第104話

 食事を終えた後、太三郎さんに案内されてそのままタワーマンションの外に出ると、窓が黒塗りのバスが止まっていた。


 中から敵がぞろぞろ出てくるかもなんて多少警戒しつつ乗り込むも、運転手のおばさん(化け狸らしい)しか乗っていない。


 一応ファムには、いつでも俺たち全員でどこか安全な所にテレポートする準備だけはしてもらっていたけれど、今のところは無駄になっている。




「このバスで道後温泉まで行く。何事も無ければ、大体1時間くらいだろうな。道路事情がどうなっているかわからないから何とも言えないが……このバスの後方座席は、無関係の者たちからは感知できないように術が施されているから安全だ」




 との太三郎さんの説明を受け、実際に道中特に軍隊にどうこうされることも無く温泉へ着いた。


 代表取締役が泊まるっていうなら、どんなデカいホテルかと思っていたけれど、思ったよりも小さい建物の前にバスは止まった。


 ちょっと大きめの公民館くらいのサイズか?


 造りは、物凄く豪華だというのが玄関からわかるけれど。




「なんかちっちゃいニャ」


「おまっ!?」




 隣の猫がとんでもない事を言い放つ。


 ビックリして俺の寿命が数年縮んだんじゃなかろうか。




「ははは!ここは貸し切りの施設でな。騒がれたくないVIP用に特別に用意されている場所なんだ」


「えっ……それって、すごい値段なんじゃ……?しかもさっき急に予約したって事ですよね……?」


「ロケットを打ち上げるのよりは金は掛からんぞ?」




 ロケットを基準に語られても何の参考にもならねぇよ!


 まだ人型ロボットとかの方がわかりやすいわ!




「ようこそお越しくださいました、太三郎様」




 玄関前に、着物の美人のお姉さんが並んで頭を下げている。


 俺達だけの貸し切りらしいのに、ここに並んでる旅館側の人たちだけで20人近くいるように見えるけど……どんだけ金かかってんの……?




「ああ、世話になる。っと、そう言えばお前たちには言っていなかったな。ここの者たちは、皆化け狐だから心配いらんぞ」


「あら、太三郎様が連れてこられると聞いて、てっきりまた狸様たちの会合かと思っていましたが、どうやら普通の人間様らしいですね?では、キツネ耳など生やしてみましょうか?」


「お願いします!!!!!!!!!!!」




 俺は、反射的に答えてしまっていた。


 でも、きっと誰も俺を責めることは出来まい。


 だって、着物で美人のお姉さんで、キツネ耳だぞ?


 抗える人間がいるだろうか?いや、いない。




「……ふふっ、面白い方のようですね」




 まあ、苦笑いでスルーされたけれど。




 中に案内されて、色々と説明を受ける。


 食事は、夕食も朝食も部屋に運ばれるらしい。


 さっきアレだけモリモリ食っていたこいつらに夕食は必要なんだろうかとも思ったけれど、全員が食べる気満々だったので何も言わないことにした。




「お部屋にもお風呂がついていますが、この建物の裏手は大浴場となっております」


「大浴場も貸し切りなんですか?」


「はい。ただ、当館の大浴場は混浴となっておりまして、もし男湯と女湯で分けたい場合には、皆さんのほうで時間を分けるなりして下さいね」




 混浴だと……?まずいな……。


 ソフィアさんが調子乗りそう……。


 隣り合っている男湯と女湯なら、100mも離れられない俺とソフィアさんでも、問題なく入浴できるんじゃないかと思っていたけれど、これでは難しいじゃないか!




「大試、楽しみじゃのう?」


「せめてタオル巻いてくれません……?」


「タオルから透ける肢体が好みじゃったかぁ」


「くっ!逃げ場がない!」




 テンションたっか。




「俺は、風呂が嫌いだから部屋のシャワーで済ます。大浴場は、お前たちが好きに使うと良い」


「え!?オジサン一緒にお風呂入らないの!?」


「太三郎さんってお風呂嫌いなんですか!?自分で温泉に連れてきたのに!?」


「俺はな、旅館の窓際に置いてある椅子に座りながら、缶のビールを飲むのが好きなんだ。瓶でもいいが、缶の方が雰囲気が出るからな。自販機で買ってくると尚良し」


「それってビジホか何かの楽しみ方なんじゃないですか……?」


「まあそうなんだが、俺がビジネスホテルに泊まっていると騒ぎになるからな……」




 唸るほど金を持っていても、好みは大して変わらないらしい。


 にしても、太三郎さんは会った時からずっと顔がイケメンたぬきのままだけど、明小みたいに人間の姿にはなれないんだろうか?




「太三郎さんは、人間には化けないんですか?」


「今のこの姿が、俺が最大限人間に近い姿に化けている状態だ。俺は、変化があまり上手く無くてな。どう頑張って変化してもタヌキだとバレてしまう。さっきバスを運転していた狸の術で、俺たち以外からは俺がタヌキだとバレないようになってはいるがな」




 へぇ、化け狸にも人間になるのが上手い下手ってあるのか。


 それを金を稼いで偉くなって、他の狸に依頼してカバーする辺りがすごい。


 何そのバイタリティ。




「俺を祀っているところだと、俺は道案内なんかが得意って事になっているらしいぞ」


「太三郎さんも信仰対象なんですね」


「まあな。それと、何故かは知らんが、子作りと子宝にも効果があるらしい」


「エロタヌキじゃないですか」


「童貞なんだがなぁ……部下ならたくさんいるが……」




 そんな悲しいカミングアウト聞きたくない。




「大浴場をお使いになるのでしたら、水着もご用意しておりますよ」


「ナイスです女将さん。途中で水着を買える場所が見当たらなくて、結局そのまま来てしまったので」


「そうでしたか。ですがご安心ください。当館では、どんな性欲旺盛な殿方でもご満足いただける女性用水着を多数取り揃えておりますので」


「やるのう女将!ワシここ気に入ったわ!」




 俺も水着で入るか……キツキツで、何がとは言わないが周りから見てバレない奴を。




「大試ー、ウチはどんな水着が似合うと思うー?」


「エリザお嬢様は、ヒョウ柄の水着が似合いそうにゃ。ニャーは清楚なワンピースかニャー。真面目で清楚だからニャ―」


「ねぇファム、今ウチは大試と話してるの。ファムはもう全裸でいいんじゃない?」


「まあ、ニャーはそれでもいいけど大試が大変そうだからにゃ」




 とりあえず魔族2人は水着になってくれるようだ。


 全裸は不味いよ全裸は。




「私はなんでもいいですよ?エルフの里では、男湯とかありませんでしたからよくわかりませんが、私は大試さんに見られても別に構いませんし。私から何かすることはありませんが、思う存分おかずにして頂ければと」


「しねぇよ水着になれ」


「……私は、見るのは慣れてるけど、見られるのは苦手だから、ちゃんと着ます……」




 エルフの2人も水着になってもらう事が決まった。


 1人微妙だけど、大丈夫だろう……。




「ボク、水着って着たこと無い!」


「水着着た状態に変化したらいいんじゃね?」


「……そんな事、考えたことも無かった!」




 女郎って水着にはならなかったんだろうか。


 知らんが。




「犀果様、御心配いりません。私のメイド服は、水陸両用です」


「何を考えてそんな服を作ったんだ?」


「犀果様の好みを考えながら作りました」


「ちょっと後で色々話し合う必要があるようだな……」




 誤解が酷い。


 俺は、水中なら競泳水着の方が好きだ。




「ワシは……そうじゃなぁ……ブラジル……」


「そんな卑猥な水着無いんじゃないですか?」


「ございますよ?ですが、大抵はもう少し隠してある方が殿方は喜ぶようですね」


「なりほどのう……奥が深い!」




 ソフィアさんに対して、俺の好みを教えた覚えは無いけれど、たまたま競泳水着を選ばれてしまった。




 ……鎮まれ俺!




「ふっ……青春を楽しめ犀果少年!」


「……まあ、はい……」




 玄関入ってすぐの所にある小さなビールの自販機で早速缶ビールを買いながら、完全に傍観者になっている太三郎さんは、他人事だからと俺を肴に早速ビールを開封したようだ。


 この人、もうこの旅館をエンジョイする事しか考えてないんじゃなかろうか?


 俺は、これから温泉で貞操を守るという非常に難しいミッションがあるのに……。








 いや違う、俺のミッションは四国の偵察だったわ。






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