第170話

「炭火で炙って、軽く醤油をかけるだけでも美味い……できれば我が屋的には日本酒が合うと言いたい所だが……奴にはビールなんだよなぁ……」

「僕も早く酒が飲めるようになりたいなぁ……」


 俺への殺意が半端なかった委員長のご家族2人は、牛鬼とかいうのが出てきてから、もうアレの事しか頭にないってな具合に顔が蕩けている。

 ……美味い?あれが?


「ごめんね犀果君……、私の家族って、お酒とおつまみになるようなものが大好き過ぎる人が多いんだ……」

「そうなんだ……そういえば、お爺さんも趣味の人だったんだっけ?」

「うん……。あはは、流石に同級生にこの状態の家族を見られるのは恥ずかしいかも……」


 そう言って顔を赤らめる委員長。

 その恥ずかしそうな照れた表情とってもナイスです。

 平時であれば、その表情を見ただけで元気が出そうなくらいだと言っておこう。

 でも、でもだ……。

 今この瞬間だけは、キミのお父さんとお兄さんのデロッデロの表情の方がインパクト強いかな……。

 なに?変な薬とかやってないよな?


「委員長、あの牛鬼って本当に美味しいの?」

「うーん……美味しいには美味しいらしいけど、私はちょっとグロテスクで食べられないかな……」

「やっぱりグロいよな!?俺の感覚がおかしいわけじゃないよな!?」


 デカい鬼と戦ってる牛鬼とやらを見る。

 物凄くデカくて毛むくじゃらの蜘蛛の体に、デカい牛の頭みたいなのがついている。

 そんなのが、カサカサと動きながら鬼の周りを動きまわり、ヒットアンドアウェイで戦っているんだから気持ちが悪い。

 一番腹が立つのは、カラーリングが無駄にホルスタインな事。

 誰だアレ考えたデザイナー?


 巨体に似合わず素早く動く牛鬼だけど、対する鬼の方も負けていない。

 大ぶりの攻撃は、中々牛鬼当たらないけど、それでもたまに当たった時には、それまでの回避が無駄になるくらいのダメージを負わせているのが見てわかる。


 戦闘は、大体10分ほど続いた。

 牛鬼は、接近した時に受けたテクニックもくそも無い脳筋パワーパンチがかなり痛かったらしく、その後はダメージを警戒して、離れた所から糸を吐いて鬼にぶつける戦法に替えていたけれど、その糸を逆に引っ張られて、最後は頭と胴体を潰されて終わった。

 いやぁ……マジ怪獣映画……。

 しかもあの牛鬼、血液が紫色なんだけど……。


「あの、あれ本当に食べられるんですか?食べちゃいけない色してません?」

「犀果君は甘いなぁ……。ブドウ味のアイスだって似たような色だろう?大丈夫だよ……」

「えぇ……?」


 確かにそうかもしれんが、あの生き物がグレープ味だとしたら猶更嫌だぞ……?


「まあ、普通は妖怪なんてまともに食えないんだがね」

「そうなんですか?」


 侯爵が、さっき言ってた事とは真逆の事を言う。

 食べられないけどおいしいのか?


「妖怪っていうのは、さっきも言った通り普通の魔獣と違って呪いをその身に宿しているんだ。だから、耐性の無い者が食べると、その者もやがて妖怪になってしまう」

「怖すぎじゃないですか」


 ホラーゲームかなにかですか?


「聖女様ならきっとそのままでも問題ないのだろう。だが、私たちのように呪い耐性の無い人間にとっては毒でしかない。だが、食べる方法が無いわけではない。その方法とは……」

「方法とは?」


 侯爵がタメを作る。

 さっきから思わせぶりなタメがすごい。


「式神に攻撃してもらって呪いを浄化させるのさ!」

「呪いの浄化ですか?」

「そう!式神は光魔法を使えるようにされるからね!それを使えば呪いも一発で消え去るってわけだ!もっとも、生きている間だとすぐに呪いが補充されるから、しっかり止めを刺してもらわないといけないんだがね」


 成程、よくわからんけど妖怪って言うのは、体内で呪いとか言う毒を生成しているような魔物って事だろうか?

 その毒を式神に処理してもらうと。

 ふーん……河豚みたいな感じかな?


 ただ、イケメン顔で説明してくれているはずの侯爵の口から、ダラダラと涎が垂れているせいで集中できん。

 なんなの?お前ゲームのキャラじゃないの?

 イケメンで女性から人気出てほしいと制作側が考えてたら絶対しない行動してんぞ?


「委員長、この人たちは本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫……だと思うよ?いっつもこんなんだから……」


 それは、大丈夫じゃないと思う。


 牛鬼を倒して満足したのか、式神の鬼がどこかへ歩き去っていく。

 それを確認した公爵とお兄さんは、すぐさま牛鬼の死体の方に走って行った。

 まるで、待てを解除された瞬間の飢えた獣のように……。


 委員長と二人で、歩きながら牛鬼の死体の元へ向かう。

 すると、何かいい香りが漂ってきた。

 炭火で動物性の物を焼いているかのような……。


「って、マジで炭火で肉焼いてる……」

「牛鬼は、鮮度が命なんだよ犀果君。この妖怪は、体内にとても強力な酵素をもっているのだが、死んだ上に呪いも浄化されてしまうと、その酵素から自分の身を守る機能が失われて、そのせいで肉がどんどん溶けていく。溶けることで、筋繊維などに含まれる強力なうまみ成分が生まれる。逆にいうと、ぐずぐずしていたらすぐにただの液体になってしまうという事だ。その前に食べるためには、七輪を常に携帯しておいて、いつでも焼けるように準備しておく必要があるんだ」

「あ、はい……」


 このオッサン、こんなにしゃべる人だったんだ……。

 涼しい顔して殺気ばら撒いてるだけの人かと思ってたけど、俺という信用ならん奴以外には、案外おしゃべりな人なのかもしれないな。


「さぁ犀果君も食べてみるんだ!そして将来的にこれでお酒を楽しめるようになってくれると嬉しい!」


 そう言って、侯爵が串にささった肉を渡してくる。

 紫色だからどの程度の生具合なのかわからないけれど、確かに匂いは美味しそう。

 どんな味なんだろうか……。

 やっぱり外骨格っぽい体だからカニみたいな味か?

 それとも、牛鬼だから牛肉とか?


 ええいままよ!


 頭の中で決意の雄たけびを上げながら食べてみた。


「…………」

「犀果君大丈夫?お父さんに勧められたとしても、嫌なら残していいんだよ?」


 俺が急に黙った事で、聖人京奈様が心配して声をかけて下さる。

 だけど、その心配は無用だ。

 だって……。


「う……」

「う?」

「ううううううううまあああああああああいいいいいいいいいいぞおおおおおおおおおおお!」

「うわ!?」


 これは……なんだ!?

 カニでも牛でもない!

 この上手さは……茶碗蒸し!?


「なんでこの見た目で味が茶碗蒸しなんですか!?」

「ふふふ、良い舌をもっているじゃないか犀果君……!この牛鬼という妖怪は、食感は鶏ささみみたいな肉なのに、味は茶碗蒸しという非常に奇々怪々な味なんだ!どうだい!?でも少し鮮度が落ちると、いきなりサーモンの味になる!因みに頭はホタテ味だ!」


 説明されても理屈はさっぱりわからん。

 わからんけど、確かにこの妖怪という奴は美味しいらしい。

 食品として致命的な程のグロテスクさは、全く解決できる気配がないが……。



「よし、じゃあ京都に向かってそろそろ出発するよ犀果君……最後の晩餐におすすめの食材が手に入った事だしね……」

「そうだね父さん……」


 侯爵たちが牛鬼の解体を終え、収納カバンに入れてしまうと、また侯爵とお兄さんからの殺意が復活した気がする……。


「委員長……面白いご家族だね……?」

「ちょっと変だけど、まあ悪い人たちじゃないから安心してね!」


 ほんと?ほんとにほんと?

 目から殺意しか感じないよ?



 先程の式神がウロウロしていたエリアを超えると、魔物の数がかなり減った気がする。

 別に発生していないわけではなく、どうやら大小様々な式神たちが狩りつくしているようだ。

 すごい技術だな式神って……。


「俺も1体くらい式神欲しいな。なんかカッコいいし」

「使えたら便利そうだよねー。でも、今この国で稼働してる式神って、大昔の陰陽師が作った物らしくて、製造方法も完全には伝わってないんだってさ。研究している人はいっぱいいて、不完全でもいいなら新しく式神を作ることも可能みたいだけど……」


 なんだ、完璧な式神は作れないのか……。


 って、大昔の陰陽師とかいうのは、よく考えたらあのデカい鬼を倒せる奴って事だよな?

 どんな人だったんだろう……。

 大昔って表現しているって事は、流石にもう生きてはいないんだろうけど、ちょっとだけ気になるわ。

 敵にはしたくないという意味でな……。


「あ!犀果君見て!京都が見えてきたよ!」


 委員長につられて、木々の合間から京都を覗いてみる。

 そこには、西洋風の建物は一切なく、どこも武家屋敷みたいな街並みが広がっていた。

 あれぇ……?

 どこかでタイムトラベルでもしたっけか……?

 見た感じ江戸時代よりももっと古そうな街並みだ。

 そんな伝統的な建物が立ち並ぶ場所を妖精か何かみたいなほんのり輝くエフェクトのようなものが漂っている。

 その姿は、正に和製ファンタジーという感じだ。

 正直嫌いじゃない。

 だけど……。


「これのどこがフェアリーファンタジーなんだ……?1作目と2作目で全く違うじゃないか……。そりゃ世界観変わり過ぎで賛否もわかれるわ……」


 俺は、プレイしたことも無いというのに、厄介なファンみたいなことを呟きながら、侯爵たちに案内されて京都の市街地へと入って行くのだった。



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