第174話

「頼む、外の世界に連れ出してやってくれ……」


 世が世なら、この国のトップにいたかもしれない人が、恥も外聞もなく俺に頭を下げている。

 よっぽど辛いのか、脂汗まで出ているように見える。

 それほどまでに、このリリアさんを大切に思っているって事だろうか?

 義理ではあるんだろうけど、父親って感じがするな。


「義父さん……」


 リリアさんも、天皇様がそんなことをするとは思っていなかったらしく、ボーっとしてしまっている。

 委員長は、未だに目が点から回復しない。

 何故か後ろの委員長家の2人は、この事態を傍観している。

 まったく驚いていないように見えるけど、これが生粋の貴族として教育を受けてきた者の演技力って事だろうか?

 流石に、天皇様の家に亡国の姫がいて、その姫を元蛮族の子供に託そうとしているのをいきなり見せられて驚かないってことは無いと思うんだけど……。

 だって、まず俺が驚いてるもん!


「えーと……顔を上げて下さい。俺としては、彼女を連れて王都に行くことは構いません。生活する場所も用意できます。ただ、本人の意向も確認してみないと」


 こちとら、身元保証が不可能な存在を多く抱えた家にいるからさ、今更それが増えた所でそこまでリスクは変わらんのだ。

 亡国の姫なんて、俺の家にいるヤバイ奴らの中では、むしろキャラが薄いまである。

 アレだぞ?エルフで大精霊で超美人なお姉さんとか、今では途絶えた技術を幾らでももってる電子の妖精とか、そう言うのに比べたらよっぽどマシだぞ?


「私は……確かに、京都の外の世界も見てみたいと思っています。ただ……その前に、言っておきたい事があります」


 そう言うと、リリアさんはこちらを向いて座り直す。


「義父は別に死ぬような状態ではありません。痛風で足が痛い上に、腰がギックリとしてしまっただけです。魔女の一撃という奴ですね。アレだけ気を付けるように言ったのに、趣味の漬物造りで油断なんてするから……。痛風のお薬もちゃんと毎日飲むようにお医者さんからも言われていたではないですか!」

「な!?リリア!それは恥ずかしいから秘密にしておけと……」

「ダメです!さも自分が大病を患っている……いえ、痛風も腰も確かに大変な状態なのはわかりますが、それをだしにして人にものを頼むのはいけません!」

「むぅ……血は繋がっていない筈なのに、亡くなった妻に似てきた気がするぞ……」

「皇后さまから色々教育は受けてきましたので」


 うん、娘と父親って感じがするな。

 てか死なんのか。

 これから死にますみたいな顔してたのに……。

 危なくしんみりする所だったぞ……。


「それでどうします?天皇様の状態はともかくとして、リリアさんがもしここから外に出てみたいのであれば、それを手助けすることは可能ですよ?住む場所も用意できますし。自称メイドが50人くらい居るので、身の回りの世話も可能だと思います。確かに出身地を開拓村って事にすれば、それ以上は詮索されないでしょうし」


 俺がそう尋ねると、はっとしたように親子喧嘩を辞める2人。

 そして、リリアさんがこちらを向いて少し考えるようなしぐさをした後、決意した表情で答えた。


「お願いします。私に外の世界を見せてください」



 ―――――――――――――――――――――――



 その日の夜、俺たちは天皇様宅に泊めて頂くことになった。

 正確には御所とかいうんだろうか?

