第156話
「うーん!やっぱり聖羅ちゃんの聖水で洗うと綺麗になるわねー!」
「ケロ兵衛の汗とか垢は、魔獣だから凄くしつこい。聖水くらいの威力がないとなかなか落ちない」
「そうなのよねー……。浄化魔法かけたら、この子だと何処まで浄化されるかわかったものじゃないし……」
ケロ兵衛の尊い犠牲によってしばらく時間を稼ぐことができた俺達は、ケロ兵衛に叩きのめされたマッスル部員たちを救出し、体制を立て直していた。
流石というべきか、ケロ兵衛の手加減はほぼ完璧で、多少アザができている人がいる程度で、骨折などの早急に治療が必要な患者はいないらしい。
にしても、初っ端から訓練のテーマが崩壊したな……。
終末の獣をこんな所で解き放つなよ……。
「あぁぁぁぁ!流石聖女様です!颯爽と私達を助けた上、あんな恐ろしいバケモノを手懐けてしまうなんて!」
「目が清められてしまいますわ!」
「尊い!尊いとはこういうことなのですね!?」
聖騎士(仮)の女の子たちは、自分が護衛だということを忘れて、聖羅の有志に頭が蕩けそうになっている様子。
まあ、元々聖女である聖羅は、結界とかの対魔物用の技が強いから、そこらの魔物じゃダメージ負うことすらない頑丈さなんだけど、そこに加えて100レベル到達してるからなぁ……。
今までは、物理攻撃相手に多少脆さがあったから、人間社会にいる間は護衛も必要だっただろうけれど、今となっては、聖羅に怪我を負わせるのも一苦労だろう。
だからといって、教会内部の問題だからと、イベントの度に俺が護衛するのを拒否してくるくせに、このクソ雑魚の女の子たちが代わりの護衛ってどうなんだ?
マッスル部員たちよりへっぴり腰だったぞ?
コレはダメだな。
このままコイツらも合宿強制参加だ。
そのプラチナ色の鎧は、明日の夜開放されるまでにくすんで汚れることだろう。
よし、なんとかこのまま続行できそうだな。
マッスル部員たちも、昨日今日の特訓でかなりメンタルが鍛えられたのか、まだ瞳に力がある。
筋肉を鍛え上げるのは、経験したことのないものには想像もできないほどの過酷さがあるらしい。
そこに更に野生を呼び起こされた彼らには、この程度なら乗り越えられる心の強さを培えたようだ。
だけど、流石に問題児にこれ以上無茶苦茶されると完全に破綻するだろうから、今のうちに言い含めておこう……。
「母さん、ちょっといい?」
「あら大試!再開はちょっと待ってね。せっかくだしこのままケロ兵衛を綺麗にしちゃうわ」
「うん、それは別にいいんだけどさ……。それよりも、訓練内容について話があってね」
やっぱり何がおかしいのか理解していない。
というか、この人は多分自分自身が強すぎて、強さの基準がガバガバになっているんだろう。
ケロ兵衛ですら、手加減している状態ならちょっと強い魔獣よねって認識なんだと思う。
「あのさ、流石にこの場でケロ兵衛相手に戦わせるのは無謀だよ。元々、この初心者用の魔物の領域でやってる訓練だよ?もう少し手加減してあげてよ」
「でもでも!手加減したケロ兵衛なんて開拓村周りの魔物よりちょっと強いくらいでしょ?頭が良いから、大怪我もさせないようにしてくれるんだし……」
「開拓村の周りの魔物が1頭でも王都近辺に現れたら、半径100kmは多分厳戒態勢になるよ?」
「そうかしら……?うーん……そうなると難しいわね……。そうだ!じゃあコレなんてどう?」
そう言って、ロッドを地面に打つ母さん。
ケロ兵衛を召喚したのとは違い、なんだか黒いネトネトした見た目のなにかが広がっていく。
しばらく広がった後、そのネトネトが何箇所かで隆起しだし、そのまま数頭の狼のような形になった。
「元々このあたりにいる魔獣に追加で、このシャドウウルフたちに襲わせるのはどう?」
「あーコイツらか……。これなら丁度いいかも」
シャドウウルフとは、魔物や動物ではなく、魔術によって作り出された疑似生命体のような存在だ。
見た目は狼みたいだけど、実際にはプログラミングされた行動を行うだけなので、イメージ的にはゴーレムに近いかもしれない。
強さもそこそこで、実際にこれからマッスル部員たちが相手にする可能性の高いウルフ型の魔獣に近い行動をするので、訓練相手としてはぴったりだ。
欠点を上げるとするなら、魔力で構成された存在のため、肉が取れないことと、母さんがいないと訓練で有用なほどの数が中々用意できないことだろうか。
母さんは、事もなげに100頭くらいまでシャドウウルフをサラッと出すけど、普通は熟練の魔術師でも同時には1頭出すのが精々らしいぞ。
1頭も出せない俺には凄さがわからんけどな!
