第102話

「大試たちは、隠神オジサンのこと知ってるの?」


「まあ……ちょっとな。会った事は無いし、顔も知らないけど……」


「そうなんだ?じゃあやっぱりオジサンの所に行くのがいいね!」


「いや……うーん……やっぱり他の所が良いかな……」


「えー?じゃあ……太三郎オジサンの所がいいよ!ゆいしょただしい?タヌキなの!」




 太三郎……そっちは聞いたこと無いけれど、隠神さんのとこよりはマシか。


 油断は一個もできないけれど……。


 近くまで行ったら、マイカに魔眼で見てもらうか。


 できれば、アレクシアに忍び込んで調査してもらいたいけれど、幼稚園児の初めてのおつかいを眺める親の気分になりそうだからやめておこう……。


 それくらいなら、俺自身がステルスかけてもらって突貫したほうがまだ精神衛生上マシかな。


 ……これ、自分で抱え込みすぎてパンクするタイプの管理職みたいな心理かもしれん。




 まあ、何はともあれ、現時点で俺たちに目的地と呼べるものは無いんだ。


 最初から真っ黒に見える隠神さん家に行くよりは、黒いかもしれねぇなぁ程度の太三郎さん家に行く方が良いだろう。


 最悪、ファムに皆を連れてテレポートしてもらう事になるかもだけど、ここで長い間一人だった明小よりは情報をもっているだろうし、行く価値はあると思う。




 あと、もし万が一殺さないといけないとしたら、人間よりはタヌキの方がまだ心の中で整理をつけやすいかもしれないという考えもある。


 ……まあ、言葉で意思疎通しちゃったら、やっぱり殺すと記憶に残っちゃうだろうけどなぁ。


 ボスボス鹿とか、何だかんだで瞼の裏に刻まれちゃってるからなぁ……。


 後悔はしないけどさ。


 所詮、死ねば肉だ。


 でも、畜産農家が自分の飼う家畜に名前を付けないのもそういう理由なんだろうなぁ……。




「よし!明小、太三郎さんのとこまで案内してもらえるか?ただ、最初はちょっと離れた所から様子を見たい。もしかしたら、俺達と敵対している側かもしれないからな」


「そっか!わかった!太三郎オジサンの家の近くって、見晴らしのいい丘があるからそこに連れて行くね!」


「最高!流石神様!」


「そうかなー!?えへへ!」




 世俗には疎いみたいだけど、伊達に長い間タヌキコミュニティに属している訳ではないらしい。


 タヌキとその周辺に関しては、なかなかの知識があるようだ。


 いや、そんなコミュニティがあるのかは知らないけど。


 だけど、少なくとも現時点で最大の情報ソースは明小だ。


 まさか、四国に来てすぐこんな面白い奴に会えるなんて、今日は運がいい!


 逆に、バランスとってこの後悪い事が起こりそうで怖いけども!


 だって俺だぞ?神様に爆殺される運の持ち主だからな?




 悲しいな……。




 さっきから無言で食い続けているこのエルフと魔族たちから、おかわりの団子を取り上げるのが最初の不幸要素かもしれない。


 もし四国の住人がこの娘たちと同じ食欲を持っていたら、カロリーベースだとしても自給率は100%を超えさせるのは難しそうだ……。








「こっちだよー!」


「おー!確かに良い眺めだな!」




 明小に案内されて、小高い丘の上へとやってきた。


 眼下には、少し大きめの港町が見える。


 タヌキの家っていうから、江戸とか平安のクラシカルな建物があるのかと思ってたけど、普通に現代建築の町並みが広がる。


 貿易港という感じではなく、漁港かな?


 潮の香りの中に、少しきつめの生臭さもあるから、魚介類の加工業も盛んなのかもしれないな。


 問題は、ここから見た限り太三郎さん家っぽい建物が見当たらない事かな。


 どれなんだろう……。




「明小、どれがその太三郎オジサンの家なんだ?」


「あの縦に細長い建物だよ!」




 明小が指さした先にある建物。


 それは、どう見ても高層マンションと呼ばれるようなものだった。


 えっと……化け狸さん、もうちょっと妖怪っぽいとこに住んでくれんかな?


 またファンタジーっぽさが薄れたわ……。


 別に今更いいけどさ。


 もうあの高層マンションの一番上にドラゴンが家賃払いながら住んでても驚かない自信がある。




「マイカ、ここからあの高層マンションの中見えるか?」


「……見えます。最上階は違うみたいですけど、その下の階に、顔がタヌキになっている人?がいます」


「他に誰かいるか?」


「……同じ階には誰も……ただ……」


「ただ?」


「……最上階には、その……」


「なんだ?」


「……小さいドラゴンがプールで泳いでます……」


「……」




 驚いちゃった。






 さて、他に誰もいないなら行ってみるか。


 あんな所に住めるくらいだから、金はいっぱい持っているんだろうに、使用人の1人すらいないってことは、人間はもちろん、化け狸とすら一緒に住むつもりが無いタイプの奴なんだろう。


 だったら、即俺たちを捕らえにくる戦力が出てくるということも無い気がする。


 少しでも時間があれば、うちの頼りになるネコミミメイドが脱出させてくれるから大丈夫さ。




「明小、これから太三郎オジサンの所にいって話を聞いてみたいから、案内と紹介お願いしてもいいか?」


「うん!ボクならいつでも来て良いって言ってたから、多分大丈夫だと思う!」




 再び明小に案内されて町まで行く。


 ただ、町の中に入ってすぐに明小の脚が止まった。




「……あれ?えっと……こっち?うーん……こっちー?」


「どうした?道が分からないのか?」


「うーん、前に来た時と道が変わっちゃってるの」


「なら、スマホで調べてみるか。他に高層ビルは無かったし、すぐ見つかるでしょ」


「すまほ?すあまみたいなもの?」


「こういうのだ」


「すごい!板が光って地図になってる!?」




 こういうのも見たことが無かったのか?


