第136話
「シクシクシク……」
女の鳴き声が響く。
聞くだけで気分が沈み、今すぐにでもここから逃げ出したくなるような声だ。
そして、泣いてる本人は半透明。
『私は幽霊です!』と言わんばかりに幽霊だ。
「なぁ、どう見ても幽霊だろ?」
「そうでしょうか?ゼリー化やスライム化などのギフトやスキルの持ち主かもしれませんよ?」
「えぇ……?うーん……てか、事前情報で、元の持ち主の女性は死んだって言ってただろ?」
「データ上ではそうです。しかし、データなんていくらでも書き換えられるじゃないですか」
「そんなんよっぽどの権力者か、フィクションの中のハッカーか、お前くらいだよ…」
このAI少女、自分の能力過小評価し過ぎじゃない?
その割に、この幽霊判定のユルさは何なんだろう?
……まさか本当に、幽霊じゃない何かなのか……?
「とりあえず、声が出てるって事は、会話が出来る可能性があるよな?」
「どうでしょう?魔物でもない魚だって鳴きますよ?」
「蝉の鳴き声もすごいよね」
「アレは声ではないのでは?」
ここで俺達だけで話し合っていても埒が明かない。
もし幽霊で、俺たちに敵対的だったとしても、聖女の聖羅と悪霊無双をしてのけた実績のあるソフィアさんがいるから大丈夫だろう。
俺の武器って、聖なる何かっぽいものはあんまりないけど、幽霊相手に有効なんだろうか?
世界樹の木刀なら行けるか……?
構えてたら逆に敵対的にみられるか……?
しかたない、丸腰で行こう。
「あのぉ……すみません……お姉さん、ちょっとお話を伺っても宜しいですか……?」
「シクシクシク」
「うん、聞いちゃいねぇ」
男は女の涙に弱いなんて言うけれど、まあ確かに目の前で泣かれたら狼狽えるよ?
でもさ、これ見よがしに泣き続けられると、流石にお前それはどうなんだと言いたくなるわけだ。
ましてや、一応ここは俺の家になっているらしいので、法律上この人は不法侵入者に当たるだろうし。
……幽霊に法律は適用されるんだろうか?
気になることはあるけれど、しかたないので肩に手を付けて揺すってみた。
やってから気がついたけど、普通に触れる……。
「えーと、大丈夫ですか?」
「……あれ?もしかして、ジブンに触れてるっスか……?ってか、話しかけてるっス?」
「はい、触れてますね。俺は、この家の新しい持ち主になったらしい犀果大試と申します。貴方のお名前を伺っても宜しいですか?」
「ジブン、
どうやら、このお姉さんにとっては、アイの方がホラーだったらしい。
まあ、50人も同じ顔の女の子がずかずかやって来て、ゴリゴリ作業をしてたらビビるよね……。
「あれ?犀果さん、今ここの家の新しい持ち主になったって言いました?あの……一応ジブンがここの家主なんスけど……?」
「落ち着いて聞いてくださいね。貴方は、少なくとも記録上は10年前に死んだことになってます。だから、今のあなたは幽霊か何かなんじゃないかと俺は推測しているのですが……」
「死んだ!?ジブンがっスか!?これが幽霊……!?てっきり葛餅か水まんじゅう辺りに転生したのかと思ってたっすよ!?」
なんでこの世界の人たちは、半透明な体になってても幽霊になったって発想が出てこないんだ?
なんだよ水まんじゅうって?
「大試よ、ちょっと良いか?」
俺が、死んだ自覚が無かった女性相手に、ここからどう話を進めればいいか悩んでいると、暫く「うむむ?」と唸っているだけだったソフィアさんが口を開いた。
「なんです?」
「この者じゃが、幽霊とはちょっと違うようじゃぞ?」
「え?じゃあ本当に水まんじゅう……」
「いや、かなり低級じゃが、精霊化しとるようじゃ」
「精霊?」
それって、ソフィアさんがこの前までなっていたっていう状態か?
魔力とか色々バグってるソフィアさんならともかく、人間でも10年やそこらでなれるもんなの?
「人間が精霊になるのってよくある事なんですか?」
「そうそう無いのう……普通は、死んだらそのままあの世へ行って、輪廻転生することで新しい生物へと生まれ変わるんじゃが、たまーにあの世へ行くのを忘れたり、あの世へ行っても輪廻の輪から抜け出て、元気にやっとるワシみたいなのが出るんじゃよ。この娘は、どうやらあの世へ行きそびれた口じゃな」
「地縛霊とかそんな感じってことですか?」
「地縛霊と呼ばれる者たちは、実の所別に何かに縛られているようなものではなく、単純に本人たちがそこに居たい、居なければならないと思い込んどるだけじゃ。そう言う意味では、この娘も地縛霊みたいなものだったのかもしれんが、少なくとも今は、ただここに引きこもっとるだけの精霊じゃな」
幽霊だけじゃなく精霊にも引きこもりって概念があるのか……。
なんか、一気に心霊現象感なくなっちゃった気がする……。
「あの……ジブン、何で死んだんすか?本当に気がついたらこんなんだったんスよ」
「なんでだろう?俺達もよく知らないんですよ。アイ、わかる?」
「記録によると、栄養失調と疲労の蓄積による物とされていますね。餓死か過労死だろうということです」
「過労死はともかく餓死って……」
こんな立派な家に住んでたのに、どんな死に方だよ……。
「あー、ジブン、集中しちゃうと他の事が目に入らなくなるんスよねぇ。それで、酷い時は何日も飲まず食わず寝ずで絵を描いちゃうんで、いつかはそのせいで死ぬんじゃないかって皆に言われていたんスけど、本当に死んだんスねぇ……」
「よくそんなギリギリの状態で、こんな森の中で孤立して生活しようなんて思いましたね!?」
「いやー、はっはっは。なんか、いつも心配されるのもそれはそれで居心地が悪かったんすよ」
だからって、死ぬ危険性がそこそこある事を平気でやれるのか……。
あんだけメソメソ泣いてたのに案外図太いのかもしれない……。
周りの人たちも気が気じゃなかっただろう。
しかも、スライムみたいなものに化けて出てくるし……。
「それにしても、今まで気がつかなかったっスけど、ジブン、割と普通に物に触れるんスね!なんかゼリーみたいな体だから、なんとなく物なんて触れないのかと思ってたんスけど、これならまた絵が描けるっス!……あ!!!ジブンの油絵セットが無い!?」
「そんなもの何年も前にとっくに処分されておりますよ。この家の壁や床の絵具汚れまで奇麗さっぱり消させていただきました」
「あーそっかー……。犀果さん!お願いがあるんスけど!」
「油絵の道具を用意しろって感じですか?」
「はいっス!」
油絵かぁ……。
学園の購買なら売ってるかな?
前世でも、デッサン用の木炭とかも売ってたし、ありそうな気がする。
「わかりました。流石に今日すぐにってのは難しいですけど、今度買ってきますね。だから泣き止んで大人しくしててください」
「そんな!?すぐに用意してもらう事は出来ませんか!?出来るとわかったらもう手がワキワキ動き出しててヤバイんスよ!」
「えぇ……?そんな事言われても……」
俺、もう流石に寝たいんだけど……。
今から買い出しはちょっとなぁ……。
案外グイグイ我儘言う絵描き精霊に驚きつつも、どうした物かと悩む俺。
しかしその時、後ろから救世主が現れた。
「話は聞かせてもらったよ大試!ボクを使って!」
そこには、結構な長期間を生き抜く化けタヌキの姿があった。
「ボクの手に掛かれば、ロックが掛けられたトラックの荷台から抜け出すなんて言う一見不可能そうな事でも可能だよ!」
「……あ、明小さんを荷台から出すのを忘れていました」
「酷いなアイ……」
見ないと思ったら、閉じ込められていたらしい。
一歩間違ったら大惨事だったな……。
明小がどこからか葉っぱを何枚か取り出し、「むむむん!」と気合を入れると、その葉っぱたちがキャンバスやパレット、絵具など、油絵に必要な物に化けた。
すっご……こんな細かい物にまで化けさせられるんだ……。
「1時間で葉っぱに戻っちゃうけど、それまではちゃんと使えると思う!」
「絵を描くキャンバスも戻っちゃうのか?その場合描いた絵はどうなる?」
「消えちゃうね……」
「消えてもいいっス!描ければ何でも!」
ミナミはそういって、さっきまでメソメソ泣き続けていた人……精霊?とは思えないほどの機敏さで葉っぱで作られた画材を抱きしめた。
その後すぐに絵を描き始める。
下書きとか全くせずに何かを凄いスピードで描き上げていく。
ただ、その書き上がっていく絵が、明らかに不穏な雰囲気が漂っている。
まるで、死刑囚に書かせた絵みたいだ。
メンタルに来る……。
「……あ!死んだからっスかね?触らなくても筆が動かせることに気がついたっス!アヒャヒャ!」
うわ、なんでそんな赤ばっかりベタベタ塗るんだ……?
ドンドングロテスクになるわ……。
1時間で道具が消えるといって俺は騒いでいたけど、ミナミさんが油絵を完成させるのに掛けた時間は、およそ10分だった。
完成した絵は、お化け屋敷で見たら多分逃げそうってくらいには怖い!
よく絵具とキャンバスだけでこんな恐怖を煽れるもんだ……。
「題名、恐怖っス!すぐ消えちゃうことも含めて考えた絵っス!」
うん、絵のセンスは俺と合わないかな……。
「大試、この絵描きは囲っておくべき。こんな素晴らしい絵を描くなら絶対雇っておこう」
「……もしかして、聖羅はこの絵が気に入ったのか?」
「うん。この赤の使い方がすごい」
俺は、ミナミの事をこれからは画伯と呼ぶことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます