第106話

「俺は、最初から各自の分が配膳されているタイプが好きなんだが、お前たちはこっちの方が良いかと思ってビュッフェ形式にしてもらったぞ」


「これが代表取締役の心配りか……」




 温泉から上がり、その前にあれだけ食事をしたにもかかわらず、こうして夕食を食べようとしている俺達です。


 いや、流石に皆が皆そこまで食べてないよ?


 でもさ、エルフの食欲はヤバイ。


 なんでエルフを作り出した当時の人間は、人間全体をエルフにしなかったんだろうって思ったけれど、ここまで食費が掛かるとなるとそりゃ人類エルフ化計画は無理だわ。


 魔力が大量に必要な魔族のファムやエリザですら俺の2倍くらいしか食べないというのに、エルフたちは5倍は優に食っている。


 その上で更に食べるんだから怖い。


 まあ、エリザの場合は、美味しくないと感じれば無限に食べられるらしいから、食料の内容によってはヤバいんだけども。




 タヌキは知らん。


 寿司ネタの好み的に、脂っこいものが好きっぽいけれど。


 アイも食べているけれど、コイツは食べた物をどうしているんだろうか?


 消化とかも生の肉体使っているから可能って事か……?


 すごいな……。




「オジサン!ボクあのハンバーグ食べたい!とって!」


「フン!いいだろう!皿を貸せ!」




 代表取締役は、明小相手には締まりのない顔になってしまう。


 この2人は、いったいどういう関係なんだろうか?


 聞いても良いんだか悪いんだかわからん。


 太三郎さんは、明小の母親のことが好きだったらしいけど、今の所それ以上の事は聞けていない。


 ナイーブな話題には触れない方が無難!


 前世でほぼボッチで生きていた俺にそれ以上のコミュ力は求めてはいけないんだ!




「太三郎は、何で明小にそこまで構うニャ?別に親子って訳じゃないんだよニャ?」


「ああ、俺たちに血のつながりは無いぞ。だがまあ、好きな女の子供だから、どうしても可愛がってしまうんだよなぁ……。神気が溜まっている時であれば、姿も大人びてそれ程でもないんだが、信仰が薄れて子供のような姿に戻った今の状態だとついついな……」


「えへへ!」


「親戚にいたら、『うちの子供に小遣いあげないで!』って怒られるタイプのオッサンだにゃ」




 流石は魔族、俺が聞けないことを平然とブッコミにいけるその胆力は流石の一言。


 俺には、恐らく真似が出来ない。


 これだもん、聖女がいなかったら人間の軍隊が魔族に勝てるわけないよ。


 生物としての格が違い過ぎる。


 ネコミミ生えてるし。




「明小の母親って、そんなに魅力的だったんですか?」


「ああ!あれほど大量に食べられて、丸々と肥えているのに、俊敏さを損わない完璧な肉体を持ったタヌキは他にいなかったぞ!」


「成程、人間とは着眼点が違う」


「生物なんて種が違えばそんなものよ。俺だって、お前たちが何故水着に興奮するのかわからんからな」




 タヌキとヒト、性癖で分かり合う事は不可能なようだ。






 何はともあれ、夕食は和洋中とにかく美味しそうなものを集めたようなメニューで、若い世代ならほぼ確実に喜ぶであろう内容だ。


 つまり、今回のメンバーの殆どはとにかく食べることに集中している状態である。


 太三郎さんと落ち着いて話をするチャンスだ。


 だって、さっきからこのタヌキ、酒とツマミしか摂取していない。


 やっぱり化け狸が飲む酒といえば日本酒かなぁと思ったけれど、焼酎の乳酸飲料割りだ。


 乳製品が好きなんだってさ。


 ツマミは、バラバラにしたインスタントラーメン。


 最初から味がついているタイプなので、まあ食べられないことも無いだろう。


 美味しいんだろうなとは思う。


 でもさ……代表取締役……もっと良いもん食えよ……。




「今日は、この旅館に泊まるとして、明日以降どうしましょうね?」


「そうさな……。大試よ、船は平気か?」


「船ですか?実家から王都まで船で移動しましたけど、特に問題なかったですね」


「ならば、一つ提案がある」




 そういって太三郎さんは、手に持ったコップを煽って一気に飲み干すと、海が見える窓辺へと歩いて移動する。


 改めてみると、こんな山の中なのに海が見えるなんて、やっぱりすごい立地条件だな。


 流石はVIP用施設だ。




「大試、お前は明日、海の男になる!」


「はい?」




 俺がうみんちゅになるの?なぜに?




