第160話

「喰らえ!我が初級闇魔法!ダークネスイリュー……ジョン!!!!」


 レーテーがこちらに突き出した右手から、なにか黒い靄のようなものが噴き出す。

 御親切に初級って言ってたけど、本当なんだろうか?

 罠の可能性は……なんかコイツの場合は無い気がする……。


 ということは、初級だし効果は大したこと無いだろう。

 例えば、相手にしか効果のないただの煙幕とか?


 煙幕だとしても面倒だし、仮に毒が混ざっていたりしたとしても、こっちは大抵の毒状態を治せる剣もあるし!

 最近あんまり使ってないけどな!

 状態異常って人気無いのかな?

 毒めんどくさすぎ修正しろ!ってメールが運営に届きまくったとか?


 神剣によって引き上げられた身体能力に任せて、手から濛々と黒い何かを出し続けているレーテーへと突っ込む。

 闇魔法使うのが得意な相手が何してくるかなんて俺にはわからないし、初級がこんな感じの絡め手だというなら、全体的にバフデバフはトラップ系、そして本人が言っていた記憶を奪ったりなんだりっていうのが得意なんだろう。

 だったら、こんな煙幕で時間稼ぎしようとしてる奴に付き合ってやる筋合いはない。

 相手の準備が整う前に叩き潰す!

 まあ、流石に相手も速攻策に対する対策はあるんだと思ったんだけど……。


「せぇぇぇいや!」

「ぐああああああああああ!!!!!」


 木刀で様子見を兼ねて力任せに斬り払ってみたら、なんの抵抗もなくレーテーの横っ腹にぶち当たった。

 そのまま黒い煙を出しながら飛んでいき、結界にぶつかって地面に落ちるレーテー。

 ……こいつ、もしかして実戦だと滅茶苦茶弱い……?

 自分を守ってくれる盾役がいないと戦えない、それこそゲームの後衛みたいな感じだ。

 そりゃ相手が怖がって待ってくれればいいけど、相手に構わず突っ込んで来られたら終わりでは……?


 いや、冷静になれ……。

 曲がりなりにもレーテーは魔族。

 こんなに簡単に終わるはずがない。

 見極めろ!奴の狙いを!


「ぐ…ぬぬ!!!やるではないか!!!だがこれはどうかな!!?我が中級やみま」

「おらぁぁあ!!!!!」

「ぎゃああああああああ!!!!!」


 今度は、術を発動する前に叩いた。

 そのまま、再度反対側の結界まで飛んで行ってぶつかり、地面に叩きつけられるレーテー。

 なんだ!?何が狙いだ!?


「ボス、こいつクッソ弱いニャ。ボコって情報吐かせた方がいいんじゃないかにゃ?」


 結界外からファムのアドバイスが飛ぶ。

 俺もそんな気がしないでもないけど、信じられないというか……。


「でも、これも油断させるための作戦かもしれないし……。それに、記憶を奪う術使ってくるらしいぞ?」

「出会い頭に使わなかったって事は、多分接触してないと大した効果は無いニャ。ボスの剣でぶった切ってればその内吐くんじゃないかにゃ?聞きたい事があるならだけどニャー」


 聞きたい事……あれ?

 言われてみれば、もうあんまり無いか?

 さっきペラペラしゃべってたし……。


 うん、木刀で死なない程度にぶん殴っとこっかな!


