第155話
ケルベロス。
地獄の番犬の異名を持つこの存在は、この世界にも存在する。
和洋折衷とにかく伝説の物を取り込んでいくこのフェアリーファンタジーというゲームが、こんな有名な奴を作中に登場させないわけがないんだよなぁ。
だけど、きっとこいつは、主人公たちが強くなってから出会う予定だったんだと思う。
だって、クッソ強いもん。
魔術を使わない素の身体能力で、3秒で音速を超える。
そのまま数日走り続けることもできるらしい。
そんな存在がなぜこんな所にいるのか?
答えは簡単だ。
母さんたちに見つかってボコられ、手下にされているから。
言ってしまうと、開拓村のペットだったんだ。
因みに、別にそこまで大人たちに可愛がられていた訳ではなかった。
元々は、地獄の番犬の異名を持つに相応しい場所で活動していたのかもしれないけれど、母さんたちにボコられてからの役割は、開拓村の番犬。
つまり、親たちが出かけている間の守りだ。
親たちにとって、このケルベロスという生き物は、家畜と同レベルの存在であり、名前すら無かった。
それでも、自分を圧倒した開拓村の大人たちを自分の上位者だと認識したケルベロスは、健気に自分に与えられた役割を全うし続けた。
そんな彼が何故現在は、ケロ兵衛という名前を持っているのか?
実は、名付け親は聖羅だ。
開拓村の子供3人で、度胸試しに向かった先がケロ兵衛だったわけだが、ものすごく賢くて理性のあるケロ兵衛は、近づいてきた子供たちに向かって、それ以上こっちに来ると危ないと察したのか軽く吠えた。
それだけで子供2人はガチ泣きしてしまったわけだが。
俺?泣かなかったよ?
「あ、コレ本物のケルベロスなの?たまにいるのは見えてたけど、幻覚とかじゃなかったんだ?でもなんでケルベロスが首輪つけられてこんな所にいんの?」
ってことが気になってそれどころじゃなかった。
俺のことはおいておいて、そこで泣き出した子供たちに気がついた親たちがやってきて、笑いながら泣き止ませようとしているときに、聖羅が
「けろべえきらい!」
って舌足らずに言ったもんだから、それを聞いた大人たちが面白がって、それ以降ケロ兵衛となったわけだ。
不思議と、名前をつけると認識というのは変わるようで、それからケロ兵衛の待遇は良くなっていった。
ケロ兵衛用の小屋が建てられ、毎日何人かが声をかけに来るようになり、飲み会の度にケロ兵衛用の料理まで用意されるようになった。
まあケロ兵衛は、頭が良い上に強いので、餌も世話も必要無かったんだけども。
ただ、流石にしばらく放おっておくと臭くなるため、月1で聖羅が聖水ドバドバ出して洗ってた。
聖水で洗われるのは本当に嫌だったらしく、普段かなり無茶な指示を母さんたちから出されても素直に従ってるケロ兵衛が、この洗われるときだけ耳を折って、尻尾を足の間に隠し、ブルブルと震え続けていた。
聖水でダメージ受けてたってことはないよな?
わからん……。
とまあ、思い出話でした。
でだ、話を戻すとクソ強いんですよ。
どうしたもんかなぁ……。
フィジカルも高いのに、かなり高度な魔術も使ってくる。
獣と侮ることなんてできない。
多分知能で言えば、この世界の風雅よりは上だと思う。
だって、こいつは言葉が喋れないだけで、会話の内容は理解しているし、計算もできるからな。
しかも、掛け算割り算を暗算でやれる。
数字も理解しているから、その鋭い爪で地面に書いて見せる程だ。
風雅は、勉強サボりまくりだったから、九九すら無理。
知能が高くて、身体能力が高くて、魔術を使いこなす巨大な生き物。
普通に考えれば、撤退したいところだ。
ただ、今回は多少チャンスがあるかもしれない。
何故かって?
「「「……グルル?」」」
こいつ、頭も良くて人間に別に敵意がないから、この状況に戸惑っているんだろう。
あの唸り声は、「え?なんで攻撃指示されてんの?アンタの息子もいるよ?」
って感じだろうか?
