第147話

 何故か肩に担ぐと仙崎さんが静かになった。

 ワニが目隠しされた状態で仰向けにされると、何が起きたのか脳が処理しきれなくてフリーズするようなもんだろうか?

 まあいい、静かなうちにさっさと次の段階にいこう。

 あと、ぐったりしているせいか、その大きな胸が背中に押し付けられていてすごくいい。


 死んでないよな?

 ……うん、息してるわ。

 大丈夫。

 死んでさえいなければ大丈夫。


 なにせ、現在この辺りには、この世界でも有数の安全対策が施されているからだ。

 まず、周囲をアイ40が取り囲んで全周警戒。

 その内側に、こっそりと聖羅がお連れの聖騎士(新人女性、初めての任務がこんな場所で泣きそうな顔してた)を数人引き連れて優雅に待機中。

 最近色々あった上に、迷惑をこうむったのが俺で、解決したのも俺だったもんだから、あっちも色々と協力してくれるようになった。

 協力させたともいう。


 そんなこんなで、学生だけ魔物の領域内にほっぽっていても平気なわけだ。

 しかも、この森は魔物の領域ではあるけれど、一応初心者向けの狩場だ。

 一撃で殺される様な危険な相手はいない……はず。

 絶対ではないけど。

 実際俺は、学園入りたての抜き打ち実習で、居るはずのない奴と出会っているしな……。

 瞬殺だったけど、それは神剣によるものが大きいだろう。


 さて、マッスル部員たちはどうしているかな?

 ……おーおー、皆不安そうな顔しているな!

 良い事だ!


 彼らには、ここがどういう場所かを伝えていない。

 ゲームでは、初心者がレベルを上げるためによく使われる場所だった程に安全な場所だけど、それを教えられてない彼らにとって、ここは未開の大森林だ。

 しかも、辺りは真っ暗。

 前世の比較的安全だった日本でだって、真っ暗な森の中に放り出されたら怖いだろうさ。

 熊とか熊とか熊とか。


 そして、それこそが今回の合宿においてもっとも重要な物だ。

 自分が、いつ死ぬかもわからない存在であるという事の自覚。

 それが、『野生』とやらに繋がるんじゃないかと考えている。


 因みに、この合宿の参考にしたのは、開拓村で子供たちに行われた同様のイベントだ。

 つまり、俺たちが実際に体験した事だ。

 最初に俺、次に聖羅、最後に風雅がやらされた。


 安全が確保されているとわかると一気に効果が落ちるため、この順番は、口の堅い順番となっている。

 風雅は、確実にペラペラと自分の武勇伝を語ろうとするため論外。

 聖羅は、俺にペラペラと自分の武勇伝を語ろうとするため2番手。

 消去法で俺がトップバッターとなった。

 まあ、満場一致だったと酔っぱらいたちが笑って言っていたが……。


 いやぁ……こんな恐ろしい場所でよくこの大人たちは余裕の顔をしていられるな……かっけぇなぁなんて思ったけれど、まさかそれが「こいつこんな安全な場所でビクビクしている……いいぞいいぞ……!もっと怖がれ!ウケケ!」という表情だったとは思わなかったなぁ……。


 きっと今の俺も、あのおっさん共と同じ顔をしているんだろう。

 割と楽しい。

 うけけ。


「戻りました。部長、何かトラブルありました?」

「何もないぞ犀果!!!!コーチは大丈夫か!!!!?」

「大丈夫です。じゃあ、全員キャンプ地へ行きましょうか。真っ暗なので、どこから魔物が来るかわかりません。気を付けて進みましょう」


 マッスル部員たちの顔が強張る。

 部長ですら、あの腹の立つマッスルポーズをとる事すら忘れている。

 どっちにしろ、全身を頑丈な繊維で作られたサバイバル用の衣服で包まれているから、筋肉なんて見えんのだが。

 それでもやりそうだった彼らは、今その余裕を失っている。

 順調に合宿効果が表れているようで何よりです。

 うけけ。


 しばらく森の中を進むと、開けた広場に出た。

 今日は、ここをキャンプ地とする。

 本当は、森の中に暗くなってから入るとか論外もいい所なんだけど、全力で安全確保しているから大丈夫。

 大丈夫じゃない方が訓練としては適しているんだけどな!

 多少魔物に食いちぎられたって最悪聖羅が治してくれっから!

 でも、そんな事は教えてやらん。

 君たちは、常に守ってくれる者のいない危険地帯で生きている気持ちでいてください。


「じゃあ全員、この場でキャンプの用意を!男子と女子は別々のテントで寝るように!明かりはつけてもいいですけど、最小限にしてください!魔物が寄ってきます!見張りを交代で立てることを忘れないように!俺は、全員分の夕食を用意するので手伝えません!何かあれば、自分たちで対処してください!では、作業開始!」


 皆、俺がここでキャンプといった時点で、何となくここは安全地帯なんだろうという安心が顔に出ていた。

 ダメだよ?

 安全地帯なんて無いよ?

 常に危険地帯だと思って下さい。


 それはそれとして、食事だ。

 収納カバンから大量の鹿肉を出す。

 低脂質の良質な肉だから、マッスル部の連中も喜ぶだろう。

 中々の人数がいるので、先に下ごしらえはして持ってきている。

 仙崎さんから借りている収納カバンは、中々の容量があるようで満足だ。

 仙崎さん自身は、今の所役に立ってはいないけど……。

 あ、でも感触と見た目で元気が出るので大丈夫です。

 気絶したまま地面に横たわっていても問題ありません。


 そうこうしているうちに、準備が整った。

 今回は、野生を呼び起こすというテーマなので、バーベキュー……というより、肉を焼くという単純な夕食だ。

 何十カ所も炭火を起こし、網で肉を焼く。

 野菜?栄養バランス?魔物の領域で舐めたことを抜かすな。

 人間肉食ってりゃいいんだよ!

 塩コショウと焼肉のたれは用意したよ?


「作業が終わった人たちから食事を開始してください!人数分はあるので慌てなくても大丈夫ですよ!」


 マッスル部員たちの顔に生気が戻る。

 大分疲れていたようなので、やっと食事ができるのが嬉しいんだろう。

 もう夜9時過ぎだしな!

 敢えて空腹な状態で疲労させたんだ。

 君たちは、あと数日で野生にならないといけないんだ。

 耐えてくれ……うけけ。


(アイ、定期的に物音立ててくれ)

(畏まりました。あと、私の今夜の呼び名はブラボー1です、ヘッドクオーター様)


 何かのごっこ遊びをして楽しそうなアイに任せて、俺は仙崎さんを起こすことにする。

 頬っぺたを叩いてみる。

 ……うーんというだけで起きない。

 強めに叩いてみた。

 ……なんだろう、嬉しそうなんだけど……。

 もうこのままでいいか……あれ!?手を掴まれて離さない!?

 すっゲー力だ!?


「「「うまいいいいいいい!!!!!????」」」

「「「おいしいいいいいい!?!?!?!?!?」」」


 後ろからは、マッスル部たちの歓声が聞こえる。

 炭火で焼いた肉は旨いだろう?

 炭火で焼けばなんでも数段美味しくなるんだ。

 これは、彼らにアウトドアの心を目覚めさせてしまったかな?


 明日からは、そんな楽しさも無くなるかもしれないけどなと思いながら、俺の指にしゃぶりつき始めたこの生き物をどうしようか考えていた。



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