第165話
ティロンティロンティロン…………。
自動ドアが開き中に入ると、前世でも聞いたことがある音楽が流れる。
なんでこの世界にもコレあるの?
コンビニとかに入るときに聞こえてくるやつだよね?
今俺が入ったのは、王都で最高の酒屋と言われているお店だ。
だからこのコンビニ音は、俺にとっては違和感がすごい。
最高級フレンチの最初にうめぇ棒が出てくるくらいの。
「おおう……どれも美味そうじゃのう……」
「そうなんですか?俺にはわかんないんで、美味しいの選んでもらえます?試飲もできるみたいだし」
「よいのか!?ワクワクするのう!」
未成年……いや、この世界だと成年なのか?
でもお酒が20歳からというのは、こっちの世界でも共通らしい。
だから、この世界でも酒の味なんて俺は知らない。
正確には、ジュースと間違って口に含んだことなら何度かあるけれど、ただただ渋いような変な味だなとしか思わなかった。
よって吐き出したら、もったいない!って周囲の大人たちは言っていた。
大人になると味覚が変わるんだろうか?
「うーん……どれにしようかのう……」
100m程までしか離れられないソフィアさんだけど、この店内程度なら、俺が店内にいるうちは回れるだろうし、自由に回ってもらおう。
なんで酒が飲めるわけでもないのにこんな場所にいるのか?
それはもちろん、酒を買うためだ!
しかも、ただの酒じゃない!
女神様にお供えする特別なやつだ!
前回リスティ様に会ったときに、祈っただけで会えるようにしたのに、この歳になるまで待たせたことに対してそこそこ怒られた、
にも関わらず、こうしてまた1ヶ月ほど間を空けてしまった。
きっと怒ってる。
絶対怒ってる。
こういう場合、やるべきことは限られる。
可能な限り早急にフォローするんだ。
しかも、己にできる最高の持て成しをもって。
というわけで、リスティさんが前回の別れ際にリクエストしていたお酒と甘い物を用意しようというわけだ。
それで、丁度来てくれていたリンゼに良い酒屋が無いかを聞いてみたらここが良いと言っていたのでやってきたんだ。
公爵家御用達な上、王城で提供される酒の大半もここから卸されているらしい。
同じ酒でも、この店で評価をしてから販売するだけで、数割増しで販売できるらしい。
デパートの米とかメロンみたいな理屈だな。
店の中には、俺以外にも客が数人いるようだ。
しかも、どう見ても貴族か、平民だとしても相当な富裕層なんだろうなとわかる出で立ちだ。
そういう奴らって、店の人間を自分の家に呼ぶことが多いって有栖が言っていたけれど、ワザワザ店まで出向いているのは試飲があるからだろうか?
皆、小さなグラスを持って、香りを嗅いだり口に含んだりしている。
その光悦とした表情を見るに、相当美味しいんだろうな……。
多分俺が飲んでも理解できんだろうけど。
「いらっしゃいま……あれ?最果くん?」
「ん?あ、委員長だ」
店員さんっぽい声に振り向くと、そこには佐原京奈さんが居た。
学園の制服姿か、魔物を狩りに行くときの格好しか見たこと無かったけど、今はきっちりとしたパンツスーツ姿だ。
服装は違っても、キッチリ仕事をしてくれそうな雰囲気は健在だ。
しかも、俺みたいな問題児兼コミュ障に話しかけてくるできた人だ。
最近でこそ頑張って色んな人と会話している俺だけど、基本的には人見知りでクラス内では浮いた存在になるタイプなんだ。
普通に考えれば、話しかけたいと思えるような類の人間じゃないだろう。
「犀果くんはどうしてここに?お酒を買いに来たの?」
「あーうん。ちょっと女神様にお供えするのに良いものがないかとね」
「へー!犀果君って結構信心深いんだね?」
「いや、ずっとほっといたから、ご機嫌を取るためにってさ……」
「アハハ……なんとなく犀果くんっぽいなって思っちゃった」
そう言って委員長が目の前に立つ。
よくみると、学園にいるときとは違って化粧をしているらしく、大人っぽい雰囲気が強調されている。
「委員長はここで働いているのか?」
「そうだよ!というか、ここは私の家でやってるお店だもん」
「家で?」
「そう!うちって代々お酒を作ってきたんだけど、お爺ちゃんの代から酒屋もやるようになったらしいんだよね。お爺ちゃんって、無類のお酒好きだったから、自分の好きなお酒を怯めるのが主目的になってたらしいよ。お父さんの代で、もう少し商売として本腰入れてからはちゃんと利益も出るようになったみたいだけどね」