 ただもう、普通のオジサンっぽい所を見せられすぎて、頭の中でどう処理すればいいのかわからなくなってきたんだ。


 夕食は、侯爵たちが持って来た食材を使って、リリアさんが手料理をふるまってくれた。

 その席で、委員長がコソコソと話しかけてきた。


「ねぇ犀果君……。犀果君って、いっつもこんな感じのハチャメチャを体験してるの?」

「えー……?うーん……。まだ今回はそこまででも。相手が天皇様ってだけで難易度としては高くないな」

「そっかぁ……。私に言えることはあんまりないけど、その……頑張ってね!」

「うん、ありがとう」


 委員長が応援してくれる。

 でも、何を頑張ったらいいんだろうな俺は。


「犀果君、キミにちょっと話しておきたい事がある」


 委員長が離れたと思ったら、今度は委員長のお父さん様ですか。


「どうしました?お酒無くなりました?」

「いやいや、まだ1樽しか飲んでないから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃなくない?」


 因みにこの公爵様は、お酒がいっぱい飲めるようになるギフトを持っているらしくて、さっきから文字通り浴びるように飲んでいる。

 天皇家に納品した物ではなく、自分用に持って来たものらしいけど……。


「犀果君は、酒の神の加護ももっているのかな?」

「酒の神……?いえ、それは心当たりがありませんね。俺に加護をくれた女神様は、お酒が好きみたいですけど」

「成程ね……。実は、私や息子たちは、酒の精霊を見ることができるんだ」

「酔いによる幻覚ではなく?」

「幻覚ではなく」


 侯爵は、俺の質問が受けたのか多少笑ってから続ける。


「今日、犀果君が蔵で酒樽を運んでいた時、キミの事が見え難くなるほどに酒の精霊が纏わりついていてね。きっと、キミから漂う神気に魅かれたんだろう」

「……流石にそんなに纏わりつかれているって言われると、こう、気色悪いですね……」

「ふふ、そうかもしれないな。ただ、別に悪さをするような奴らじゃないから気にしなくていいよ。もっとも、死んで糖分が残っている状態なら、酒にされてしまうかもしれないけどね」


 グラスの氷をカランと鳴らし、樽から酒を注ぎながら、イケオジ顔になる公爵。


「我々の君に対する今日の態度は、人として間違っていた。謝罪する。どうにも私たちは、娘の事になると冷静でいられなくなるものでね……」

「親なんてそんなもんなんじゃないですか?いいんちょ……京奈さんは美人だし、それにすり寄ってくる男を警戒するのは当然でしょう?」


 とは言え、殺気を向けるのは辞めてほしい。


「そうなんだ。京奈は生まれた時から可愛くてね……。写真見るかい?携帯用のアルバムももってきているんだ」

「委員長、見ていいの?」

「ダメ!!!」


 委員長一家や、天皇様親子と楽しく食事をし、改めて思う。

 話では聞いていたけど、娘を持つ父親って言うのは、割と過保護になるもんなんだなぁ。

 気持ちはわかるけどさ。

 でも、なんかこういう雰囲気は悪くない。

 例えるなら、お正月に親戚が集まる実家に帰ったような感じというかさ。

 麻雀でもあったら盛り上がるかな?


「あ、そういえばなんですけど、天皇様って痛風なんですよね?」

「そうなんだ……。正直今も痛くてしょうがない……。尿酸を排出しやすくなるクスリさえちゃんと飲んでいれば、早々ここまで酷い発作にはならないらしいんだが……」


 そうそう、尿酸ね尿酸。

 健康な人でも一定量は体内にあるけれど、普通は排出されていくから問題ない。

 ただ、痛風の患者の場合は、何らかの理由でその排出が上手く行かないか大量に体内に発生してしまって、それがトゲトゲの結晶になって骨と骨の間とかに付着して、それが原因で炎症が起きるんだったよな?


 つまり、尿酸を毒と見做すことができるわけだ。


「そこで便利なのがこの疱瘡正宗って剣なんですよ」

「うん?剣がどうかしたのかい?」

「まあまあ、騙されたと思ってじっとしててください」


 俺はそう言ってから、天皇様の足に鞘に納めたままの疱瘡正宗をトントンと当てる。

 これで終わり。

 ね?簡単でしょ?


「どうです?まだ痛いですか?」

「ん?何を言って……あれ!?痛くない!?」

「この剣、毒とか病原菌を消せるんですよ。理屈は俺にもわかりませんけど」

「なんと……なんとまぁ……私の長年の悩みが!一気に解決してしまった!」

「いや、別に尿酸が多くなる原因が取り除かれた訳じゃないので、多分悩みは解決してませんよ?」

「それはしょうがない!薬を飲んでいけば大丈夫だ!あー!健康って素晴らしい!」


 テンションが上がった天皇様は、そう言って跳ね起きようとした。

 しかし、途中で固まる。

 そりゃ……そうでしょ……。


「痛風の痛みの原因は消せても、流石に腰は治せませんよ?」

「うぐっ……があ……犀果君……!義娘を……リリアを頼むよ……!」

「え?あ、はい……このタイミングで?」

「人間はね……相手が大変な状態になっている時にお願いされると、思わず頷いてしまうものなんだ……」


 ほんと、良い性格してるわ。

 

 何はともあれ、こうして、また家に家族が増えることになりました。

 流石にもうリンゼに押し付けるのは難しいよな……。

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