第117話
遥かな昔、クジラたちの祖先は地上にいた。
気候変動、それによる食糧不足などを理由に、生き残りをかけて水中へと生活の場を移していったという。
重力という枷が緩んだ彼らは、どんどん体を姿を大きくしていき、陸上生物とは比較にならない程の巨体を得た。
だが、海に適応したクジラたちは、地上へと上がってしまうと、その巨体ゆえに自重によって死んでしまう。
人が海中で生きられないように、クジラたちも地上で暮らすことはできないのだ。
でもさ、魔物にそんな理屈通用しねーんだわ。
「もう笑うしかないな!」
「あの巨体を陸上で殺せば、悪臭だの疫病だのでとんでもない事になりそうじゃなぁ……。燃やし尽くすのも一苦労じゃぞ」
「くそ!長年四国に住んでいるが、松山にあんなのが生息しているなんて聞いたことが無いぞ!」
「犀果様、魔皇クジラの地上での進行速度、現在時速18kmから20kmで維持されています」
「結構速いな!男子高校生が自転車頑張ってこいでるくらいだろ!?」
見た目からは分かりにくいけれど、体自体がでかいから、少し動くだけでもかなりの速度になるっぽい。
ただ、問題は速度よりも、全長100mくらいありそうな生き物が地上でのたうち回ることで起きる振動だな。
常に震度2くらいの地震が続いているような感じだ。
怪獣映画の状況って、怪獣がビームとか吐かなくても大惨事なんだなぁ……。
「どうするニャ!?テレポートするにゃ!?」
「今俺たちがいなくなったら、アイツの狙いがどうなるかわからんのが怖い!」
「そんな事言ってる場合にゃ!?」
「そんな場合じゃないけどな!ってかさ!すぐ近くにこんだけ軍艦いっぱいいるんだから何とかしろってんだよな!」
やっぱりクジラの狙いはソフィアさんの魔力らしく、多少方向転換してもソフィアさんを追ってくる。
だから現時点では、人が死ぬような場所を避けて誘導できている。
ただ、この後の作戦は全くない。
壁を壊すという目的は達成されている。
っというか、人が少ない場所が壁の周りくらいなので、そこに沿って誘導しているから、どんどん松山軍港が丸裸にされて行っている。
肝心の軍人たちはというと、怪獣映画で逃げ惑う市民の如く、右往左往しているだけだ。
まあ、バズーカ砲とか持っててもダメージ与えられるか微妙な相手だしな……。
っと思っていたけれど、流石は訓練された軍隊。
軍艦に乗っている人たちは、自分たちの仕事を行っていたようだ。
魔皇クジラの破砕音に混ざって、巨大なモーター音のようなものが響く。
これは……やっばい!
「全員伏せろ!」
俺はそう叫ぶなり、村雨丸で水の壁を作り出し、全力で強度を上げる。
更に、層をいくつか作って、その間を真空状態に近づけることで、音の伝わりを防ぐ。
それを見ていたソフィアさんも、魔力障壁を張ってくれた。
その間わずか数秒。
直後、『ドオン』という爆発音が響き、一瞬の後に魔皇クジラの表面が弾けた。
激しい光と音、そして悲鳴を上げる魔皇クジラ。
爆煙が晴れると、そこには少し肌が擦り剝けたようになった魔皇クジラが跳ねていた。
「なんじゃ今の!?」
「軍艦の主砲じゃないですか?直撃でもかすり傷みたいなもんなんだ……」
はっきり言って、あの威力は相当な物だった。
俺といソフィアさんで守りを固めたからみんな無事だけど、そうじゃなかったら、例え余波だけだったとしてもかなり危なかったと思う。
そう考えると、撃った奴に文句言いたいけれど、原因作ったのは俺達だからそうもいかない!
「でもこれ不味いと思うんですよね」
「何がじゃ!?というか、今のウチに逃げるべきじゃろ!」
「いやそうなんですけど、あのクジラの怒りの矛先が軍艦に向いちゃってるじゃないですか」
「だから何じゃ!?」
「いや……あの1隻が撃っただけなんでしょうけど、似たようなのが近くにいっぱいあったら、クジラの立場だったらどうします?」
「全部ぶち壊すじゃろうなぁ!」
「そう言う事ですよ」
巨体に対してかなり小さなクジラの目が、ここからでも怒りに染まっているのが分かる。
幸い、あの位置から軍艦までの間は、射線が通る場所を狙ったのか、特に建物とかは無い。
だから、あの軍艦にクジラが突撃しても、被害は軍艦たちだけで済むだろう。
前世の船だったら、燃料の重油が流出したりして大変な事になっていたけれど、この世界の船は魔石で動いている。
流石に機械油は差してあるだろうけれど、沈没した所で自然への影響は大きくないだろう。
だから、良いっちゃいいのかもしれないけれど、あの軍艦って、一応は日本の資産なわけだろ?
いくらカジキに撃沈されるものだとしてもさ。
俺が責任を取らされたりとか……。
「まあいっか!今敵なわけだし!しかも別に俺たちが犯人ってわけでもないし!自然は怖いな!」
「悪い奴じゃのう!ワシそういうの嫌いじゃないぞ!」
「開き直りとは、ビジネスにおいても重要だ。悪い意味で捉える物も多いが、生きる上でとても重要な人間の機能といえる」
「じゃあもう騒ぎほっといて潜入しちゃうにゃ?今なら多分入り放題にゃ」
「そうだなぁ……でも、ここであのクジラが軍艦軒並み沈めたら、その時点で戦争も始められないんじゃないかって気もする」
「だとしても、そもそもの原因である王子の確保は絶対だろう?」
「まあそうですね。こっちとしてもいい加減帰りたいですし、第1王子探して引っ張っていきましょう!」
ガバガバな作戦を決めて、とりあえず作戦本部がありそうな建物を目指すことにした。
多分倉庫っぽい所には無いだろう。
となると……うーん……案外建物いっぱいあって、どこだとしても違和感ないな。
「王子様どこにいるんだろうなぁ……」
「案外、さっき大砲ぶっぱなした軍艦に乗っていたりしてのう」
「流石に神輿が乗ってる船でモンスターの気を引き付けるような真似はしないでしょうよ」
「じゃが、四国を独立させようとする奴じゃぞ?目立ちたがっていの一番にぶっぱなすんじゃないかのう?」
「あー……」
段々そんなこともある気がしてきた。
かと言って、魔皇クジラの狙いが定まっている状態であの軍艦に柄寄るのは無理だなぁ……。
「クジラが軍艦沈め切って、満足して海に帰るまで、そこら辺の建物虱潰しに捜索しましょうか。それで親玉が見つからなかったら船にいたと思って諦めましょう」
「諦めとは、ビジネスにおいても重要だ。悪い意味で捉える物も多いが、生きる上でとても重要な人間の機能といえる」
「多三郎さん、そのフレーズ気に入ったんですか?」
「ああ、明小の前で格好をつけたくてな」
「ごめんねオジサン!よくわかんない!」
「なんだと……!?」
化け狸が深いショックを受けたと同時に、再び地面が揺れ出す。
魔皇クジラが軍艦に向かって進み始めたらしい。
土煙を上げながら、その巨体をくねらせ突き進む。
っと思ったけど、方向転換しただけで止まった。
そして口を大きく開ける。
っといっても、形はマッコウクジラそのものの魔皇クジラの口は、体全体からすればそこまで大きいわけではない。
でも、それは比較的というだけの話で、建物を飲み込める程度のサイズではあるんだけれど……。
突然その口の中が光始める。
嫌な予感がして、先ほどと同じようにソフィアさんと2人で守りを固めた。
戦艦も前面に何か障壁みたいなものを展開しているのが見えた。
「お゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛!!!」
滅茶苦茶汚い声を上げながら、クジラの口から光が放たれた。
見た目は、完全に怪獣のブレス。
何を出しているのかは知らないけれど、音から推測するにあまり愉快な物ではない。
ほんと、音が無ければ、怪獣映画のワンシーンでもイケたかもしれないな……。
音のせいで、深夜の飲み屋街みたいな感じになっちゃったわ……。
なんで未成年の俺がそんな事知っているかって?
俺の生まれ故郷は、深夜はほぼ全域が飲み会会場にしてゲロ現場だったからさ。
まあ、戦艦の障壁をぶち抜いたみたいだから、何が飛んで行ったのかはともかく威力は本物なんだろうけれど。
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