第108話

 あの男たちを追放してからどれだけの時が過ぎたか……。




 多くの者が見守る御前試合、そこで私は、完膚なきまでに敗れた。




 剣には自信があった。


 私と相対する者は、大した抵抗もできずに敗れ去っていく。


 そして、私を憎むような目線を向けてくる。


 それがとても心地よい。




 まだ10歳にも満たない私に、並み居る強豪たちが何もできず敗れ去っていく。


 痛快だった。




 だが、決勝の舞台には奴がいた。




『犀果帯秀』、この国の剣聖の位を持つ男。


 それでも、きっと私には勝てない。


 私に剣で勝てるやつは、今まで1人たりともいなかった。


 きっとコイツだって、私の前に情けなく膝をつくのだろう。




「お前の親父に頼まれてな。手加減無しで叩き潰して鼻っ柱折れって言われてんだ。つっても、本当に手加減無しでやっちまえば、流石に木剣でもジュースか何かにしちまうからな……。適度に手加減して叩きのめしてやるよ」




 未来の王に向かってなんと生意気な奴だとも思ったが、それもこの後無様に倒され、私の前に跪く事を思えば、最高のスパイスとなる。




 そう思っていた。








「勝者!犀果帯秀!」




 ワアァァァァァァ!






 観客席からの歓声が轟く。


 そういえば、私が勝った時には、こんな歓声は無かった気がする。




 私は負けたようだ。


 今私は、地べたに這いつくばる自分を他人事のようにとらえている。




 圧倒的なんて言葉すら生ぬるい程の力量差だった。


 一瞬で間合いまで踏み込まれたと思えば、そこから只管木剣を振るわれた。


 受けるために私が木刀を構えれば、一瞬で打ち込む場所を変えられ、無防備な場所に打ち付けられる。


 数分それが続き、「飽きたし、そろそろいいか……」と奴が呟いた次の瞬間、上段に構えた木剣が、そのまま真っすぐ振り下ろされた。


 私の防御も間に合い、受け止められるかと思った瞬間、私の木刀は切り裂かれ、奴の木刀は何事も無かったかのように、そのまま私に向かってきた。


 死んだ……そう思ったが、当てる瞬間に多少の手加減はされたのか、激しい衝撃と激痛を感じるに留まった。




 気がついたときには、こうして硬い地面から剣聖を見上げていた。


 続いて沸き上がったのは、強い怒りと羞恥心。


 これだけの観衆の前で、私を這いつくばらせたこいつを許せるわけがない!


 私は、将来の王だ!


 その俺をここまで辱めて、許される筈もない!


 こいつは死刑だ!




「おう帯秀!よくやってくれた!うちのバカ息子が世話になったな!」


「別にいいけどよ、コイツ多分全く反省してないぞ?」


「はぁ……忙しくて教育を他人に任せていたツケが回ってきたのだろうな……」


「お前が直接教育してたら、猶更ひん曲がった可能性もあるけどな」




 何なんだコイツは!?


 父上に対して……この国の王に対して、なぜここまで砕けた口調で話しているのだ!?


 何様のつもりだ!




