第178話

「義父さん、行ってきます」

「ああ、気を付けて行っといで」


 腰を気にしながらなんとか玄関までやってきた天皇様に見送られ、リリアさんを連れて出立する。

 今回の京都では、色々と想定外の事が起きたけれど、まあ想定外の事が起こるだろうなって覚悟だけは出来ていたからまだマシかな……。

 だって京都だもん!

 寧ろまだ1回も戦闘していない事の方が意外だわ!

 この辺りの雑魚敵の強さを肌で感じておきたいんだけどな……。

 牛鬼は、見た目がちょっとアレだったから、帰り道ではもうちょっとマトモなの出てきてくれんかな?


「委員長、京都の周りに出る妖怪って、牛鬼の他にはどんなのがいるんだ?」

「そうね……私が実際に見たことがあるのは、天邪鬼と呼ばれる鬼と、犬神、百々目鬼どどめき、猫又、妖狐だったかな?大きいのは見つけやすいけど、小さいのってなると中々見ないなー……」

「ふーん……ん?猫又って大きいの?」

「大きいよ?牛くらいあったから」

「いくら猫でもそんなデカいのはいらんかなぁ……」


 人サイズの猫でも割とびっくりしたからな。

 理衣は最近変な変身せずに済んでるんだろうか?

 また猫に変身したら、会長に抱き着かれて大変だろうな……。


「そういえば、リリアさんって」

「呼び捨てでいいですよ?敬語も必要ありません。同い年なんですよね?」

「あー……って、そっちも敬語でしょ?」

「私は、周りに敬語で話しかけないといけない人ばかりだったので、これが一番楽なんです」

「そう?じゃあいいけどさ……リリアって、戦えるの?」

「いえ、京都から出るのも初めてなので、正直全く自信が……」


 なんだとぅ?

 てっきり新キャラ加入がゲームによるものだとしたら、何か特殊な攻撃手段とか持ってるのかと思ってたのに、まさかの完全初心者……?

 いや待て、決めつけるのはまだ早い!

 ギフトによっては、レベルが低くても即戦力になるかも!


「ギフトはなんなんだ?」

「ギフトですか?『妖精姫』というものなのですが」

『妖精姫じゃと!?』


 リリアさんがギフト名を出した途端、辺りに響くように声が聞こえた。

 まあ、京都入ってから大人しくしてたソフィアさんなんだけど、ソフィアさんがいると知っている俺ですらちょっと驚いた。

 もちろん、他の人達はびっくり仰天で一瞬で警戒モード。


「ソフィアさん、もう声出しちゃったんなら姿見せた方がいいんじゃない?」

「……うむ、予想外過ぎて思わず声を出してしもうた……」

「「「「エルフ!?」」」」


 ソフィアさんが姿を現した途端、皆一斉にエルフだと気が付いて驚く。

 驚くの得意だね皆?

 やっぱエルフは、耳の形状で分かりやすくて説明が楽でいいよね。

 美人だし。


「犀果君!この人、前に理衣さんに憑りついて教室に来てたエルフさんだよね!?」

「そうそう、今は俺と契約して憑りついてるような状態らしいよ。だから今回もこっそりついて来てたんだ。騒ぎにならないように姿消してね」

「憑りつくとか酷い事言うのう?まあ間違ってないんじゃが!」

「そうなんだ……」


 そう言えば、委員長は初対面じゃないのか。

 ソフィアさんはインパクト強いから、一回見たら忘れないよな。


 侯爵やお兄さんもソフィアさんに自己紹介してる。

 流石は上位の貴族だけあって、いきなりの出会いにもすぐに対応できるらしい。

 相当ビックリしただろうにな。


「リリアと申します。姓はありません」

「うむ!ソフィアじゃ!それでおぬし、本当に妖精姫なのじゃな?」

「は……はい、何か問題がありましたか?」

「問題というかじゃな……うーむ……」


 ソフィアさんが、どう説明した物かと悩んでいるようだ。

 なんだろう?かなりメンドクサイ感じ?

 こえーな……。


「まずじゃな、妖精についてどの程度知っておる?」

「妖精?確か、精霊と魔物の中間くらいの奴だっけ?」

「まあそんな所じゃ。といっても、精霊と妖精の堺は曖昧で、妖精と魔物の堺ははっきりしとるがな」

「妖精と魔物のはっきりした違いって何さ?」

「人という存在への敵意じゃな」

「敵意?」

「うむ、人というだけで、魔物にとっては無条件で敵として見られてしまうんじゃ。まあ、後天的に恐怖や餌付け等で懐柔される場合もあるにはあるんじゃが、それはかなり特殊な事例じゃな」


 俺のふるさと、そのかなり特殊な事例がいっぱいなんだが……?


「一方妖精は、人の事を玩具くらいにしか思っておらん。気まぐれで殺すこともあるじゃろうが、最初から敵と判断するような事はないのう。あくまでワシの知っている範囲ではじゃが。お主らヒューマンの学問でどう既定されておるかは知らんがな。何れにせよ大半の妖精は、大した思考力も無く、それでいてそこそこ大きな力を持っとる厄介な存在じゃ」

「一般的な精霊より、クソガキな感じ?」

「くそがき……いや、まあそうかもしれんが、存在としての格のようなものが違うんじゃな……。あーあと、妖精は体内に魔石をもっとるのう。精霊に魔石はないが、精霊の体内に魔石が精製されて妖精になることもあれば、逆に魔石が消失して精霊になることもある。何が原因かについては、ワシも知らないんじゃが……そういわけで、精霊と妖精は似たようなもんとも考えられるんじゃ」


 そこまで話してから、改めてリリアに向き直るソフィアさん。


「それでじゃな、『妖精姫』というギフトを持っとる者は、一定範囲内に存在する妖精を操ることができるんじゃよ」

「私が……ですか?」

「そうじゃ。その様子じゃと、まだ自覚は無いようじゃな?」

「そうですね……」

「ならば、ワシが手本を見せてやろう。妖精姫のように自由にとまでは行かんが、ワシにも短時間であれば妖精を操る力はもっとるからのう」


 ソフィアさんが人差し指を上に向けて手を掲げる。

 すると、指先の辺りに何かの光の塊のようなものが現れ、それに吸い寄せられるように、京都にきてから見えていた精霊とか妖精みたいな光のエフェクトが、その光の塊にドンドン吸い込まれていく。


「ワシの場合は、魔力を餌にある程度引き寄せたら強制的に吸い込んで己が力とするんじゃが、精霊姫であれば、吸い込む必要すらなく、精霊に指示さえ出せばいくらでも言う事を聞かせられる筈じゃ。更に……」

「更に?」

「妖精の持つ魔力を使って命令を遂行させるんじゃから、リリアからすると、自分の魔力量に関わらずいくらでも力を行使かのうって事じゃ。それこそ天候や、場合によっては地震すら起こすことも可能じゃろうな。といっても、ギフトを使いこなせれば……の話じゃが」


 外部からエネルギーを吸収しまくって、それをそのまま転用することができるのか?


「ってことは、リリアのギフトは相当凄いって事か」

「そうなんじゃが、このギフトは基本的にエルフに出るもんなんじゃ。というのも、人間だと使いこなせるようになるまでに寿命を終えてしまうと言われる程に扱いが難しく、ワシらの里にあったデータバンクには、人間でこのギフトを持った者はおらんとされておった」

「え?じゃあリリアは、どうしたらいいんだ?」


 ソフィアさんの話を聞いて、だんだんと不安になって来たらしいリリアの様子に、思わず詳しい話を聞こうとしてしまう俺。


「まあ、案ずることは無いじゃろ。ギフトとは、女神から授かるものとされておる。なれば、全く使いこなせん者には与えんじゃろ。リリアには、人の身で妖精姫を使いこなす才能があるのかもしれんのう」

「私に才能が……」

「おぬしの一族の事をワシは知らんが、もしかしたら、元々妖精との親和性が高いのやも知れんしな。ワシらエルフも、精霊との親和性が高く、こうして自身が精霊や大精霊へと簡単に至っている訳じゃし?」

「それは……今となっては、よくわかりません。何分、私は自分の実の親と話したこともありませんので……」

「お……おう……そうじゃな……」


 暗い雰囲気になりかけて、ソフィアさんが焦っている。

 そういや、リリアの国は滅んでて、親も多分死んでいるんだっけ?

 本人が赤ん坊の頃に京都に預けられたって言ってたから、本当の親の事なんて全然覚えてないだろうけど……。


「な……何はともあれ、わからないのであれば確認が必要じゃ。ここで使ってみよ!」

「ここでですか?えっと、どのようにすればよいのでしょう?」

「ギフトじゃから本人じゃないと正確にはわからんが……。初めてなら、口に出して指示を出してみたらいいんじゃないかのう?指を突き出して、そこに集まれと命令してみたらどうじゃ?」

「なるほど……『妖精たちよ!我が指先に集まれ!』なんて……えぇ!?」


 リリアがカッコよく呪文のように指示すると、いきなり指先に光が集まり始めた。

 必殺技か何かを放てるくらいのエフェクトだ。


「おぬし凄いのう!?初めてでそれとは、やはり才能があるんじゃな!ワシの見立ては正しかったようじゃ!流石ワシ!」

「あの!あの!これどうしたら!?」


 リリアとしても、この集まり方は想定外だったらしく、凄い慌てている。

 奈良の鹿公園に修学旅行でやってきた中学生が、旅の思い出にと鹿煎餅を手にしてシカに与えようとしたら、20頭くらい集まって来ちゃって慌てふためいているのを見たような感じ。

 明らかに持て余している。


「そのまま集め続けてどうなるかはわからんが、最悪爆発しそうじゃな……。ならば、何か適当なものにでも放つしかないじゃろ。何かいい的は……」


 そう言って、ソフィアさんが辺りを見回す。

 とはいっても、こんな森の中で的になる物なんて木くらいしか……なんて思っていると、突如遠くから地響きが鳴り始めた。


「お?丁度良くこちらに向かってくる魔物……いや、この地域じゃと妖怪じゃったか?それがあちらにおるから、その指をあちらに向け飛んでいくように命令してみると良いじゃろ」

「こっちですね!?えーと……『彼方へと奔り、舞え!』」


 リリアがそう指示を出した瞬間、ビームとしか表現できない光の束が生まれた。

 一瞬で飛び去ったそれの先には、一筋の穴が続いている。

 そして、先ほど聞こえてきた地響きは、一度ドスンと大きなものが聞こえた後、全く聞こえなくなった。


「どれ、ちゃんと仕留められたようじゃから確認しに行くぞ!」

「何だったんでしょうね」

「さあのう……相手の位置は術で分かったんじゃが、流石に種類はのう……」


 道から外れて、鬱蒼とした森の中へと分け入っていくソフィアさんに続いて俺達も進んでいく。

 しばらく進んだ俺たちの目の前には、大きな死骸のようなものがあった。


「……侯爵、これってなんて妖怪ですか?」

「これは……鼻が長いし天狗……かな?私も初めて見るが……。しかし、本当に天狗だとしたら、こんな巨大な個体、我が家で代々集められてきた記録にも存在しないな……」


 侯爵がポカンとしている。

 その天狗と呼ばれたものは、倒れ伏した状態で高さが4m程ある。

 実際の身長は、20m程だろうか?

 眉間に大きな穴が開いていて、それが死因になったようだ。

 といっても、そこから何かが噴き出したりとかのグロイ状態にはなっていない。

 元になったゲームのレーティングの関係だろうか?


「いやぁ……リリア、すごいな」

「わ……私がこれを……!?」

「そうなんじゃない?初討伐おめでとう」

「あ……ありがとうございます……」


 一応拍手をしておく。

 デカい生き物の死体を前に、かなりドン引き状態のリリアだけど、これでそのギフトが有用な事ははっきりした。


「リリア、この天狗どうする?」

「どうするもなにも、ここに放置していくしかないのでは?」

「私は、食べてみたいねぇ……」

「侯爵、お兄さん、ヨダレダラダラ出てますよ」

「お父さん……お兄ちゃんまで……」

「おぬしら、よく人型の物食べようという発想になるのう……」

「ふむぅ!我としては、そこの女子が式神にすると良いと思うのであ~る!」

「あ、そうか。そういや委員長って陰陽術を使えるように……って、うお!?」


 その自己主張の強い話し声に目を向けると、和製ピエロが立っていた。


「逝きの良い屍ゲットであ~る!」

「「「誰!?」」」


 侯爵親子とリリアさんが本日何度目かわからない驚愕の表情で固まる。

 安倍晴明だって教えてやったら、もう一段階上の驚き方してくれるかな?



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