 俺が気持ちを切り替えて、ガンガン行こうぜ!って思った時だった。

 ぬるり……と、レーテーから漂う雰囲気が変わった。

 殆ど反射的に、木刀を手放して雷切と倶利伽羅剣に持ち替える。

 別にこの剣を選んだことに合理的な理由なんて無い。

 ただ咄嗟に、一番強いと思っている剣を持ちたかっただけ。


「やめだ……やめだやめだやめだ!!!!魔術ぅ……どうせそんなものを使っても、他の幹部共にはまったく歯が立たなかった!!!!だから鍛えたのだ!マッスルを!!!!しかし!!!!黒魔術師がマッスル偏重など冗談にもならない!!!!その拘りのために今まで封印してきたが!!!!山田太郎!!!!貴様相手には、このマッスルを解放する必要があるようだ!!!!正直驚いているぞ!!!!人間の子供にこれを使うしかない所まで追い詰められるとはなぁ!!!!しかし、やはり力こそが正義!!!!力とはマッスル!!!!人間のガキ共に私のマッスル学を教えるのは腹が立ったが、か弱い人間ですら短期間でマッスルにできるという実証試験にはなった!!!!今度は、私のマッスルが貴様のような規格外の存在に通用するのかを試してやろうではないか!!!!その後は、結界の外にいるお前たちだ!!!!」


 レーテーの筋肉が盛り上がっていく。

 俺の中の本能が、まともに打ち合うのは危険だと言っている。

 だから、最初からぶっ放す!


「ボルケーノ!!」


 第火力の火柱を直接叩きこむ。


「ぐおおおおおお!!!!耐えろ!!!!耐えるんだ私のマッスルよ!!!!」


 だが、それを真正面から筋肉で受け止めるレーテー。

 確実にダメージを与えているけど、なんとか耐えきる筋肉。

 どんな構造してんだ!?


「こちらも行くぞ!!!!」


 そう言って、今度はレーテーが突っ込んでくる。

 やむを得ないので、こちらも剣で応戦する。


「フン!!!!フンフンフンフン!!!!!!」

「フンフンうっせーな!」


 左右の刀にそれぞれ雷と炎を纏わせながらレーテーを斬る。

 刃が当たれば斬れるけど、致命傷に至る前に刃の横から殴られたり、筋肉の躍動によって剣戟を逸らされてしまう。

 レーテー自身も反撃を繰り返し、俺に拳を叩きこんでくるけれど、その度に剣を割り込ませて斬っていく。

 だけどこれ、一回間違ったら脳みそがパーンってなるな……。

 相手の拳から飛んでくる肉か骨かわからないモノの破片ですら、俺の皮膚を削り取るのに十分な威力があるし……。


 何だコイツ!?

 トリッキーな後衛じゃなかったの!?

 明らかに前衛で最初から戦った方が強いって!

 記憶弄ったりする能力いらねーよ!

 脳まで筋肉にした方が厄介だわ!


 ただ流石に、神様が作った剣によるダメージは無視できなかったのか、段々と筋肉の抵抗が弱まっていく。

 体中から煙を吹き出し、鈍っていく拳。

 無理な動きをし過ぎたからなのか、雷切と倶利伽羅剣に焼かれたからなのか、もう無事な皮膚が残っていない程ボロボロになったレーテーを睨み、神剣を構える。


 今は、意地なのか何なのか直接攻撃の事しか頭にないみたいだけど、記憶を弄る能力を使われたら厄介だ。

 ここで始末しておくべきだと思う。

 同情できる部分もあるけれど、明確に人間に対して敵対的な奴は、流石にそのままにしておくわけにはいかない。

 俺は、正直あまりこれを使いたくなかったんだけど、確実性を重視することにした。


「天之尾羽張、この剣を使えば、アンタは確実に死ぬぞ。何か言い残しておくことはあるか?」


 レーテーは、悔しそうに顔を歪めながら、考えている。


「……あぁ……!!!!私のマッスルが破れるとは……!!!!何故私は、もっと鍛え上げておかなかったのか……!!!!酒に逃げている間に筋トレをしておけば……!!!!いや、意味のない後悔だな……。だがこれだけは言わせてもらおう!!!!」


 そう言って、内側から吹き飛んで股間部分しか残っていないホストスーツを整える。

 レーテーの視線は、ファムへと向いた。


「貴方を山田太郎から解放してあげたかったが……どうやら私にその力は残っていないらしい。申し訳ない……!だが!あの世へ行っても、貴方の幸せを願っています!!!!貴方が死んだ暁には、あの世で幸せになりましょう!!!!」

「え?何言ってるニャお前……。ニャーは今が一番幸せにゃんだけど……?」

「フ……私にはわかっていますよ。貴方の澄んだ美しい心の事を。例えどんなに汚されたとしても、貴方の美しさは変わらない……最後に私の隣にさえいてくれればそれで!!!!」

「いや、遠慮しますニャ……」


 ……えっと、もういいよね?

