第168話

 ねぇねぇ、京都って知ってる?そうそう、あの京都。

 前世の世界にもあったよね?

 こっちの世界にもあるの。

 そして、今俺はそこに来ている。

 委員長と共に。


 始まりは、リスティ様お供えに行った後、学園で委員長に商品の感想を教えた所まで遡る。


 ―――――――――――――――――――――


「……って感じで、神様は大層お気に召してらっしゃいました」

「へぇ……ねぇ、その神様って本物?」

「本人はそう言ってる。もしかしたら、俺の頭がおかしくなっているって可能性も捨てきれないけど」

「そっかぁ……でも、うん!ありがとう!やっぱり実際に食べてもらってから感想を聞かせてもらうのは参考になるね!」


 一瞬、「コイツ頭大丈夫か?」って顔になった気がしたけど、瞬時にいつもの顔に戻るできた女の子の委員長。

 流石は、モデルになったゲームでもヒロインだったであろうキャラである。

 知らんが。


 まあ、アレだけ大量の酒粕アップルパイを貰っておいて、この程度の報告を対価にして満足してくれているのだから、多少心配そうな目で見られたとしても十分おつりがくる程度にこちらがお得なんだけども。

 神様が喜ぶ美味しさだったからなぁ。

 アイたちなんて、目をキラキラ輝かせながら、商品化されたら定期購入してくれと言っていた。

 全員アイなんだから、1人が代表していえばいいだけだろうに、わざわざ全員で言ってきた辺り、その本気度が窺える。


「あのアップルパイはいつ頃販売開始するんだ?うちの人間たちには、もう今から予約しておきたいくらい人気だった」

「そうなの!?うーん……まだはっきりとは決まってないけど、あと何種類かメニューが決まってからかな?」

「アップルパイ単独で売るわけじゃないのか?」

「どうせなら、3種類くらい同時に発売した方が話題になるかなって思ってね」


 まだ高校生の年齢だというのに、既に商魂逞しい委員長。

 魔獣を倒して素材を売るくらいしか金儲けの手段を思いつかない俺と比べると雲泥の差である。

 俺が開拓村で木を切り倒して木材にして売っていたのは、俺の中では林業だったのだけれど、実際には魔獣討伐だったわけだからな……。


「酒粕アップルパイもだけど、あの日本酒も喜んでたわ。まあ、すぐに酔いつぶれてたけどさ」

「あー、純米大吟醸ウカノミタマね!アレってちょっと特別なお酒だから、あんまり量は作れないんだけどね」

「そうなんだ?」

「元々神事用っていうか、一番美味しくなる作り方を模索し続けて、神様にお供えするために作られてきた日本酒だからね。作ってるの家だし」


 そういえば、委員長の実家は、古くから続く酒造でもあるんだっけか。

 前世の世界だと、神事に使う昔ながらの酒って、ドロッとしたやつとか、白く濁ったままの奴とかだった気もするけど、この世界だと透明な日本酒なんだな。

 最悪の場合、口噛み酒とかいう、唾液に含まれる酵素で米等に含まれるデンプン質を分解して糖にし、それを放置して発酵させた、現代人の衛生観念だとかなり問題があるお酒が使われているようなイメージだったわ。

 まあ、前世で作られたゲームを参考にして作られた世界で、そんな所一々細かく設定されていないのかも知れないけれど。


「ってことは、神様にお供えするって俺が言ったから、そんな特別なの売ってくれたのか?」

「特別って言っても、神社の人たちなんかは、お供えが終わった物に関しては飲んでるんだと思うけどね」

「それでもありがたいわ。神様の機嫌もすぐ直ったし」

「あはは……犀果君の言う事は、冗談なのか本気なのかわかりにくいね」


 そう?

 全部本気で言ってるよ?

 具体的に言うと、神様はその酒を飲んですぐ気分が良くなって寝ちゃうくらいには気に入ってたし。


「ところで、その日本酒を使う神事ってどこでやってるんだ?王城とか?」


 俺の前世のイメージだと、デカい神社もそうだけれど、天皇陛下を始めとした皇室の方々もやっていた気がする。

 確か、皇居にはそれ用の田んぼもあるんだったかな?

 そこでできた米を使って、各種お祭り……というか儀式を行って、豊作を願うとかそんなんだった気がする。

 だから、この世界だとその役割は王様がやっているのかと思って聞いてみたんだけど、委員長の答えは、俺の予想から外れた物だった。


「王城でもやってると思うけど、やっぱり一番のお得意様は天皇様かなぁ」

「天皇!?天皇陛下がいるの!?」

「え?……あーそっかそっか。犀果君って、そういうのも知らない地域出身だもんね」


 そうだよ?

 俺の故郷には法律なんてものすらなくて、野生の倫理観で皆が好き勝手にやっていただけって感じだった。

 それにしても、王様がいるのに天皇陛下まで存在しているとはびっくりだな。

 不思議な体制だなぁ……。


「今から数百年前に、皇族の1人が起こした反乱で勝ったのが初代王様で、それ以降元々の天皇様や皇族の方々は、宗教的な象徴としてのみ存在の存続が許可されたらしいよ」

「へぇ……」


 つまり、王様が許可してるから存続しているっていう理屈なのか。

 俺の前世とはだいぶ違う感じだな。


「皇族の方々と、反乱の際に王様側に着かず、天皇様側に味方して戦った貴族は、京都にまとめられて今も存続しているの」

「京都か。この世界だと、そういう歴史のある街になってるんだなぁ……」


 聞いた限りだと、前世の世界の京都とは違って、観光重視の街では無さそうだ。

 それでも、貴族とか皇族の歴史が未だに色濃く残っているんだろうなぁ……。


「単純に興味本位で見てみたい気もする」

「え?もしかして興味あるの!?」


 俺の何となく口にした呟きに、やけに大きめの反応をする委員長。

 なんだろう……面倒な雰囲気がする。


「……興味はあるけど、どうかした?」

「実はさ、この前のお願いの事覚えてる?」

「お願い?」


 そういや、実技試験を手伝うって約束をしてたな。

 それがどうしたんだろう?