「コラ!ケロ兵衛!ちゃんと言う事聞きなさい!」
ケロ兵衛の表情が曇る。
こんな怖そうな顔なのに、ちゃんと表情があって案外可愛いんだよなこいつ……。
その表情されると、ついつい助け舟を出したくなってしまう。
「母さん!多分ケロ兵衛は、俺達を攻撃することに疑問持ってるんだと思うよ!ちゃんと訓練だって伝えてあげないと!」
「えー?でもそれだと臨場感がないじゃない!?」
「ケロ兵衛は真面目だから、ちゃんと手加減して良いって指示してあげないから困って攻撃できてないんだよ!」
「そう……そうかしら?まあ大試がいうならそうなのよね!しかたないわ!ケロ兵衛!手加減して、程々に相手してあげなさい!そこそこ攻撃受けたら撤退していいから!」
「「「ガルル!!!」」」
ケロ兵衛が嬉しそうにこっちに頭を下げた。
なぁに、良いってことよ。
開拓村の仲間だろ?
そして始まるじゃれ合い。
但し、魔獣基準の。
「「「ガルル♪」」」
「うわあああ!?
「キャアアアア!」
ケロ兵衛がマッスル部員たちを大怪我させない程度に蹂躙していく。
それを見て、後ろに控える母さんも満足げな表情だ。
だが、俺達だってこのままでいるわけにもいかない。
俺は、世界樹の木刀を構えた。
「行くぞケロ兵衛!痛かったらゴメンな!」
「「「ウオオオオオオオン!!!!」」」
ケロ兵衛が雄叫びとともにこちらへと突っ込んでくる。
俺も上がった身体能力を駆使して加速する。
叩きつけに来た右前足を弾き飛ばし、その反動で右頭による噛みつきを回避する。
俺への攻撃が決まらなかった事を確認したケロ兵衛は、その巨体からは想像できないほどの急停止を行い、1秒もかからずにほぼ同じ速度でこちらへと折り返してくる。
やっぱおかしいってこいつ!
しかも、これでかなり手加減してるんだから溜まったもんじゃねぇ!
ほんと、なんでこんなのがウチの村にいたんだよ!?
どっから連れてきたんだ!?
あーもう!悪態だらけの愚痴を誰かにこぼしたい!
攻撃対象を俺に絞ったらしく、ずっと俺を追ってくる。
ケロ兵衛からしたら、他の奴らを叩きのめした所で大して仕事した雰囲気にもならないし、だったらこうして相手ができている俺と時間を潰せたほうが良いだろうなって魂胆だろう。
サボろうにも、後ろでは母さんが見張ってるしな……。
俺としても、流石に後ろで寝ている人たちのテント付近までケロ兵衛を連れていきたくないので都合がいい。
ケロ兵衛と戦っている間は、あの理不尽の権化である母さんも、こちらに攻撃せずに後方飼い主ヅラしたままみたいだしさ。
でも、餌の食い残しとかフンの始末してたの全部俺だからな?
「……ケロ兵衛!そろそろ大試に見切りつけて他の人も狙いなさい!」
俺達の時間稼ぎに苛立ったのか、とうとう母さんからの指示が出てしまった。
ケロ兵衛の表情も曇る。
手加減しながら戦うの大変だもんな……。
でも、ケロ兵衛としては母さんの指示を無視するわけにもいかない。
仕方なくといった感じで、標的を俺から他へと移す。
向かった先には、白銀の鎧に身を固めて、ガタガタと震えながら腰を抜かしている女の子たち。
多分、役職名は聖騎士だったはず……今この瞬間は、村娘Aとかそんなんかな。
その綺麗な鎧が、驚異的な速度の猫パンチ……犬パンチ?でひしゃげる直前だった。
「ケロ兵衛、おすわり」
「「「キャウン!?」」」
聖羅の聖水が叩きつけられた。
反射的にその場に蹲ってしまうケロ兵衛。
「しばらく洗ってあげてないから、かなり臭う。このまま洗うからじっとしてなさい」
「「「クゥゥゥン……」」」
「そんな可愛い声を上げてもダメ」
地獄の聖水シャンプーが始まった。
あと、気がついたら母さんも洗うのに参加してた。
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