第175話

 天皇様の家に宿泊した翌日、本来はこの日のうちに王都へ帰る予定だったんだけど、リリアさんの準備が必要だろうという事で、もう1日泊っていくことになった。

 俺としても、やっぱりこの世界の京都を見ておきたかったので、何ならもう数日泊って行ってもいいんだけど、今回の依頼って土日で完遂する予定で来てるんだよね……。

 土曜日に出発して、日曜日に帰る予定だったのに、日曜日も宿泊する以上月曜日も遅刻かお休みは確定だろう。

 どうせ俺の成績なんて、魔術が使えない時点で優秀な評価を貰える可能性が限りなく低いから、別にいいっちゃいいんだけど……。

 それでもさ?やっぱり学校ある日は、特別な用事ない限り休まないようにしたいじゃない?


 めっちゃ特別な用事で休むんだけどさ……。

 何がどうなれば、天皇家の義娘の世話を引き受けることになるんだか……。


「リリアさん、今日中に見て回れる場所でおすすめあります?」

「おすすめですか……。外の方がどのような場所を好まれるかはわからないのですが、個人的に好きなのは、千本鳥居のある伏見稲荷でしょうか?京都が自治区とされる前から存在しているそうなので、歴史的にも重要な場所なのではないかと」

「おー!あの鳥居がトンネルみたいになってるとこか!テレビで見た!」

「てれび?そういえば、外の世界には、そういう魔道具があると聞きました。楽しみです!」

「あ、うん。そりゃよかった」


 あぶねーあぶねー。

 テレビで見たのはそうだけど、『前世の』って注釈が着いてたわ。

 まあ、実際にこの世界にもテレビはあるんだし、多分大丈夫だろ。

 テレビの撮影スタッフが、京都の地まで来れるかは知らんが。


「それと、この京都を守る結界を維持している晴明神社も見ておいて損はないと思いますよ?狛犬の代わりに、式神が守っていて面白いんです」

「へぇ……それはいいな……」


 和風ファンタジーっぽい設定だ。

 いいねいいね!

 ……まあ、そう言うのだと、なんとなくその式神に主人公が襲われそうな気もするけど、まあ流石にリアルでそんな事はないだろう。

 多分……。


「本当は、私がご案内するべきなのですが、時間が無くて……」

「いいよいいよ。準備はしっかりしておいた方が良いですから。着の身着のままでも大丈夫ですけど、やっぱり持っていきたい物も多少はあるでしょうし」

「はい……。本当の両親の形見や、皇后さまから頂いた物などを収納葛籠つづらに入れて持っていきたいのです」

「収納葛籠……」


 カバンじゃないのな?

 そんな所まで和風に拘ってるのか……。

 となると、この世界の京都の神社も期待が持てるな!

 変な世界に飛ばされたりとか、陰陽師に会えたりとかすんのかな?

 式神作ったのは大昔の陰陽師だって委員長も言ってたし、技術がどのくらい伝わっているのかも気になる。

 式神づくり体験コースとか無いかな?


 リリアさんと別れて、俺は出かけることにする。

 その前に一応他のメンバーへ確認を取る。


「伏見稲荷って所と、晴明神社って所行こうと思っているんですけど、誰か一緒に来ます?」

「私一緒に行ってもいい?やる事無くて……」

「わかった。侯爵たちはどうしますか?」


 暇そうにしていた委員長は、すぐさま来ることにしたみたいだけど、その近くでまだ酒を飲んでいる侯爵と、ツマミを食べているお兄様、そして天皇様は、行くつもりは全くないみたいだ。


「我々は、今日はここで酒盛りをしているよ」

「ここの所痛風でそれどころじゃなかったから、今日はその分も飲もうと思ってね」

「ツマミの材料になりそうなものがあったら獲ってきてくれないかな?京奈と協力してくれていいから」

「わかりました」


 うーん、ここまでガッツリ酒飲みたちの相手するの久しぶりだなぁ。

 懐かしくもあるよ。

 疱瘡正宗でアルコール除去してやろうか……?




 手書きの地図を貰って門を出る。

 観光客なんてもんはいないため、観光パンフレットも当然ながら存在しない。

 そのため、案内の地図はどうしてもこういう手作りの物になってしまうそうだ。

 因みに、書いたのは天皇様です。

 冷静に考えると、ヤバい事させた気がする……。

 まあ、女の子1人の世話を押し付けられた形なんだし、その位はお願いしても罰は当たらんだろう!

 と脳内補完。


「さて委員長、まずは伏見稲荷からでいい?」

「いいよ!どんな所かもわからないから、犀果君の判断に従うよ」

「あー……まあ京都の神社なんて、王都のテレビじゃ見れないよねやっぱり」

「多分そうだと思う。私の家は、京都と取引してるから簡単に許可も出るけど、普通は京都自治区に入るのってそうそう許可出ないらしいもの」

「へぇ……」


 うん、俺がテレビで神社を見たっていうのはやっぱり秘密だな。


 地図に従って、前世で言えば、時代劇の平安京みたいな趣の街並みを見ながら歩く。

 本当に、タイムスリップしたような気分になるな。

 テーマパークだと言われても納得してしまいそうだ。

 たまに、精霊か何かと思われる光が瞬いては消えていくのがファンタジーっぽい。

 街行く人たちの服装も時代劇っぽい感じなのも、非日常な感じがして面白い。

 本人たちからしたら、これが日常なんだろうけれどもさ。


 俺達も悪目立ちしないように、時代劇に出ても何とかなりそうな服装で雰囲気が出ている。

 あー……写真とりてぇ……。

 アホみたいにピースしながら撮りまくりてぇ……。

 あ!行く予定はなかったけど、あれって五重塔じゃん!