「父上!この者を今すぐ処刑しましょう!」


「お前……いったい何を言っている?」


「ほーらな?だって目が濁ってるもんよ」


「剣聖とは言え、王と第一王子の私に対してこの態度!万死に値します!」


「せんわバカモン!誰か!智将を部屋に連れて行け!しばらく外に出すな!」




 すぐに兵士がやってきて、捕まえられたのは私の方だった。


 最初は訳が分からなかったが、状況が理解できてくると更に怒りが込み上げた。


 父上は、私よりも剣聖の方を信頼しているのだ。


 実の息子である私の言葉に耳を傾けることも無く、兵士たちに命じて部屋へと押し込める程に。


 その事実をまざまざと見せつけられてしまった。




 これは、この状況は、絶対に許してはならない。




 その後、父上が何度か部屋にやって来て説教をしていったが、殆ど頭に入っていない。


 今の父上の言葉は、聞くに値しない。


 犀果帯秀などという男に洗脳でもされているのか、奴の言葉を鵜吞みにし、私の事を顧みない男の言葉など……。




 チャンスは突然訪れた。


 父上が公務で1カ月ほど城を留守にすることになったのだ。




「智将様、今ならあの犀果たちを地方の中でも地方、北海道へと追放できるかもしれませんぞ?」




 このジジイは、名前は憶えていないが、侯爵だったはずだ。


 いつも私に取り入って甘い汁を吸おうとしていたが、結局この後すぐ処刑されたらしいからどうでもいいな。


 こいつに提案され、私は犀果たちを地の果てへと送り込む指示を出した。


 本人たちや、奴らを重用する貴族たちから多少の抵抗はあるかと覚悟していたが、次期王としての立場を使ってやれば押し込められる。


 そう思っていたのだた、意外と本人たちは何の抵抗もなく地の果てへと旅立っていった。


 だが、貴族たちはそうもいかない。


 想定していたよりも多くの貴族たちが、犀果たちを追放した私を批判し始めたのだ。


 ……いや、貴族たちだけではない。


 犀果たちは、民衆からも強く支持されていた。


 いつの間にか、王都中、日本中が私を批判した。


 その騒ぎで、当初よりも大幅に予定を繰り上げて帰ってきた父上から言い渡されたのは、私の無期限幽閉と、王位継承権の永久破棄だった。








 その後、弟や妹も成長し、私のいないこの国は進んでいく。


 私だけが狭い監獄に幽閉され、この世界からおいて行かれているようだった。




 だが、下の弟が15歳になり、王立魔法学園へと入学したと聞いてすぐの頃だ。


 何か問題を起こしたらしく、私と同じ場所に幽閉されることになったそうだ。


 話を聞けば、聖女を己が物にし、王太子の座に就きたかったようだが、あっけなく失敗してしまったらしい。


 馬鹿な奴だ。




 そこまではどうでもいい。


 問題は、弟を邪魔した奴の名だ。




 犀果大試、剣聖、犀果帯秀の息子。


 それを聞いたとき、私の心は久しぶりに高鳴った。


 やっと……やっとだ!


 やっと奴に復讐ができる!


 こんな場所に押し込まれた私の、15年を超える屈辱の日々を思い知らせてやる!




 早速私は、今のこの国において、満足できていない一部の貴族へと極秘裏に連絡を取った。


 どいつもこいつもクズばかりだが、俺が王位を簒奪してから殲滅してしまえばいい。


 この王族用の監獄を管理している隠神の奴は、まず俺の誘いに乗る事は無いだろうが、コイツの弱点に関しては把握している。


 何故なら、私のギフトは『黒魔術師』、謂れのない誹謗中傷を防ぐために一般には明かしていないこのギフトは、この監獄に入ってからの俺の恨みつらみによって飛躍的に強化されていった。


 特に、この監獄には、過去に収監されていた王族たちの怨霊が数多く存在していて、そいつらを使役することでいくらでも上達できたのだ。




 怨霊たちは、様々な情報を持ってくる。


 隠神のどうしようもない程の弱点もその中の一つにあったものだ。


 そこを突き、隠神を手中に収めてからは、弟から聞かされた教会に監禁されているという勇者だとか呼ばれていたガキを連れだしたり、裏組織の者たちを懐柔させたりと忙しかった。




 もっとも、聖女の護衛をしていたというあのガキは簡単な任務すら達成できない役立たずだったが……。




「何をされたのか全く分からねぇが、大試は何の予備動作も無く氷魔術のようなもんを使ってくる」




 なんて言い訳をしていたが、恐らく奴の気がつかない何かがあったに決まっている。


 節穴の目に映らなかったからなんだというのか。




 まあいい。


 最初から奴になんて期待していない。


 そもそも、誰も信用なんてするものか。


 人は愚かで裏切る存在だ。


 それは、俺の周りの奴らだとて例外ではない。


 一々そんな者たちの事で悩んでいては寝ることすらできんだろう。


 王となるべき私は、そんなことはする必要が無い。




 今私にとって最も安全なのは、この我が旗艦『メーティス』の私室だ。


 ここには、使用人すら入れないようにしている。


 他の艦艇は、軍港内に入れてあるが、メーティスは港にすら入れるつもりはない。


 沿岸に停泊し、補給も補給艦による積み込みだ。




 私は、弟と違って愚かではない。


 部下のミスも裏切りも当然あるものとして考えている。


 人事を尽くして天命を待つ、それが私の座右の銘だ!


 全ての策を講じて、そして王者たる私の運命力によって、最後は勝つ!






 早朝未明、それは突然起こった。


 海の上だというのに、強い衝撃と、鳴り響くアラーム。


 まだ寝ぼけている頭を揺すり、すぐに艦橋へと連絡を取る。




「私だ!いったい何事だ!?」


『不明です!直前に漁船に紛れてクルーザーが一隻近寄ってきていたのですが、そのクルーザーからの攻撃は確認できませんでした!これも未確認ですが、高魔力反応と、その直後に魔カジキの大群が突っ込んできたとの報告があります!智将様、この艦は損傷によりまもなく沈没します!早急に避難してください!』


「なんだと!?」




 ええい……!役立たずどもめ!


 幾らトップの私が隙のない計画を立てようと、部下がこれでは何の役にも立たないではないか!






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