「もともとは、趣味の店だったわけか」
「みたいだねー。私は、お小遣いのために働いてるだけ!うちって、生活に必要な分以上は働いて稼げって教育方針なの!本当は、冒険者で稼げたらいいんだけど、なかなかそうもいかなくてさ……」
まあ、ゲームと違って死んだら終わりの世界で、金稼ぎのために魔物狩るのはリスクが高すぎるよな。
俺はやったが……。
他の方法で稼げるやつは、そっちを選んだほうが良いとは思う。
魔物を倒して脅威を取り払うのも大事だけど、必要な分さえ倒してあるなら、女子高生が無理して倒しに行く必要もないだろうさ。
「それにしても、委員長ってそこまでしてお小遣い欲しいタイプの人だったんだな?てっきり生活に必要な分があれば人は生きていけるでしょ!とかいうタイプかと」
「私だって、皆と一緒に甘いもの食べたり、カラオケに行ったりしたいもの!」
「あーそうか……俺って、貨幣による取引がない場所で育ってきたもんだから、学生がそういうことするって認識が抜けてたわ……」
いや、本当は人間社会で生まれ育ったはずの前世から知りませんでした。
友達と遊ぶってことがなかった俺に、小遣いを使う機会はそこまで多くなかった。
小遣いはもらうけど、そこまで減らなかった気がする……。
何買ったっけなぁ?
大分貯めてから、ゲーム機本体とソフトを2つずつ買ったりはした覚えがある。
何で2つも買ったかって?
なんでだろうね?
お父さんとお母さんに聞いたら悲しい目をされるかもしれないよ?
「最果君って未開拓の地域なんだっけ?どんな所なんだろう……。いつか見てみたいな」
「是非是非お越しくださいませ。まだまだ住人がいないから、いつでも引っ越してきてくれ。大歓迎するぞ。住宅は、総エルダートレント製だ」
「エルダー……なんかすごそうだね……」
しばらくの間、委員長と他愛もない話を続けた。
随分俺にかかり切りだったから、途中で大丈夫なのかと不安になって聞いてみたけど、どうやらこのお店に来る馴染の客たちは、大抵自分の目と鼻で落ち着いて試飲を楽しみたいらしく、俺みたいな初心者以外は、そのまま放っておいた方が良いそうだ。
だから、案外暇らしい。
「それで、どのお酒を買うかは決めたの?」
「いや、今ソフィアさんが選んでるから、俺はそれを待ってるだけ。酒の味なんてわからないし」
「そうなんだ?じゃあ、甘いものでも食べてみる?」
「甘いもの?酒屋にそんな物売ってるのか?」
「私のアイディアなんだよ!酒粕とかを使っておけば、酒屋で出しても文句は言われないでしょ?あとは、みりんもお酒だから、案外いろんな物があるよ」
そう言われて思い出す。
そういえば、お供え用の甘いものはまだ用意していなかったなと。
良いのがあったらついでに買っていこうかな?
「それじゃあ、そうだな……20代から30代くらいの女性が好みそうな甘いもので、お土産に持っていけるタイプのものを探しているんだけど、委員長のオススメがあったら教えてほしい」
「いいよ!まかせて!これでも一応コンシェルジュなんだから!」
なんだっけコンシェルジュって?
なんでもできる人だっけ?
よくわからないけどすごそう。
ここで待っていてと言って一旦バックヤードへと消えていった委員長が戻ってくると、手には皿を持っていて、その上にはフォークとパイのようなものが乗っている。
ストレートに美味しそうなビジュアルだ。
コレで美味しくなかったら、その方がびっくりだわって見た目。
「おまたせ!これは、今度お店に出そうかなって試作中のもので、酒粕アップルパイって今は呼んでるの」
「へぇ……食べてもいいの?」
「どうぞどうぞ、自信作だよ?それで、できれば味の感想を教えてくれると、こっちとしてもありがたいかな。味には自身があるけど、他の人達が食べてどう感じるかっていうデータがまだ全然足りてないから」
「そのくらいなら喜んで。じゃあ頂きます……あ、美味い。アップルパイなのに、紅茶じゃなくて緑茶が欲しくなる味だ」
「犀果君もそう思う!?私もなんだ!そういえば、女神様にお供えするんだっけ?女神様の感想も聞けたら聞いてきてくれると嬉しいな」
「おっけー。聞いてくる」
冗談のつもりなのか、委員長は『お願いね♪』と笑っているけど、俺は本当に聞いてくるぜ?
怒って会話にならないなんて状況じゃなければな!
俺は、この酒粕アップルパイを家にいる皆の分とお供え用で買いたいと頼んでみたんだけど、まだ商品じゃないからということで、感想を教えるのと引き換えにただで持たされてしまった。
酒粕アップルパイ約60人前。
すごい量だ……。
ちょうど今日は、商品として提供する場合に、どの程度のペースで作れるのかを調べていたとかで、いっぱい余っていたらしい。
「本当にこんなにいいのか?金は払おうと思ってたんだけど……」
「いいのいいの!お店の人達で食べるつもりだったけど、流石に量が多すぎるし、今日来店しているお客様たちに甘いものが好きな方はおられないから、こっちとしても丁度良かったんだよね」
「それならいいけど……今度なにかお礼するよ。何か困ってることとかあったら言ってくれ」
「困ってること?……うーん……あ!そういえば一つだけあった!」
そんなにすぐ思いつくとは思ってなかったけれど、こっちとしても貰ってばかりというのも些か気になるので、俺のできることでさっさと恩を返せるならそれに越したことはない。
「学期末の実技試験で、男女ペアじゃないと受けられないやつがあるらしいんだけど、私のときに協力してくれない?」
「そんなのあるのか?でも、俺は婚約者の誰かとやらないといけないんじゃないかな」
「それは大丈夫!仲間を得るための交渉も勉強の一つって事で毎年行われる試験らしいんだけど、ペアは重複してもいいらしいんだよね。だから、犀果くんが婚約者全員とペアを組んだうえで、更に私とも試験を受けることは可能なの。優秀な人に以来が集中して、毎年何回も試験を受ける人が出るんだって」
「へぇ……そういうことなら、俺としては問題ないよ。魔法使えない俺に何がどこまでできるかわからんけど」
試験内容すら知らんけど、場合によっては足手まといにしかならんからな俺。
「それは大丈夫!だって、初心者向けのダンジョンを攻略しろってだけだもん」
それならまあいいか?
敵を倒して進むだけでいいなら、別に問題はない。
「それより、犀果君はもう少し危機感を持ったほうが良いと思う!」
「危機感?俺って結構危機感を大事にして生きてる方してるほうだと思うんだけど……」
「甘い!犀果君は甘いよ!だって多分その男女ペアの試験って、うちのクラスだと、女子のオファーは最果てくんに集中しそうだよ?」
「は?なんで?」
俺、クラスの女子となんてほとんど会話してないんだけど……?
「だって、犀果君がダンジョンで戦えるのは、うちのクラスの女子皆が実際に見て知ってるし、裏切らなさそうだから」
「どういうこと?」
「試験とはいえ、ダンジョンの中に男女2人きりで入るんだよ?信用できる相手とじゃないと入りたくないでしょ?その点犀果君は、婚約者はいっぱいいるのに、誰にもまだ手を出してないんでしょ?それだけでも候補になるには十分だよ」
誰だ?
俺が童貞だってこと広めているやつは?
お礼がしたいから手を上げてくれ。
「……納得いかない部分もあるけど、試験のことはわかった」
「お願いね!そういえば、ソフィアさんってどこにいるの?お店の中にいるんだよね?」
「多分。ただ、1人で行かせちゃったから、今どこにいるかはわからんな」
いつまで経っても戻ってこないソフィアさんを捜索した結果、酔っ払った末に天井にくっついて寝ているのが見つかった。
結局、ソフィアさんのオススメを聞くことはできなかったため、委員長のオススメの日本酒と、メジャーな缶ビールを一箱買って、更にソフィアさんを背負って家に帰ることになった俺。
流石に荷物が多すぎて、途中で何度も荷物をおろして休憩する必要があった。
体力的にはともかく、土産が入った袋が重すぎて血管が圧迫するため、手の血をめぐらせる必要があったためだ。
いくら美味しいからって、酒粕アップルパイ60人前は多かったな……。
毎回思うけど、後悔には先に立ってほしい。
サボるなよ後悔。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます