第143話

 久しぶりに学園へとやってきたその日の放課後。

 俺は、仕方なくマッスル部へとやって来ていた。

 行かなければ毎日勧誘に来られそうっていうのと、逆に何やってるのか少しだけ気になったっていうのもある。

 怖いもの見たさ9で残りは恐怖だ。

 あれ?怖いもの見たさは恐怖か?


 リンゼを掴んで引っ張ってこようとしたけれど、直前にステルスで逃亡されてしまったため失敗。

 聖女と王女は、引っ張っていってもらおうとしていたけれど、流石に無理だろお前らは?


 理衣は、生徒会へと行った。

 それを邪魔することは、俺にはできなかった。

 会長大丈夫かなぁ……?


「ワクワクするのう大試!」

「え?あんまりそんな感情湧かないんですけど」

「じゃろうなぁ!そんな大試が今からどんな目に合うのかを楽しみにしているだけじゃからなぁ!」

「良い性格だなぁおい」

「不愉快なら仕返しでもしてみるかの?どうじゃ?揉んでみるか?ん?」


 そう言って、消していた姿を元に戻しながら、俺の前に胸を突き出す超絶美人にして大精霊のJKエルフ。


「…………………………………………………………しませんよそんな事」

「うむ!その理性で本能をなんとか殴り倒そうとする顔が溜まらんのう!」


 コイツ……いつか何かでやり返してやるからな……。

 今の所何も思いついていないけども……。

 何か弱点とかあるのかな……?

 うなじ……耳……。


 まずいまずい!

 本能的な部分が強くなってる!

 鎮まれ俺!


「それより、そろそろマッスル部の部室近くなんで、姿消しておいた方が良いですよ。それとも一緒にマッスルします?」

「遠慮しておく。ワシは、あくまで傍観者の立場で楽しむとするかの」


 そういって、再度姿を消したソフィアさん。

 便利だなぁその魔法。

 一応リンゼが使うステルスと同じものなんだと思うんだけど、軽く発動されているというか、自然に違和感なくヌルっと消えるというか。

 洗練されているといえばいいんだろうか?

 アレクシアは、更に自然に消えて、かなーり警戒していないと全くわからないんだよなぁ。

 ギフトによる物ではあるんだろうけど、やっぱり森で生活してきたエルフはそういうの得意なのかもな。


 いや、地域的には森で生活してたけど、アレクシア世代のアイツらは森の中には全然入ってないんだった……。

 同性愛と食欲とギャンブルという享楽のみのエルフ族とかイメージ崩れるわ……。

 労働ってしてるのかな?


 現実逃避を兼ねて考え事をしながら歩いていると、目的の部室へと辿り着いた。

 前世から含めて、部室棟というものに初めて来たからよくわからないけれど、外から見る分には割と大きな部室に見える。

 しかも、既に中から何か声が聞こえている。


「ふんっふんっふんっ」

「ぐっいいぞっ!もっとだっ!」

「こいっこいっこいっ」

「んんっ……あ゛あ゛あ゛!」


 男女問わず、とにかく限界を超えようとしているような声が聞こえる。

 まだ放課後になって20分も経ってない筈なんだけど、彼らは既に出来上がっているらしい。

 流石はマッスル部。

 やっぱり中に入るのやめようかな……?


「よく来たな犀果大試!!!!!!!」

「げっ」


 しかし、まだ中に入っていない人もいたらしく、運悪く見つかってしまった。

 それも、部長の轟打さんだ。

 あんたさ、制服どうしたんだよ?

 なんで黒ビキニなの?

 あとその肌のテカリ、何か塗ってない?


「入部か!!?歓迎しよう!!!!」

「見学ですよ見学。アンタが誘ったんでしょうが」

「そうだったな!!!!!どれ!!!!!!遠慮なく入ると良い!!!!!!」


 そう言って、ドアを手で差しながら動かなくなる轟打さん。

 何か、すごく楽しそうな顔になっている。

 こういう時って、ドアを開けて待っているもんじゃないのか?

 なんだか怪しい……怪しいが、何かを期待されていて、しかもそれに乗らないと事態が進行しそうにない……。

 仕方ないので、ドアを開けてみることにする。


「……は?重た!?」

「だろう!!!!?特性の筋トレドアだ!!!!!どんなに疲れていてもこの扉を開けなければ出ることすら叶わない筋肉の園!!!!!!マッスル部へようこそ!!!!!」


 うん、もう帰ろうかな?

 なんかもう、今の時点で筋肉痛になりそうなくらい疲れている気がする。

 神剣によるバフでそこまで開けるのに苦労しなかったとはいえ、一般人からしたら相当辛い重さじゃなかったかあの扉?

 何考えてんだ……。


「全員注目!!!!!!!」

「「「「マッスル!!!!!!!」」」」


 中に入ると、ある意味予想通りの光景が広がっていた。

 筋トレ器具や用具が所狭しと並んでいる。

 体育館とかジムのトレーニングルームみたいな感じだ。

 部員もそこそこいるらしく、30人ほどが汗だくになっていた。


 スルーしかけたけど、返事でマッスルって何?


「今日は!!!!!予てより気になっていた男を連れてきた!!!!!!見学の犀果だ!!!!!!」

「……えーと、犀果大試です。よろしく……」

「「「「マッスル!!!!!!!」」」」


 マッスル!じゃねぇよ!

 レンジャー部隊のレンジャー!みたいなもんか?

 その口からクソを吐く前と後にマッスルをつけるのか?


「では犀果!!!!!!今日の所は、適当に皆の筋トレを見ていくと良い!!!!!!それでこの部の雰囲気を感じ取ることができるだろう!!!!!!」

「はぁ……」


 いや、もうすでに痛い程感じ取れていると思うんだが……。

 要は、マッスルなんだな?

 わかったよ。

 帰りてぇ……。


 まあ折角なので、言われた通りぶらぶらと回りながら、皆の筋トレを見て回る。

 男子も女子も、分け隔てなく筋肉を虐めぬいているらしい。

 意外だったのは、全員が常に筋トレしている訳ではないらしく、奥の方にあるキッチンで料理をしている人たちもいた。

 前世のテレビで、ボディボルダーは、凄い回数食事をしていて、メニューは常に緻密な計算に基づいて算出されているとかなんとか見た気がするけど、ここはそこまで考えてやっているらしい。


 あと、キッチンには大量のプロテインが置かれている。

 それぞれ専用の物らしく、各自の名前が書かれていた。

 キッチンにいた女子生徒に話を聞くと、


「はっ!!それぞれ適したプロテインが違うため!!このように別々のプロテインを服用しております!!私は!!痩せるプロテインと胸が大きくなるプロテインを飲んでいます!!」

「そこまで正直に言わなくてもいいよ?」

「いえ!!言った方が気持ちよくなれるので!!」


 え?なにそれ?ちょっと怖い。

 顔は美人だけど、中身は変態だ。

 あと、腹筋は流石割れていて、触りたくなる。


「っ!?」


 それに気がつかれたのか赤い顔で腹筋を隠される。

 いやいや、スカートがめくれてパンツを見られたみたいな反応してるけど、あんた腹筋丸出しのファッションじゃん……。

 その後も、女子に会うたびに赤い顔で腹筋を隠された。

 なんなん?


 逆に、男子は赤い顔で筋肉を見せてくるんだけど……マジでなんなん?


「どうだ犀果!!!!!なんとなくこの部の事がわかったか!!!!!???」

「うーん……わかったような、逆にわからなくなったような……わかりたくなくなったような?」

「はははは!!!!!まあ焦る事は無い!!!!!!それよりもうすぐコーチがやってくる!!!!!!その方からも話を聞くと良いだろう!!!!!!実は犀果を勧誘しようと言い出したのはその方なのだ!!!!!!!」

「へぇ……」


 なんだっけ?

 担任の話だと、現時点でのトップランク層の冒険者で、頭を筋肉で浸食してくる人なんだっけか?

 冒険者って事は、平民か、もしくは貴族出身だとしても身分がかなり低かったり、当主じゃなかったってことなんだろうか?

 で、筋肉の塊みたいな感じで、知恵の輪を筋肉で破壊するようなタイプ。

 脳まで筋肉なら全身脳理論の提唱者かもしれん。


 なんて事を考えていたら、筋トレドアが開いた。

 開ける速度も音も普通だった。

 なんとなくイメージだと、全てを破壊して入って来そうな気がしていたけど、流石にそんな事は無いようだ。


 ところで、入って来たのは凄い奇麗な女性なんだけど……?


「やぁ皆、頑張っているね?」

「「「「マッスル!!!!!!!」」」」


 あ、この人相手でもやっぱり返事はマッスルなんだ?

 俺だけノリについていけてないのもちょっとだけ寂しいから、マッスル!だけは言ってみるかな?

 ……やっぱ無理。


「コーチ!!!!!犀果が来てくれました!!!!!!」

「おお、そうかそうか。よく来てくれたね?歓迎するよ」


 その美人の女性は、こちらを向きながら朗らかにほほ笑む。

 あれ?筋肉による浸食は?


「はい、犀果大試です」

「うんうん、実は、君に是非ともお願いしたい頼みがあってね……っとその前に」


 お願い?

 面倒事かい?

 そう思っている隙に、コーチは胸元から何かを取り出した。

 あのさぁ、ソフィアさんもそうだったけど、この世界の胸の大きい大人の女性は、そこをポケット代わりにするのが普通なの?


「はいこれ、ちょっと飲んでみてくれるかな?」

「……えーと、女性が胸元から出した飲み物を……ですか?」

「うん、適温だと思うよ?」


 そう言う話じゃない……。


 コーチの女性が取り出したのは、何か小さな瓶に入った白い液体だった。

 少しとろみがあって、乳酸菌飲料みたいな感じに見える。

 でもさ……胸元から出てきた上に、適温って言われちゃうとさ……。


「……で、何なんですこれ?」

「ふふふ、警戒しなくても大丈夫だよ?ただの安全なマッスルポーションさ。脳まで筋肉になれるハッピーな薬だよ」

「ごめんなさい、警戒レベル一段階上げますね?」


 俺の言葉に、ハハハと笑うコーチ。

 なに?

 冗談なの?

 本気なの?

 どっちなの?


 笑うのをやめ、改めてこちらに向き直るコーチ。

 うん、俺が先に考えてたイメージとは全く違うけれど、ヤバイ人かもしれない。


「申し遅れたね。私は、マッスル部のコーチをしている仙崎理乃だ。冒険者ランキングは3位……だったかな?」


 なんで疑問形?

 あんまり興味ないのか?


「それと、職業は錬金術師アルケミストだ」


 今日、一番俺の心が高鳴った瞬間だった。

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