第158話

 人の手が入っていない樹海を何時間も走る。


 それも、大半の人員がしっかりとした休憩を取れてない状態でだ。


 いやぁ……皆、かなり荒んでいる。




「うぶっ……大試くん……ちょっと止まってくれないかな……後ろ向きで背負われたまま走るのは案外辛いよ……酔い止めポーション作るから……」


「作るところから……?すごいとは思いますけど、時間がもったいないです。吐いていいんでこのまま行きますよ」


「ははは……流石先輩の息子さんだ……素晴らしいよ……ほんとに……キスしたいくらいだ……」




 何故か一番荒んでいるのが、自分で走っていない仙崎さんなんだけども。




「はははははは!!!!楽しくなってきたなぁお前たち!!!!!!」


「部長!!!筋肉が喜んでますねぇ!!!!!」




 マッスル部員たちは、既にヤケクソを通り越してハイになっている。


 ランナーズハイに疲労と恐怖がプラスされたかな?




「大試、赤くて美味しそうなキノコ生えてた。多分いちご味」


「それ、普通は触っただけで爛れる毒キノコだから捨ててこい」




 我らが聖女様は、割とこういうのが得意なの。


 開拓村出身だからね。


 ただ、何でも食べようとするのは止めたほうが良いと思う。


 まあ、本人は何食べても基本平気ではあるんだが。




「よ……鎧……おも……」


「隊長……これ脱いだら……駄目ですか……?」


「我々の月給……2年分だぞ……」


「……んんん……!」




 聖騎士の女の子たちもちゃんと着いてきている。


 野戦に関してはイマイチでも、ちゃんと他の訓練はしっかりしていたのは本当らしい。


 ただ、こういう場所に来るのが先にわかっているなら、その鎧はなんとかしたほうが良いと思うぞ?


 かっこいいけどさ。




 集団から数百mの間隔を開けて、総勢40名の量産型アイが守っているため、殆ど魔物とは遭遇していない。


 全く遭遇しないのも訓練にならないため、30分に1回くらいは魔物を素通しさせている。


 しかし、現在のこの集団は、理想的なバーサーカーだ。


 魔物の存在を感知すると、すぐさま叩き潰して進んでいる。


 休憩時間に食べるために、肉を採取するのも忘れていない。


 合宿前とは比べ物にならない戦士の顔だ。


 今度からは、塩コショウも持ってくると良いぞ。


 アレかければ大抵の肉は食える。


 カレー粉もあれば更に良いけど、カレー粉も万能では無いんだなって知ってしまうことに繋がるからオススメしていいかは微妙。


 カレー粉に絶大な信用を持っている人ほどショックがでかいよ。


 臭い肉は、マジで何しても臭いんだよなぁ……。


 トドとかさ……。


 臭くないトド肉……食ってみたかったなぁ……。




「犀果様、先頭のアイが森林を抜けました。バリケードのゲートまで約2km」


「わかった。森を抜けたアイから離脱して休憩して。その後家まで帰ってきてくれ」


「畏まりました。私自身は、このまま犀果様のそばでメイドっぽくしてますね」


「アイってメイドなのか?メイドの格好したなにかなのか?」


「見た目はメイド、頭脳はオーパーツ。そんな美少女が私です」




 ここ数日、かなりの活躍ができたので非常に機嫌がいいらしい。


 ブラボー1のことは忘れているようだけど、水を差すこともないだろう。




「ワシはまだしばらく静かにしておくぞ……」


「あ、はい」




 久しぶりに喋ったと思ったら、ソフィアさんはまだしばらくおとなしくしているようだ。


 母さんが怖いらしい。


 怖がっているソフィアさんは、ちょっと可愛くて新鮮。




 ところで、さっきから仙崎さんがうめき声しか出さなくなった。


 ポーション飲みすぎて逆に気持ち悪くなったと言っていたけど、大丈夫だろうか?




