第159話

「小僧!貴様ァ!名前はなんという!?」

「山田太郎です」

「山田太郎!冥土の土産に良いことを教えてやろう!私がスキル『忘却』を使っていると、私に関する記憶が5分もすればあやふやになる!5分後!貴様は、誰と戦っていたのかすらわからず私にやられるのだ!」

「……えっと、つまり、レーテーさんでしたっけ?アンタは、5分で俺を倒すことはできないって考えてしまっているわけですね?」

「む?」

「だって、5分後に俺がアンタのことを忘れるってことは、それまで俺は生きてるってことですよね?しかも、記憶を失ってからやられるってことは、記憶を失うまでは戦ってるってことだ。つまり、そんだけ自信満々なのに、5分で俺を倒すのは無理だって自白してるってことでしょ?」

「…………ええい!『忘却』無しで戦ってやろう!私は魔王軍幹部!この程度のハンデがあって初めて戦いになる程度にバランスが取れるだろうな!」


 なんか、この魔族のホストすっげー話してくれる……。

 魔族ってこんなんばっかりか?

 ……いや、ファムですら敵のときはもう少し慎重に話してた気がする……。


 てか、忘却でしたっけ?

 それって、記憶を奪うとか何とか言ってたからもう少し細かく条件設定できるんじゃねーの?

 言わんけどさ……。


 それより、調子に乗らせたら色々もっと喋ってくれそうだから、この機会に聞いてみようかな?


「なぁレーテーさん!俺達が戦う必要ってあるのか!?平和的に解決することは無理なのか!?」


 多分無理だと思うけど。


「貴様が私の計画を邪魔した以上、既に平和的な解決など不可能!大人しく私に倒されるが良い!」

「邪魔したって言うけど、計画ってなんのだよ?心当たりないんだけど?」

「良いだろう!ならば教えてやる!私は、人間界に単身潜り込み、戦士たちの養成機関であるこの学園の臨時講師となった!ちょうど育休とかいう制度を利用した女がいたからなぁ!この学園は、3年まで産休からの育休が認められているのだが、その女!事もあろうに3年目でもう一人産んだのだ!そうして私は、臨時講師という肩書のまま、5年もここにいたわけだ!」


 臨時かぁ……。

 いつ戻ってくるかわからない女教師の席を埋めないために、正規の教師を入れられなかったってことか?

 世知辛いなぁ……。

 前の世界だったら、5年も同じ職場に努めてたら、正社員にしないといけないって法律が適用されそうだけど、この世界にはそんなの無いらしい。


「そして私は、肉体強化研究部という恐ろしい組織の存在に気がついた!魔術が得意ではない物を戦士へと変えるこの部活は、徹底的に破壊しなければならない!しかし!しかしだ!廃部にした所ですぐにまた別の形で復活するだろう!それではダメだ!だから私は、敢えて部活として残しつつ、活動内容の方を変えてやったというわけだ!腑抜けていく奴らの顔は傑作だったぞ!魔物を屠るために培われてきたその肉体を、ただ美を追求するためだけに費やし始めたのだからな!」


 レーテーさん、真面目にマッスル部作ってたんだな。

 思惑はどうあれ、一生懸命悩んで、生徒たちを導いたからこそ、皆がその方向を向いたんだろうから。

 マッスルという脇道に。


「だが、問題が発生した!第3王子が何か企んでいる様子だったから、成功してもしなくても学園にダメージさえ出ればいいと思い協力したのが運の尽き!あのバカ!周りすべてを巻き込んで失敗したのだ!」


 まあ、第3王子も馬鹿だけど、アンタもそんなやつに協力しちゃう時点でアレだぞ?

 もうちょい慎重になれ。

 秘密をべらべら喋るな。

 いや喋れ。


「仕方なく、私はこの学園を去り、魔族領へと帰還した!肉体強化研究部の破壊という最低限の目的は果たしたからな!学園側に残る私に関する情報も極力始末し、『忘却』によって記憶も曖昧にした!」


 そういえば、仙崎さんも顧問の詳しいことは思い出せないとか言ってたな。

 その割に顔は思い出されてる辺り、信頼性はあまり高くなさそう。


「魔族領に帰還し、魔王様に成果を報告した!敵の訓練施設に潜入し、練兵を妨害してやったとな!……だが!魔王様を始め、幹部仲間たちは私にこういったのだ!」


 なんか……目の端に涙を浮かべながら拳を握ってる……。

 何言われたんだ……?


「え?お前誰だっけ……?あー、レーテーくんね!え?そんな何年も何してたの?だとおおおおおおお!!!!」


 うわぁ……。


「私は怒った!だが、相手は全員私よりも強い!私は酒に逃げるしか無かった!」


 酒に逃げたのか……。


「魔族の居酒屋で、クソ不味い酒と食い物をガバガバ接種していると近くのテーブルで飲んでいる魔族たちの話が聞こえてきた!曰く、エリザベート様が行方不明で、捜索にでかけた我が愛しのファム嬢も同様だと言うではないか!」


 え?ファム?奴さん死んだよ。

 まあ今は生き返ってるけど。


「ファム嬢は、以前からニンゲンの領域の食事が恋しいと常々嘆いていたと盗み聞いていた!だから、私は再度ニンゲンの領域へとやってきた!そんな折り、まちなかで噂を聞いた!」


 この人、自分で聞き込みとかすることまず無いんだな。

 全部こっそり聞いた話だ。


「私が苦心して骨抜きにしたマッスル部が、1人の子供によって蘇るかもしれないと言うではないか!?しかも、今日返ってくるとな!それで急いで様子を見に来てみれば、明らかに戦闘向けになった魔力反応が解散していく所ではないか!私の5年間は一体何だったのだ!?」


 何って……マッスルだろ?


「ところでさ、レーテーさんはファムって人と付き合ってたの?」

「これから付き合う予定だった!だが彼女も憎からず想っていてくれたことだろう!『この新しいコーラくっそ不味いからやるニャ』と飲みかけのペットボトルを私にくれたのだ!つまり間接キスだぞ!?あのペットボトルは、一口だけ飲んで真空パックし、自宅の冷凍庫で冷凍保存してある!」

「お……おう……」


 あれ?割とキモい人か?

 それにしても、ほんとにべらべら喋ってくれるな……。

 でももういいや。

 そろそろ母さんが飽きてきて顔つきが般若になってきたし、戦おうかな……。


 そう想ったとき、後ろで何かがぶつかる音が聞こえた。


「ニャ!?」


 振り向くと、おでこを抑えたファムがいた。

 ここって、魔族が寄ってくる蜜でもあんのか?


「ファム、大丈夫か?」

「いったぁぁぁ……まあ大丈夫ニャ。帰ってこないからテレポートで迎えに来たんだけどにゃ、この結界なんニャ?ニャーが全力出してもこんなん張れないニャ」

「母さんが張った」

「大試のママでーす」

「あ、どうも。ファムですにゃ。息子さんには、お世話になりっぱなしで申し訳ないにゃ」

「どんな関係かはわからないけれど、大試が嫌がってないみたいだから大丈夫!今後とも仲良くしてあげてね!」

「もちろんにゃ!給料くれてるうちはいつまでも仲良しニャ!」


 母さん、そいつも魔族なんだけど……?

 まあ、わかったうえで俺と仲よさげだからスルーしてるんだろうけど。


 ただ、スルーできそうにない方が今いらっしゃるんですよ。


「なにいいいいいいい!?何故ファム嬢がここにいいいいいい!?」


 驚愕の顔でファムを指さして叫んでいる人呼んで忘却のレーテーさん。


「ファム、なんか魔族の幹部らしいけど知り合い?」

「は?……え?誰ニャ?」

「レーテーさんだって。」

「レーテー……えー……?わっかんないニャ」

「なんですとおおおおおおおおおおおおお!?」


 レーテーが絶望の表情で固まる。

 忘却されてんじゃん……。

 まあでも、俺も前世だとレーテーくんみたいな感じで皆から忘れられてたかもしれんし、あんまり色々言えないけどね。


 いやでも、飲みかけのペットボトル貰って冷凍保存は無理かな……。


「ファム、ちょっとあの魔族を倒さないといけないらしいんだけど、ファム的に抵抗あったりする?」

「抵抗?別にないニャ。ボスこそあんまり怪我しないように注意するにゃー」


 ヒラヒラを手を振って、観戦モードの母さんの隣に行くファム。

 そしてどこから出したのかポテトチップスの袋を開けてバリバリ食べ始めた。

 母さんも少し分けてもらってる。

 仙崎さんは、気持ち悪さが再燃してきたのか、母さんたちの隣で何かを吐いてる。

 よくあの状況でお菓子食ってられるな2人共……。


「フフフ……ハハハ……あああああああはっはっっは!」


 しばらく静かだったかと思えば、突然高笑いを始めるレーテーさん。

 壊れたか?


「わかったぞ!山田太郎!貴様がファム嬢の精神を操作して操っているのだろう!?」

「操ってないよ?」

「黙れ!そうじゃなければ、ファム嬢が私を忘れるわけがない!同じ魔王軍幹部で!間接キスをした仲だぞ!」


 しらんけど……忘れてるらしいぞ……?


「もう貴様と話すことなど無い!行くぞ卑劣漢め!簡単に死ねると思うな!」


 そう言って、戦闘モードになるレーテーさん。

 さっきも一回その状態になったのに、今こうして駄弁ってたんだけどな。

 忘却したのか?


「あ、もしかして忘却のレーテーって、忘却されるレーテーってことだったの?」

「殺す!!!!!!!」


 殺すって言葉、同じ相手から何回も言われると慣れてくるよね。


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