 一体どれだけあの廃神社に引きこもっていたのか……。


 逆に、あの高層マンションっていつからあそこにあるんだ?


 スマホが普及する前からあるってことだよな?


 ……実は、木の葉で出来てるって事は無いよな?


 もしくは、たんたんたぬきのキン〇マとか……。


 化け狸が相手って時点で、割となんでもありに思えて来て怖い。




 スマホで検索すると、一発で見つかった。


 多少大きいだけの港町にある高層マンションなんてこれだけだからなぁ。


 さて行こう。


 時間が俺達に味方してくれるとは限らない。


 ここは、何故か一見平和に見えるけど、完全なる敵地なんだから。




 でも、流石に戦争しようって地域のはずの町に戦力となりそうなものが今の所全く見えないのはなんでなんだ……?


 この違和感は、一応頭に入れておいた方が良いかもしれない。




 スマホのナビに従いながら進み、場違いな程の高層建築の前に立つ。


 こんなもん、普通に考えたら大都市にしか無さそうだけど、何でこんなとこに建てたんだろう?


 まあいい、それは今考えることじゃない。


 さっさと大狸と会って話を聞いてみよう。




「えーと……251号室!」


「はいはい、251っと……お、呼び出し始めた」




 自動ドアを1枚入ると、来客はそこにあるインターフォンで各部屋へコンタクトをとり、内側の自動ドアを開けてもらう仕組みらしい。


 251号室を呼び出し始めてから、大体30秒くらいで反応があった。




『……なんだ?』


「太三郎オジサン!明小だよ!今日はお客さん連れてきたの!」


『……客だと……?』


「うん!東京の人!」


『成程……わかった。入るがいい』




 難航しそうなら俺も挨拶しないとって思っていたのに、あっさりと自動ドアが開いた。


 これはこれで怖いな……。


 罠っぽさがマシマシだもん。


 空城の計みたい。


 でも、行くしかない。


 多少の計略なら弾き返せる戦力がこっちにはある!




「さぁ、行こうか」


「「「はい!(うん!)」」」




 流石に緊張しているのか、ソフィア様とファム以外声が硬い。




「ボスはにゃあ……何か困ったときはすぐニャーに頼ろうとするからニャー……まったくにゃー……」




 ぶつくさ言っているファム。


 でも、顔が笑顔なのは突っ込んだ方が良いんだろうか?


 頼りにしてるぞ。




「エレベーターは初めてじゃなぁ!管理システムのエレベーターは、ワシが生まれる前から省エネとかいって使用禁止になっていたしのう!楽しみじゃ!」




 ソフィアさんは、ちょっと緊張感なさすぎだと思う……。




 大きなエレベーターに皆で乗って25階まで上った。


 はしゃぐソフィアさんと、浮遊感で酔ったアレクシアにハラハラしながら到着した先は、俺の中のマンションのイメージとは違い、エレベーターを降りてすぐ玄関が1つだけある作りだった。


 これは、この広いはずのフロア全部が太三郎オジサンの部屋って事なんだろうな……。


 タヌキがどうやってお金を継続的に稼いでいるのか興味湧いてきたわ。


 俺も金欲しいもん!


 余裕があれば、その辺りも聞いてみよう。




 玄関の横についているチャイムのスイッチを押す。


 すると、すぐに玄関が開いた。




「ふむ、お前たちが東京から来た者たちか?」


「はい、犀果大試と申します。本日は、明小さんにお願いして、四国の現状の情報を聞きにやってまいりました」


「だってさ!お願い太三郎オジサン!」


「そうか……。まあ俺の自己紹介をしておこう」




 そう言って、太三郎オジサンは、胸元から名刺入れを取り出した。


 改めてみるとタヌキって言うから狸の置物っぽい顔をイメージしていたのに、かなりスタイリッシュな犬顔でイケメン感がすごいなぁ……。


 そんな事を思っていると、名刺を渡される。




「戸籍上の名は、隠神太三郎という。苗字に関しては、表向き俺は隠神の親戚という事になっているからこれなんだ。実際には血縁関係に無いが、戸籍を得る時に協力してもらった都合上な。皆からは太三郎狸なんて呼ばれているが……。それと、IT企業を経営している」




 差し出された名刺には、この世界の文明社会に触れてからまだ数か月の俺ですら知っている程有名なIT企業である、『ラクーン天ドッグ』という社名と、『代表取締役』という文字があった。


 具体的に言うと、さっき使ったスマホのマップとナビも、そこのサービスだ。




 ……お金の稼ぎ方、俺の参考にはならなそう……。






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