このシャドウウルフでキャンプを一晩チクチク突けば、いい具合にストレスを与えられるだろう。
幸いというかなんというか、母さんもシャドウウルフをモリモリ出すつもりは無いらしく、今は5頭出しているだけだ。
「じゃあ、この数で断続的にキャンプを襲撃させ続けて。これ以上数は増やさなくていいからね?」
「わかったわ。明るくなってくるまではそうしてあげる!」
「……明るくなってきたらなんかするってこと?」
「当然じゃない!最後の締めに私がやってきて、日の出まで必死になって皆で戦うっていう経験をさせてあげるわ!ちゃんと手加減だってするし!」
うん、あんまり手加減については信用できないけど、まあいいか……。
明け方まで待ってくれるだけでも御の字だろう。
実際、母さんほどの魔術師と、手加減ありとはいえ手合わせできるなんてそうそう無いチャンスだからな。
「先輩!私は!?私も戦いに参加していいですか!?」
「理乃はダメよ!貴方、私にぶっ飛ばされたいだけでしょ?ちゃんと大試たちの行動を記録して、今後につなげる資料にしなさい!」
「うぅ……わかりました……」
仙崎さんには、コレが終わった後もう少し普通のコミュニケーションについて学ばせたいな……。
その後の訓練は、それまでとは打って変わって順調に行った。
油断した頃にやってきて、ちょいちょい攻撃しては撤退していくシャドウウルフ達に翻弄されながらも、しっかりと対応していくマッスル部員たち。
交代しながら休憩をとり、シャドウウルフ以外の敵がやってきても落ち着いて対処できている。
こんだけ戦えるようになったんだから、今回の合宿は無事成功ということでいいんじゃないだろうか。
なんて思っていたら、空が明けてきた。
くるぞ……。
「警戒!北より敵接近中!数は1!人型!」
キャンプの北側で防衛していたマッスル部員が辺りに大声で叫ぶ。
ついに来たか!来てしまったか!母さん!
「じゃあ皆ー!そろそろ行くわよー!」
そう宣言して、普段なら一瞬で終える魔術の発動準備をわざと時間を抱えてやり始める母さん。
もしかして、手加減ってコレか?
ってことは、今から日の出までノンストップで撃ち続けそう……。
その気になれば、1人で1日中花火大会のように魔術を放てる人だからな……。
俺みたいに魔力感知がガバガバなやつでもわかるんだ。
どうやら、轟打部長たちも、母さんがとんでもない魔力を練っている事に気がついた様子。
轟打部長が慌てて指示を出す。
「全員全力で魔術障壁を正面に張れ!!!!俺達の非力な魔術障壁でも、枚数が増えれば効果はあるはずだ!!!!!!!」
魔術が苦手な部員たちには、魔術障壁を張るのも中々大変だろう。
だけど、できなきゃやられるだけだ。
だからなのか、皆気合をいれてちゃんと枚数を重ねた魔術障壁を展開した。
それを見ていたのか、母さんが魔術を放ってくる。
「行きなさい!スターマイン!」
スターマイン。
母さんがよく使うこの魔術は、実際には1つの魔術というわけではなく、連続で単体の魔術を放ち続けるという至極単純なものだ。
そんなのでも、魔力が底しれない母さんが行うと、ハッキリ言って障壁を張るくらいしかできることが無くなってしまうハメ技になる。
閃光が何度も続き、土煙が辺りを覆い尽くす。
一撃で障壁がぶち抜かれることがなかったため、ちゃんと手加減してくれたようだ。
だけど、スターマインは全く止まる気配がない。
そのまま10分以上爆発が続き、流石にそろそろマッスル部員たちが障壁を張るだけで死にそうな顔になってきたため、がら空きの横側から抜け出し、最高速で母さんに木刀を叩きつけに行った。
「良いわね大試!不意打ち上等な所が素晴らしいわ!」
「不意打ちされたのにロッドで受け止めんの勘弁してくれ!」
俺の攻撃をあっさりとロッドで受け止めた母さん。
それによってスターマインは止まったけれど、流石にそれで終わりにはしてくれないらしい。
「じゃあ行くわよ!大試にはもう少し本気を出してもいいわね?はぁああああ!」
そう言って、おそらく身体強化魔法を発動する母さん。
そのままロッドを振って俺の頭をぶん殴りに来る。
すんでの所で回避が間に合い、何とか頭でスイカ割りするような自体は防げた。
「そっちがその気なら俺だって覚悟決めるからな母さん!」
「いいわよ!夜明けまで存分に戦おうね大試!」
結果から言うと、母さんには一撃もぶち込めませんでした。
やっぱりこの人こわいわ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます