第113話

「……どうやら、いきなり兵隊が突っ込んでくるって事は無いっぽいな」


「大丈夫じゃろ。周囲1km以内にいる者は、ワシらと受付のダークエルフだけじゃ」




 隠神オジサンが出て行ってからも、俺たちは緊張を解けないでいた。


 ……いや、緊張を解けていないのは俺だけかもしれない。


 化け狸たちは、そもそもそこまで緊張状態に無かったみたいだし、他のメンバーも大半がファンシーなガラス製品や昼食のラーメン屋の事に心が向いているようだ。


 凄いメンタルだなぁ……。




「襲撃があるとしても、この建物の近くでは絶対に行わないぞ。それくらい、奴にとってここは重要な場所なんだ」


「隠神オジサンも太三郎オジサンも、お母さんの事大好きだもんねー!」


「そうだな。だから、喜左衛門の奴とくっついたと聞いたときは、2人で普通に泣いた」




 なんで化け狸たちって、リアクションに困るネタをノータイムでぶち込んでくるんだろう。


 先に心の準備をさせてほしい。


 俺の心は、基本的にはガラスでできているんだぞ?


 たまに強化ガラスだったり、逆に既にヒビだらけだったりもするけれど。


 なにせ、1回死んだもんで。


 前世の事がたまにフラッシュバックすると、もう二度と戻れないあの世界の事が溜まらなく恋しくなることもある。


 あぁ……週刊少年漫画雑誌の定期購読どうなったかなぁ……。


 親に頼んで毎月の小遣いから引いてもらう事にして、子供の俺には持てないカード引き落としというパワープレイで読んでたんだよなぁ……。


 オンライン版は発売日にそのまま読めて凄い楽だった。




 ただ、台風とか大雪で雑誌の到着が遅れている時に、「そんなときはWeb版を読んでくださいね!」って紙を店頭に貼る本屋はどんな気持ちなんだろうなと思う事はあった。




「はぁ……家帰ってマンガ読んでコーラ飲んでそのまま寝たい……」


「大試の実家の開拓村とやらにマンガはあったのかの?」


「俺が描いてた下手糞なマンガを聖羅がフンスフンス鼻息荒く読んでた事なら一時期あったけど、恥ずかしくてやめちゃったんですよね」


「えすえぬえす?のある場所で生まれ育っていたら、心が粉々になっていそうな奴じゃのう」




 大丈夫!


 前世だと、SNSで誰かと繋がれる程のポジティブさなんて無かったから!


 ネット掲示板ですらROM専でした!


 1回だけ大好きだったアニメの感想を書き込んでみたら、「お前本当は見てないだろ?あのキャラはそんな事言わない」って全否定されて以来絶対に書き込むもんかってなったのを思い出す……。




 そういや、ネトゲでもソロプレイばっかりだったな……。


 たまに声かけてくる人とも、フレンド登録されたとしても大抵2度目は無いって感じで……。


 だから洋ゲーFPSのフレ登録送ってくるのは、罵詈雑言を飛ばしたい奴だけって雰囲気が合ってたのかもしれない。


 知ってるか?


 ゲームのスナイパーライフルって、近接武器なんだぞ?


 プラスチック爆弾もだ。




「まあ実際、この場所にいることがバレてしまっている時点で、もう開き直って粛々と事態に対処するしかないんですけどね」


「そうだな。俺は、隠神のあの様子を見るに、今仕掛けてくる事は無いと思っているが、お前たちからしたら不安だろう。何が起こっても対処してやるという気持ちでいる方が心も軽くなる。心が軽くなれば、突発的な事態に対処しやすくなり、自信と余裕も生まれる。社会人が身に付けるべき理想の精神状態の一つだな」




 そういやこの化け狸、大企業の代表取締役だった。


 なんか、丸々と肥えた雌タヌキと、その子供にデレデレでたまに忘れそうになるんだよな。




「じゃあ、美術館巡りの続きと行きますか!」


「ああ、お前たちはそうすると良い。俺と明小はまだここでみているからな」


「またね!」




 ほら見ろ、どんだけあのステンドグラスのタヌキが好きなんだよ?


 執着心が怖いぞ。


 流石は、何百年単位で童貞を貫いているらしい化け狸だ。




「ところで、タヌキって別に一生同じツガイで過ごすわけじゃなかった気がするんですけど、なんで再度アタックしなかったんですか?」


「タヌキはそうかもしれんが、化ける程の知能を持ったタヌキともなると色々とあるんだ……」




 頭が良くなるというのも考え物なのかもしれない。






 化け狸たちを放置して、俺たちは美術館を満喫した。


 このガラス美術館は、やけに青い池が隣に作られており、その池を見渡せるテラス席は、カフェとなっているらしい。


 というわけで、皆でお茶でもしようかと思ったけれど、そういやさっきのソフィアさんの索敵で、ここの職員って四国エルフのあの人以外いないっぽいけど、カフェってちゃんと営業しているんだろうか?




 なんて心配も、ここでは不要だった。




「お待たせしました。メニューをどうぞ」


「……いつの間にメイド服に着替えたんですか?」


「指を鳴らせば一瞬で服装も変えられます」




 受付の褐色お姉さんがどこからともなく現れて、俺たちにメニューと水とおしぼりを置きに来た。


 四国エルフも、指を鳴らして魔法を使うのか……。




「ワシ、デラックス伊予柑パフェじゃ」


「……私もです」


「私はチーズケーキをお願いします!ホールで!」


「チョコレートケーキニャ。いや、にゃーは1ピースでいいニャ……」


「このステンドグラス風大正あんみつおねがーい!」




 オレンジジュースを頼んだ俺だけが食べ物無し。


 この後飯食いに行くって話覚えてるんだよな?


 甘いものは別腹って、昼飯を食べる前でも有効な理屈なんだろうか?


 食事の後であれば、案外甘いものは別腹理論は有効らしいけれど。


 因みに、アイはまた寝落ち中。


 今度から、夜更かしは控えさせた方が良いか……。






 それにしてもまいったな……。


 このメンバーで四国に来てから、戦争より食事に関して悩んでいる時間の方が長い気がしてきた……。


 兵站って考えれば、ある意味正しい悩みなのかもしれないけれどさ。


 行軍する人間の兵隊たちにパフェ食わせたらどうなるんだろうか。


 強くなるのか弱くなるのか……。


 少なくとも、前世の先進国の軍隊は、飯はかなり豪華な物を食べさせてもらっていたらしいけども。


 作戦中の陸軍と海兵隊以外。




「大試よ、やっぱりワシは夫婦グラスが欲しいんじゃが……」


「そんなにですか?うーん……じゃあ、青以外でお願いします。俺は、青いのが好きなので、それを聖羅の分のお土産に選ばないとアイツ拗ねるから」


「良いのか!?では、ワシは黒い切子グラスにしよう!ちゃんと大試の分は大事に使うんじゃぞ?」


「わかってますよ」




 切子のコップかぁ……。


 いいよね……。


 夏の暑い時に、これに涼し気な透明感のある炭酸飲料を入れて飲んだら気持ちいいだろうなぁ……。


 ただ、婚約者たちの分も買っていくと、戸棚の切子率がすごい高さになりそうだなって気もする。


 まあいいけども。


 日替わりで使ってみるのも悪くない。


 落として壊さないかだけが不安だけども。




「犀果様、私は朱色のものでお願いします」


「目が覚めたのかアイ?……って、お前も夫婦グラスなんか欲しいのか……?」


「夫婦だからというより、この色が犀果様と一緒に見た朝焼けのようで好きになっただけです」




 確かにアレは奇麗だったよな。


 アイもとうとう海辺の朝焼けフリークスになってしまったようだ。


 布教してしまった……。




「大試ー……ウチが1人で温泉入っている間にそんな面白そうな事してたのー……?」




 エリザが拗ねたように言う。


 でもさ、朝早くから風呂場で全裸になったお前が悪いと思うんだ。


 ……文字だけ読むと、何の問題も無い人に見えるがな!




 結局、皆の機嫌を取るために、夫婦グラスばかり2ケタも買う事になってしまった。




「……あの、私は別に」


「私もいりませんよ?夫婦じゃなくて婦婦なら歓迎なんですけどねー」


「マイカ、天体望遠鏡本当に売ってたぞ」


「いいのですか……!?」


「アレクシアには、自分でパフェが作れるガラス容器を……」


「えぇ……?これもらって私にどうしろと……?私に料理が出来るように見えます……?可愛い女の子もつけてください……」




 マイカは、素直で大変宜しい。


 アレクシアは、素直すぎてダメだこいつ……。




「女の御機嫌取りは大変そうだニャー」


「ファムの御機嫌もとってやろうか?」


「何する気にゃ?変な事したらひっかくニャ」


「はい、四国にいる間のお小遣い」


「一生ついていくニャ!」




 ネコには小判って決まってっから。




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