第162話

「キャー!大試~!がんばって~!」


 母親の黄色い声援が聞こえる。

 しかも、割と近いところから。

 具体的に言うと、教室の後ろから。

 そして、クラスメイトたちのヒソヒソとした会話も少し聞こえる。


「……えーと、犀果くんのお母さん、授業中なのでお静かにお願いします」

「あらヤダ!ごめんなさいね?ついついはしゃいじゃったわ!」


 はい、今は普通に授業中です。

 セルフ授業参観に来た変な大人が一人いるだけです。

 そんな事普通無理だろって思ったんだけど、母さん自身で担任に許可を取りに行くと言うので、職員室までついて行ったら、


「え!?留美の姐さん!?」

「あら?上善寺くんじゃない!ちょっと息子の授業参観させてほしくてきたんだけど、誰に許可取ったら良いの?」

「だ……大丈夫っす!俺やっときますから!」


 と、たまたま受け持ちの授業が無かったらしい担任がものすごく親身に対応してくれて、こんな突発的な単独の授業参観が実現してしまった。

 流石に高校生にもなってコレは恥ずかしい……。

 まあ、この世界では一度も授業参観なんてもんは無かったけどな。

 だって学校行ってないし。

 将来的には、開拓村にも学校必要だよなぁ……。

 今の段階だと、親連中が気まぐれで教えてくれることを除けば、俺が先生やってたからなぁ。

 途中からは、聖羅しか来なくなったけどさ。


 現実逃避をしている俺の心情を知ってか知らずか、教壇に立つ先生がこちらを見てくる。

 何その「わかってます!今ですよね?」って顔は?


「ではここで問題を……犀果くん!」

「……はい」


 この教師やりやがった!

 授業参観では、親の前で子供にいいところを見せさせてやろうってのか!?

 やめろよ!

 晒し者じゃないか!


 しかもだ、この授業は日本史!

 そう!俺がよく知らんこの世界の日本史!

 前世で言うなら、織田信長並みにメジャーな存在ですら、この世界の常識は俺にはわからん!

 教科書を読んではいるけど、前世との齟齬がありすぎてよくわかんねーんだよ!

 いや、織田信長はこの世界にもいたけどさ?

 この世界だと本物の魔王になってたよ?

 討伐されたことになってたけど……。


 倒した勇者?明智光秀だよ!

 その後民に恐れられて、新たな平民出の勇者である豊臣秀吉に倒されたらしいけど……。

 誰が考えたんだそのシナリオ?


「では問題です!先日、四国で暴動が起きましたが、これを鎮圧したのは誰でしょう?ヒントは、先祖にタヌキの大妖をもつ一族と言われていて、今もなお四国全体に強い影響力のある貴族です!」


 あ、コレならわかるかも。

 でも……あれ?アレってそういう話になったの?

 そうなるとどういう幕引きを狙うんだろう?

 タヌキを先祖に持つ一族ってつまりあのおっさんだよな?

 まあ、本人もタヌキなんだからそりゃ先祖もタヌキだろうさ……。


「隠神のおじさん」

「おじ!?……ええそうですね!隠神氏が一族をあげて反乱を起こした者たちを鎮圧したそうです!ただ、自分の部下からも反乱に参加した者がいたのと、自分が治めている土地でこのような事件が起きてしまったことで、責任を取ることになるそうですが……」


 大分話が変わっている。

 ってか、第一王子の話はどうなったんだろう?

 公には内緒ってことにするのかな?


「すごいわ大試!流石母さんの子よ!」


 母さんうるさい……。

 羞恥心によって考え事をしている余裕もなくなった所で先生の説明が再開される……かと思ったんだけど。



「おう!邪魔するぞ!」

「だれで……国王陛下!?何故ここに!?」


 先生めっちゃびっくりしてる。

 そりゃそうだよね。

 王様が来ちゃったんだもん。

 俺も驚いたけど、割と慣れてきたな。


「授業参観が開催されていると聞いてな!折角だから一緒に娘の勇姿を見ることにしたのよ!」

「えぇ!?」


 真面目に授業を受けていた有栖が驚いている。

 でも、俺としては仲間ができてちょっとだけ心が楽になった。

 お前も一緒に羞恥心に悶えようやぁ……。


「私もご一緒させてもらおう」

「お父様!?」


 今度は、ガーネット公爵が入ってきた。

 リンゼ、お前も仲間か。


「では私も!」「右に同じく!」「いやぁ教室に入るのは久しぶりですなぁ」

「え!?なんで!?」「親父!?何してんだよ!?」「お母様?お仕事だったのでは!?」


 なんか、後から後から貴族っぽい人たちが入ってきた。

 一体何がどうなって……?


