第112話

「心配せずとも、ここで荒事などせんわい。ここは、我ら四国の化け狸にとって聖地のようなもんだからな」


「そう言っているのは、俺とお前だけだがな」


「我らが言えば、それは四国の化け狸の言葉よ」




やけに貫禄のある爺さんだと思ったら、四国を代表する化け狸だったらしい。


……っていうか、俺たちが今回の敵の親玉の1人だと考えている奴だった。


流石に頭の中を糖分と脂質に囚われたり、ガラス細工で乙女さを取り戻したりと、頭の中が忙しい事になっていたうちの面々でも、多少ピリついた雰囲気を醸し出している。


こういう時、ファムが即臨戦態勢になって、いつでもテレポートできる体勢になってくれるのは素直に尊敬する。


これが無かったら、完全なただ飯喰らいだしな!




「……それで、王様相手に独立宣言かました隠神刑部さんは、こんな所で何しているんです?」


「ここでは何もせん。ただ、心静かにあ奴を思い出すのよ。墓参りのようなもんだな」




ウソを言っている気はしないけれど、だから何だっていう話でもある。


俺が聞きたいのは、コイツは何を考えて戦争直前のような状態を引き起こしたのかって事だ。


いや、その上で、何でこんな所に敵の総大将その1がいるのかってのも気になるけれど、この世界の偉い奴には、強くて護衛もつけずにぶらぶらしてる奴が多すぎて、そこに関しては今更突っ込んでも仕方ないかなって思ってる。




「隠神よ、何で独立宣言なんてしたんだ?こっちは迷惑してんだが」


「……従わなければ、黒魔術によって、花子の魂を不完全な状態でこの世に呼び寄せると言われたのだ」


「なんだと!?花子を……そうか、やはりお前はそういう奴だったな」




誰だよ花子って。


トイレにでもいんのか?




「花子って……お母さんのこと?」


「……ああ。あいつは美しかったが、化け狸としては弱かった。恐らく、魂の格も低かろう。不完全な状態であれば、黒魔術で呼び出すことも難しくはないであろうな……」




なるほど……。


つまりこのタヌキジジイは、死んだ雌タヌキを不幸にしないために国に喧嘩を売ったと。


純愛といえばいいのか何なのか……。


一つだけ言えるのは、勘弁してくれってことかな……。


誰だよその黒魔術使うぞって脅してきた奴って。


今からそいつを死なない程度に木刀でしばき倒したい。


人騒がせで陰険で、何より俺にこんな本来不要な労力を掛けさせた咎を追求したい。




「まあ、その邪魔な黒魔術師も、今この時はそんな余裕も無い様でな。数日ぶりにこうしてここへ来ていたというわけだ」


「まるで毎日来ているような事言いますね」


「来れる日は来ているぞ。この美術館ができてから、常に年パスを購入し続けている」


「ガチリピーターだった……」




タヌキフィルターを通すと、そこまであのパンダタヌキは魅力的に見えるのか。


傾国の姫君みたいな扱いだな。


尻尾がシマシマだけど。




「じゃあ、その黒魔術師を俺たちが何とかすれば、独立宣言を撤回してくれたりします?」


「できるならな。だが、我輩は契約で奴と敵対することは出来ん。精々、ここでの出会いを黙っていることくらいだろうな」




この世界の契約となると、魔法の力による強制力とかあるのかな。


契約違反すると、頭が爆散したりとか?


こわやこわや。




「それで、その黒魔術師って誰なんですか?流石に相手がわからないとどうにもできないんですけど」


「お前も知っている相手だ。流石にここで名指しで教えるのは、契約の違反になりそうでできんがな」




俺の知っている相手……四国で俺が名前を知っている相手なんて、隠神を除けば、ここにいるタヌキ連中と、ここに運び込まれた冷凍主人公と、あとは……。




「話は変わるが、今朝未明に、この国の第一王子が引きこもっていた旗艦が、魔カジキの群れによって撃沈されたのだ。恐ろしい事もある物だと、海に出るのが怖くなったわ」


「……ヘー、コワイデスネー」




おやおや?


なんか身に覚えがある話だぞ?




「さて、そろそろ我輩は行く。お前たち東京もんは、精々死なんように気を付ける事だな。次会った時は、お互い敵同士だろう」


「……そうならないことを願っています」


「吾輩もだ。できれば、今年も王に我が四国の誇る練り物を贈りたかったもんだが……」


「隠神のオジサン、もう行っちゃうの……?」


「すまんな。我輩は、今ここにいる資格は無いのよ。1人の女のために、多くの者たちを犠牲にしようとしている……またここに来る資格を得たいものだがな」




そう言いって、明小の手を離して、礼拝堂を出ていく隠神刑部。


雌タヌキに執着する化け狸の背中は、どこか悲しげだった。




「ところで、第1王子って黒魔術師だったんですかね?」


「さあな。そうだったとしても、早々表に出るようなものではないだろう。所詮は、ただの魔術だと俺なら思うが、世間一般からの評価は厳しいだろうな」




太三郎さんは、黒魔術による脅しの事を思い出しているのか、苦々しい表情で語る。


俺だって、最愛の人をデロデロのゾンビとして蘇らせるぞって脅されたら厳しいかもしれんもんな。


もう少しきれいに生き返らせてくれーって叫ぶかもしれん。




「因みにじゃが、ワシは黒魔術で霊を呼び寄せることもできるんじゃが」


「じゃあ、明小の母親を先に召喚しておくこともできたりします?」


「無理じゃな。生前に会っているならともかく、ワシとは何のパスも繋がっとらんからのう。大試のあの剣も、ワシと大試が既にパスで繋がっていたからワシを呼び出せたんであって、今タヌキを呼び出そうとしても無駄じゃろうな。もし、あちらから逆に接触を試みて来たなら可能じゃろうが」


「スピリチュアルな話は難しいな……」




なんにせよ、どうやら霊の先出し占有は、今の所無理らしい。


ラッキーガールを使えば行けただろうか?




……タヌキカラーのパンダになる理衣が可哀想か……?




「のう大試、それよりもなんじゃが」


「なんですか?」


「今朝のあの軍艦って……」


「いいですかソフィアさん、俺たちはカジキ釣りしただけです」


「そうじゃったな!」




どうせなら、そのままカジキに殲滅されてくれていればいいけど、多分生きてるんだろうなぁ、一番上の王子とやら。




ウンザリとした気持ちと、この後の目標がある程度わかった安心感がない交ぜになった不安定な心を落ち着かせるために、さっきまで笑顔だった明小の頭を撫でる。


オジサンと敵対するのは、やっぱり悲しいんだろうな。




「隠神オジサン……また皆を裏切っちゃったんだ……」


「ちょっとまて、前科があるのか!?」


「え?うん!」


「言っただろう?人質を取られたらそうなるんだよアイツは」


「誰だよそんな奴を偉いとこに据えたバカは!」


「この国の王じゃろ」




まずい、俺の発言は、もしかしたら独立宣言並みに不敬だったかもしれない……。






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