第135話

 車内にいてもなんだか眩しい気がするデコトラに揺られ、王都の中を走る事1時間弱。

 距離的には、そこまで王城から離れていないのかもしれないけれど、『王都の渋滞+途中からずっと砂利と泥の道+道幅に対してこのデコトラはデカすぎる=進めない』というコンボが決まって時間がかかってしまった。


 しっかり舗装された公道を走っている間は、ノリノリでトラックの運ちゃんモーフをしている雰囲気だったアイも、件の家に行くためだけに切り拓かれたような森の中の過酷な道を走っている間は、今までで最もシリアスな表情をしていた。

 いや、いつも通りほぼ無表情なんだけど、最近ちょっとずつこの娘の表情の変化が分かるようになってきててさ……。

 左側がガードレールなしの崖で右が岩の壁って所では、食べたプリンが俺が買ってきて楽しみにしていた高い奴だと気がついた時くらいの緊張をしていた。


「犀果様、データではこのトラックでこんな道を走るのは推奨されていないようです」

「データ無くても俺でもわかるぞ」

「流石です犀果様」

「あれだろ?不安だからとにかく人の声聞きたくて適当にしゃべってるだろ?」

「できれば歌でも歌っていてくれるとありがたいです」


 深夜にトイレに連れ出された親の気分でした。

 仕方なく歌ったよ。

 この世界に無い歌をな。

 色々熱唱してやったね!気分良かったわ!

 前世では、1人カラオケによく行ってたからな!

 午前中は、凄く料金が安かったんだ!

 誰かと遊ぶことも無かったしな!


 悲しくなってきたな……。

 歌っている曲は、アニメのオープニングにも使われた明るい曲なのにおかしいな……。


「ねぇ大試、時々大試が歌う前世の歌って、どのくらい覚えてるの?」

「曲数か?うーん……100曲は分かると思うけど、忘れていて、ある日ふと似たような言葉を出されて思い出すって事もあるしなぁ……。覚えているつもりの曲も、流石にそろそろうろ覚えになってるのもあるし……」

「なら記録しておくべきだと思う。大試が歌っているのを撮影して永久保存すべき」

「えぇ……?それは流石に恥ずかしいわ……」

「そう……」


 実は、聖羅は音痴だったりする。

 といっても、何故か俺が歌っているのを見た曲に関してはちゃんと歌える……どころか、それこそ聖女のように神々が降臨せんばかりの美声で歌えるんだけど、俺がよく知らなくて歌っていないこの世界の歌について、こいつは全く歌えない。

 幼稚園児でももう少し上手いぞってくらいだ。

 だから、自分が歌える曲を増やしたいって気持ちもあるのかもしれない。

 でも、絶対俺の歌ってる姿をガン見するために記録するっつってるのがメインだろうから、それは恥ずかしいんだよ!


 因みに、この世界の楽曲は、全部合わせても200そこそこしかないらしい。

 リンゼ曰く、歴代シリーズのBGMやテーマソングがそれくらいだかららしいけど、オンラインゲームに楽譜を自作できる機能が実装されたので、オンラインゲームの内容である俺たちが魔法学園に入学したその日から、徐々に増えて行ってはいるらしい。

 今までの音楽家たちは、「新しい曲って作ってもいいの?誰も作ってないからダメなのかなぁ……?」という心理が働いて、オリジナルの曲を作ってこなかったという設定で世界を作ったんだとか。

 そんな無駄な設定作らず好きに歌わせておけばよかったのに……。


「犀果様は、楽器演奏は可能なのですか?」

「楽器?ピアノなら弾けたらカッコいいかなって思って一時期必死に練習したけど、よく考えたら披露する相手がいねーなって気がついてやめたわ。後は、学校の授業でやったリコーダーくらい?ピアノ演奏が上達すると、何故かリコーダーも上手くなるんだよな」

「成程、ではピアノもご用意しますね」

「別になくてもいいけど……高いだろああいうのって」

「問題ございません、材料はそこらの木と鉄くずで、作るのは50人の私です。古代文明パワーの前に不可能はありません。報酬は、1人1つシュークリームを要求します」

「訳の分からない超技術を俺の暇つぶしの道具に注ぎ込もうとするなよ……シュークリームならやるけど……」


 人造人間ボディのアイ様は、どうやら甘い物が好きらしい。


 そろそろ流石に本当に着くのか不安になってきた辺りで、人影が増えてきた。

 というか、ツナギに黄色いヘルメットを被ったアイが何人か作業している。

 土木重機もいっぱいあるけど、何してるんだろう……?


「随分大掛かりな作業しているんだな?」

「はい、1週間以内に舗装を完成させる予定です」

「前世で昔作られた北海道の囚人道路みてぇな予定だな」


 囚人たちを使って、手作業だけで数年で600km以上も道路を作ったらしいよ?

 流石に彼らは、シュークリームなんて貰えてないと思う。


「この部分も、我々が通り過ぎたらすぐ着工する予定です」

「じゃあ王都に戻るにはどうするんだ?1週間家から出られないのか?」

「問題ありません。テレポートゲートを設置いたしますので」

「気軽に増えるオーパーツ……」


 そりゃ、家にあれば便利だなとは思ったよ?

 でも、そんなにポンポン作って大丈夫なのか?