 前世だったら国宝じゃなかったかな?

 この世界にもあるんだなぁ……。


 大抵の都道府県って、国宝の数が1つか2つで、多くても十数個なのに、京都は確か300位あるんだよなぁ……。

 あくまで前世の世界の話だけどさ。

 こっちの世界だと、国宝だのなんだの指定する人たちがやってくることすら難しいかもしれんし、そこまででもないのかもしれないけど。

 逆に、昔からこんな感じで発展あんまりしていないのであれば、重要なもんいっぱい残ってる可能性もあるか。


「委員長、京都連れてきてくれてありがとう!めっちゃ楽しいわ!」

「そう?こっちとしては、面倒な事に巻き込んじゃったかもしれないなってちょっと後ろめたかったんだけどね……」

「リリアさんの話?別にいいよ。似たような感じで何人か世話してるから」

「……犀果君って、普段どんな生活しているのか本気で気になってきたかも……」


 委員長と雑談をしながら歩いたり、途中でたまたま見つけた人力車に乗せてもらいながら移動する事1時間ほど。

 とうとう最初の目的地の目の前まで辿り着いた。


「ここが伏見稲荷大社……本当に鳥居がいっぱいあるんだ……」

「委員長は、京都観光って今までしなかったの?仕事で何度か来てるんでしょ?」

「だって仕事だもの!今日みたいに、1日しっかり滞在するって事はまずなかったし……」


 そりゃそうか。

 今回がイレギュラーで、普段だったら日曜日には帰ってるんだろうな。

 俺もできれば帰りてぇ……。


「じゃあ、鳥居をくぐってみるか!」

「おー!」


 俺と委員長は、観光客がいなくて人気がそこまで多くないのをいいことに、テンションに任せて鳥居の続く階段を上っていく。

 身体能力があがっているからまだいいけど、これ凄い高さだな……。

 俺は問題ないけど、委員長は多少息が上がっているようだ。

 それでも2人とも止まらない程度にははしゃいでいる。

 だって、この赤い鳥居がどこまでも続く光景はテンション上がるよ!


「……委員長!ここ!すごいまっすぐ鳥居が続いてるのが見れるぞ!しかも他に客いない!スマホ取り出しても目立たなそう!」

「ホントだ!撮る!?撮っちゃう!?」

「あたぼーよ!」


 お互いに撮り合って思い出確保。

 いやぁ……。

 まさかこっちの世界に来て、京都観光を楽しめるとは思わなかったなぁ……。


 写真撮影を堪能した後は、もちろん境内まで行って参拝することにした。

 上まで到着すると、一際大きな鳥居と、その向こうにこれまた大きな門が出てきた。

 へぇ……。

 狛犬じゃなくて、キツネの像が座ってるんだなぁ。


「おや?これは珍しい、タヌキの匂いがするお客さんとは……」


 いきなり声をかけられ振り向くと、そこには巫女さんがいた。

 凄い美人だけど、タヌキがどうこう言ってたな?

 って事は、もしかしてこの人化け狐かな?

 タヌキだとしたら四国な気がするし、稲荷といえばキツネだろう。


 隣に委員長がいるから直接言うのは不味いかもと判断し、手でキツネを作って見せてみる。

 巫女さんは一瞬驚いていたけど、俺の意図が伝わったのか、あっちも狐を手で作って「コンコン♪」って言ってくれた。

 やばい、惚れそう。


「それで、本日はどのようなご用事でしょう?お参りですか?」

「はい!俺達は、京都の外から来ているんですけど、1日時間が出来たためにどこか見て回ろうかと思って現地の人に聞いたらここをお勧めされたので」

「成程、それは光栄ですね……。四国から来られたのですか?」

「いいえ?あ、でも、家の近くに神社が新しく建って、そこには四国出身の住職が引っ越してきたんですよ」

「おやまあ……。それは面白そうですね。因みになのですが、貴方のお名前を伺っても?」

「犀果大試といいます。王都から委員ちょ……佐原家のお供でお酒を天皇様の御所まで運んできました」

「それは遠い所から……。もし、私が王都に遊びに行くことがあったら、その神社に寄ってみたいものですね」

「是非是非、歴史も何も無い神社ですけど、看板娘がお待ちしていますよ」


 化け狸だけどな!


 巫女さんの案内で参拝を終え、今度はゆっくり鳥居の続く道を戻る。

 不思議と、鳥居を通るだけで本当に別の世界に行ってしまうような気がするのは、前世から変わらない感覚だな。

 そういえば、ここでお参りしてもリスティさんの所に意識が飛ばされること無かったな?

