第152話

 前略 母上様。


 いきなり来られると片付けとかしてないから困るので止めてください。




 なんて理屈が通らない相手も稀によくいる。




「あーん!久しぶりの大試だー!このこのー!」


「ちょっ……やめ……恥ずかしいって!他の人達が見てるから!」


「見せつけとけばいいのよ!母さんの胸に顔突っ込めるのなんて父さんと大試だけなんだから!」




 現在俺は、すごい美人で若々しい女性のとても豊満なバストに顔面を押し付けられて頭をグリグリされている。


 本人に言うと確実に怒るので言わないけど、年齢に全くそぐわない煽情的な服装なものだから、傍から見ればB級映画のラブシーンか何かに見えるんじゃないだろうか。


 なにせ、息子の俺が言うのも何だけど、この人俺の年齢の2倍以上の年齢のはずなのに、俺の姉か何かにしか見えない見た目をしている。


 女子大生のお姉さんか何かって感じだ。


 そんな女性がいきなり空から落ちてきて、轟音とともにヒーロー着地を決めたと思ったら、その場にいた男子生徒を抱き寄せて、胸に顔を押し付けているんだ。


 周りの人達は、完全に混乱の極みだろう。




「せ……せせせ……せせせせせ……」


「ん?あら?理乃じゃない!なんでこんな所にいるの?大試もなんでこんな森の中に?」


「先輩だああああああ!?」




 そう言って驚愕の表情で固まってアワアワしているコーチ様。


 よし、仙崎さんは当てになりそうにない。


 自力でなんとかしないと……。




「母さん!母さん!放して!」


「もう!恥ずかしがっちゃって!思春期かしら?」


「真っ只中だよ!それより、なんでここにいるのさ?もしかして、わざわざ飛んできたの?」


「そうよ?リンゼちゃんの飛行魔術を参考にして、更に魔力ドカドカぶち込めるように改良したから1時間でここまでこれたわ!」




 北海道……というより十勝から東京近郊までって、前世のジェット旅客機でも1時間以上掛かるんじゃないか?


 やっぱおかしいって母さん……。




 とりあえず、このままだと周囲一帯混乱の極みなので、マッスル部員の皆さんには、心配ないから食事しててくれと言っておいた。


 全体的に生暖かい目で見られたけど、あれはどういった類の視線だろうか……?




 そして、自分たち用に張ってあるテントへと母さんも連れて入る。


 このテントは魔道具になっていて、中の空間が見た目より広くなっているから、この人数で入っても問題はないだろう。


 ……仙崎さんもくっついてきたけど、もう面倒だからこのままでいいか……。




「それで、どうしたのさいきなり?何か急ぎの用事でもあった?」


「そうなの!ちょっと聞いてよ!……っと、その前に……。ねぇ、その上にいるの、隠れてないで出てきたら?じゃないとぶっ飛ばすわよ?」




 母さんから話を聞こうとしたけれど、その前に虚空に向かって母さんが威嚇する。


 すると、何もなかったはずの場所に、制服姿のソフィアさんが出現した。


 そんな所にいたのか。




「わ……わかったから、そんな殺気をぶつけるでない!」


「あら?随分キレイな女の人ね?大試ったら、王都に来てまだそんなに経ってないだろうに、もう愛人作ったの?流石母さんの子ね!」


「いや違うんだけど……この人はソフィアさん。十勝エルフの元族長で、今は大精霊になって俺と契約してくれてんの」


「そ……ソフィアじゃ。息子さんには大変お世話になっておる……」


「へぇ……え?エルフ?十勝?大精霊?」




 流石に何がなんだかわからないと言った表情になる母さん。


 そりゃそうだよね。


 俺でもそうなる。




「……まあ良いわ!エルフには初めて会ったけど、いるだろうとは言われてたしね。それにしても……すごい強いわね……どうかしら?戦ってみません?」


「え……遠慮しておこう……互いに無傷ではいられまい……?」


「まあそうね……残念だけど今回は我慢するわ。もう私だけの体じゃないんだし……」




 次回がないことを祈ろう。




(大試!大試よ!この者は本当に大試の母上なのか!?)


(そうですよ?)


(人間のはずなんじゃが、感じる魔力の量がワシと同等クラスなんじゃが!?どうなっとるんじゃ!?しかも殺気が半端ないんじゃよ!)


(あの人、わかんないものにはとりあえず魔術ぶっ放して、残ってたら改めて確認するかなって思考パターン持ってるんで。早々に姿を表したのは正解だったと思いますよ)


(全くじゃ!せっかく戦闘以外にも楽しみを見出したというのに、こんなどうでもよい所で命がけの戦いなどしとうないわ!)




 ソフィアさんでも、やっぱり母さんと戦うと命がけなのか。


 やっぱり母さんってバケモノだよなぁ……。




「犀果様、様子を見に参りました」




 ソフィアさんとコソコソ話していると、アイが戻ってきた。


 敵かと思ってたみたいだし、びっくりしたことだろう。




「アイ、こっちは俺の母さんだ。母さん、この娘は俺が新しく買った家で使用人をしてくれているアイって娘で……」


「初めまして奥様、アイと申します。犀果様……大試様のおはようからお休み後までお世話させていただいております」


「あらまぁ……こっちも美人ねぇ……ウチの息子ったら、王都で何しているのかしら!まあ母さんの息子だしモテるのは仕方ないわね!大事にしてあげなさい!」


「いや、そういうのじゃ……」


「はい、ありがとうございます。ですが大試様は、いつもとても優しくしてくれて……ぽっ」


「何いってんだお前」


「キャー!うちの息子がいつの間にかプレイボーイになってるわー!」


「違うって母さん……」




 だめだこの人、完全にお楽しみモードだ。


 もうある程度スルーするしかない状態。


 お酒もなしにこうなるってことは、相当はしゃいでいるんだろう。


 まあ、出かけているとき以外は割と俺にべったりだった人が、しばらく会えてなかったからなぁ。


 言っては来ないけど、寂しかったのかもしれない。




「大試の女性関係も気になるけど、それより大事な話があるわ。大試、100レベルになったでしょ?」


「え?うん、よくわかったね?」


「そりゃわかるわよ!大試には、遠隔で状態を把握できるように魔術をかけておいたもの!」


「プライバシーって言葉知ってる?」


「ふふ♡知らない♡」




 可愛く言われてもだな……。


 流石に実母はなぁ……。


 俺、あんたの母乳で育ったんだぞ?




「それでね?100レベルになると、条件さえ満たせば上位の存在に進化できるのよ」


「上位?進化?」


「ええそう。人間の場合は、ハイヒューマンとか呼ばれてるわね。母さんもそれよ?」


「サラッというには重要すぎない!?」




 そんな設定聞いたことないぞ?


 リンゼからすら何も言われてないんだが……?




「その条件っていうのがね、100レベルになることと、自分の系統の上位存在から、その存在を教えてもらうことなのよ」


「…………つまり、俺は今条件を満たしたってこと?」


「そう!やっぱり私の息子は頭が柔らかいわね!」


「いやそれほどの話じゃ……それよりも、ハイヒューマンってなんなの?聞いたことないよ?」


「殆ど普通の人間……ヒューマンと変わらないわよ。でも、レベル上限が無くなって、魔力量も飛躍的に上がって、おまけに老化がなくなるわ!」


「何そのインフレ。もうバケモノじゃん」


「大丈夫!すぐ慣れてコレが当たり前に感じてくるから!」




 母さんの経験を基準にされてもあんまり説得力はないな。




「それにしても、母さんは昔から老けないなって思ってたけど、まさかハイヒューマンとかいうのだったなんて……。強さの秘訣もそれ?」


「どうかしら?母さん、ハイヒューマンにならなくても100レベルになってたもの。上位存在になる条件を満たせる時点で、強いのは間違いないと思うけれど、ハイヒューマンになれたことでどれだけ強くなったかはわからないわ。人間の100レベルの時点で、伝説級の強さなわけだし。どう?母さん見直した?」


「いや、昔から母さんのことは強くてカッコよくて綺麗ですごいなとは思ってたからなぁ……」


「やーん嬉しいー!ねぇどうよ理乃!うちの息子が私のこと褒めてくれたわ!最高よね!」


「はい先輩!最高です!先輩も最高です!」




 仙崎さんは、もはや母さんの足に纏わりついてYESと応えるだけの存在になってしまった。


 母さんの後輩って話だけど、母さんが昔王都にいたときもこんな感じだったんだろうか?


 ……よく付き合ってたな母さん……。


 まあ、母さんに付き合えてた仙崎さんもすごいのかもしれないけど……。




 それにしても、本当に俺の知らない設定ばっかりだ。


 リンゼは知っていたんだろうか?


 ひみつにする理由がわからんけど、こんな重要なこと隠す気がなければ教えておくもんじゃないか?


 本人だって100レベル到達してるはずなんだし……。


 まあ、後で本人に聞いてみるか。


 もしかしたら、リンゼの認識とずれた状態になっている可能性もあるからな。




「母さん、進化ってどうやってするんだ?体が光りだしたりするの?」


「ん?もう終わってるはずよ?条件を満たしたら勝手に進化しちゃうのよ。見た目じゃわからないわね」


「えぇ……?」




 特に派手な演出とかはないらしい。


 ゲームをモデルにした世界なんだから、七色に輝いてゲーミング大試になってから、光が収まるとちょっとイケメン度が上がって進化完了してるって感じかと妄想したけどなぁ……。




「いやぁ……まさか、こんなとんでもない事を教えてもらえるなんて思いもしなかったわ。ワザワザ王都まで来てもらって悪いね」


「いいのよ!それに、ハイヒューマンに関することはおまけだもの!そのうち来ようとは思っていたけど、大試に大切なお知らせがあるから、そのついでに寄っただけなの……」


「お知らせ?」




 なんだろう……ハイヒューマンとかいうとんでもない要素よりも重要な事……?


 誰かが死んだとか……?




「その……ね?」


「うん」


「大試はね……」


「うん」


「……クリスマス頃に、お兄ちゃんになるの」


「は?」




 え?何?つまりそういう事?




「母さん、女の子を妊娠しちゃった♡」




 妹かぁ……。


 それならハイヒューマンより重要だと認めるしかないわ。


 悪いな設定考えた人。




 俺は、「あれ?でもそうなると母さんが妊娠したときって、俺がまだ実家にいたときだよな?ってことは……父さんと母さんは……」と余計なことを考えそうになる頭を一発叩いて冷静にさせ、天使のように可愛い妹だったらいいなと願うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る