 でも、あったら便利だから指摘しない。

 アイがいいっつってるからいいんだ。

 玄関がどこ〇もドアだったらいいなって何度思った事か……。


 その時、隣に座っていた有栖が興奮した様子で俺の方を揺すった。


「大試さん!もしかしてアレが買ったお家なのでは!?」

「え?おー……凄いデカいな……」


 木々の合間から少し覗く屋敷。

 西洋風の造りのそれは、まるでファンタジーの貴族の邸宅のような感じだった。

 こんな辺鄙な場所にこれを作るってどんだけ金かけたんだろう?

 今通ってきた道をトラックが何百往復もしたんだろうなぁ……。

 にも拘らず、命綱のその道を舗装しなかった辺り、持ち主は本当に社会から孤立したかったのかもしれない。


「電気とか水道は来てるのかな……」


 この世界でも発電所から電気は送られてきているし、上下水道もある。

 発電方式が魔石によるものになっているだけで、基本は前世と変わらない生活様式だ。

 俺の生まれ育った場所を除けば……。


「電気も水道も接続されておりません。家は、ライフラインを全て自給自足で賄う設計となっているようです」

「えぇ?ってことは……ボットン?」

「トイレの話でしょうか?いいえ、水道も電気も送られて来てはいませんが、魔道具が各所に設置されているため、何の支障もなく近代的な生活が可能です」

「金どんだけかけたんだよこの家建てた奴……」


 流石にリンゼの家でも、水道や電気は外部から供給されてる気がする。

 本人に聞いたわけじゃないからわからないけど、こんな何もかも魔道具でやるって事は無さそう……。


「ってかさ、そんなすごい家なら物凄く値段も高かったんじゃないの?」

「いえ、捨て値でした。なんでも、ホラー現象が頻発するとかで買い手がつかなかったそうです」

「やっぱりお化け屋敷じゃん!」

「ご安心ください。量産型私が屋敷中を隈なく捜索しましたが、ゴーストの類は検出されませんでした」


 幽霊って、この世界だと魔物のゴーストに分類されるのか……?

 魔物のゴーストもイマイチ何が何だかわからんけどさ……。

 流石にちょっと怖いな……。

 前世だったら、幽霊とか鼻で笑っちゃうくらい信じてなかったけれど、この世界はゲームを元に作られたファンタジー世界。

 幽霊くらい出てきてもおかしく無い気がする。


 出てくるとしたらどんなんだろう?

 頭が無駄に骸骨になっているホラータイプ?

 それとも、見た目は人間だけど脚がないタイプ?

 見た目は人間だし、普通にしゃべるけど、触れることが出来ないタイプ?

 くそ!ここにリンゼがいれば、ゲームでそういうのがあったか聞けるのに!

 早く四国から帰って来て!

 仕事の後始末押し付けておいて身勝手だが!


 幽霊について俺が真剣に考察している間に、屋敷の玄関前についた。

 アイたちの誘導に従って、トラックから降りる。

 案外座席が高くて、身体能力は上がっているのに降りるのがちょっと大変だった。

 エンジンが座席の下にあるから、どうしても座席の位置は高くなるんだそうだ。

 トラックドライバーモーフを再開したらしいアイがドヤ真顔で説明してくれた。


「犀果様、これから屋敷内をご案内しますね」

「お願い。下手に動くと迷子になりそうだしな」


 10年も放っておかれた家とは思えない位ピカピカになっている屋敷へと入る。

 本当に50人のアイたちは凄いペースで作業を終わらせたようだ。

 今もそこかしこに、メイド服に黄色いヘルメットを被った量産型アイたちがいる。


「なぁアイ、量産型のアイたちって、今のアイとは別なのか?」

「いえ、私の手足が増えたような感覚ですね。ただ、リンクを切断して個とすることも可能です」

「へぇ……いや、別にどうこうしろって話じゃなくて、気になっただけ」

「左様でございますか。ご心配頂きありがとうございます。全員私ですので、私の頭を撫でて頂ければ全員が平等に喜びます」

「女の子の頭撫でて喜ばれるなんて、それこそファンタジーだろ」

「人工知能の女の子である私自体、ファンタジーですよ?」

「まあそうか……」


 仕方ないので撫でました。

 意外とアイの顔って赤くなるんだな……。


「大試、わかってるよね?」

「お前も撫でてほしいのか……」

「もちろん」

「私もです!」

「えぇ……」


 撫でましたよ……。


「ワシは、逆に撫でてやりたいのう!ほれほれ!」

「いやっちょ……これ犬とかを撫でるやり方じゃないですか!」

「かわいいのう!かわいいのう!」


 ソフィアさんは、どちらかといえば自分で攻めたいタイプらしい。


 そのままアイに色々な場所を案内された。

 キッチンはデカいけど、使われた形跡はあまりない。

 風呂はでかいけど、これも使われた形跡はあまりない。

 アイ曰く、外には別で五右衛門風呂があって、そちらの窯はしっかり煤がのこっていたので、そっちはそこそこ使われていたようだとの事。

 他にも部屋を色々見せてもらったけれど、本当に貴族の屋敷並みに部屋がいっぱいある。

 ただ、どこもピカピカで、本当に10年廃墟になっていたとは思えない見た目だ。

 最初聞いたときは、お化け屋敷も覚悟してたのにな……。

 量産型アイ、すげぇ……。


「犀果様、ここが家主の私室のようです」

「書斎か何かか?」

「いえ、造りは他と大差が無いのですが、中に……」


 そう言いながら、アイが扉を開けていく。

 すると、シクシクと女の子が無く声が聞こえてきた。


「元々の家主が残っていますので」

「あのさぁ、うっすら透けてない?」

「そういうギフトなのでは?」

「いやぁ……俺は幽霊説を推すかな……」


 俺の家、お化け屋敷ー。


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