第114話

 ズルズルズル……。


 ズルズルズル……。




 うーん……。




 ズルズルズル……ズル……。




 ラーメン……普通だな……。


 前世の学食で350円くらいで食べられたレベル。




 不味くは無いよ?


 寧ろ美味しい。


 でもこれ、あの缶に入ってる中華スープの味だよな?


 それを隠している感じもしないし、店のおっちゃん的にもラーメンそのものに拘っている姿勢を感じない。




 それに引き換え、本来トッピングやサイドメニューであるはずの物はというと……。




「すごいのうこれ!外はカリッとしていて中は柔らかくジューシー!これこそから揚げのお手本のような出来じゃ!」


「ちゃーしゅーおいしー!ご飯と一緒に食べるとギフト関係なくとまんないね!」


「……すみません、餃子追加お願いします」


「杏仁豆腐ってこんな感じなんですね!?これはゴマ団子というのも期待が持てます!」




 またこいつらモリモリ食ってる……。


 そんなに魔力使ってない筈なのに、毎回毎回こんなに食べるのって、普段無駄に魔力を作りまくってるとかなんだろうか。


 喜んでるみたいだし、体壊さないなら良いけどさ。




「犀果様、ラーメンを啜るのが難しいです」


「慣れが必要だよな。食べてるの俺とアイだけだから、俺の食べてるの参考にすると良いぞ」


「はい、一瞬も目を離さず観察させていただきます」


「それは流石に恥ずかしいぞ……」




 店には、他にも何人か客もいるけれど、誰もラーメン注文していない。


 どんぶりを持ってる人も、あの中味はご飯だろう。


 あとは、から揚げとかをおかずにチャーハン食べたりしてる人もいる。




「だから言っただろう?この店は、ラーメン屋だがラーメンを注文する奴は少ないんだ」


「もう中華料理屋名乗った方が良いんじゃ?」


「拘りがあるらしいぞ」


「なら仕方ない」




 拘りは大事だ。


 俺にはわかる。


 何故なら男の子だから。




「ヘイお待ち!餃子5人前とから揚げ5人前にゴマ団子3人前ね!」




 皿に山盛りの料理を持って店主がやってくる。


 もう既に2回は追加注文しているからか、ニコニコ顔だ。




 そういや、俺たちはここに情報収集に来たんだった。


 これは、美味しい物を食べに来たフリなんだ。


 危なく忘れる所だったぜ……。




「おっちゃん、ここ数日この辺りってなんか変な事ない?」


「変な事ぉ?そうだなぁ、ついこの間まで軍人がよく来てたんだが、忙しいらしくて来なくなったな。その代わり、配達ですげぇ量の注文が入ってくるから、今日もこれから大忙しよ!」


「そうなの?悪いねうちも注文しまくっちゃって」


「なーに!ウチとしては儲かるし問題ねぇよ!こんな奇麗な娘たちが来てくれたら店の中も華やぐからな!普段むさくるしい男しかいねぇから!」




 確かに、他のお客さんたちは、ここに勝負にでも来ているのかという顔で食事と向き合っている。


 フードファイターか何かなんだろうか。


 ただ、時折こちらの女性陣を見て、その厳つい顔を蕩けさせているのも見えているぞ。




 店主がカウンターの中に戻っていくのを見送って、内緒話を再開する。




「少なくとも、軍隊は戦争の準備しているみたいですね」


「みたいだな。軍港にも戦力が集まっていたわけだし……ただ、今日に関しては、軍艦が1隻沈んだ対応かもしれんが」


「いやぁ、カジキに突っ込まれて沈むなんて酷い軍艦ですねー」


「まったくだ。情けなくて涙が出てくる」




 太三郎さんが、これ見よがしな溜息をつく。


 俺もそれに倣っておく。




「ワシ、あまり海の事は詳しくないんじゃが、よくヒューマンたちはあんな危ない生き物が多くいる海に船で出ようと考えるもんじゃな」


「それだけ海には魅力的な資源が多いし、それに陸地を走るのも、空を飛ぶのも、それぞれ危険な魔物に出会う可能性は低くないからな。そう考えると海路というのは、比較的安全と言えなくもないぞ」




