第146話

 野生職人の朝は早い。


 早朝5時起床。

 買ったばっかりの家だけど、数日前に帰って来てから、トラブルに巻き込まれたりなんだりで、結局寝に来ているだけ状態だ。

 目覚めてすぐに、眠気覚ましを兼ねて顔を洗い歯を磨く。

 そして動きやすい服装に着替えると、早朝のランニングだ。


 早朝の風は、爽やかに職人の頬を撫でる。

 ついでに雨粒も頬に叩きつけられる。

 職人の日課に天気は関係ないのだ。

 職人は、この時間が気に入っているという。


「だって、1人になれるのこの時間だけでしょ?アンタともう1人見えないけど付いてきちゃってるけど」


 そうぶっきらぼうに言い捨てた職人は、まだ眠くてちょっとだけ機嫌が悪い。

 会ったばっかりの時は、可愛く敬語で話しかけてくれたのに、ここ数日でとても打ち解けてくれたのか、こんな感じでため口で話してくれる。

 嬉しい。

 彼の両親は、この国の剣聖と賢者の称号を持っている。

 特に母親の方は、学生時代から周りとは次元の違う強さをもっていて、男を寄せ付けずに倒していくその凛々しい姿は、女性生徒たちの憧れの的だった。

 はぁ……また見たいな……たとえ相手が蚊の1匹だとしてもぶち込まれるあの大爆発からのブリザード……。


 おっと、職人の話だった。

 職人は、依頼を受けてからの数日間で、どんどん準備を進めてくれた。

 具体的には、マッスル部員たちが魔物の領域内で数日滞在できる装備の調達や、そのための許可申請などだ。

 これがまた面倒で、マッスル部員たちは武器という物を大して持っていなかった。


「こればっかりはレンタルで合わないもの使うのも嫌だろうし、各自武器は持参してくださいね?」

「「「武器……?」」」


 不思議そうに首をかしげる部員たちを見て、スウッっと目が細くなった職人の顔が忘れられない。

 すごくせんぱ……賢者にそっくりだったから。

 それだけで、正直心臓がどきどきした。

 これが恋だろうか?

 それとも、トラウマ?


 まあいい。

 何はともあれ、学生としての本分である学業を熟しながら急ピッチで行われた準備によって、いつの間にか魔の領域での滞在が許可されていた。

 普通、この大人数で、しかも学生ばかりとなると、許可を出す側もかなり渋って渋って、更にPTAたちも騒いでぐちゃぐちゃになるものだけど、そんなことも無く許可をもぎ取ってきた手腕は流石だ。


「だって、子供が将来的にぐちゃぐちゃになるよりはいいでしょ?だから、マッスル部員たちには、本人の口から親に懇願させたんですよ。死にたくないから魔の領域に行かせてくれって。じゃないと死にますからね。あ、許可を出す担当者には王様から直で電話かけてもらいました」


 流石職人、野生を引き出すことに躊躇が無い。

 そこがまたいい。

 先輩だったら、魔術で脅して通していた無茶をなんとか合法的に行っている辺りが好印象だ。

 毎日味噌汁を作ってくれないだろうか。


 ところで、職人は一応安全に関しても考慮してくれていたらしい。

 マッスル部員たちに支給される装備は、軍でも使われる信頼性の高いものだったし、当日には、周りを部員たちに気がつかれないように護衛する40人くらいの人員を雇ったらしい。

 どうやら、50人ほどいる使用人の殆どを連れて来たそうだけど、そんな戦力を雇っているってどういうことなんだろう?

 ワイルドでミステリアスで好き。


「俺も何でこんな事になってるのかわからないけど、気がついたら大量雇用してて……。ついでなんて飯代を自分たちで稼がせようかと」


 自分で雇ったのに、何故雇ったのかわからないなんてことがあるんだろうか?

 あるな。

 私も気がついたら会社が出来ていた。

 この前、3つめの製薬会社ができていたのを知って流石にびっくりしたものだ。


 そうして迎えた金曜日の放課後。

 不安そうな部員たちを眺めながら、職人は告げる。


「今回の目的は、皆さんに死を間近に感じてもらう事です。一歩間違ったら死ぬなんて生ぬるい事は言いません。一歩も間違わなくても死ぬという現実を体験してください。月曜日の夜には、生まれ変わったように暗い目になっているよう望みます」


 部員たちの空気が変わった。


「あー、大試君?安全は確保されているんだよね?」


 私の質問に、ちっと舌打ちをしたように見える職人。

 あれ?

 私何かやっちゃった?


「安全確保なんて本人たちにさせるに決まってるでしょ。じゃないと来た意味が無い」

「さ……流石にそれは周りから批判が……」

「はぁ……少しこの場で待機。コーチはこっちへ」


 職人に腕を掴まれて物陰に連れ込まれる。

 え?こんな所で?

 初めての経験にドキドキしてしまう。

 職人の顔が私に近づいてきて……。


「安全確保は、ほぼ完璧です。まあ、魔物の領域なので絶対ではないですけど。でもそれを本人たちに教えるのは辞めてください。彼らには、命の危険が隣にあるつもりでいてほしいんです」


 私にそう囁いた職人。

 愛の言葉じゃなかったのは残念だが、男性にこんな距離で囁かれた事自体初めての私には刺激が強すぎた。

 内容は理解したけれど、脚が言う事を聞かない。

 プルプル震えて力が入らない。


「え?どうしました?具合でも悪いんですか?」


 そう言って、いつの間にかまた最初みたいに敬語になっている職人に抱きかかえられる。

 慌てると年上相手には敬語になるのか君は。

 そこも好き。


 先輩も、なんだかんだ言って最後には世話焼いてくれたなぁ……。

 そして、あの大きな胸に甘えて飛び込んで吹き飛ばされる……懐かしいなぁ……。


 なんて思っていたら、肩に担がれてしまった。

 せめてお姫様抱っことか……。


「具合悪いなら帰らせた方がいいのかもしれないですけど、ポーション作れるならついてこれますよね?最高責任者が俺になったら嫌だから、ちゃんと最後まで付き合ってくださいね?」


 ふふふ……そういう自分本位でありながらこっちも気遣ってくれる辺りが溜まらないなぁ!

 丁度お尻が目の前にあるし、セクハラしたら先輩みたいに吹き飛ばしてくれるだろうか?

 あーでも、職人は魔術使えないんだっけ?

 剣から炎とか出せるんだったかな?

 まあいいや!この未成熟だけど溜まらない筋肉が乗ったお尻をもみしだいて確かめ


「小娘、少し眠っとれ」


 こうして、怒涛の週末合宿が始まった。



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