「お願いの内容を変更するのか?」

「そうじゃなくてさ。実は、実技試験って免除してもらう方法っていうか、他の方法で突破する方法があるんだよね」

「他の方法?」

「そう!試験の期間にどうしても実家の仕事で忙しい貴族たちもいるし、それの代替って事で、試験合格に準じた行為を行ったって認められれば、それで試験を免除してもらえるの」


 そんなのがあるのか。

 相変わらずというか、貴族社会ってのは面倒なルールが色々あるんだな……。


「その免除っていうのを委員長は狙いたいって事か?」

「私がしたいってわけでもないんだけど、実はその免除される行動の代表的なやつで、どっちにせよ私が今度やらないといけないお仕事があるんだよね」

「仕事?」

「天皇様が儀式で使うお酒を納品しないといけないんだけど、それの護衛を兼ねて、歴史ある京都を訪ねるって仕事。京都の周りって独特の魔物が多く現れるから、どうしても護衛が必要なんだけど、それを手伝う事で初級ダンジョンのクリアの代わりってことにするって制度なのよ。他にも何種類かそういう免除用の仕事があるんだけれど、私は実家の関係で試験とか関係なく強制参加だからね。でも、もし犀果君が興味あるなら、ダンジョン攻略よりもそっちの方が楽しんでもらえるかなって思ったの。泊りがけになるから、流石に私の都合でそれを手伝ってもらうのは気が引けるんだけど、犀果君さえ良ければって感じかな?私だけだと達成条件が満たされないけど、犀果君とペアで参加って事ならちゃんとクリアになるはずなんだ」


 ほうほう?

 つまりだ、俺はそれを引き受ければ、ただでこの世界の京都満喫ツアーをさせてもらえるって事だな?

 しかも、一般市民では恐らく体験できないだろう観光コースを巡れそうだ。

 この世界の京都に、一般市民が観光で訪れることがあるのかはわからないけれども……。


 うん、正直、めっちゃ行きたい。


「良ければやりたいわ。ついでに京都の神社仏閣も回りたい」

「そう?じゃあお父さんに確認とってみるね!多分大丈夫だと思うから、予定が決まったら伝えるね!」


 委員長が言っていた通り俺はすぐさま採用され、しかも偶々その護衛を行う行事がその週の週末に行われるという好タイミングだったらしく、早速京都に行くことになったわけだ。

 いやぁ、運が良かった!

 こうもとんとん拍子に色々決まるなんてなぁ!


 なんて思っていた俺。

 だけどさ、俺の運なんて大していいわけじゃない。

 そんな俺が、そんなに都合よく色々な事が進んでいる時点で、何かバランスを取るためにトラブルが発生するのは確定していたのかもしれない。


 俺達はまず、駅から京都行きの魔道列車に乗り、京都駅へと向かう。

 ただ、この京都駅というのが、京都の町中にあるのではなく、京都の外延部に存在するだけらしい。

 そこからは、歴史を感じる未舗装の道が続いているらしく、徒歩で御所へ向かうそうだ。

 なんでそんな重要な道が未舗装なのか聞くと、その辺りは昔から強力な魔物の発生源な上に、それらから京都の町を守るための超強力な式神が歩いていたりもするらしいので、舗装工事がマトモにできなかったというわけらしい。


 おかしいな?

 これ京都の話だよな?

 北海道の山の中工事してたらヒグマが出まくるから中断せざるを得なくなったとか、そう言う話ではないんだよな?


 そんな疑問を持ちながら、俺はこうして京都駅へと降り立ったんだ。

 そして冒頭へと戻るわけだ。



 ―――――――――――――――――――――


「じゃあ犀果君、そろそろ行こっか!」

「……はい……」

「ん?どうかした?元気ないけど」

「いや……その……めっちゃ睨まれててさ……」

「あー……。大丈夫!多分私が初めて連れてきた男の子だから、警戒しているだけだって!」


 今回京都へ行くメンバーは、俺を含めて4人だ。

 まず俺!この中では一番の下っ端だ。アルバイトみたいな感じ。

 次に委員長!俺の次に下っ端だけど、家業手伝いだから気心は知れている感じ。

 3人目は、俺らより2歳年上らしい男性。超イケメン。委員長のお兄さんだって。

 4人目は、35才くらいに見えるイケオジ。気配が既にイケメンって感じのヤベェオッサン。委員長のお父さんだって。


 つまり、俺は今超アウェーなわけです。


「なに、緊張する事は無いよ犀果君。僕らは、君に対して何ら危害を加えるつもりはない……」

「そうだね父さん……例え、例えだ。京奈が初めて仲良くしているという男の子だとしても、流石に問答無用で何かしようなんて事は無いよね……多分……」

「ほらね?だから安心してよ犀果君、お父さんも兄さんも真面目でいい人たちだから!」

「そ……そう……」


 でもな委員長、俺がもしその真面目でいい人なご家族だった場合だ。

 娘がいきなり婚約者何人もいる野郎を連れてきたら、視線で穴が開けられるんじゃないかってくらい警戒すると思うんだ。

 ですよねお父さん?


「犀果君、背後には気を付けたまえ。ここは既に魔物の領域、いつ人が死んでもおかしくない場所だ……」

「そう……そうだね父さん……いつでも……ふふ……」

「なんだか今日は珍しく2人とも笑ってて楽しそうだね?犀果君のおかげかな!」


 おかげって言うか、俺のせいかな……。


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