第173話

「委員長!委員長!俺、天皇様相手にどう喋ったらいいかわからないんだけど!」

「私だってわからないよ!会ったこと無いし!いつもリリア様としかここではやり取りしないもの!」


 委員長と2人で大慌てしている今日この頃。

 委員長のお父様とお兄様は、特に慌てることも無くキリっとしている。

 前世からの記憶で、付け焼刃の敬語くらいなら話せる俺だけど、流石に天皇陛下を前にどういう風に話せばいいのかなんてわからない。

 逆に、わかる人間がどれだけいるんだって聞きたいわ!

 俺の両親なんて、前世も今世も多分わかんないぞ?


「落ち着きなさい犀果君。今の天皇様は、下々の者たちとも分け隔てなく接される方だ。悪意を持って馬頭でもするのなら別だけど、必要以上に畏まることはない」


 侯爵がキリっとしたままアドバイスをしてくれる。

 イケオジ感がすごい。

 これ、本当にさっきヨダレダラダラしながら牛鬼を焼いてたおっさんなんだろうか?


「……ただ、『陛下』とつけてはいけないよ」

「あー……、成程。わかりました」


 どうやら、やっぱり今の天皇様の立場はめんどくさいようだ。

 まあそりゃ、王様がいるのに天皇が残ってるんだからなぁ……。

 その辺り、予習してきてないからわかんないんだよなぁ……。


「犀果様、義父は体を壊しており、今は1日の大半を寝て過ごしておられます。トイレだけは、意地でも自分で行くと言って聞かないのですが……。それで、謁見の場としては相応しくないのかもしれませんが、寝室へとご案内させて頂きますね」

「あ、はい。こっちとしてはどこでも……。あの、本当に俺が会ってもいいんですか?何かの間違いなのでは?」

「いいえ、貴方様に是非とも会っていただきたいのです。私は、天皇家の血を引き継いではいませんのでわかりませんが、天皇は代々、神の声を聴くことができるのだそうです。そして義父も先日、女神様から、『そちらに使徒が訪ねるから、その時に悩みを相談するように』との神託を得たらしく、今か今かとお待ちしていたのですよ」


 これがただの宗教の勧誘とかだったら、ヤベーよとすぐさま逃げる所なんだけれど、実際に俺は女神様と話したことがあって、更に加護も貰っちゃってるからなぁ……。

 その状態で、嫌ですとも言えない……。


「そうはいっても、天皇様のお悩み相談なんて、俺に何とかできるとは思えないんですけど……」

「私も詳しくはわかりませんが、女神様が言うのですから、きっと何か意味があるのだと思います!」

「そ……そうですか……」

「はい!……だって、私が今ここにこうして生きていられるのも、その女神様の声による物らしいですから……」


 え?それはどういう意味?

 と聞こうとした時、リリアさんが扉の前で止まった。

 つまりここが、件の天皇様の寝室なのか?

 あー……質問どころじゃねぇわ……。

 緊張してきた……。

 入室即首はねられたりしないよな……?


「お義父様、女神の加護を受けた使徒様がお見えになりました」

「……入りなさい」


 リリアさんが扉の向こうへと声をかけると、具合の悪そうな男性の声が聞こえた。

 その声に促され、リリアさんが扉を開け中へと入る。

 そして、俺達も迎え入れられた。


 部屋に入ると、広い畳の部屋の中央に敷かれている布団に、50代くらいに見える男性が横になっていた。

 白髪も目立ち、顔色も青白い。


「ようこそ我が家へ……。私が、今生天皇の稀仁だ……。キミが、女神様の使徒様かな……?」

「恐らく……。ただ、女神様から何も聞かされていないので、確実にとは言えないのですが……」

「そうか……まあ、もし違ったとしても、それならそれで構わないさ……。それより、良ければキミの事を聞かせてくれないかな?」

「私の事をですか?」

「そう……。出身や、ここに来ることになった経緯とか……、まあ、雑談だと思ってくれるとありがたい……」

「構いませんけど……」


 俺は、開拓村から出てきて、王都にやって来てからの事を話した。

 流石に未開の土地からやってきた人間だとは思っていなかったのか、力無くではあるけれど、天皇様も驚いていたようだ。

 その横にいるリリア様は、コロコロと表情を変えながら聞いていたので、説明するのが楽しかった。


「成程な……。やはり、女神様から加護を受ける者は、尋常ならざる運命を持つらしい……」

「それ褒めてます?」

「フフ……褒めてるとも……」

「まあ!お義父、今日は随分と具合が宜しいんですね?」

「あぁ……。これも、女神様のおかげかもしれないね……」


 少し話してみてわかったけど、天皇様は、随分と親しみやすい方らしい。

 ところで、護衛とかはいないんだろうか?

 曲がりなりにも天皇という位をもっているなら、相当な重要人物だと思うんだけど、この屋敷に入ってからリリアさんと天皇様以外誰も見ていない。

 義娘は、使用人というわけではないだろうし、そうなると使用人の類はいないということだろうか?

 こんな広い屋敷なのに……?


 うーん……考えれば考える程疑問が出てくる……。

 でも、それを聞くのもちょっと憚られる内容なんだよなぁ……。

「貧乏なん?」って聞くようなもんだし……。


「ところで、リリアさんから、私に何か相談したい悩みがあると伺っているのですが?」

「あぁ……そうだったね……。是非頼みたい事があるんだ……」

「可能な事であればできるだけ聞きますが、天皇様でもできない事で、俺に出来る事なんてそうそうないと思いますよ?」

「いやいや……。どうやらキミは、私がとても権力がある人間だと誤解しているようだけれど、今の天皇なんてものは、ただの名誉職に近い物なんだ……」

「天皇がですか!?」

「うん……。キミは、どうしてこの国に王と天皇が同時に存在しているか知っているかい?」

「いいえ、その辺りはまだ勉強中で……」

「なら、そこから説明しようか……」


 そして天皇様は、この国の歴史について説明を始めた。


 大昔、魔物の大発生と大地震、そして大飢饉や疫病が同時に発生したことがあったんだとか。

 当時の人々の不安や怒りを向かう先は、当時の最高権力者である天皇。

 しかし、どれだけ力を尽くしても、残念ながら全てを解決することなんて不可能。

 このままでは、貴族も平民も関係なく血なまぐさい事が起きそうとなった時、天皇家の中で話し合いが持たれたそうだ。

 内容は、民たちの不平や不満は全て天皇へと押し付け、新しく強い指導者を選出し、その者によって統治することにしようという物。

 前世であれば、大仏でも作って何とかしそうな状況だけれど、この世界では、王の誕生によって解決しようとしたらしい。

 表向きは、クーデターを起こした王が、政権を乗っ取る形にするけれど、ほぼ無血で行えるように手筈を整えたかった。

 ただ、そんな事は、今まで権力を掌握してきた有力貴族たちが認めるはずもない。

 だから、当時の天皇は、京都に籠城するという体で有力貴族たちを京都に集め、そのまま外部への干渉を絶たせたそうだ。


 陰陽師による結界と、強力な式神によって、外からの侵入は防ぐけれど、中からも出られない檻へと1夜にして変貌した京都には、これからの王が支配する国にとって邪魔な存在が閉じ込められた。

 王が立ち上げた政府も、この京都の事を日本の中にありながら日本の支配の及ばない地域として、京都自治区と定め、一部の者以外干渉することができないようにした。


 そんなこんなで、面倒な隔離地域が出来上がって、そのまま今まで続いて来ちゃったらしい。

 今の天皇様は、別に天皇としての立場に拘りがあるわけではないらしいけど、天皇を崇拝する自分たちこそが日本の正当な政府だと思っている人たちが未だに京都には多いため、心の拠り所として天皇という存在を残すしかなく、今もこうして天皇を名乗っているらしい。

 ただ、ここ数十年、京都では人口減少が起きているらしく、天皇が住むこの屋敷ですら、週に数日やってくる通いの使用人が数人いる程度で、普段の家事は、殆どリリアさんが行っているんだとか。

 もっとも、体調を崩して寝込む前は、家事が趣味だという天皇様直々に家事をこなしていたらしいけれど……。


「ってことは、あの何樽もの酒って、天皇様とリリアさんが飲んでるんですか?凄い酒豪ですね……」

「へ!?違います!あれは、月に1度開かれる会合で皆さんに提供しているだけです!」

「あー、そうなんだ……。樽ごとグビグビ行くのかと一瞬思いました」

「私はまだ15歳ですから、お酒なんて飲めません!」

「あ、じゃあ同い年なんですか?大人びて見えたんで、てっきり成人しているのかと……」

「老けて見えるって事でしょうか……?」

「いや、こうやって涙ぐんでる所は、ちょっと子供っぽく見えますね」

「揶揄ってません!?」


 ちょっとだけ面白かった。

 説明と雑談を終え、天皇様が話を切り替える。

 とうとう俺へのお願いとやらを教えてくれるらしい。


「それで犀果君、キミに頼みたい事なんだが……」

「はい」

「義娘を……リリアを京都から連れ出してくれないだろうか?」

「リリアさんを……ですか?」


 てっきり、魔物を倒せとか、式神を破壊してくれって話かと思ってた。


「お義父様!?私がいなくなったら、この家の家事は……」

「なに、息子夫婦を早めにこの屋敷に住まわせて、天皇の引継ぎだとでも言って家事もさせればいいさ……。実際に、そう遠くないうちに、私は……」

「そんな事言わないで下さい!」

「いいや、こればかりはどうしようもないよ。だからその前に、私に出来る事はしておきたいんだ……」

「しかし……」


 そう言って、リリアさんは俯いてしまう。

 そもそも、この人はどういう立場の人なんだろう?

 義娘ってことは、血は繋がってないみたいだし。


「犀果君、これは、恐らく京都の外でも殆ど知る者がいない事なんだけれど、女神様の使徒であるキミを見込んで伝えるよ」

「はぁ……」

「リリアは、今は無くなってしまった国の姫君なんだ。まだ赤ん坊の時に日本に亡命してきたけれど、その国は何度か日本に戦争を仕掛けてきたことがあってね……。おおやけに受け入れることはできなかった。困った王が、秘密にするのに丁度いいと考えて選んだ先が、ここだったというわけなんだが……」


 なんか凄い機密情報が明かされてる気がする。

 怖い怖い怖い。


「もうほとぼりも冷めた頃だろう。肩書は……犀果君の出身地、開拓村だったかな?そこからやってきたとでも言っておけばいい……。天皇の義娘とは言え、特別贅沢もさせてやれなかった。だから、我儘で迷惑をかけることは無いと思う。親の贔屓目かもしれないが、性格もいいし、家事もできる。そして、外見も良い。この娘は、私たちのように、静かに滅んでいく必要はないんだ……」


 そう言いながら、苦しそうに上半身を起こし、頭を下げる天皇様。


「頼む、外の世界に連れ出してやってくれ……」


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