 ――――――――――――――――――――






 翌日早朝……というか、今って朝なのか?


 まだ真っ暗な時間帯に、俺は松山の港にいる。


 作業着に長靴、ライフジャケットに、ねじり鉢巻き。


 何この漁師コス……。




「太三郎さん、これどういう事です?」


「どうもこうも無い。漁師になり、軍港を海から観察するのよ!四国で独立戦争をするとなれば、主な戦力は海に集まっているだろう!つまり、軍港を見れば状況をある程度把握できる!」


「えぇ……?それって、不審な動きをしている漁船がいるぞって撃たれません?」


「問題ない。元々軍港付近は、昔から良い漁場なんだ。だから漁船が多くいる。そこに紛れる!」




 そういえば、王都の軍港にもイカがいっぱい来てたな。


 何か獲物が集まる共通の特徴があるんだろうか?


 この世界の海の生態系を俺は全く知らんからなぁ。


 気軽にビルみたいなサイズのクジラ出てくるし……。




「そこまでは、とりあえず理解しました。それで、俺たちが乗る漁船ってどれなんですか?」


「目の前にあるだろう?」


「ありますね。漁船じゃないように見えますけど」




 目の前にあるその船は、流線形の船体と、高い場所にある操舵席が特徴的な、比較的見慣れた物だった。


 勿論、漁師の番組とかではなく。


 どっちかっていうと……サメ映画で、真っ先に死ぬ金持ちが乗ってるタイプのデザイン。


 つまり……。




「俺の知識だと、これってクルーザーですよね?」


「その通りだ。漁船だろう?」


「こんなん使って漁業してる漁師は、そうそういないと思いますけど……」


「これでカジキを釣るのが夢だったんだ!最近やっと四国周辺でもたまに揚がるようになってきてなぁ!」




 なんだろう……太三郎さんが、将来就きたい職業を語る小学生男子並みに目をキラキラさせながらクルーザーを見ている。


 でもさ……、こんな目立つ船で軍港周りをウロウロしていたら、流石に軍も気になって見に来るんじゃないか……?




「絶対目立つでしょこの船……」


「そこは問題ない。他に20隻ほどチャーターして、一緒に釣りに行くことになっている」


「流石は、ポケットマネーでロケットを打ち上げる男!」


「ふふっ……金で解決できることは、金で解決するべきなんだ」




 成金感がすごいけれど、一回言ってみてぇなぁその台詞!


 俺だって貴族だし、魔物を狩って売りまくれば、お金は貯められるだろう!


 今、俺の人生の目標が一つ増えた!


 あと、札束風呂にも入ってみたい!


 札って結構頑丈で鋭いから、肌がいたくなるらしいけど!




「じゃあ設定としては、カジキマグロを釣りに来た、ちょっと勘違いしている釣り人って事でいいんですか?」


「大試は、別にカジキに拘りは無いだろうから、他の獲物を狙える竿を用意しておいたぞ。この辺りで釣れるアジやサバは、ブランド化される程旨いからお勧めだぞ」


「釣れたてをアジフライにして食ってみたいなぁ……鯖味噌もいいなぁ……」


「少し熟成させた方が俺は好きだがな」




 忘れていたけれど、そういやフェアリーファンタジーって釣りが人気要素だったんだよな。


 今回のクルーザーでカジキ釣りっていうのも、もしかしたらモデルになったゲームであったことなんだろうか?


 だとしたら、力を入れる部分間違っていないか?


 もっと本筋に絡むファンタジーな部分を頑張れよ!


 ファンタジーがやりたいのに、なんで電動リール付きトローリングロッド装備のクルーザーに乗り込まないといけないんだよ!






 因みに後から知ったけれど、この世界のカジキは、小さい種類でも最大で5mくらいになります。


 思ったよりファンタジーでした。






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