第129話

 芋スナ(または芋砂)


 元々はFPSでモサモサモコモコのギリースーツという迷彩服の上位版みたいな服を着ながら、匍匐体勢で遠距離攻撃をしながらモゾモゾしている人が芋虫みたいだったから、そう呼ばれるようになったと言われている。

 現在では、味方と一緒に前に進まないといけないようなルールのFPSやTPSで、全く前に出ないで後ろの方からスナイパーライフルを使って狙撃し続けているプレイヤーを指す言葉になっている。

 大抵のゲームでは、この芋スナという行為を行うのは、同じチームメンバーにとって迷惑な行為だとされている。

 籠ってスナイプばっかりしていればいいとなると、対戦ゲームとしてどんどん動きのない物になってしまうため、制作側もなんとかルール的にそれを防ごうと色々しているからだ。


 それでも、芋スナというものは無くならない。

 何故か?


 自分が死ぬ可能性は低く、相手を一方的に倒せるからだ。

 チーム競技と考えるなら、味方の勝利に貢献できないため下の下の行為ではあるけれど、自分が楽しむためであれば、そういうのが好きな人も当然いるだろうし、ゲームである以上それをほかのプレイヤーが禁止する権利も無いんだけれど。


 ただ、俺は芋スナが嫌いだった。

 別にスナイプ合戦をするならそれでいい。

 でも、対戦ゲームだというのに、一方的なだけの戦いを強いてくるのが気にくわない。

 というわけで、芋スナも一つの楽しみ方だというなら、それを執拗に狩るのも楽しみ方の一つだと割り切って、敵に芋スナが現れたのを確認すると、何が何でも突っ込んで行って、わざとナイフでキルしていたんだ。

 あ、因みに芋スナをキルしに何度も敵陣に突撃して死ぬのも迷惑行為とされることもあるから、良い子の皆はそんなゲームしないほうがいいぞ?

 やりすぎると、夜中に相手に撃たれる夢を見て飛び起きたりするようになったりするから……。


 え?

 やり過ぎなければいいだろって?

 楽しくてついついやり過ぎちゃうんだよね……。


 何でこんな事を今思い出しているかというと、これから芋掘りにいくからだ。


 実は、前日のうちにアイにはこの作戦の事を伝えていた。


 ―――――――――――――――――――――――――


「アイ、多分だけど、ある程度状況がこっちの勝利で終わったら、そのタイミングで風雅が俺を狙撃してくると思う」

「風雅とは、犀果様の幼馴染の男性ですね?何故そう思われるのですか?」

「アイツは、王都で俺に脅しを掛けに来た時、わざわざ猟銃を使っていた。アイツのギフトなら、別に狩猟用ナイフとか、槍とかでも良かったはずなのにだ」


 猟銃なんて、人間と交渉する時に使う武器としては心もとない代物だ。

 装弾数は少ないし、連射性能も悪い。

 相手が銃を持っている可能性がほぼゼロの前世の日本人であるならともかく、この世界だと武器を持っている奴は当たり前にいるし、魔法を使える奴だっている。

 猟銃じゃ、そう言う人たち相手に後れを取りかねない。

 その状況で猟銃を使ってくるとしたらそれは、何らかの理由で近接武器を使いたくなかった、もしくは使えなかったからって可能性が高い。


 まず、近接武器を使えないって事は無いと思う。

 昔から狩猟用の近接武器ってものは存在していたから、近接武器に狩猟王のギフトが作用しないって事は無いだろうし、そもそも俺たちが小さい時は普通に武器を使って殴って来ていたからな。

 木刀しかなくてスキルも使えない俺を狩猟王というとても強いギフトを使って嘲笑いたかったんだろう。

 なんでそんなことをするようになったのかは知らない。

 気がついたら毎日のように攻撃されていた。

 まあ、それをやる度に聖羅が風雅に制裁を加えていたけれど。


 となると風雅は、王都で俺たちに銃を突きつけに来た時点で、既に近接武器を使いたくなかったんだ。

 可能な限り離れて、飛び道具で一方的に戦いたかったんだろう。

 にも拘らず直接声を掛けに来たのは、アイツの中のプライドを保つためだったんじゃないかな?

 俺相手にビビっているって認めたくなかったんだ。

 切っ掛けは多分、歓迎会で開かれたダンスパーティーで、俺相手に為すすべなく瞬殺されたあたりだろう。

 それまでは、アイツは躊躇なく俺に近接攻撃を仕掛けて来ていた。

 勝つ自信があったからだろう。

 でも、その自信を俺自身に砕かれて、結果こんな所に流れてきている。


「つまりさ、アイツは俺にビビってんの」

「ビビっているんですか」

「そう!今まで対人戦ってあんまり経験してないだろうからなぁ。その少ない経験で、俺相手にぼろ負けしたんだ。となれば、その後にアイツがとる作戦も大体読める。幼馴染だからな。アイには、それをサポートしてほしいんだ」

「サポートとは?」

「アイツは、できればもう俺に近寄らずに、確実に仕留められるタイミングで仕掛けたいと思っているはず。今までの人生で培ってきた狩りの技術を基にな。となると狙うのは、俺たちが勝ってしまって、安心してしまった瞬間だろう。そう言うタイミングで、遠くから俺を狙撃しに来るはず。シカが餌を食べ始めた時に狙うようなもんだな。だからアイには、猟銃による射撃音なんかを警戒してもらって、射撃地点を割り出す手伝いをしてほしい」

「かしこまりました。では、犀果様のあのクソダサグラサンを支援ツールに改造しておきましたので、射線表示などをさせていただきますね」

「ねぇ、そういうのいつの間にしてるの?持ち主の俺が全く気がついてないんだけど……?」

「犀果様がナイファーにキルされている悪夢を見ている時です」

「夢の内容まで把握されているのか!?」


 ―――――――――――――――――――――――――



「そっちか風雅ああああああああ!」


 弾が飛んできた方角へと走る。

 身体能力が向上している俺の走りについてこられる敵軍の人員はいない。

 たまに走る俺に気がつく奴もいるけれど、何もできずに俺を通すだけだ。


 建物の外は、魔皇クジラによってかなりの被害が出ていたけれど、それでも殆どの施設は無事残っているらしい。

 爆発とかで、窓ガラスが割れているような部分もあるけれど、安全そうな所に誘導しながら走った甲斐もあったようだ。


 あの時と違って、大して難しい事を考えずに突き進むのは気が楽だな。

 たとえそれが、銃口を向けられながらだとしても。


 視界に、小さなものが2つ飛んでくるのが見える。

 それをまた木刀で弾く。

 どうやら、焦って猟銃を連射したようだ。

 精度が命の狙撃銃で、わざわざ制度を下げるような連射をしたのは、不意打ちの1発目で俺を倒せなかった事と、その俺が走って近づいてくることへの恐怖と焦りによるものだろう。


 FPSでもよくこういうことやる奴がいた。

 大抵初心者で、中距離用の武器で参戦したら、殆ど同じ装備の玄人たちに一方的に負けてしまい、このままじゃゲームにならないと考えて遠くから狙う事にしたようなタイミングの奴らだ。

 近寄られる事に慣れていないから、焦って効果の薄い攻撃をしてしまう。

 そのせいで弾が切れたりして、猶更隙を作ってしまっているんだけれど、それにも気がつかない程に冷静さを欠いている状態だ。


 狙撃手がそうなったら、大体終わりなんだよなぁ。


「ゲームじゃないんだ!覚悟決めてから参戦して来いよ風雅!」


 俺は、敢えて物陰に入らないようにしながら狙撃ポイントへと向かう。

 飛んでくる弾を全て叩き落し、風雅の恐怖を煽る。

 こういう時風雅は、相手が俺である場合だと最後の最後まで逃げない。

 何としても俺にだけは負けたくないからだ。

 だけど、それだって最後の最後、もうどうしようもなくなったタイミングになれば逃げだすだろう。

 風雅がその判断をしないギリギリのタイミングまで恐怖を与えて、少しでも自分のやらかした事への反省を促す……という言い訳をしながら、単純にスナイパー相手に近接武器だけで勝ってドヤ顔したいって部分も無いとは言わない。

 だって、これは楽しい楽しい芋掘りだから。

 もちろん、リンゼに対してやったことや、俺やソフィアさんに銃口を向けたことも許せないけれどさ。

 正直、反省もせず逃げ出してそんな事をしている時点で、俺の中の奴への期待は既に無い。

 後俺がしてやれることは、捕まえて牢屋に叩きこむか、恐怖を与えた上で命を以て償わせるかのどっちかくらいだろうな……。


 最初に狙撃された地点から、狙撃予想ポイントまでは約2km。

 少し高めの建物の屋上だ。

 この距離を狙撃したのは凄いと思うけれど、悪いが俺にとって2kmは大した距離じゃない。

 走ればすぐ到達できる。

 それに、多分ライフル弾が俺の頭に直撃したとしても、今の俺の身体能力なら弾けると思うんだよな……。

 少年向けバトルマンガで銃があんまり出てこないのって、ある程度味方も敵も強くなったら、銃弾より速く動き始めて、銃弾に当たっても死なないからだと思うんだ。

 それでも、木刀でこれ見よがしに叩き落していった方が見た目が派手だろ?


 そうやって目標の建物の下までくる。

 さてと、アイツはまだ上に残っているかな?

 冷静に考えれば、1射目が失敗した時点でスナイパーはその場を離れるべきだと思うけれど、そんな冷静な考えができるなら、四国側に着くことも無かっただろう。

 だから多分、逃げ遅れて上に残ったままだと思う。


 高い建物の中に入ると、エレベーターは魔皇クジラの移動によって発生した地震のせいか止まっており、上に登る手段は、最上階まで吹き抜けた階段だけだった。

 うん、追い詰められたアイツなら、ここが最後の狙撃チャンスだとか考えてそう。

 実際には、何発撃たれても叩き落すけどな。


 ドンッドンッ!!!


 吹き抜けのてっぺんから、また連射をしてくる風雅。

 一回やって無理だったなら、諦めて別の手段を探せばいいのに、この期に及んで猟銃でなんとかしようとしているらしい。

 まあ、やっぱり叩き落すんだけどさ。


「風雅ああああああ!今行くぞおおおおおおおお!」

「なんなんだよお前!!!!?マジでなんなんだよ!!!!」


 おやおや、風雅君半べそじゃないか。

 俺だって泣きたいよ!

 休み返上で四国くんだりまできて、戦争をなんとか未然に防いだのに、幼馴染から殺すつもりの狙撃受けて、その後全力ダッシュだぞ!?

 あー帰りたい!


 可能な限り早く帰るために、俺は階段を駆け上がった。

 我ながら今の俺は、ゲームの途中で出てくる厄介な中ボスか何かみたいだなぁ……。



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