「なに!今後の対応を相談するために、お前たちが帰った後皆で話し合っていたんだがな、留美が大試の授業を見に学園へ向かったと聞いて、折角なら自分たちもとやってきたのよ!要注意人物の留美を監視するという名目でな!」

「失礼ね!監視されていたとしても私なら学園くらい吹き飛ばせるわよ!」

「ははは!見ろ!要注意人物だろう?」


 知ってます。

 でも、こんなんでも本格的に悪いことはしないし、眼の前で困ってる人がいたら助ける程度には優しいんですよ。

 なんだかんだで好きなんだよね俺。

 生まれ変わったからか、割とそういうのが素直に考えられるようになった。

 でも、前世の親については未だに素直に言えねーわ。


「え……えーと、ちょっとびっくりしましたけど、授業を再開しましょう!」


 先生が殊勝にもこの状況で授業を続けるらしい。

 俺なら胃に穴が開きそう。


「犀果留美さんですね?私はリンゼの父親で……」

「あらリンゼちゃんの?……そういえば、昔学園でお会いしました?」

「ええ!学生時代に!愚かにも挑んで黒焦げにされましたが!」


 後ろでは、授業参観しつつ親たちが挨拶している……。

 しかも、婚約後初の親同士の挨拶だ。

 気まずいにもほどがある。


「それで、この隠神侯爵なのですが……」

「すまん先生よ!すこし話をさせてくれ!」

「えっ?えっ?」


 先生が再開した途端、王様が前に出ていった。

 頑張れ先生!応援してるぞ!


「今回の事件で、隠神は責任を取って肚を切った!とはいえ、それと実際の刑罰は別だ!今どき切腹なんて時代遅れだぞ!責任を取ろうと言うなら、生きて償う方法を考えるように!」


 そう言って後ろに戻る王様。

 隠神のおっさん、切腹したのか?

 絶対してないだろ?

 化かしたんじゃね?

 俺にはあんまり関係ないだろうけど……。


 ただ、王様が俺の横を通るときに、俺の方を叩いてからこう言っていたのが気になる。


「ということになったわけだ。苦労をかけるな!」


 って。

 どういう意味なんだろうか?

 苦労かけないでくれる?


 それ以降は、特にトラブルもなく授業は終了。

 親たちは、満足して帰っていった。


「さぁ大試!私達も帰るわよ!」

「うん……」


 よほど満足したらしく、はしゃいでいる母さんを連れて外に出ると、当然のように飛行魔法で家まで飛ばされる。

 因みに、今日は婚約者たちは忙しいたらしく、一緒にはコレなかった。

 残念……母さんの興味を他に移すことができなかった……。


「おかえりなさいませ犀果様」

「ただいまアイ。変わったことあった?」」

「いいえ、何も。ただ、ここ数日忙しく、その間の出来事を報告できていませんでした」

「そういやそうだな」


 合宿だの魔力切れだので、この新しい家のことまだ何も知らん。

 寝に帰ってただけだ。


「実は、離れが完成しています」

「離れ?そんなもん作ったの?」

「はい、どうしてもという方がいらっしゃったので」

「へぇ……」


 だれだ?

 誰だとしても、そんなサラッと離れ作られてもな……。


 まあいいか。


「その離れをご覧になりますか?」

「そうだな……見に行こうか」


 母さんの興味もそっちに映るかもしれないし……。


 俺とアイは、ワクワク顔の母さんを連れて離れとやらへ向かう。

 ……って、歩いてすぐかと思ったら、1kmは離れているんだけど……。

 そりゃお隣ではあるけどさ……。


 アイに案内されて森の中に切り開かれた道を歩いていくと、いきなり森が切り開かれた空間に出た。

 そしてそこにあったのは……。


「神社じゃん?」

「はい、神社タイプの離れです」

「いや、離れじゃなくて神社じゃん」


 どでかい神社が建っていた。

 なんでこんな所に神社?


「あ!大試!おかえりー!」


 そう言って、明小が走ってくる。

 そうか、お前が発案者か。

 そういや、御神体とかも持ってきてたし、神社があったほうがそれっぽいか?

 でも、その後身体の本人はたこになって復活したが……。


「明小、お前って神主の仕事とかできるのか?」

「かんぬし?できないよ?それは別の人に任せてたもん。でも、ちゃんと雇ったから大丈夫!」


 明小が、その小さい胸を張る。

 どんどん俺が知らない情報がでてくる。

 好き勝手やってるなぁ……。

 神主かぁ。

 どんな人なんだろう。

 って疑問に思う暇すらなく、本人が歩いてきた。


「吾輩だ」

「アンタか」


 タヌキだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る