第115話

 映画で見たことがあるシーンで、自分でもやってみたいと思ったものはないだろうか?


 例えば、爆弾から逃れるためにガラス窓に飛び込んで、割りながら外に出たりとか。


 例えば、殴りかかってきたテロリストの手首をコキっとやって勝つとか。




 俺は今、そういうのの代表的な奴の1つを実践中だ。


 何をって?


 走行中の自動車の屋根にしがみついてます。


 もちろんステルスの魔術をかけてもらってから。




 何でこんな事をしているかというと、さっきのラーメン屋が、軍から大量の出前を頼まれてたのを聞いたからだ。


 流石に敷地内に入ろうと思ったら、魔術に反応する結界とか張ってありそうだから無理だけど、周りから中を覗く分には、ステルスはかなり有効だろう。


 姿を見せたままジロジロと見るのは流石に怒られそうだし。




『大試よ、風圧で面白い顔になっとるのう?』


『いいですねソフィアさんは。姿を消すだけじゃなくて、風の影響を無くせるなんて』


『そうじゃろ?もっと褒めてくれてもいいんじゃぞ?』


『流石です!俺への風の影響も何とかしてください!』


『すまんのう大試よ、この術は一人用なんじゃ』




 ウソだろ!


 顔が見えないのに、ニヤニヤしながら俺の変顔を見ているソフィアさんが目に浮かぶ。


 こちとら、まともに会話できないから、ソフィアさんの念話魔術に頼ってる状態だから、なかなか強く出られない。




『それはそうと、見えてきたようじゃぞ?』


『……軍事施設って厳ついですよね……近寄りたくねぇ……』


『今回は、中に入るんじゃのうて、周りから見るだけなんじゃろ?そこまで気負う事もあるまいよ』




 まあそうなんだけどね。


 でも、ちょっと想定外だったな。


 俺はてっきり、金網で取り囲まれてる程度かと思ってたのに、5mくらいのコンクリートの壁が聳えている。


 どうやって中を覗こうかなぁ……。




 ぶっちゃけ、思い付きでやってきただけだから、成功しなくても構わない。


 どうせ成功した所で、どのくらいの戦力が集まっているかを何となく把握できるだけだ。


 それだって、この世界の戦力は、兵器だけではわからないからなぁ……。


 軍艦をカジキが撃沈する世界だもん。


 戦術と戦略の区別がつきにくい。




 配達の車がゲートに近づいたので、神剣に依って上昇している身体能力を頼りに、走行中の自動車から飛び降りる。


 そのままアスファルトを転がり、最後にヒーロー着地みたいなポーズで止まる。


 ……うん!痛い所はない!ちょっと服がボロボロになっている感じがするけど、消えているからわからない!


 術が切れた時が怖いな!




「さて、ここからどうしましょうね?」


「ざざっと見た感じ、塀の切れ目は無さそうじゃな。となると、上から覗くしかあるまい?」


「今さらですけど、マイカ連れてくればよかったかもですね」


「あの娘にさっきの移動法は無理じゃろ」


「確かに……」




 車から落ちて大怪我必至だな。




 無い物ねだりはやめて、現実と戦うか!




「周りにあの塀より高い建物ってありました?」


「無いようじゃ。あったらこの高い塀が無駄になるじゃろ」


「まあそうですよね。となると……塀をよじ登るか」


「塀の上は結界が無いようじゃから、塀を越えさえしなければ平気じゃろうな。ただ……」




 俺の提案に納得してくれたのかと思いきや、ソフィアさんは考え込むように腕を組んで唸る。


 なんだ?なにかいい方法が他にあるのか?




「いやな、何故大試はさっきからワシに抱き上げられるという至極簡単な事を提案しないんじゃろうなぁと思ったのよ」


「え?ソフィアさんのその浮遊って、俺を持ち上げるくらいの力あるんですか?」


「朝飯前じゃな!今は昼飯後じゃけど!」




 浮遊って、何となくそこまでのパワーが無いイメージだった。


 男1人抱えて浮けるなら、相当な浮力だな!




 ……あれ?だったら別に俺が車の屋根に張り付いてここまでくる必要も無かったのか……?


 ゆっくりでもいいから、抱き上げて運んでもらえば、だれの目にも付かず安全にここまでこれたんじゃ……?


 もっというと、マイカも安全に連れてこれたんじゃ……?




 だめだ、考えるな。


 考えると悲しくなる。




「じゃあお願いします」


「うむ、任せよ!」




 ソフィアさんに抱きかかえられて浮き上がる。


 お互い姿は見えないけれど、背中に大きなものが押し付けられているのがわかる。


 非常に心がざわつくけれど、敢えて無視することにした。


 考えない……考えない……。




 5mのコンクリート壁を越えて、中の敷地が見えるようになった。


 壁が厳ついから中はどんなことになっているんだろうと思ってたけれど、中の建物は前世の自衛隊なんかと大差ないように見える。


 ただその後ろ、港に並べられた軍艦は、自衛隊の物とはだいぶ違う。


 大艦巨砲主義がまだ生きているんだろうか?


 随分なサイズの大砲が積んである船が多い。


 まあ、あのデカいイカとかクジラ相手に、戦闘機や爆撃機を落とすための機関砲とかで撃っても効果無さそうだしな……。




「ソフィアさん、あの戦艦ってどんな性能なのか知ってます?」


「さっぱりわからん。十勝の密林の中にあんなもんは無かったからのう」


「もしエルフの里の周りにあんなのあったら、多分古代文明のとんでも兵器満載で参考にならないですね」


「空くらい飛びそうじゃな」




 今回の調査報告。


 戦力は、かなり集中しているみたいだが、戦艦の戦闘力がよくわからないため詳しくは不明。


 人的な戦力は完全に不明。


 ただし、この施設の人間は、から揚げとチャーシューと餃子が好きな事はわかっている。






 って王様に送ったら怒られるかな?


 ……まあいいか!経過報告として送ってみよう!




「さて、帰りますか」


「もういいのかのう?何がわかったんじゃ?」


「何も?軍艦がいっぱいだなぁってだけで」


「まあ、そんな簡単に仕事が片付いたら苦労は無いって事じゃな」




 本当にな……。


 簡単に終わればそれに越した事は無いけれど。




 帰りは走る。


 よく考えたら、俺の上昇している身体能力なら、自動車よりよっぽど速く走れることに気がついた。


 ソフィアさんの飛行も中々の速度だけれど、流石に俺の全力ダッシュには追いつけないようなので、今度は俺がソフィアさんをおんぶして走ることにした。




「お……おおお……意外とこれ怖いのう!?」


「そうなんですか?俺はやってもらったこと無いんでわからないです」


「大試が躓けば、ワシはグロテスクな大精霊になりそうじゃもん!」


「その時は俺が庇いますから」


「大試が怪我するのもそれはそれで嫌じゃろ!?」




 案外ナイーブだな。


 あんなに空ビュンビュン飛んで人間凍らせるのに。


 ただ、ビビってるソフィアさんは新鮮で可愛いので、敢えて加速してみた。


 頭を叩かれた。








「ただいまー、アイも起きたのか?」


「おや?犀果様、おかえりなさいませ。姿は見えませんが、そこに居られるのですか?調査はどうでしたか?」


「大した情報は無いかな。悲鳴をあげるソフィアさんが可愛かったって事くらい?」


「うっさいんじゃ!」




 また頭を叩かれた。


 旅館に戻ると、既に他の面々は帰って来ていた。


 本当は、こういう敵地への潜入時に、同じ場所に長くとどまるのは褒められた事ではないんだろうけれど、俺たちの場合は、万が一の時はファムにテレポートしてもらえばいいから問題ない。




「そうですか。今、お茶を入れますね」


「ありがとう。いやぁ、本格的な調査をしてみたけれど、1時間もかからず終わっちゃったな」


「そうじゃなぁ……1時間で切れるステルスがまだ持続してるからのう」




 お互い姿が見えないけれど、段々慣れて来て、相手がどこでどんな体勢で居るのかすらわかるようになってきた。


 ソフィアさんなんか、的確に俺の頭を叩いてくるから、俺よりも慣れているんだろう。




「……お?大試、ステルスが切れてきておるぞ」


「今1時間経ったのか。本当に散歩みたいなもんでしたね」


「その散歩で、ワシはものすごく叫び声上げさせられたんじゃが」


「はははは」


「笑いごとじゃないわい!」




 また頭を叩かれた。


 よっぽど怖かったうえに恥ずかしかったらしい。




「ところで大試よ……いや、もう少ししたら嫌でもわかるか……?」


「何がですか?」


「まあ待て。今アイが戻ってくるから……お!来たのう」


「お待たせしました。お茶を……犀果様、あの……」


「どうした?」


「…………股間をお隠しになることをお勧めいたします」


「は?」




 俺は、自分の股間を見る。


 ボロボロになって、引きちぎられた服と、色々と見えちゃいけない部分が露になっていた。




 あ!アスファルトを転がった時か!




「キャー!」


「はははは!いい悲鳴じゃのう大試よ!」


「わかってたなら教えてくださいよ!あと、ソフィアさんも顔赤くなってますよ!」


「うっさいわい!」


「犀果様、恥ずかしがることはございません。メイドは、主の着替えの手伝いまでしていたとデータベースにありました」


「アイだって顔真っ赤じゃん!」


「気のせいです」




 本日の調査結果、ソフィアさんもアイも初心だった。


 俺もだが。








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