店に入ってみたいです!」

「よかった、実は俺も気になってたんですよ。ソフィアさん、甘い物じゃなくて悪いけど、あそこにしましょうよ」

「まあ良いがな。メニューにデザートくらいあるじゃろ。お土産は、また別で買えばいいしのう」


 看板は、これでもかってくらいエスニックなんだけど、店構えというか、看板以外の部分は喫茶店のイメージに近いな。

 店内は、結構落ち着く雰囲気だ。

 それもそのはず、客が他に一人もいねぇ。

 まあ、昼食食べにくる客もこの時間ならそう多くないか……。

 この世界に生まれてから外食産業のお世話になることはあまり無かったけれど、俺は前世だと初めて入る飲食店の場合、他の客が食べてる物を見て何を注文するか決める傾向があった。

 だけど、この店ではそれが出来そうにない。

 故に、完全なる未知との遭遇……。

 くくく……腹が鳴るぜ……。


「いらっしゃい!」


 俺達が店内に入って来たことに気が付いたのか、厨房からオジサンが出てきた。

 ……えっと、身長が2mを優に越えてんだけど……。

 しかも、筋骨隆々。

 身長が高い事で体のバランスが崩れているというわけでもなく、とても健康的にデカくなりましたって感じ。

 改めてみると、この店随分天井高いな……。


「何人だ!?」

「3人です」

「3人!じゃあ窓際のボックス席へどうぞ!今水とおしぼり持っていくからな!」

「はい!」


 声もパワフルだ。

 マッスル部の親戚とかじゃないよな?


 言われた通りに窓際の席へと移動する。

 ここからは、駅前を見渡すことができるようだ。

 なかなか立地は良さそう。


「これがメニューかな?リリアさんから選んでいいよ」

「お品書きですか……。うーん……これを見てもわかりませんね……。そもそも、カレーというのがわかりません……。いい匂いがしたので思わず入ってしまいましたが……」

「気持ちはわかる!カレーの香りは悪魔的だからなぁ……。それにしても、京都にはカレーって無いんだ?」

「ありませんね……。外との交流があまり無いので、これからも常識が無くてご迷惑をおかけするかもしれませんが、申し訳ありません……」

「いやいや、実は俺もついこの間まで田舎で育ったから、あんまり王都の常識とかわからないんだよね。むしろ、リリアさんの育った場所より断然田舎だから、お互い様だよ」

「ワシなんて、種族が違うしのう」


 田舎者3人で笑い合う。

 ここにシティーボーイ、シティーガールは存在しないという事に気が付いて、不思議な一体感が生まれてしまった。

 ただ、どう見ても女性2人は、王都の中に居ても浮かないというか、それが個性になる程の美女なのに、俺だけはどう見てもその他大勢だ。

 申し訳ないが俺にもこれ以上どうしようもない。

 そこらに転がるジャガイモか何かだと思ってくれ。


「じゃあリリアさんの好みに合わせて俺が選ぼうか?」

「お願いします!」

「まず、辛いのって平気?」

「苦手という事はありませんが、特別得意というわけでも……」

「なるほど……。次に、肉と魚ならどっちがいい?」

「お肉とお魚……もしや、お魚の場合は海の物なのでしょうか!?」

「あー……シーフードだから多分?」

「では、お魚でお願いします!京都自治区では、海の幸なんてよっぽどのことが無いと食べられない高級食材でしたので!」

「言われてみればそうか……。じゃあ最後に、どのくらい食べる?他人より多く食べるとか言われたことある?」

「特には……。比べられるのが、義理の両親と兄くらいですから……」

「じゃあ普通でいいか。この王特製シーフードカレーって言うのにしよう。王って何のことかわからんけど、多分豪華なんだろうし。俺は王特製カツカレーかな。ソフィアさんは?」

「そうじゃなぁ……この王特製チキンカレー王盛りと、デザートにファールーダーじゃな。写真だと、パフェみたいな物みたいじゃぞ」

「へぇ……見たこと無さ過ぎて味の予想が立てられない……」


 ある程度注文が決まった後も、あまり見慣れない料理が面白くて皆でメニューを見続けていたら、水の入ったグラスとおしぼりを持ったさっきのオジサンがやってきた。


「注文は決まったか!?」

「はい、まず俺が王特製カツカレーで、そっちの女の子が王特製シーフードカレー、でこっちの女性が王特製チキンカレー王盛とファールーダーっていうデザートでお願いします」

「王盛はすげー量だけど大丈夫か!?ご飯だけで2kgあるんだが……」

「ふむ……まあ大丈夫じゃな」

「なら良し!じゃあちょっと待っててくれ!」


 そういってオジサンが奥へと戻って行った。


「ソフィアさん、本当に食べられるんですか?」

「楽勝じゃな。むしろ、京都にいる間あまり自由に食べられなかった分ここで補給するんじゃよ」

「流石といえばいいのかどうなのか……」

「ソフィアさんは、とても大食漢なのですね?」

「おぬしらとは種族が違うからのう。それに、余分に食べたものは全て胸に行くから安心じゃ!」

「まぁ……!」


 リリアさんの視線がソフィアさんの胸に釘付けになっている。

 でかいよね。

 しかも形も美しい。

 本人が自慢するのもわかる。

 でも公共の場では止めろ。


 そうこう話していると、オジサンがカレーを持ってこちらへやってきた。


「ヘイお待ち!」

「まぁ……これがカレーなのですか……」

「俺達のもそこそこの量あるけど、王盛は凄いな……」

「だろ!?あんまり無理すんなよ!食べ切れなさそうなら、あまり褒められた事じゃないがタッパーもあるからな!」

「大丈夫じゃ!ワシなら食べ切れる!」

「それならいいけどな!それじゃあごゆっくり!」


 オジサンが戻って行ったので、こちらはそれぞれ頂きますと言ってから食べ始めた。

 一口食べると、良く煮込まれて混然一体となった旨味が口の中に広がり、そこにスパイスの香りや刺激が追い打ちをかけて、俺の脳に多好感を与えてくる。

 これは……美味いな……。


「美味しいです!カレーとは、こんなにも美味しいものなんですね!」

「いや、ここのカレーは普通より美味しいよ。初めての店だけど、ここは当たりだな」

「それは幸運でした!このイカとエビもぷりぷりしてて……。こんな贅沢が許されるのでしょうか……」

「許される!存分に食べなさい!」

「はい……!」


 リリアさんの目に、うっすらと涙が見える。

 そこまでか……。

 いやでも美味いよ。

 初めて食べたカレーがこれだと、そりゃ涙も出るかもしれない。


 因みにソフィアさんは、一言も発することなくカレーを食べている。

 ペースがずっと一定なのがすごい。

 ただ、表情はとても幸せそうだから、別にフードファイトをしているというふうでもない。

 流石だなぁ……。


「水のお代わりはいるか!?」


 暫く食べていると、オジサンが水差しを持って戻ってきた。

 丁度なくなった所だったので、俺とリリアさんは貰う。

 ソフィアさんは、全く水に手を付けていない。


 水を注いてもらうついでに、世間話でもしてみるか。


「カレー凄く美味しいです。どこで修業したんですか?」

「修行!?してないぞ!カレー屋を巡って、気が付いたらこの味を作れるようになっていたんだ!」

「そりゃすごい!天才ってやつですね!」

「まあ王だからな!元々ここには人探しに来たんだが、気が付いたらもう2カ月も経ってしまった!この店だって、その探してる奴がふらりと入ってきたらいいなと思って始めた場所だからな!」

「へぇ、その人は食べるのが大好きなんですか」

「好きなんてものじゃないな!なにせ、家出の理由が『美味いもんが食いたいから』らしい!実を言うと娘なんだが……そうだ!キミらと同じくらいの年頃なんだが、見覚えはないか!?」


 そう言っておじさんは、1枚の写真を出した。

 そこには2人写っていて、1人はオジサンで、もう1人は、暴走族がよく着てるようなトッコー服を身に纏った、どこか見覚えのある少女だった。

 ……あれ?見覚えあるって言うか……あれ!?


「娘の名前は、エリザベートって言うんだが!」

「エリザ……ベート……」


 エリザの父親(魔王)とエンカウントした。



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