 怖いな魔物がいる世界。


 この世界だと、空を自力で飛んで北海道までやってこれるリンゼは、やっぱり凄い存在なんだろうなぁ。


 実家でもたまに空を大きな魔物が飛んでるのを見た覚えがあるけれど、あれはどのくらい強いんだろう。


 住んでる場所が違い過ぎて、お互い不干渉だったからよくわかんないな。




「そういえば、四国って浮けるんですよね?浮いてる間魔物に襲われたりしないんですか?」


「お前が魔物の立場で、陸地が浮いていたら攻撃したいか?」


「したくないですね……」




 魔物からしても、そりゃ浮島相手に戦い挑む必要なんて無いか。


 風車を巨人だと言い張って突撃かますようなもんだ。




「まあ、万が一浮上中に魔物が攻めてきたとしても、それを撃墜できる程度の備えはあるはずだがな」


「対空兵器があるってことですか?」


「ああ。その分対地や対艦の兵装は足りていないらしい。それを、うちに作ってくれと依頼も来ていたが、試作品を届けてから何の音沙汰もなくてな……。近接戦闘用の武装しか搭載していない状態のはずだから、アレで戦争をするという事にはならないと思うんだが……」




 ラクーン天ドッグは、兵器開発までやってんのか。


 検索エンジンとネット通販とマップくらいしか知らなかったわ。


 単純に、兵器開発を前面に押し出している訳じゃないのかもしれないけれど。




「どんなもん作ったんですか?」


「四国は、地形が複雑で険しい。だから、全環境に対応できて、最高速はそこまででないとしても、確実に目的地にたどり着ける走破性を重視したドローンで……」


「ヘイお待ちぃ!瓶ビールね!」


「おう、悪いが俺は昼から酒を飲むぞ!」


「あ、はい」




 大人は、なんであんなもんが好きなんだろうか?


 前に水と間違ってちょっとだけ飲んだこともあるけれど、苦いだけで美味しいとは思えなかった。


 そんなもんを手間暇かけて作るんだから、人間にとって酒ってとても美味しい飲み物なハズなんだけどな……。


 人間だけじゃなくて、前世だと動物たちも酒が好きだったはずだけども。


 野生の象が酒の味を覚えると、酒屋を襲撃するようになることがあるらしいし。


 酔えるってことが重要なんだろうか?


 わからん……。




 ガララッ




 その時、店の入り口が開いて、男が1人入ってくる。


 どうやら、新たな客らしい。




「オヤジ、から揚げと餃子とチャーシュー丼持ち帰りな」


「あいよ!久しぶりだな!仕事が忙しかったのか?」


「まあな……この前なんて、上司からの指示で王都に行ったら、気がついたら氷漬けにされてて参ったよ……」


「もう転職した方がいいんじゃねぇのか?この前も死にかけてただろ」


「教か……テロリストの施設の地下牢に潜入したときな……。上司を守りながらあんな所に行くのは二度とごめんだな……」




 ……あれ?あのおっさん、この前クレープ屋でソフィアさんに凍らされてた人だ。


 すげぇなぁ。


 ペラペラと機密情報っぽいこと喋ってる。


 よっぽどストレスが溜まっているらしい。




「お待ちどう!」


「おう、じゃあまた来る」


「毎度どうも!気をつけろよ!」


「ああ……2種免持ってるし、タクシー運転手にでも転職しようかねぇ……」




 オッサンが退店する。


 街中で襲撃してくるような人にも悩みはあるらしい。


 俺からもタクシー運転手に転職することをお勧めする。


 最近人気あるみたいだよ。


 1人で引きこもれるから




「あの男、やはりここから来とったんか。まったく、もう2~3回凍らせておきたい所じゃな」


「やめてくださいよ。たまたま俺達に気がつかなかっただけで、できれば接触したくない相手です」


「まあそうじゃな。飯屋で凍らせると迷惑になるとクレープ屋で学んだしのう」




 今まで学んでなかったのかこのエルフは。


 まあ、考える前に先手必勝というのは、戦いの場では重要なんだろうけども。


 実際、俺みたいに思考してたら守れないこともあるかもしれないし。




 でも、街中指パッチンで冷凍人間作るのはやめてほしいかな……。




「配達の料理に強力な下剤混ぜといたら戦争止められないですかね?」


「エルフの戦争でもたまに使われた手じゃな。まあ下剤じゃなくて、致死性の毒じゃったが。アレのせいで戦時中は全ての食事に毒判定魔術を掛けてくっとったわ」


「ソフィアさんに言うのもなんですけど、エルフって血生臭すぎません?」


「だから大部分が滅んだんじゃろうなぁ。ワシらは、ヒューマンにそうあれと作られた存在じゃ。そもそも、今みたいに食事とギャンブルと恋愛に現うつつを抜かす状態が異常なんじゃよ」


「あっけらかんと言わないで下さいよ……」


「どうせ過去の話じゃ。ワシは、今のように美味しい物を食べ、恋に人生を使う方が好きじゃな!」




 こいつらから戦いという考えを奪うためにも、これからも飯に意識を集中させた方が良いのかもしれない……。


 俺はそう思って、店主のおっちゃんにあんずゼリーを人数分注文しておいた。






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