 この神社と相性が悪いとかあるのかな?


 それにしても、堪能させてもらったなぁ……。

 あぁ……いいわぁ……今めっちゃ観光してる……。

 これでこの後ホテルに泊まって、そこそこ豪華な料理を食べて、温泉入って、最後に窓際の謎スペースでジュースでも飲んだら完璧だな……。

 この世界の京都にホテルなんて多分ないけど。


「はぁ……もう終わっちゃったね……」

「だなぁ……。いい体験した……」

「ねー……。神社がこんなに面白いと思ったのって初めてかも」

「興味深いものだって認識が無いと、どうしてもそこまで楽しめないからな」


 前世では、結局一回も京都に行かなかったんだよなぁ……。

 清水の舞台とか見てみたかったぜ……。

 この世界にもあるのかな?あるとしたら、位置的には帰り道だから寄ってみるかな……。


 伏見稲荷を見物し終えた俺たちは、今度は第2の目的地である晴明神社へと向かう。

 なんと今度は、たまたま牛車を見つけてしまって、平安貴族のように運んでもらった。

 ちょっと狭くて、委員長と大分くっつくことになってドギマギもしたけど、総合的にはいい経験だった。


「さて、晴明神社に到着したわけなんだけど……」

「……犀果君、これ……すごいね……」

「うん……入って大丈夫なんだろうか?」

「大丈夫……だと思いたいけど……」


 俺と委員長が見上げる先には、でっかい鬼が2体いる。

 京都の外で見た式神の鬼と殆ど同サイズだ。

 位置的には、普通の神社なら狛犬がいる辺りに立っているから、その代わりって事なんだろうけど……。

 あの森の中だったからまだこのサイズでも納得できたけど、街中でこのサイズは逆に動きにくいんじゃないか?

 すこし散歩するだけで、この辺りの地域が壊滅しそうだ。


「とりあえず、中入ってみる?」

「うーん……折角ここまで来たんだし、入ってみよっか」


 委員長が恐る恐ると言った雰囲気で門を潜る。

 参道を進むけど、畏れていたような式神の攻撃は無いようだ。

 微動だにしないけど、こいつらも元は魔物だか妖怪だかなんだよな?

 どうやったらこんなにビシッと言う事聞かせられるんだろう……。


 式神の横を通り過ぎた後は、普通の神社と同じように進んだ。

 至る所に五芒星の紋があるのが非常に和製ファンタジーっぽくていい。

 この五芒星の形になってる井戸なんて、晴明の念力で湧きだしたもんらしいぞ。


「俺はあんまり王都にある神社って詳しくないんだけど、こんな雰囲気の所ってある?」

「私もそこまで詳しくないけど、少なくとも私が行った事ある神社の何処とも似てないかな?あの大きな式神はともかくとして……」

「まあね……」


 大怪獣が2体もいる神社とか、そんなんあったら怖いわ。

 ……そういや、高さ20m越えの稼働する像がある神社言った事あったな……


 伏見稲荷では、お参りしても神の世界には行かなかったけれど、こっちではどうなるんだろうか?

 すこし気になりながら、委員長と一緒にお参りする。


 そして、気が付いたときには、いつもとは違う謎の空間に飛ばされていた。

 畳張りの空間が、ここから見えなくなる所まで広がっているだだっ広い空間。

 その光景が、どう考えてもこの場所が通常の空間ではないと感じさせる。

 どういうことだ?

 ここは何だ?


「おんや~?人がいる~?」


 声に反応して正面を見ると、いつからそこに居たのか、目の前2m程の場所に変な恰好の男がいた。

 ピエロみたいな恰好なんだけど、何故か和風なデザインになっていて、顔はメイクがされていない。

 これで顔が濃いメイクでもされてたら、こいつは不味いと逃げる所だったんだけど、とりあえず状況を確認させてもらうか!


「あの、ここってどこですか?俺は神社にいたはずなんですけど」

「あー神社~?参拝客か~?だとしても、この場所に入ってこれるのなんて神か神の使徒くらいなのにな~!」


 つまり、ここでこの謎の男に協力する価値が無いと思われたら不味い。

 とりあえず話を合わせておこう。


「一応神の使徒なんですよこれでも」

「なにぃ……?となると、この空間が神々にバレたか?」

「へ?神々?」

「昔から気ままに勝手に人を死なせる神々の憩いの場所、それが元々のこの空間なんだけどなぁ。それを我自ら分捕って便利につかっているんだよね~」


 とんでもない事言ってるけど、コイツは何者なんだろう?

 可能なら、今すぐにでも斬り伏せて空間からの脱出を図った方が方が良い気もするけど、どうしようか?


「ふむぅ……。まあとりあえず自己紹介でもしとくぞぉ?我こそは!かの大大天才陰陽師!名を!」


 カカッと履物で音を鳴らしながらポーズをとる男。

 顔はドヤ顔。


安倍晴明あべのせいめいであ~る!!」


 人気がありすぎて半ばフリー素材のように扱われている、日本屈指の歴史的人物が現れた。



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