第118話

心なしか酸っぱい臭いのする爆煙が晴れると、魔皇クジラのゲロビが直撃した軍艦は健在だった。


後日聞いた話だと、胃に溜まった食べ物の食べかすを魔力で超過熱しプラズマ化したあと、圧縮して撃ち出す攻撃らしい。


よくわからんけど、結局はゲロだ。


毛玉みたいなものと考えてもいいのかもしれない。




「すっげー!あれ喰らってまだ浮いてられるのか!?」


「武装は殆ど吹っ飛んでるようじゃがの。魔術装甲分厚くしたんじゃなぁ。カジキが怖かったんじゃろうか?」


「あー……そりゃ船を魚に沈められたらトラウマになりますよね……」




何にせよ、あの軍艦を作った人は賞賛されるべきだろう。


だって魔皇クジラのビームを受けてまだ海の上に浮いてるんだぞ?


怪獣映画でビーム喰らってやられなかった人工物がどれだけあったかって話だ。




まあ、あと何分浮いていられるかは知らんが。




「おっと、魔皇クジラがあの船に向かって動き出したのう」


「飛び道具撃ちきっちゃったら、もう突撃するしかないですよね」




どんな理屈であんなもんを撃てたのか知らないけれど、そうそう何発も撃てるもんでもないだろう。


大体、水中でビーム撃つ機会も無いだろうしな。


物凄い勢いで減衰するし、そうじゃなくても目の前で自分巻き込んで大爆発するわ。


水中で撃つなら、前世のマッコウクジラも使っていると言われているソニックビームで十分だ。


頭の中に蓄えられた脂で音を増幅して、指向性を持たせて撃ち出すんだとか。


理論上は人間も殺せる威力で、ダイオウイカを麻痺させて食べるために使われていると言われている。


良いよね理論上っていう言葉。


一気に外連味が増す。




そう考えると、魔皇クジラは、対地・対空攻撃を備えているという事になって、最初からこういう事態も想定した生態と言う事になるのか……?


流石ファンタジー世界……。


しかも元となった設定を作ったのが、タヌキのしっぽの模様すら知らないスタッフだけのことはある……。




「なんとか逃げようとしとるのう」


「でも、そう簡単に軍艦のエンジンって動かないんじゃないですかね?」


「魔道モーターじゃろうから何とかなるんじゃろ。海でクジラから逃げられる程に加速できるかは知らんがのう」


「この軍港、船の残骸だらけで使えなくなりそう……」




俺達としては、流石にこうなったらできることなんて無い。


仕方ないので、一番デカい建物へと向かった。


中に入ると、相変わらず地震のような揺れは続いているけれど、クジラが軍艦の方に行ってくれたからか、多少はマシになっている。


今のうちにさっさと用事を終わらせるべく施設内案内盤を探すと、入り口から入ってすぐの所にそれはあった。




まあ、書いてあったのはふざけた文言だったが。




「犀果様、私の両目がエラーを起こしたのでしょうか?案内板であるにもかかわらず、全ての部屋に極秘と書かれていますが?」


「前世でもあったわこの手のおふざけ!次世代主力機の性能説明が全部秘密って書かれて展示されてたんだよ!」




笑える余裕がある時ならいいけれど、今はそれ所ではない。


見えていないけれど、外では恐らく怪獣映画も終盤に差し掛かっているころだ。


人間側が奮闘して何とかダメージを与えたんだけど、結局全滅一歩手前くらいまで行っちゃう奴。


つまり、今これを見せられても怒りしか湧かない!




「まあ、逆に言えばここは目的地じゃなさそうだけどな」


「何故じゃ?」


「こんなおふざけをするって事は、一般の客が入ってくる施設なんだろう。そんな所に非常時の総司令部を置くとは思えない。ここが使われるとしたら、本来使うはずだったその手の施設が、2つくらいは吹き飛んでからじゃないかなぁ……。万一のことを考えて、司令部を置ける程度の設備は全部の施設にあると思うけどさ。多分、宿泊施設とか学習施設なんかを集めた建物なんじゃないかなぁ。軍事病院なんかも入っているかもな」


「エルフの総司令部は、割と野ざらしじゃったぞ?」


「生身で大戦争する人たちは黙っててくれます?」




自衛隊ならあるかもしれないけれど、この世界の日本にあるのは純然たる軍隊。


そんな所が、そう簡単に一般人を心臓部に招き入れるわけがない。


どうだ!?今日の俺の頭は冴え冴えだぜ!?




「じゃけどなぁ……」


「納得いきませんか?俺の言ったことも結局ただの推測なので、ソフィアさんの考え言っても問題ないですよ?」


「うーむ……別に大試の考えに反論があるわけではないんじゃが」




歯切れが悪く考え込むソフィアさん。


悩む顔すら美しいのがズルい。


その後ろのエルフ2人なんて、片方は魔眼で色々見えてしまっているらしく、あわあわし続けているし、もう片方は外が見えないせいで、いつ魔皇クジラがやってくるかわからない恐怖からあわあわし続けている。


隣の魔族2人は、魔皇クジラの味を予想して盛り上がっているし、タヌキ2人は、なんとかさっきのビームを模倣できないかと話し合っている。




「のう大試、カジキに沈められた船に敵の親玉が乗っていたとしてじゃ」


「うん?」


「さっきのアホみたいに大砲撃って魔皇クジラの気を引いてボコボコにされていた船にその親玉のバカ王子が乗り換えていたとするじゃろ?」


「まあ……あるかもしれないですねそう言う事も」


「するとじゃ……その船から脱出した奴が逃げ込むとしたら、周りの建物なんじゃないかのう?」




まあそうなるか?


となると、ここも逃亡先としては有力候補だろうな。


なにせ、何の前情報も無い俺たちが、「デカいから」って理由だけで選んだ建物だ。


緊急時において、デカい建物というのは、それだけで安心感があるからな。


相手がバカでかい化け物であるというならなおさらだ。






噂をすれば何とやらで、入り口の方から人間の足音が幾つか聞こえてくる。


俺達は全員未だステルスがかかっているから見つからないだろうけど、目的の人物以外の軍人とは、できれば接触したくないなぁ……。


それでも、そいつらが向かう先に敵の親玉が控えている可能性もあるわけだし、無視するわけにもいかない。


俺達は、物陰から足音の主たちが入ってくるのをこっそりと窺う事にした。








「くそ!何なんだあの化け物は!魔カジキといい魔クジラといい!海は化け物ばかりではないか!今度から総司令部は陸に置くぞ!」


「ですから、最初からそうした方がよろしいのではと言っていたではありませんか!」


「うるさい!あんな化け物が出るなど誰が予想できるか!」


「我々は予想していましたよ!」


「黙れ!首を撥ねるぞ!」




なんだか偉そうな態度の煩い奴が入ってきた。


他に数人軍服の人たちがいるけれど、みんなビチャビチャに濡れている。


海に飛び込んで逃げたのかな。


……ってか、あの偉そうな奴頭にちっちゃいけど王冠被ってない?


王様ですら式典でしか被ってなかった気がするんだけど……。




もしかして、こいつか?




「この建物にも指示を出せる場所はあるんだろう!?」


「ございますが、それよりも隠神様が詰めている地下指令所へ行った方が良いのでは!?」


「あんな奴が長時間いる場所など安心できるか!今は黒魔術で人質をとって従わせているが、どんな裏をかいて裏切ってくるか分かったものではないんだぞ!?」


「だったらここだって危険ですよ王子!」


「うるさい!うるさいうるさいうるさい!」




うん!多分間違いないな!




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