第109話

「……あれぇ?たいし、こんなあさはやくからでかけてたのー?」


「エリザ、今から温泉か?湯船の中で寝るなよ?」


「うんー……」




 まだ薄暗い港から帰ってきました我々。


 部屋に戻る途中で、女子用の部屋から魔族のお姫様が出て来てばったりと会ってしまった。


 置いて行った事を何か言われるかとも思ったけれど、眠いのと温泉に行くのとで、あまり状況がよくわかっていなかったらしい。


 ……てか、今更だけど、魔族も温泉に入りたがるんだな……。




 あの軍艦は、カジキの突撃から間もなく沈没していました。


 まあ、この世界の軍人なら、体を魔力で強化してさっさと脱出できるだろうし、恐らく死人は出ていないだろう。


 そう思いたい。




「言うまでも無い事だが、俺たちは今朝カジキを釣ってきた。ただそれだけだ」


「そうですね。いやー、カジキでかかったなー」


「食べるのが楽しみじゃなー」




 今ここに、タヌキ、俺、大精霊同盟が結成された。




「俺は自分の部屋に戻る」


「わかりました。俺達も戻ります」


「部屋のシャワーでいいから浴びたいのう……」


「海風とかでべとべとですもんね……」




 おまけに生臭い。


 カジキがあまりにもデカいから、全身を使って冷凍庫に運び込むしかなかった。


 結果、俺だけ体中から魚臭がしているわけだ。




「この時間なら温泉に誰も入ってないだろうし大丈夫かなーって思ったけど、まさかエリザがこの時間から入りに行くとは予想外だったなぁ」


「気持ちがいいというのもあるんじゃろうが、男子と一緒の旅行中じゃから少しでも身ぎれいにしておきたいという事かもしれんのう!」


「そりゃ光栄ですね……こっちは生臭さがすごいですけど……」




 昨夜は、最初から皆で入るって前提だったから水着だったけれど、この時間帯に1人で行くなら水着なんて持って行っていない可能性も高い。


 青少年として、一応合法の混浴温泉とは言え、流石に全裸の付き合いをするのは気が引ける。


 海パン履いてたら、俺の生臭くなった股間を洗えないしなぁ……。


 生臭い臭いって中々取れないんだよなぁ……。


 ステンレスに触ると臭いがしなくなるとか言うけれど、仮に本当にステンレスで臭いが消えるんだとしても、中々すべての臭いの元をステンレスに満遍なく触れさせられるかというと難しいからなぁ……。




 部屋に入ると、アイが3つある布団の一つで寝ていた。


 この部屋は、俺から離れられないソフィアさんと、絶対に俺と一緒の部屋が良いとゴネたアイと、俺の3人部屋だ。


 食事の時だけ他のメンバーと一緒の部屋に集まることになっている。




 人間の体を得たアイはとてもまじめで、体も高性能らしいんだけど、まだ自分の生理機能というのが把握できていないらしくて、普通の人間であればただ生きているだけで行える事が出来なかったりするらしい。


 今日も本当は、早朝から俺達と一緒に行く予定だったんだけれど、俺の寝顔を見ようとしていたのか俺が真っ暗な早朝にスマホのアラームで起きると、俺の顔のすぐ横で寝落ちしていてびっくりした。


 その後、そのまま俺が抜け出した布団の中に押し込んだんだけど、未だに抜け出せていないらしい。


 別に起こす理由もないので、ゆっくりしてもらおう。




「ソフィアさん、先にシャワー使っていいですよ」


「ほう……女に先に身を清めさせ、布団で待たせたい派なんじゃな?」


「さっさと寝たいんで冗談言ってるなら先に入りますよ?」


「あーまてまて!わかった!先に使わせてもらうわい!」




 こちとら眠いわ疲れたわ生臭いわで精神的余裕が無いんじゃい!


 ギリギリのところでレディーファーストにしてんだ!


 さっさとやってくれ!




「因みにじゃが……一緒に入れば時間が節約できるんじゃが?」


「…………」




 眠気によって、何がとは言わないけれど強く刺激されてしまったけれど、それを誤魔化すために思いっきり自分の頬を殴ってみた。


 ……よし、落ち着いた。




「ソフィアさん、貴方は俺の性癖を著しく刺激してくるので、さっさとシャワー浴びに行ってください」


「いや大試……そのほっぺ大丈夫かの……?いったいどうしたんじゃ……?」


「大丈夫です。さぁ早く。でないと……俺はここで腹を切ることになります……」


「なんでそうなる!?今度こそ本当にシャワー浴びてくるから大人しく休んでおくんじゃぞ!?」




 …………ふぅ、やっと行ってくれたか。


 まったく、あの人にも困ったものだな。


 悪気はないし、俺としても聖羅たちという婚約者がいなければ飛びつきたい誘惑であることは間違いないけど、余裕がない時だと冗談じゃなくなるからな……。


 今度聖羅に頼んで、そこまで苦しくない気絶方法でも教えてもらおうかな?


 よく聖羅が風雅相手に肉体言語で語り合って、気絶させていたから、多分詳しいと思うんだよな。


 ……聖羅曰く、あの技は昔、聖羅の父親が他の女冒険者たちをエッチな目で見た時に聖羅の母親が制裁として使っていた技らしい。


 娘に何を教えているんだか……。


 頸動脈か何かを圧迫すれば自分にも行けるか……? 




 眠くて纏まらない考えを脳内でぐるぐる巡らせながら、少しずつ明るくなってきた窓の外を眺める。


 この旅館は、本当にどの客室もVIPを迎えるのに適した造りになっているらしく、この部屋からも海を眺めることが出来る。


 紺色の空が段々と紫色、そして桃色になり、最後に朱色になってきたと思ったら、朝日が顔を出してきた。


 うーん……やっぱり海辺の旅館はこれだよなぁ……。


 水平線から昇る太陽!たまんねぇ……!


 できれば露天風呂から眺めたい所だったけれど、この旅館の窓際にある謎スペースから眺めるのも味がある!


 これの為だけに、海辺のホテルや旅館に泊まる時は、日の出の時間だけ起きるようにしているんだ!


 いやぁ、今日はその事完全に忘れていたけれど、ちゃんと見れて良かったぜ!




「……すごく奇麗……ですね……」




 俺が朝日に感動していると、後ろから声が聞こえた。


 振り返ってみると、アイが起きていたようだ。




「おはよう。朝日を見るのは初めてか?」


「はい、データでは幾らでも見ましたが、こうして肉体を得てから見たのは初めてです」


「やっぱり実際に目で見ると違うもんだろ?せっかく人の体を得たんだし、そういう感動は大事にした方が良いぞ。人生が楽しくなる」


「……犀果様と見たこの景色、絶対に忘れません」


「そういう記憶、これからも増やしていこうな」


「はい、ご一緒させていただきます」




 これが、この世界の主人公としてデザインされたキャラクターだったら絵になったんだろうけれど、漁師コスでねじり鉢巻きでカジキ臭ぷんぷんさせながら言ってもちょっと難しいかもしれないな……。


 漁船の上とか魚市場ならまだ場の雰囲気に合っててよかったかもしれないけど、高級旅館でこれはなぁ……。


 まあ、アイが俺のこの状態を気にしないならいいけどさ。




「犀果様、昨夜皆様がお休みになられた後、この部屋で様々な情報を集めていたのですが、ある重大な事が判明しました」


「重大な事?それは今この場でってことか?」


「はい」




 そうなると、今回の独立騒ぎに関する事か?


 少し聞くのが怖いけれど……聞かなかったら聞かなかったで猶更悪化するんだろうから聞くか……。




「わかった、報告してくれ」


「わかりました、ではこちらを」




 そういってアイが渡してきた物は、一見観光地に良く置いてある無料の情報誌に見える。


 これにその重要情報が書かれているんだろうか……?


 まさか……暗号でも隠されているのか……?


 『平成13年製トラクターを探しています、価格は応相談』的な……?




「これがどうしたんだ?」


「はい、ここを見てください」


「ん……?えーと……四国最大の水族館……カップルでの入場で1割引……?」


「はい」




 …………………………………………………………………………ん?




「水族館行きたいのか?」


「行ってみたいですね」


「意外だけど、まあ今回の仕事が終わったらそれもいいかもな」


「ありがとうございます。私も、『すごーい!お魚沢山!おいしそうだねー!』という気持ちを体験してみたいのです」




 この元情報生命体に、水族館の歪んだ楽しみ方を教えたのは誰だ?




「それと、お着換えになられては?」




 鼻をつまみながらそう告げられる。


 やっぱり生臭さは気になるらしい。




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