 ファムがあんまり見たこと無い表情してるし……。

 母さんは、いつの間にかファムのポテチの袋奪って食べてるし……。

 仙崎さん?地面に突っ伏してるから状態わかんねぇな……。


「天之尾羽張!」


 神様っぽいタケミーから貰った剣でレーテーを斬る。

 その瞬間、俺の体の中の魔力っぽいものがごっそり抜けて行った。

 相変わらず、俺の魔力センサーは大雑把だ。


「おおおおおおお!マッスルが……マッスルが消えていく……」


 そう言いながら、レーテーは光の粒へと還元されていく。

 確実に死ぬって話だったけど、こんな無駄に幻想的な感じなのか……。

 だけど、俺にそれを楽しむ余裕はない。

 全魔力を消費するという触れ込み通り、俺の体内には今魔力が残ってないんだろう。

 俺の身体能力に魔力がどう関連しているのかはわからないけれど、とりあえず脚に力が入らない。

 何とか顔から地面に突っ込むのだけは手で防ぎつつ、その場に崩れ落ちる。

 使うと全魔力が消費される神剣は他にもあるけれど、こんな感じになるのか……。

 本当に切り札としてしか使えんな……。


「マッスル……ファムらあああああああぶ!!!!!」


 レーテーは、最後にそう言い残して消えて行った。

 割とアレなやつだったけど、嫌いじゃなかったぜ……。

 ウソごめんやっぱり無理だわ。


「ハイお疲れ大試!」

「母さん……魔力が枯渇してて立てないから、なんとかしてもらっていい?」


 いつの間に結界を解いたのか、気がついたら横に母さんがいた。

 ニコニコ顔なのは、俺が容赦なく敵を始末したからだろうか?

「それでこそうちの子よ!」とでも言いたげな表情だ。


「ホントに魔族を1人で倒せたんだなぁ……」

「そのくらい当然よ!母さんの子なのよ?100レベルにもなってるんだし!」


 そう言われてみればそうか。

 ちょっとズルしたようなレベル上げだったけど、単純にステータスだけでも相当上がってるんだろう。

 ゲーム的過ぎてわかんねーけど。

 とりあえず今のところ、ガラスのコップを掴んで、間違って握りつぶすようなトラブルは起きていないし。


「さて!大試の訓練も済んだし、大試の家にお邪魔してからご飯に行くわよ!早くしないと聖羅ちゃんが来ちゃうわ!」


 そう言って、軽々と俺を担ぐ母さん。

 男1人の重さくらいどうとでもなるようだ。

 だろうとは思ったけど、この細腕のどこにそんな力があるのか……。


 ごはんの前に、魔族が王都に潜入していて、俺の手によって倒された事を王様辺りに報告しておいたほうがいいのかもしれないけど、正直力全く入らないから無理だな。

 母さんは、そういうこと絶対やる気ないだろうし、ファムは下手に目立つと魔族だってバレちゃうから論外。

 残るは仙崎さんだけど、どこまで覚えているだろうか……。

 しょうがない。

 俺の魔力が回復するまで待ってもらうとするか……。


 その後、ファムによって家まで送ってもらう俺達。

 ファムも100レベルに到達したため、ここから学園くらいまでなら普通にテレポートできるらしい。

 便利で有能なメイド過ぎる……家事全くしないけど……。


 その後、俺の力が入らないのをいいことに、母さんによって無理やり風呂場でシャワーを浴びせられて体を洗い、そのまま母さんおすすめのレストランへと連れて行かれた。

 力の入らない俺は、母さんと聖羅にあーんをされながら噛んで飲み込むという羞恥プレイを受け、折角のおすすめの味もよくわからなかった……。


 まあいいか。

 報告も休憩も全部明日の俺が頑張るさ!


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