第127話
四国の直下数kmでは、魔族の美少女が光悦の表情でイカかタコかわからない巨大な脚を切り裂いて食べている。
結界を張るために集まった貴族たちは、その異様な光景をただ見守るしかなかった。
少しでも油断すれば、結界が崩れてしまう程の圧力を内部から感じていたからだ。
四国が浮上した場合、そのまま都市に落とすだけでも甚大な被害を出せる。
それを防ぐために、潜入している者に四国を海に落とさせて、津波などを自分たちの魔力を最大限使った結界によって堰き止める。
それが彼らの非常時用プランだったが、事態は誰も予想していない物になった。
海底から神聖存在が浮上してくる。
最初にその事に気がついたのは、巨大結界班の指揮を執っていた結界術の専門家、武田絹恵だった。
四国の浮上による潮のうねりや津波による被害をまず防いでいた彼女は、水中に張られていた結界が、大した抵抗もできずに突き破られた事を感じた。
それも、おどろおどろしい雰囲気を放つ巨大な何かによってだ。
あまりに醜悪なそれが神気だと気がつくまでには、巫女として人生を送ってきた彼女をして更に数十秒が必要だった。
事態は、一刻の猶予も無い。
報告を聞いた王は、想定よりも数段悪い事実に驚愕しつつも、即座に指示を飛ばす。
とにかく、その謎の化け物を外に出すなと。
元々、四国落下等によって起きる海水の被害を抑えるための結界を張るつもりだった貴族たちだが、神の力を持った者を封じるとなると話は違う。
それまでの海水の動きを制限するための結界だけではなく、どんな性質かもわからない、わかった所で止められないかもしれない規格外の存在を食い止める壁を作ろうというのだ。
これには、軍艦に乗り込んでいた数百人にも上る貴族たちの顔も青ざめた。
これは、王都などの護りを残したうえで、即座に動員できる最大級の人数だったが、それでも神を相手にするには心もとない。
それでも、このタイミングでやってくるのは、心構えの出来ている者たち。
少しの後、覚悟を決め対神結界の準備に取り掛かった。
『警告 警告 これより四国は 神聖存在を滅殺するべく 高高度からの突撃を掛けます 海上で待機中の方々は 結界による広域防御をお願いします』
王国貴族たちによる結界の用意が何とか整った時、乗り込んでいる軍艦のあらゆるスピーカーから、少女の声が響いた。
それも、とんでもない内容の通信だ。
四国を落とす、それは、本来であれば最悪の一歩手前として考慮されていた事態に過ぎない。
にも拘らず、神を相手にしながら、四国の落下の被害まで食い止めなければいけない。
ここに詰めかけたすべての人員の魔力を限界まで使ったとして、それは可能なのだろうか?
絹恵の顔が、苦虫を潰したように歪む。
だが、その直後に、今度は別の少女の声が響いた。
『全員聞きなさい!リンゼ・ガーネットよ!時間が無いから手短に話すわ!作戦通り結界を張るから!魔力に関してはアタシが何とかするから、結界の維持に集中しなさい!』
魔術の天才として、まだ学生ながら多方面で注目されているガーネット家の令嬢が何かをするつもりだ!
その何かを知っている者は、その場に殆どいなかったけれど、追い詰められた者たちにとって、その何かという希望は大きな意味を持つ。
すぐに全員が覚悟を蘇らせて、絹恵の号令によって連鎖魔術結界を発動する。
これは、絹恵の結界魔術を伝播させる形で、軍艦を起点にしながら繋げていき、結界魔術維持の膨大な付加処理を周りの人間に分担してカバーするという、現時点で広域に強力な結界を張る唯一の方法だった。
結界が張り巡らされ、波は愚か、神ですら易々と突破できない壁が出来上がった。
その強力な防御力を維持するために、とてつもない量の魔力が消費されていく。
(しゃおらっ!)
リンゼが、木刀を持ちながら心の中で叫ぶ。
本当は、大試から貰ったものだからと、あまり使いたくはなかったけれど、背に腹は代えられない。
今は、この木刀を消費することで得られるとてつもない魔力が必要だった。
(あのバカ!なんで行く先々でこんなバカみたいにとんでもない事ばっかり起こすのよ!?ゲームの主人公でもないのに!)
周りには、共に戦う貴族や軍人たちがいるので、めったなことを口走るわけにもいかず、頭の中だけで文句をいうリンゼ。
絶対に後で新しい木刀をプレゼントしなおしてもらおうと心に決め、光りながら消えていく自分の大切な木刀を見送った。
魔力が行きわたり、可能な限りを尽くした結界が完成してすぐ、海中から何かが突き出す。
それは、とても巨大なタコやイカの脚のようなもので、その巨大さから遠近感がわからなくなる者も多かった。
少なく見積もっても直径数百mはあるその脚が、上空の四国を捕まえんがためにどんどん空へと伸びていく。
一体どこまで伸びるのか。
伸びる以前に、海中にはどのくらいの長さがあるのか。
見ていた者たちは、そんな事を気に掛けながら、それでも必死に結界を維持していた。
この状況で驚くべき集中力を見せる貴族たちだったけれど、その直後に想像よりも大分強い衝撃が飛んできて驚愕する。
それは、断熱圧縮によって燃える程の速度で突っ込んできた四国によるものだとわかったのは、目の前に形を維持した陸地が突然現れたからだ。
これは、ただ落としただけじゃなく、何らかの力を使って加速も加えたと思われる程の破壊力だった。
だから、それほどの破壊を受けた上で、まだ死んでいない神に、貴族たちですら絶望を知った。
だというのに、貴族たちの視線の先では今、その化け物みたいなイカ脚が、まるで刺身でも切るかのように簡単に、見た事のない少女によって斬り落とされていく。
切り落とされた巨大なイカ脚が海へと落下するだけで、とても強力な波が発生して、結界を崩されかねない。
そんな咄嗟の心配も、切断後何故か一瞬で消えるイカ脚によって、杞憂に終わった。
貴族たちには何がどうなっているのかわからなかったが、今この瞬間にそれを追求するような余裕は存在しなかった。
とにかく、被害を最小限にするために、なぜそうなるのかの理屈が全くわからないとしても、結果的に都合が良ければ受け入れてしまうくらいには限界だった。
だが、事態は更に困窮を極める。
四国の港から何か黒い靄の塊のようなものが無数に発生し、四国上空を覆ったのだ。
四国が浮上している事で大きな影が出来ていたが、それを更に上回る範囲が黒く染まった。
まるで、そこだけが夜になったかのように……。
流石に色々な事が目まぐるしく起こり続け、今度こそもうだめかと諦めた者も多かった。
その黒い靄が、激しい爆発で消し飛ばされていくまでは。
その破壊は、四国上空を覆うように起きていた。
まるで、火球の傘を被るように。
かと思えば、光線による斬撃や、不可視の攻撃によって、靄が切り裂かれていくのも見える。
その破壊は、千変万化。
まるで、属性の違う適性をもった魔術師たちが、大群を成して力の限り攻撃を放っているかのように見える。
まさかそれが、たった一人の人物……いや、大精霊によるものだとは、この時誰も気がつかなかったけれど。
この日、この戦いを結界越しに眺めていた貴族たちは後に、まるで示し合わせたかのようにこう話した。
「あれは、神話の世界だった」
と。
「我輩、折角気合を入れて化けタヌキの部下を全員呼び出したんじゃけど、まったく出番ないわ」
「ソフィアさん絶好調ですからね。しばらく魔術お預けでストレス溜まってたみたいですし」
「ここは、ワシの出番じゃ!他の者になど譲ってなる物か!ちゃんと見ておるか大試ー!?」
「みてますよー。カッコいいでーす」
「うむうむ!!!!」
エルフ大戦の生き残りはこういう感じか。
怒らせないようにしよ……。
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