第157話

「大試はもっとブチ殺すつもりで振ってこないとダメよ?」

「うん……でもそれを母親から教わる子供の気持ちって複雑だよ?」


 母親に木刀で斬りかかり、反撃でロッドをぶち込まれ続ける事20分ほど。

 日の出によって野営訓練は終了した。

 チクチク襲撃をかけたのと、最後は俺と母さんの打ち合いによる爆音で、マッスル部員と聖騎士の皆はかなり嫌な朝を迎えた事だろう。


 疲労と睡眠不足は、古来より兵士を訓練するためによく用いられてきた。

 まあ、判断力を奪って、その上で皆で苦難を乗り越えさせて連帯感を持たせると1つの隊として纏まれるってことなんだけど、これが中々馬鹿にできない。

 強いのを1人入れた部隊より、弱いのを1人入れた部隊の方が、そいつをカバーするために結束して強くなることすらあるらしい。

 あくまで聞いた話だけども!

 だって開拓村の人たちは、各個人がそれぞれ強すぎて、個人プレイを皆でやっているだけって感じだったし!

 一番纏まってたのは、夜になって酒飲んでる時だったな……。

 そして、前世ではそんな戦いとは無縁の場所にいたもんで……。


 この世界に来て15年。

 その間に培った蛮族さと、前世で見聞きした近代戦闘の知識も合わせた上で色々考えたのが今回の合宿だ。

 仙崎さんが今回の合宿の記録をまとめて、それを今後の学園を始めとした貴族の子供たちの教育に活かしていってくれるはずだから、思いついたことは色々詰め込んでみた。

 リンゼによると、俺たちが学園を卒業する3年後以降、現魔王が本格的に攻めてくるらしいので、それまでになんとか戦力の層を厚くしておいてほしい。

 その為にもマッスル部員には、もっと魔物退治に慣れて帰ってもらわないとな……。


 って言っても、今回の合宿の予定は、後はもう帰るだけなんだけども。


「じゃあ皆さん!朝になったので、後片付けをしてから学園まで帰りましょう!」


 俺の言葉に、とても意外そうな顔をする面々。

 まあ、事前に言っていた予定だと、今日の夜までかかるって言ってたしな。


「犀果!!!!訓練はこれで終わりなのか!!!??夜までかかるのでは!?!!!?」

「いいえ?訓練はまだ続きますよ?帰るまでが訓練です」

「だがもう帰るのだろう!!!??」

「ですから、寮まで辿り着くのが残りの訓練です!」


 未だにどういうことなのか理解していない様子の皆さん。

 でもさ、貴族が戦うのって魔物の領域が多くなるわけじゃない?

 だったら、皆ももっと魔物の領域で移動する経験を積んだ方が良いと思うんだよ。


「この森に入る前に近くまで送ってくれたバスは、帰りには来ません!なので、皆で走って帰りますよ!」


 やっと俺が何を言っているのか理解してきたようで、1人、また1人と絶望の顔になっていく。

 そりゃ一瞬これで終わりかなって思った後に、魔物の領域走って通り抜け、その後何キロも移動しないといけないなんて言われたそうなるだろうな。

 期待通りだ!


「待て犀果!!!!!ここから学園まではどのくらいあるのだ!!!!??」

「あー……40kmくらいですね。真っすぐ行くなら殆どが森の中ですけど」

「な!!!!?な……ならばここに来るときに使ったルートを使って、道に沿って帰ってもいいのか!!!!??」

「構いませんよ?どっちの方から来たのか覚えているならですけど」

「どっち……だと……!!!?」


 ぶっちゃけ、身体強化を使える人であれば、40kmくらい簡単に走り切ることが出来る。

 コースが分かっていて、下が整地されている場所であればだけど。

 しかし、方向の分かりにくい森の中を移動するというのは、経験したことが無い人には想像ができない程難しく、ストレスも溜まってしまう。

 整地した所を走るのに比べると、こういう魔物の領域を移動する場合段違いに時間もかかってしまう。

 夜までかからずにたどり着けるなら、それはそれで魔物の領域に対応できているという証でもあるから構わない。

 でも、予想では多分夜までかかってもたどり着けるかどうかって所だと思うんだよなぁ……。

 身体強化でスピードを出したら、逆に気にぶつかったり足元取られたりで危険だから、どうしてもスピードを押さえないといけないし、更に食料となる魔物や植物も採取しながらになる。

 楽しい楽しい行軍訓練、皆で頑張ろうな!


