第111話

 今朝は、詳細は省くけれど未明から結構忙しかったので、出かけるのは10時ギリギリとなった。


 明るくなったら起きるという原初の生活をしていた田舎者の俺にとっては、かなりのスロースタートだ。


 もっとも、他のメンバーからも反対意見が出なかったし、そもそもこいつら皆いつも俺より起きるのが遅い。


 年寄りのはずのソフィアさんですら、




「できれば午前中は、お布団から出たくないんじゃがなぁ……」




 と、日課の朝ジョギングに出掛ける俺に文句を言う始末。


 エルフの元族長がそんなんでいいのか?




 意外と、タヌキたちを除くとエリザとファムが起きるのが早かったりする。




「ニンゲンの世界の朝ごはんが楽しみで起きちゃう!」


「リンゼお嬢様より先に起きておかないとメイド服をミニスカートにするって脅されてるニャ……」




 とのこと。


 魔族ってもっと自堕落な存在かと思ってたぜ。


 エルフよりよっぽど健康的な生活している。




 そしてコイツだ。


 人造人間アイ。


 眠気を上手くコントロールできないため、さっきまで元気だったのに、現在俺の背中で寝落ち中。


 朝焼け見たり夜更かししたりで睡眠時間足りなかったらしい。


 コーヒーによる眠気覚ましは、カフェインを即分解してしまって効果が無かった。




 俺達一行は現在、観光をしているフリをしに行こうとバスに乗り込もうとしているところだ。


 因みにだけれど、このバスは扱いとしてはキャンピングカーに分類されるらしい。


 普段はホテルに泊まるから使わないけど、後部座席の更に後ろにはベッドやトイレやシャワーもあるんだとか。


 金持ちの考えることは凄いなぁ……。




「全員乗り込んだな?では、ガラス美術館へ向け出発するぞ!」


「「「「おー!」」」」




 ノリのいい連中が意気揚々と返事をしている。


 ただこいつら、実の所ガラスの展示品には殆ど興味がない。


 昼飯の肉料理が有名なラーメン屋に行く事しか考えていない。


 俺の隣の席で未だに口からだらしなく涎を垂らしている新たなる人類は、さっきから「このジンベエザメは……しおやきにしてもらえますか……?」とか寝言を言っているけれど、何を考えているんだろうか?




「大試!ボクね!お母さんの顔あんまり覚えてないんだ!」


「……そうか、ヘビーだな……」


「うん!だから今日すっごく嬉しい!早くお母さんのガラスみたいなー!」




 相変わらず、軽いほんわかなノリで重い事を言うタヌキだ。


 それにしても、神聖視される程長生きしている化け狸は、やっぱり親の顔も忘れちゃうんだな。


 長命種というのも良い事ばかりじゃなく、寂しい部分もあるようだ。


 ソフィアさんも、生きる理由探しているみたいだったしな。




「もう着いたぞ!さぁ行くぞお前たち!料金は払っておいてやるから、各自自由行動だ!明小は俺と早速ステンドグラスへ行くぞ!」


「うん!」




 30分もしないうちに件の美術館へと到着した。


 タヌキ2人は、既にヤケにテンションが高い。


 というか、もうバスから降りて中に入っていってしまったので、もうテンションを確認することすらできない。


 これ程までに化け狸を狂わせる魔性の女という明小の母は、いったいどんな美タヌキだったというのか。


 まあ、それは後のお楽しみだ。




「ほら、俺達も行くぞ。アイもそろそろ起きろ」




 既に頭の中が昼食の事でいっぱいになっていて、美術館に行く腰が重い連中を何とかバスから引きずり下ろす。


 アイは、俺に手を引かれながら目をこすっている。


 幼稚園児かお前は?


 ……よく考えたら、肉体的には生後数日なのか?




「すごくいい夢を見ていた気がするのですが……」


「ジンベエザメ食べようとしてたみたいだぞ」


「生のふかひれは美味しいのでしょうか?」


「知らんなぁ……」




 受付にいくと、ちゃんと手続きは済んでいるようで、中へと通された。


 ……うーん、俺たち以外にお客さんがいる気配がしないな……。


 他の場所にいたりするんだろうか?


 って、そういや今って戦争一歩手前なんだっけ?


 そんな状況でこんな所来る奴はそう多くないか……。


 むしろ、良く営業してたなここ。




「休んだってお給料もらえないじゃないですか」




 受付のお姉さんに心を読まれた。


 こえーなこの美術館……。




 中は、思ったよりもオシャレな感じだった。


 そもそも、ガラス製品自体が透明でキラキラしているから、そう言う雰囲気を出しやすいのかもしれない。


 さっきまで食う事に支配されていたうちのメンバーたちも、珍しく乙女の顔をして館内を見て回っている。


 個人的には、江戸切子が好きかなぁ。


 でも、これを普段使いするのはちょっと厳しいよな。


 割れちゃわないか不安で、結局100ショップのガラスコップ使ってそう。




 日本製の物の他にも、海外製の作品も展示されているらしく、このガラス製の電気スタンドみたいなのなんかはかなり奇麗だ。


 つっても、これは魔石灯とかいう、魔石を入れたら光る物らしい。


 この世界だと大昔からあるそうで、最古の魔道具だとも言われているんだとか。


 ちょっとほしいなぁ……。


 でもボス鹿たちの魔石はデカすぎて入らないよなぁ……。




 あれ?


 この展示品、下に値札が付いてる……?




「このコーナーでは、展示物を購入できます。いかがですか?」




 受付のお姉さんが何故かここにいた。


 しかも、また俺の心を読みやがった。


 アンタさ、化け狸とかよりよっぽど物の怪っぽくない?


 奇麗なのも手伝って、俺の中の恐怖を少し刺激する。




 それはそれとして、ちょっとこの魔石灯は欲しいな……。


 婚約者の皆に安いのを買っていこうかな……。


 ……いやまてまてまて!


 安くても1つ100万GMとかするぞ!?


 落ち着け……大丈夫……キーホールダーとかでも彼女たちは喜んでくれるさ……。


 ……自分用に1つくらい買っても怒られんか………?


 うーむ……。




「懐かしいのう、昔はこういうのをドワーフたちが作って売りつけて来たもんじゃが、ワシらの里の近くにいたドワーフたちは、『登別の地獄谷でいい鉱石が採れると聞いた!もう十勝石の時代じゃない!』とか何とか騒いで、酒樽片手に1日のうちに全員居なくなっとったのよなぁ……」


「当たり前のように出てくるドワーフ話……」




 流石は、存在自体がファンタジーなエルフで大精霊のお姉さん。


 そんな人の口から登別とか地獄谷って言葉が出てくるのが未だに慣れない。




 その後も皆で館内を見て回る。


 思ったよりも皆楽しめているようだ。


 俺は元々こういう美術館とかは結構好きだからいいけれど、他の人たちは苦手そうだなぁって思っていたから以外ではあるけれど、嬉しい誤算だな。


 やっぱり、どうせなら皆で楽しくて嬉しいのがいいよな。


 戦争なんて、その逆を行く事はさっさと潰して帰りたいもんだ……。




 あ、情報収集全くしてねぇ。


 でも、噂程度の情報すらここには無い。


 だって、人いないもん。




「申し訳ありません、本日のお客様は、貴方たちを除くと1名のみとなっております」




 ……俺、考えている事口に出してないよな……?




「あと、私は四国の偉い人たちの事情は全く知りません」




 …………怖い…………。




 受付のお姉さんが、そろそろサボるのを辞めて受付に戻るというので、快く送り出す。


 なんでついてきたんだろうあの人……めっちゃ怖かった……。




「あやつ、どうやら四国エルフじゃな」


「……もう何か、わっかんねぇな」


「耳は魔術でヒューマンに寄せとったが、肌が褐色じゃったじゃろ?魔力の質的にも間違いない。ヒューマンが着けた名じゃと、ダークエルフとか言ったか?まあ、ワシらとは交流なかったからのう。ワシも詳しくは知らんがな」




 この調子だと、九州エルフとか、沖縄エルフとか、ヤンバルエルフとかもいるのかな?




 気を取り直して順路を進むと、『この先、今話題のタヌキのステンドグラス!』という立札があった。


 よっぽど推しているのか、『今話題の』という文字が力強い。


 ここまでは、西洋的というか、大正ロマンな感じの雰囲気が強かったのに、この立札だけ毛筆で書いているのは何の拘りなんだろうか?


 大正ならそういうのも一般にまだまだ残っていただろうし間違いではないのか……?




「明小と太三郎さんは、この先にいるのかな?」


「途中全く姿が見えんかったし、アホみたいにステンドグラスまでまっしぐらだったんじゃろ」


「大試!ふーりんっていうの、後でお土産に買ってー!」


「ニャーは、多分ガラスと全く関係ないのに売店に置いてありそうな魚介のひものが良いニャ」


「……天体望遠鏡とか、ありませんかね……」


「うーむ……私としては、ステンドグラスには美少女を描くべきだと思うのですが……」




 まとまりのない連中だ……。




 順路に従い大きな部屋に入ると、そこは礼拝堂みたいな雰囲気になっていた。


 といっても、別にここで宗教儀式をするわけではないのだろうけれど。


 ただ、ミュージックビデオの撮影に貸し出したりとか、結婚式で使ったりということはあるかもしれない。


 そう思える程度には、力の入った造りになっている。




 そして、奥の方の高い壁の上の方にある窓には、話で聞いていた通り大きなステンドグラスがはめ込まれていた。




 うん、これは確かにリアルでモコモコしていて話題になりそうなデザインだな……。


 っていうか、モコモコし過ぎだろ!?


 肉付き良すぎて、体格的にはパンダみたいになってるじゃん!


 でも、体毛のカラーリングは確かにタヌキ。


 ……尻尾以外はな!


 やっぱり尻尾はシマシマだよ!




「お母さん……こんな感じだったなぁ……」




 そのステンドグラスを見上げる3人の人影。


 と言っても、化け狸なんだけど。


 嬉しそうに眼を細める明小と、その右手と手を繋いでいる太三郎さん。


 明小の反対の手も、爺さんと繋いでいる。




 ……え?誰?




「明小、その人誰だ?」


「あ!大試!えっとね!たまたまオジサンが来てたの!」




 オジサン多いなお前……。


 おじさんって言われても多すぎてわかんないんだよ。




「大試、こいつはな、隠神刑部ってやつだ」


「へぇ……」




 …………あん?


 太三郎、今なんつった?




「若いの、お前が明小の言っていた東京もんか?」




 えーっと……王様相手に喧嘩売った人でしたっけ……?


 いきなりピンチ……?




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