「結構早く着いたわね!これならシャワー浴びてからでも、母さんが昔よく行ってたお店に間に合いそう!」


「皆やる気に満ち溢れてたからなぁ……。ここまでガシガシ進んでこれるとは思わなかったよ。これなら多分俺に仕事ぶん投げて来た人たちも満足できるんじゃないかな。アイも母さんもいない状態で、これと同じことができるとは思えないけど、まあ頭のいい人たちがその辺りなんとかしてくれるでしょ」


「油断は禁物よ?頭のいい奴らは、総じてめんどくさがりで強いやつに丸投げしたがるもの」


「あー……」




 なんだか、母さんの実感がこもったセリフと表情で、過去に何があったのかなんとなく察しが付いてしまった。


 そういうのも、母さんたちがあの開拓村から戻ってこない理由のひとつなのかもしれない。




 そうこうしている内に、学園の敷地内までやってきた。


 市街地に入ってからは、周りからの視線が結構きつかったけれど、限界を超えたマッスル部員たちはそれどころではなかったらしい。


 鬼気迫る表情で走り抜き、敷地内に入ったものからへたり込んでいく。


 食事をして、風呂に入って、ベッドに戻るまで何とか意識を保ってほしいところだけれど、ここまで頑張っただけでも十分合格を上げていいだろう。




「大試、私は一回部屋に戻って着替えてくる。待ち合わせは門のところでいい?」


「聖羅も一緒に食事に行くのか?」


「当然。おばさんのこと、正式に義母さんと呼べるようになって初めての食事だもん。楽しみ」


「そ……そうか……」




 そう言われてしまうと、なんだか緊張してくるな……。


 聖羅の両親にも、将来的に挨拶にいかないといけないしな……。




「犀果殿!我々も失礼いたします!」


「今回の訓練、非常に参考になりました!」


「自分が如何に驕っていたかを痛感しました!」




 聖騎士娘さんたちも、聖羅といっしょに戻るらしい。


 なんだか、目がキラキラしてる。


 大丈夫か?変な事になってない?


 ……いいか。寝て起きたら冷静になってるだろ……。




 そうだ、背中にいる人もおろしてやらないと。




「仙崎さん、学園着きましたよ!起きてください!もう大丈夫ですよ!」


「うーん……もうロッドのフルスイングは食べられませんよ……えへへ……」




 ダメっぽいなこの人。


 ちゃんと報告まとめられるんだろうか?




 仕方ない。


 俺が締めの挨拶するか。




「マッスル部員の皆さん!コレにて合宿は終了となります!3日間よく頑張ってくれました!数日前の自分たちとは、根底から違う人間になったように感じているのではないでしょうか?今の皆さんであれば、魔物退治に駆り出されたとしても、十分戦力として数えられるでしょう!ただ慢心は禁物です!常に上には上がいるということを忘れないでください!戦いにおいて最も大切なのは、生き延びることです!生きて生きて、最後に勝てばそれでいいんです!ヒーローになろうとなんて思わないでください!早死にして歴史に名を残すより、長生きして地味でも沢山の人々を救うことこそが貴族、そして力ある者の責務です!その事を忘れず、今回の合宿で得た知識と経験を活かして、これからの学園生活、そして卒業してからの貴族としての未来を歩んでいってください!以上!解散!」


「「「「「お疲れさまでした!!!!!!!!」」」」」




 さっきまでの疲労は何処へやら、挨拶が終わると同時に皆我先にと寮へと駆けていく。


 時刻は、現在夜の7時。


 想定よりだいぶ早い到着ができたのも、彼らの頑張りのおかげだ。


 ありがとう!でもやっぱりマッスル部は入らねぇわ!




「犀果!!!!世話になったな!!!!!!」


「いえいえ。こちらもお金貰ってやってることなんで。部長もお疲れ様でした」


「なーに!!!!こちらもいい訓練になった!!!!!まさか指揮官としての経験まで得られるとは思わなかったぞ!!!!ではコレにて失礼する!!!!!!」




 途中からは、ずっと部長に指示を出してもらっていた。


 何処に向かうかという情報は渡していたけれど、それ以外は自分で考えて周りを導いていたんだ。


 きっとこの人は、将来的に優秀な指揮官になるだろう。


 声おっきいし。




 よし、皆帰ったな?


 疲れすぎて帰れなくなってるやついないな?




 一人いたな……。




「母さん、俺は家帰ってから戻るよ。仙崎さんもこのままにしとくわけにいかないから、一回家に連れてくわ」


「お持ち帰りしちゃうの!?流石大試ね!」


「いや……まあいいか。母さんはどうする?一緒に来る?」


「そうねぇ……って、ちょっと待ってね。なんか変なのが来るわ」




 少し考え込んだ母さんだったけれど、直後戦うときの顔になった。


 その視線の先には、学園の門。


 夜とはいえ、魔道具の光に照らされたその場所に、誰かが立っている。


 多少暗いけど顔は見える。


 だけど、少なくとも俺の記憶にはない人だ。




「こんな時間にこんな所になんのようだろう?俺達が言えたことじゃないけれど……」




 警備員って風でもないしなぁ。


 服装は、ホストが来てそうなスーツ。


 学園を卒業してホストクラブに就職した先輩とかだろうか?




「貴様かあああああああ!私の華麗で美しく地道な作戦を台無しにしたのはあああああああああ!」




 なんかめっちゃ怒ってる。


 声でっか。




 その大きい声で、仙崎さんが目を覚ました。




「んっ……なんかうるさいね……あれ?大試くん、ここって学園かい……?ついたの?」


「ちょっと前に着きましたね。他のメンバーは皆帰りましたよ。俺達も帰ろうとしてたんですけど、なんか変な人がいて……」


「変な人?」




 そう言って、仙崎さんがそのホスト風の声でかい人を見る。


 そして、右手をグーにして、パーにした左手を叩く。


 何かを思い出したらしいけど、リアクションが古い。




「あー、思い出したよ。そうそう、いつの間にかクビになってたマッスル部の顧問ってあんな人だったなー」




 寝ぼけ眼をこすりながら、そんな事を言ってくる。


 結構重要なことじゃない?




「仙崎理乃!!!!!貴様もそこにいるのか!!!!!!どこまでも邪魔してくれる女だ!!!!!」




 元顧問のホストは、どうやら仙崎さんにブチギレているらしい。


 クスリでもやってんのか?




「大試くんどうしよう……。どうやら私はかなり彼の反感を買っているようなんだけど……」


「なにかしたんじゃないですか?体が光るポーション飲ませたとか」


「アレは高いからイタズラには使いたくないなぁ」




 あるのか!?体が光るポーション!


 どうでもいい事実に驚いている俺をスルーして、さっきからシリアス顔の母さんが、衝撃の事実を告げる。




「大試、あの男って魔族よ?どこであんなのの怒り買ってきたのよ?流石私の息子ね!」


「母さんの俺への認識がよくわからん……ってか魔族!?」




 魔族……魔族かぁ……。


 エリザとファムの次だから、3人目の魔族だな。


 魔族が王都の真ん中までやってきちゃってんの!?




「おい!!!!!何だそこの女は!!!??どうして私の正体に気がついた!!!!!!」


「どうしてって……勘?」


「なんだと!!!!!!?」


「でも、魔族の判定に関して、私は勘を外したこと無いの!」




 大きな胸を張る母さん。


 寝ぼけた仙崎さんが沸き立つ。




「まあいいい!!!!!ここで貴様らの記憶を奪い、マッスル部員たちの記憶も消してしまえば、まだ修正が効く!!!!!!相手が悪かったなぁこの雑」




 とかなんとかまだホストが言っている所だったけど、その言葉は途中で止まってしまった。


 なにかに驚愕したからだろう。


 その何かとは、多分母さんのやったことだろうな……。




「えーと、母さん、なんで俺とあのホストだけが中に入っている状態の結界を張ったの?」


「だって大試の訓練にちょうど良さそうなんだもん!敵対的な魔族なんて最悪殺しても良いんだし、思う存分技を試していいわよ!」


「1人で魔族と戦えと!?」




 ファムと戦ったときには、聖羅が結界を破って加勢してくれたから勝てた。


 しかし、今結界の中にいるのは俺だけ。


 俺だけで戦えるのか……?




「大丈夫!自分を信じなさい!大試ならできるわ!母さん、大試のかっこいいところみたいの♡」


「えぇ……?」




 母さんがこう言い出したら、多分俺が死にかけるか、相手を倒すまでは開放してくれないだろう……。


 だって、目がマジだもん……。




 あーもう!やるしかないか!相手も俺を見逃すつもりはないみたいだし!




「マッスル部の前の顧問だかなんだか知らないけど、こっちに攻撃してくるつもりなら容赦しないぞ?」


「笑わせてくれる!!!!!ニンゲンの学生風情が容赦しなかったからどうだというのだ!!!!!??」




 ホストはそういうと、体が盛り上がって行く。


 あ、スーツ破けた。


 でも股間だけは布の切れ端が残ってるんだよなぁ……。




「我が名はレーテー!!!!!魔王軍幹部にして、人呼んで忘却のレーテーと恐れられるもの!!!!!!」




 魔族っぽい見た目になったホスト改めレーテーは、そんなペチャクチャと自己紹介してくれる。


 流石ゲームがモデルになってる世界。


 サクッと説明まで終わらせてくれる辺り楽だなぁ。




「でもさ、人に呼ばれたとしても、それを自分で言っちゃうのって恥ずかしくない?」


「殺す!!!!!!!」




 久しぶりに、魔族と戦うことになった。








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