「母さんも一緒に走る?」

「そうねぇ……折角だし一緒に行くわ!王都に着いたら美味しいご飯を出すお店で夕食でもどう?」

「いいよ。その前にシャワー浴びられたらだけど……」

「うーん……夜中までやってるお店で考えておいた方が良いかしら……居酒屋で焼肉もやってる所とか……」


 母さんですら、このメンバーで学園まで辿り着くのは夜になってからだと考える程度には厳しそうだ。

 そんな計算すらできない状態の皆はさぞ慌てているだろう……。


「まあ安心してください!学園の方向が分かる魔道具を部長に渡すので、皆さん隊列をできるだけ乱さず一緒に進むようにしましょう!遅れた人がでてきたら、その人に合わせないと遭難するので、連絡は密にお願いします!万が一遭難した場合は、こちらで周りを守っているため救助もできますが、訓練なのでできるだけ全員走り切るようにしてください!」

「「「「はい!!!!!!」」」」


 ヤケクソ気味の返事が響く。

 だが、返事をしてこない奴らがいる……。


「おい、そこの聖騎士たち」

「なに?貴様……随分と態度がデカいではないか?聖羅様の幼馴染だというから頼みを聞いてここまで来てや」

「黙れ役立たず。護衛の仕事も全うできない奴らがのうのうと喋るな」

「……なんだと!?」


 大して話してもいなかった俺に、いきなりあんまりな物言いをされて固まる聖騎士ガールズ。

 アレだけ情けない姿を晒していたにもかかわらず、俺相手に強気になれる辺りちょっと尊敬するけども、その辺りを弄るよりも、今は訓練に参加して強くなってもらいたいんだ。


「選んでくれ。訓練に参加するか、参加せず、魔物相手に腰を抜かして、護衛対象である聖羅に守られる無様を晒した役立たずのまま教会に帰るか。俺の部下でもないし、マッスル部でもないお前らに指示する権利は俺に無いけど、まだ聖羅と一緒に行動するつもりなら素直に従って訓練に参加してくれ。それができないなら、案内をつけてやるから、仕事を放棄して帰ってくれ」

「貴様!……くっ!」


 俺に言われて、ケロ兵衛相手に何もできなかった自分たちの事を思い出したのか、聖騎士の女の子たちは悔しそうに歯を食いしばっている。

 でもそれってもう少し早くしておく態度だと思うんだ。

 少なくとも、今ここで俺に指摘されてしているようでは遅すぎる。


「しかし!聖女様がこれ以降の訓練に付き合われる筋合いは!」

「ん?私は大試と一緒に行く。貴方たちは別に来なくてもいい。居ても居なくても気にしないから」

「ぐぬ……!」


 多分聖羅としては、別に悪気があっていっている訳じゃないんだろうけど、自分の存在意義を完全否定された形の聖騎士たちは相当堪えたようだ。

 流石の俺も、そこまでズバズバ言い続けるのは心が痛むから難しいけど、それでも彼女たちにはもう少し心構えの部分で強くなってもらいたいんだよなぁ……。


「で、どうする?」

「……わかった!参加すればいいのだろう!?」

「そうしてくれ。その方がこっちとしても他に人員を回さなくて済むから楽だ」

「……我々とて、聖女様のお役に立ちたいという気持ちはある。あんな無様を晒しておいて信じてもらえないかもしれないが、これでも皆厳しい訓練をしてきたんだ!このまま聖女様を置いておめおめと帰れるものか!」

「いや、訓練はして来てるんだろうって事はわかってるよ。じゃないと参加も認めてない。あとはメンタル面と経験だ。だからこそ、参加してほしいわけだ」

「そ……そうか?うむ……ならば、こちらとしても気合を込めて挑ませてもらおう!」


 多少認めてやっただけで、すぐに表情が明るくなるのはどうなんだろう?

 チョロそう。

 気持ちをサクッと切り替えられるのは良い事だけども。


「あのぉ……大試君?」


 これで万事オッケーかと思っていたけれど、後ろからへにょへにょした声をかけられる。

 振り返ってみると、力が抜けた感じの仙崎さんがいた。


「えっとだね……その訓練って、私も出ないといけないのかい?」

「記録とって報告しないといけないんでしょ?今更何言ってるんですか」

「いや……私ってほら、頭脳労働がメインなわけだよ」

「はぁ……」

「それでだね……。長距離走とか心底苦手なわけだ」

「はぁ……」

「だからそのぉ……」

「…………」

「……うぅ」

「おんぶしていけばいいんですか?」

「え!?いいのかい!?」

「いや……良くないんですけど、言ってきそうだなって思ってたんで、夜のうちに背負子作っておいたんですよ」

「流石だね!助かるよ!いやぁ……一時はどうなる事かと……」


 こっちは余計な体力を消耗させられることになったんだが!?

 予想はしてたけどさ!


 ただ、母さんが来るところまでは予想してなかったけどね。


「理乃、アナタどれだけ運動サボってたのよ……?」

「せ……先輩……えっと、プロポーションを維持する程度にはしてましたよ!?」

「なら走りなさいよ」

「えーと……多分無理かなって……」

「……アンタ、王都に帰ったら話あるからね?」

「ひゃい!?」


 久しぶりに母さんのマジ説教顔を見た。

 …………さぁ!張り切って出発しよう!



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