第148話
「……んぇ……さむ……」
「お早うございます。よくこんな場所であんな熟睡出来ましたね」
「ん……?あれぇ……?先輩……?」
「違いますよ。早く手離して貰えます?血がほぼ止まりかけでさっきから感覚無いんですよ」
「……あれ?大試君?」
現在朝6時。
場所は、魔物の領域である森の中。
昨日は、疲れたマッスル部たちに「魔物避けを使うので見張りはしなくていいですよ」といって寝かせた。
ゲームで存在していたのか、この世界には魔物避けというものがある。
これを使うと、大半の魔物が寄ってこなくなる。
凄い高価だけどな!今回準備にかかった費用の3分の1はこれだもん。
まあ、大人数を護る範囲で使ったからってのもあるんだけどさ。
使わなくてもアイたちと協力すれば守れるんだけど、流石にアイたちも休ませないといけないからな。
アイツら、ほっとくと眠さとか理解せずに動き続けるから、ある瞬間突然バタンと倒れるんだよな……。
魔物避けの効果は抜群だから、万が一のために数人で交代で見張っていれば問題ないし。
フィールドボスクラスになるとお構いなしらしいけれど、んなもんこの場所にはいない……はず。
いたら大変な事になるな。
フラグか?
と少しだけドキドキしながらも、ちゃんと何事もなく朝を迎えた。
俺の場合は、仙崎さんに右手をホールドされ指をしゃぶられながらの朝だったけども……。
いやぁ……指を食いちぎられたりしないかひやひやしたぜ……。
「せんぱいのあじぃ……」とか寝言で言ってたし……。
こんな事母さんにもしてたのか?
「なんで置いて行ったんですか……」なんてことも言ってたけど、聞かなかったことにした。
何はともあれ、そろそろ全員を起こさなければ。
魔物避けに守られていたとはいえ、慣れない夜間の作戦行動、更に真っ暗な森という恐怖を煽るフィールド。
緊張と疲労で現界だったマッスル部たちは、未だに誰一人起きてこない。
うん、まだ余裕あるなこいつら。
「ソフィアさんいます?」
「なんじゃ?」
「空に向かって派手な音が出る魔術撃ってもらえません?パーンと」
「パーンじゃな?ほいっ」
姿は見えないけれど、どこからかパチンと音がして、直後空から閃光と「ドゴオオオオオオオオン」という爆音が響き渡った。
これにはさすがにマッスル部たちも寝ていることが出来ず、次々とテントの外に出てきた。
「大試君!?今のなんだい!?何もない所から声が聞こえたと思ったら空で大爆発だよ!?」
一番慌てているのは仙崎さんかもしれないけど。
ただ、めっちゃ興奮している……涎出てるぞ……。
知的好奇心の塊だなこの人……。
仙崎さんは置いておいて……いや、縋りついてくるから引き摺りながらマッスル部員たちの元へ向かう。
「犀果!!!!!!今のは何だ!??!!!!!!大丈夫なのか!!!!!!!??」
「大丈夫です。ただの目覚ましなので。全員注目!!今日の予定を伝えます!!」
轟打部長が目を白黒させながらやってくる。
まあ、頼んだ俺もびっくりしたから当然だろう。
ソフィアさんの規格外さを考慮してなかった。
「まず、今日は皆さんに狩りをしてもらいます!!」
「「「狩り?」」」
男子も女子も困惑している。
多分彼らの中では、魔物相手の戦闘の場合、討伐という言葉が適当なんだろう。
でも、今回俺たちが行うのは、もっと野性的な行為だ。
すなわち……。
「魔物を倒して、そいつらを食べるために狩るんです!!他に食料は無いと思って下さい!!」
「「「!?」」」
昨日は、散々肉を食わせた。
美味しかっただろう魔物肉?
でも、今日からはそれは無しだ。
別に土曜日の朝から日曜の夜まで何も食わなかったところで死なんさ。
「ちょっと待て犀果!!!!!俺達に魔物を倒して、捌いて、それを食えというのか!!!!??」
「そうなりますね」
「だが俺達は、実習で小型の魔物を倒したことはあっても、それは初心者用のエリアで教員に守られながらだぞ!?!!!!?」
ここも実は初心者用エリアだけどな?
ってか、ゲームならともかく、この世界においてはなんなんだろうな初心者用エリアって。
魔物が用意してくれてんのか?
親切だな。
「俺は、皆さんの意識改革を依頼されました。『野生』を目覚めさせろと。俺はその野生って言うのを人間の本能であると認識しています。では、それはどうやって目覚めるんでしょうか?」
「どう!!!!??」
頭をひねり出す轟打部長。
ってか、朝から声でけぇよ……。
「俺は、その答えを知っています。だから皆さんをこんな所にお連れしている訳です」
「それはそうなんだろうが……しかしだな!!!!!!」
「恐怖!!!!!!!!」
轟打部長がウダウダ煩いので、大声で被せる。
喉痛い……。
「皆さんには、昨日それを味わってもらいました!どこから魔物が襲ってくるかわからない恐怖!それを身近に感じながらの睡眠!今皆さんは、今まで感じた事の無い程のストレスを体験している事でしょう!だから!今がチャンスなんです!」
俺は、マッスル部員たちに倣ってオーバーアクションで演説する。
……これだけで腹筋鍛えられる気がするな……。
「魔物は怖い!確かにそうでしょう!その感覚は大切です!……ですが!貴方たちの鍛え上げた肉体と肉体強化魔術なら倒せます!そして!倒した相手を食ってください!恐怖の対象は、貴方たちが狩ることが出来て、食える相手だという事を自覚してください!」
実際の所、相手を食い物だと認識できるかどうかでかなりモチベーションは変わってくる。
ただの邪魔者だと思っているうちは、よっぽど命がけにならない限りそうそう本気になれないものだ。
だけど、食うとなれば話は変わる。
腹は毎日減るし、それが続けばもう狩りなどできなくなる。
野生って言うのは、常に命がけなんだ。
まあ、流石にそこまで追い込まれろとは言わないけど、それでも意識は変えてもらわないといけない。
ただ、流石にまだマッスル部員たちは、魔物狩りに踏み切れない様子。
轟打部長も然り。
「だがな犀果……!!!!」
「見せ筋」
「な!?!?!??!?!?!?!」
俺は、マッスル部員たちに対する最大の禁句を口にする。
「貴様!!!!!」
「って思われてるんですよ貴方たちが人生をかけて磨いている筋肉は。学園の生徒たちや教師はもちろん、国からもね。だから俺にこんな予算を渡してまで意識改革が依頼されたんです」
「なんだと!!!!!???」
なんだと!?じゃないよ。
君ら、今まで何してたんだ?
魔物倒したか?
倒して無いからここに俺がいるんだぞ?
「さぁどうしますか!?このまま見せ筋の人生を歩みますか!?貴族としての本分を捨てて、怖いからとボディービルの道だけを進みますか!?どうなんですか!?」
怒気と殺気が当たりを包む。
あれ?この人たちこんな怒れるの?
そんな見せ筋って言われたくないの?
いや、言われたくないって事は知ってたけど、クマ並みの怖さを感じる……。
「ふざけるな!!!!俺達の筋肉は、実用性を持った筋肉だ!!!!!!そうだろう皆!!!!!!???」
「「「「マッスル!!!!!!」」」」
「もう鍛えるだけの毎日は辞めだ!!!!!肌が傷つく!?!?!?!?!?繊維が傷つく!?!?!?!?!!いいじゃないか!!!!!!文句を言う敵は殴って倒す!!!!!!!!」
「「「「マッスル!!!!!!」」」」
「しかし!!!!!市民は我が筋肉を挺してでも守り抜く!!!!!!!!!それが俺達!!!!!!!!」
「「「「マッスル部!!!!!!!マッスル部!!!!!!!マッスル部!!!!!!!」」」」
「やるぞおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
なんやこれ……こっわ……。
「へぇ……扇動ってこうやるんだねぇ……面白いなぁ……」
となりでやっと目が覚めてきたらしい仙道さんがニヤニヤしている。
でもこれ、この後何が起きても、この場の最高責任者のアンタの責任にもなるからな?
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